青の部屋の脱出 ★
▽”レイナ”たちが 暗闇から 生還した!
▽あの不可思議空間を抜けてきただってーーー!?
▽アンが 呆然とした。
「ぐっ」
「隙ありだ」
レナパーティにはるかに慣れているロベルトは冷静さを保ち、隙を見逃さず、足払い。
アンが体勢を崩す。
青の部屋によって遠近感を狂わされていたロベルトだったが、ひとたびアンが立ち止まれば、またたくまに距離を詰めて攻撃してみせる。
まずはアンのナイフを弾いた。
そして彼女には、魔法を制限する手錠を使う。
(これでは……!)
このまま無茶をすればアンデッド種族の回復が発動せずに、アンであっても大怪我となるだろう。予想したアンの動きがにぶくなる。
(こっちはまだ、戦い慣れていないようだ。問題は後方か)
背後では紫髪の脚本家が、杖を振っていた。
ロベルトがそちらに向かう。
(操られる……っ!)アンが覚悟して、ぎゅっと唇を噛み締めた。
▽ここにはレナたちもいるんだよね!
「マダムミディ・ファミリーの青のリスペクト発光! 服、光れーーーーーーー!」
「なんだそれは!?」
あまりの事に律儀にツッコミをしてしまったロベルトであった。
その間に、目をつむってしまったモレックを縄で縛る。
▽レナたちの服が 光る!光る!光る!
▽眩しい!!
(私たちも眩しいんだけどっ!?)
▽レナたちの表情は 梅干しを食べた後のようにしわくちゃだった。
▽光源になっていて見られなかったので 世間体は保たれた。
<マスター。今のうちにギルティアさんをこう、丸っこくまとめちゃったほうがよいかと。地にツタが伸びている様子を見られたら説明が難しいですよ。少なくともよろしくない興味を持たれます>
(オッケー。ギルティア、おいで)
▽レナの 手探り。
▽撫でられた従魔が幸せになった。
▽ギルティアが コロコロと丸められて ツタが絡まった魔物姿になった。
▽アグリスタの帽子の中に ギルティアを隠した。
「オギャーーっ!」
「ひょえぇぇ泣いてるぅぅうわーーん!」
「よちよち怖かったでちゅねー」
(あの光の中で……何が起こっているというんだ……?)
▽ロベルトへ。
▽赤ちゃんモードになっちゃったギルティアをあやしているんだよ。
▽光をカットする方法がわからない!
「リリーちゃん、[黒ノ霧]」
「はぁい♡」
▽眩しいなら 暗くちゃったらいいじゃない。
「暗闇を超えてきたのにまた暗くしたなんて、何がしたいんですか……!?」
「内緒です」
やりようがなかったの。
「これなら、青の部屋の奇妙さも上書きされて動きやすいな。業務協力、感謝する」
「いえいえ。奥の人がナイフを出そうとしていますよ」
「ああ」
▽ロベルトの 束縛技術!
▽モレックが ぐるぐる巻きになった。
ロベルトはちらりとレナたちに目配せをした。
レナたちが気にかけているであろうアンと、話す時間をくれたようだ。
アンは武器も落としていて、戦う意思はなさそうに棒立ちしている。
手錠により、己の魔法はろくに使えない。
(だからといって自由にさせておくほどではないのだが……幸運なレナパーティの行うことには、何かしらの意味が生じるだろうから。自由度は高めてやったほうがいい結果になりやすいだろう)
レナは、従魔全員の無事を改めて確認してから、アンに向き直って、ビシッと伸ばした手を差し出した。
「アンさん! 私……あなたともっといたいんです」
「どうして、そんなことを」
「養えますから!」
「そういうことじゃない」
「あなたには関係がないかと思いますが、似ている人を知っていて。だからアンさんのことが気になったのがきっかけです。知り合ってしばらく過ごした今は、アンさんが欲しくなりました」
(告白を聞かされているのか……?)
早くも、レナたちに託したことに後悔を抱きかけたロベルトであった。
いやいや、まだ辛抱強く待ってみよう。
レナはアンをまっすぐに見上げている。
目で視ようとするのではなくて、アンの表情を眺めているのだ。
アンの目頭と目の下にほっそりとした線ができているのは、何度も顔をしかめた証だろう。表情をすぐさま取り繕ってしまうクセは、我慢してしまう人の特徴だ。
今、ギリギリ耐えているんだろう、ということをレナは見抜く。
(……お父さんがこんな顔をしてたことあったなあ……生活が苦しい時にさ)
日本の記憶を懐かしく思う心で、目の前の人を眺めると、人となりがよく見えてくる。
くどいだろう。
しつこいし、馴れ馴れしいだろう。
けれど今のレナは、ここだろうと思ったらもう引かない。
リリーはレナを守るように横に立って、アンの方を”視て”いた。さっきちょっぴりレナの首を噛ませてもらった。だから心の深みまで視える。
偽られていたが、アンたちの魂が「黒」だということも。
(……レイナたちをこっちに奪おうとしていたのに……まさか、私の方が勧誘されるとはな……)
(! ……そんな流れだったんだあ。困ったなぁ)
それでもリリーは、魂の色だけで、アンを排除するつもりにはなれなかった。
従魔の後輩たちも、かつて魂の色は黒かった。けれど奉仕作業などを通して、ラナシュの魂の秤がかたむき、今はだんだんと魂が綺麗になっているからだ。
レナがチャンスが与えようとしているならば。今のリリーは待てる。
みんながアンの返事を待っていた。
(……私、は……)
アンがまた唇をかんだ。
痛々しかった。
だからレナは、もっと手を伸ばした。
そして、
「!!」
アンは振り返る。
モレックが秘められた術を使おうとしている。
これを使うと本人すらも大きなダメージを負うものだが、それを使う可能性を見せることで、レナたちに引っ張られかけていたアンを引き戻したのだ。術の発動は、感覚がつながっているアンにしか感じられない。
──気になるものがいるならば、なおさら引くべきなんじゃないですかねぇ?
そのようなメッセージを受け取った。
「…………」
アンは、差し出されたレナの手を眺める。
アンが手を持ち上げたことで、レナは、期待した子リスのようにアンを見上げた。
おそるべきレナの[友愛の微笑み]の力。
純粋であればあるほど、好意がビシバシ伝わるのだ。
アンは最後に、ぞんぶんにそれを浴びた。
ぐいっと腕を上げたアンは、自らのフードをとる。
くすんだ金髪だ。
それから、髪の一房は、緑色をしていた。
普通なら混ざることはないだろうカラーリングに、レナの目が吸い寄せられる。
▽レナは なんだかとっても サディスティックな気持ちになってきた。
ふと反対の手で、パニエの下に隠していた鞭に触れていた。
(えっ、なんで!?)とスカートの裾をぱたぱたはたいて直すふうに誤魔化す。
アンは首を横に振る。
さらさら、とクセのない金髪がなびいて、その中で緑の髪だけは、妙に不規則だった。後にくっつけられたもののように。
「[トライ・ワープ]」
「!!」
非常に難しく、珍しい魔法だ。
この発声は妙に低く響き、聞き覚えがあるような、とレナは思った。
(! アンさんじゃない。消えたのはあの脚本家の人!?)
「悪いけど。断らせてもらうね。レイナ」
「どうしてですか……? そんなにも未練があるような顔をしているのに。私はこっちに逃げてきてほしいですよ」
「誇りってわかるか?」
「んー、言葉の意味は知っていますけれど、たった17年ぽっち生きただけの一般人には実感はありませんし、今のアンさんはしょんぼりしているので助けたくなっちゃいます」
「誇りが失われているんだ。私には。だからアンタの側にいると、みじめな気持ちになる。アンタから逃げるんだよ。さようなら、その青い服は脱いでおいて」
まっすぐなレナの気持ちが沁みたから、アンはふっ切ることができてしまった。
レナのスカートの一部をびりっと破る。力づくだ。
▽アンは 青のスカートの切れ端を ゲットした!
「キャーーーー!? なんで!?」
「もらっていくね」
「いります!?」
「まあ……何かに使うかも」
「使い所ってなんですか!? 嫌なんですけど! あとウチの家族が激怒してるので自殺行為やめてもらっていいですか!?」
「「「シャーーーーー!!」」」
全員が半魔物となり、ヒト型から今にも変化してしまいそうだ。
レナが大急ぎで鞭を取り出して「スキル[従順]!」とやらなければ、今頃アンはペシャンコのこまぎれの精神崩壊を起こしていたかもしれない。
「[トライ・ワープ]」
▽アンが消えてしまった。
ロベルトがレナに遠慮がちに声をかける。
「……あのアンデッド、どうやら体の中に杖を持っていたようだ。そこに魔法の呪文を刻んで、短縮魔法で使えるようにしていたのだろう」
「そんなことができるんですか?」
「相当な苦痛を伴うはずだ」
「そうなんだ……。……。……はあ、さみしいなあ」
「あの者も似たことを思っているだろう。けれど君たちがそれほど欲した縁だ。であればこれからの未来に、よい可能性が生まれたかもしれないぞ」
「優しいですね、ロベルトさん」
「どうだろうな」
「お仕事はいいんですか? 逃げられちゃいましたよ」
「使われたのは[トライ・ワープ]。だったらあまり遠くにはいけないはずだ。それに逃げたいのならば、わざわざ大事件は起こさないはず。人が少ない郊外までいってくれた方がかえって捕縛はしやすいさ。町の警備をしている者も優秀だから、信用はしている」
「そうなんですね」
「……あのね? 魂、黒かったよ?」
「……。……君の力は信用したい。しかし我々の技術で鑑定した結果、魂がグレー。そして業務妨害はあったものの、必要なのは現地調査と未納税金回収だ。"レイナ"たちは我が国の役人ではない。だから特別扱いは難しいな。それぞれの職務にあたっている者が、全力で職務を全うすることは誓おう」
「ちぇっ」
「もちろん警戒はするようにいつもより強めの指令を出しておく」
「うんっ」
レナたちは、奥の部屋を見ることにした。
先陣を切っていくのは仕事人のロベルトで、そのすぐ後にレナが続く。
どこか動きがギクシャクしているのは、助けようとした手が振り払われたことが、少なからずショックだったのだろう。
けれどひとまずは、アンの安全を祈ることにした。
また会えることを願いながら。
(アンさんは包容力があった。それって誰かを守ろうとするときに発揮されるような、お父さんみたいな芯のある感じというか。さっきの紫の人とは仲が悪かったみたいだけど、どこかに守りたい人がいるのかもしれないなー)
ぷるぷると頭を振って、気持ちを切り替えるために、レナはぱしっと頬を叩いた。自分のやつです。
机の上に、布がかけられていた。
布をめくると、冊子にまとめられた書き物がたくさん重ねられている。
「ここにあるのは未発表の冊子か?」
「そうですね。青の物語とはずいぶんと様子が違いますもん」
「こっちの方が字がすごく綺麗だねえ? これを配ってあげたらよかったのに? 変なのー」
「待って。このタイトルって……!」
レナが、ゴクリと喉を鳴らした。
嫌な汗がだらりと額から流れて頬を伝った。
「──”ブラック官庁勤めの私が退職したら元職場が壊滅寸前らしいけど、戻ってこいと言われてももう遅い”?」
「──”ナマイキな命令をそのまま仕返す20の方法、実践してみたら優勝した件”?」
「──”逆境から始まるとある僧侶の復讐ロード”?」
名前が「モレック」と統一されているので、あの脚本家が相当力を入れて書いたものに違いない。
自伝なのだろうか。
レナはそっと天を仰いだ。
「…………これは、黒歴史………………」
調査結果では、指名手配するほどの事態には至らなかった。奥の部屋に隠されていたのは脚本家の恥ずかしい自伝、それから在庫の紙など一式。
それから、なぜかきっちりとお金もまとめて置かれていた。
いやになるくらいちょうどよく魔王国の法律の内に収まる結果となった、とロベルトが眉を顰めて報告した。
人相と行動があやしくとも、法の範囲内で、魂の色がグレーである限り、これ以上は追求に人出を裂けない。
得られたものは、モレックという脚本家の情報と、アンとの時間、チンピラとの悪友的縁であった。
それからレナにとっては、記憶を実感するためのきっかけ。
あの部屋からは、休憩時間にアンと折った、折り鶴の紙もそのまま置かれていた。
「悪い時間ではなかったんだよね〜」
レナは赤の聖地のソファに寝転びながら、折り鶴のはしっこをひょっこりと掴んだ。
▽Next! 逃げた二人のゆく先




