ギルティアの目覚め☆
夕暮れがさらに更けて、夜がやってきたというのに。
赤の聖地のガーデンでは、レナたちがまだ頭を突き合わせてうんうん悩んでいる。
議論はもちろんギルティアの迎え方だ。
派手にパーティすべきか?
威嚇して強さを見せつけるところか?
白熱はしているけれど、あれかこれかと話すときの声は穏やかだ。わざわざ穏やかにしている。
ガーデンには今にも起きそうな蕾がいるので。ツタが絡み合って2メートルの山型となっている中央に、両手のひらを合わせて膨らませたくらいの蕾が、そっとたたずんでいる。
地上の話し声なんて地下のギルティアに届いているかは分からないけれど、みんなは気にかけるのだった 。
それを眺めているクドライヤは、むしろレナたちの言葉が届いてしまえばいいのに、と思っている。
(言葉は、心への水やりって物言いもあるよな)
(聞いたことねーっす。樹人特有のやつですかね? 先輩ってばなんかセンチメンタルあいたあっ)
護衛たちは極力視線で会話をしている。
ドリューもどつかれた時に声は出さなかった。
この時、賢い新人蝙蝠人は余計な横槍を入れなかった。にこにことレナパーティを眺めている。
ガーデンの蕾を視ていたリーカが、首を横に振る。
(まだ生まれていないし、様々な要素が絡み合っているため、世界の情報として曖昧すぎて読みとれない)
(了解)
ルーカもそうなのだろう。
わざわざ話し合いに参加して「新しい仲間を迎えるのに適切な歓迎とは?」と議論しているのだから。
しかしそれはそれで楽しそうな横顔だ。
レナがわざわざ魔眼を求めずにルーカの意見を聞いたから。
とっぷりと、夜が深まってきた。
ドリューがポツリと呟いた。
「あんなにギリギリまで考えて。業務的にこれでいいやってやらないんだよなぁ……一番の最適を、相手のためにって悩んでさ」
なにか思考の沼に沈んでいたのだろう、思わず声に出してしまっていた。
ここは戦場ではないとはいえ……とクドライヤが額を押さえた。
(チッチッチ。いい加減になんてやれないんですよ、赤ちゃんって可愛いもんですから!)
蝙蝠人が指をふる。
ドリューはそういうものかと頷きかけて、いやレナパーティは「深い」ぞ、と安直に下ろしかけた首を持ち上げた。
でもそれを新人にドヤ顔で言う前に、先輩の挙動が気になった。その時にはまた声を出していた。
「先輩そわそわしてません? あいたあああ」
威厳なんてドリューには兼ね備わらないのだった。
「静かにしてろ。生まれるぞ」
息を潜めてクドライヤたちが見つめる中、膨らみかけた蕾に、レナパーティが揃って向かう。
ふと、みんなが上を見た。
月が、雲に隠れてしまっている。
レナが指示をして、モスラが空に手を掲げると雲が晴れた。
満月の月明かりが、初々しい蕾にふりそそいだ。
*
▽蕾は 柔らかな月光に 照らされている。
レナたちはその光が届く範囲に、全員が揃って立つことにした。
これから目覚める新しい蕾。
目を開けた時、暗闇の中になにが潜んでいるのか分からない状態は怖いだろう。
できるだけ安心を届けられるように。
できれば安全だと分かってもらえるように。
「どんな姿で会うことになるんだろうね」
蕾の前にたたずんだレナは、はー、と深呼吸をした。
周りの華やかな薔薇の香りがレナの肺を満たしたが、ギルティアの蕾はまだ香りを発することがない。
良い香りにとか、綺麗な姿で……でもなくて、レナは「あなたが自分を褒められるような」花が開いてくれればと思う。
▽蕾が 膨らみはじめた。
▽月光の下 真白にきらめく。
「さあ。みんなー、モーニングコールの準備はいいかな?」
『<オッケー>』
レナはふんわり笑った。
変化が始まる。
蕾がシュルシュルと解けてくると、その花びらは表も裏も、下までまっ白であった。
魔王国が施した「ミニチュア牢」がきちんと発動している証。
ツタがうごめき、根元からずずずず……と持ち上がって、土の中から直径一メートルはありそうな果実が現れた。
すべすべした白リンゴのよう。
レナは触りたくなったが、まだ早いからと、腰の後ろで手首を持って自制した。
(おはよう)
▽果実が 蒸発した。
魔法が解けて、白リンゴは白の霧となる。
その中にみずみずしく現れたのは、小柄な樹人だ。
元の姿よりもひとまわり小さく、膝を抱えて縮こまっているのでさらに小さく見える。
深緑色の髪は、記憶にあるよりも随分と柔らかそうで、夜風にふわふわと揺れる。毛先は首のあたりまでしかなくて、ずいぶんと短くなっていた。
溢れるように髪に生えた若芽は美しい緑。
この時点でも、ギルティアが生まれ変わっていることが明白である。前はくすんだ枯れかけの葉だった。
白リンゴに絡まっていたツタの蕾がしゅるりと閉じて引っ込むと、ギルティアの髪の間にぷくりとした蕾が現れた。
ついに、ギルティアが目を開けた。
横を向いている体勢だったので、ぼんやりとしながら、まずは自分を照らしている光源を探したのだろうか、そのまま目を空に向けた。
星空に満月が輝いている。
ずっと閉じていた目には眩しいくらいの光。
世界の美しさにしばらく見惚れた。
「……おはよう」
レナが声をかけると、ゆーっくりとした動作でギルティアは首を動かし、目を瞬かせた。
月明かりに[赤ノ祝福ヲ賜リシ覇衣]が鮮やかにはためいている。
三つ編み美少女はゆったりと[友愛の微笑み]を浮かべている。
その背後に魔物たちの姿。
▽可愛い!!!
できるだけ威圧感をなくそうと決めた結果──小さな魔物はその可愛らしい姿のままで、大きな魔物やヒト型の者はゆったりとしたガウンにリボンなどを身につけた軽装。
ぱちぱち、とやけにピュアな瞳が現実を見つめる。
そして、手を持ちあげると、ギルティアは指を唇に加えた。
「バブゥ」
時が止まった。
▽生まれ変わりがガチすぎるーーー!
……というのが全員の見解である。
レナパーティも護衛たちも目を剥いている。
こんなはずではなかったのだけど。
しばらく隔離してリフレッシュを促す魔道具であったはず。
どう考えても、エリクサーだの、赤の聖地の土壌だの、幸運だのが関係している。
指をチュパチュパしていたギルティアだが、しばらくして、眉間にシワを寄せて震え始めた。
「う……ううっ……あぁ、あたしは……!?」
「お、おはよう。ギルティア」
目の焦点がレナにバチンと合う。
ハッ、としたように頭を上げた時、目が刃物のように鋭くなった。
「そうだ……! あたしは……ギルティア……!」
ギルティアは立ち上がろうとしたけれど、手足が思うように動かせなかったらしく、ころりんと前のめりにこける。
手をついた、片方は、肘から先が木の根のような形状をしている。まったく生まれたての樹人の特徴である。
ぷるぷると頭を振って、ギルティアは頬の湿った黒土を弾きとばした。
首に、ずしりと重い「首輪」の質感。
ギルティアは今に至るまでの経緯を大急ぎで掘り起こしていく。
喉が、乾いていく。
「なぁんだ、そういうことかよ……思い出してきたぞ……」
口元を歪ませて、今の無力な状態でもけして媚びずに、レナパーティを睨んだ。レナが足を踏ん張る。
「虫唾が走るな、お前たち。あたしに……! 肥沃な大地と、潤沢な水と、めちゃくちゃ美味い肥料を与えやがって!」
バーーーーン! と指差したまま、ギルティアは固まった。
「!?!?!?」
▽ギルティアは 激しく混乱している。
怒りの感情と、口から出た真実が噛み合わない。
うねうねとツタがうごめいて震えた。
(そりゃ、混乱するよなあ……)というのが、レナパーティと護衛の総意である。
癇癪を起こしたようにいっそう顔を顰めたギルティアが叫ぶ。
「砂漠の魂喰い花に何の用だってんだ!?……殺してほしいやつでもいるのか、ほほぅ、あたしに手を汚させようって魂胆?」
(痛々しいな。威嚇のためとはいえ、出てくるのがこういう発想だなんて……)
レナは胸が痛くて、眉がハの字になる。
はあ、とため息。
だらりと鞭を持つ手を下げた。
「いや……というか、砂漠の魂喰い花でもなさそうなんだよね。もう」
「はあ?」
「眠っている間に生まれ変わったんだよ。キサ、鏡を」
「うむ」
キサが氷魔法で鏡を作る。
鏡がレナとギルティアを遮断するように現れたのは、どうしても、敵意を持った相手から主人を守りたいと思ってしまったからなのだろう。
レナは頬をかく。
鏡ごしにギルティアの表情を観察してみると、愕然としていた。
「これが……あたし……?」
ぷりぷりお肌、鮮やか緑、目の下のクマもなくて、たっぷり眠って回復した樹人はそれはもう健康そのものであった。
どれだけ顔を顰めてみせようが、まるで子どもが駄々をこねているかのようである。
そうっと触れてみた頭の蕾は、うっとりするようなシルクの触り心地で、夢にまでみた白い花びら。
パーーーンとギルティアの常識が弾け飛んだ。
▽ギルティアの緊張が途切れた。
「バブゥ」
ピュアピュアのまん丸い瞳になり、また指をくわえる。
「ああっ! くううっ……!」
レナが脚に力を込めて踏んばり、触れに行きたいのを耐えている。えらいぞ。
(うわあ……)
クドライヤが顔を片手で覆った。
指の隙間からちゃんと観察はしているので護衛としてギリギリセーフ。
ギルティアとレナがお互いに異常行動を見せているのは、それぞれ心を整理しているから。
なので今のうちに……とルーカが子猫の前脚片方を挙げた。
にゃあ。
『僕たちも状況を整理しようか。今ならある程度、視れるから』
ゴクリ、と唾を呑んだのは、元夢組織のジレ、アグリスタ、マイラ。
大丈夫大丈夫、と先輩たちがヨシヨシした。
『ギルティアは、今はデザートギルティアとは呼べないね。進化したわけじゃないけれど、変化して、種族はふわふわしている。レベルはそのまま。スキルも前のまま。しかし同じ技を使ったとしても、体質が違うことによって、現れる魔法効果が変化することだろう』
「んーと……あの、例えば、が、聞きたいです」
『いいよジレ。[魂喰い]を発動した場合、前は白の魂のものを喰らえば体調を崩していたけれど、今はそれがよりいいエネルギーとなる。逆に黒の魂を吸えば負担は増してしまいそうだと視た』
「え!? 戦うときに不利なんじゃ……」
にゃふふ、とルーカが笑う。
『そもそも戦う必要を無くしたいんだと思うよ。レナはね』
「ギルティアお姉ちゃん……良かったねぇ……」
マイラがポツリと呟いた。
ころんと転がった目玉を拾ってあげたジレとアグリスタも、胸にこみ上げてくるものを感じていた。
「バブゥ」
「うううっはあああっ……!」
▽現実はなかなか強烈だけれどね!
しばらく状況は動きそうにない。
三人がじれじれしていることに気づいたミディとチョココが、トンと背中を押した。
イカゲソトントン! チョコアタック!
『行っておいでヨー』
『再会ってきっとスウィートな思い出になります!』
素直な応援に励まされて、なんとか一歩を踏み出す。
キサの氷の鏡が溶けて、石畳の床には清らかな水溜りができた。三人の足がそれを踏もうとしたとき、すうううっと隙間から地面に吸い込まれていった。
素顔を晒しているギルティアの瞳から、涙がダパーと溢れ始めた。
うるうると潤う黒目。
三人は衝撃を受けた。
誰よりも枯渇していてけして弱みを見せなかったあのギルティアが。
「うわあああギルティアお姉ちゃんが泣いてるううう!?」
「釣られて泣くな、アグリスタ」
「な、何が正解なんだろう……? えっと私たちどうしたら……」
マイラがレナの服の裾を引っ張った。
助けてというように。
挙動不審だったレナはこほんと咳払いして、従魔と向き合った。
「知らない場所で怖かったところを、三人に再会できて安心したのかもしれないね」
「「「!!」」」
けしてそれが正解ではないだろうけど、不正解ということもないだろう、とレナは考えた。
夢組織は歪ながらも絆が強かったから。
ただし、その元仲間がレナパーティと親身、というのは反対の感情も抱きそうなので。
ギルティアが頭を抱え始めた。
また、変化しそうだ。
レナは先手を打つことにした。
「よし! 私が迎えに行ってくるから、みんなはここで待っていてね」
三人をそっと抱きしめると、ギルティアの目前に立つ。
ギルティアは体育座りの姿勢で、きょとんとレナを見上げてくる。
潤んだ瞳は揺れていて、そのうちさっきのように敵意をぶつけてくるだろうとレナは予想した。
さあ魔物と魔物使いの勝負。
「自己紹介するね。私は、藤堂レナ。あなたの手を取りたいの」
レナが手のひらを差し出す。
友達、とは言えない。ギルティアを更生させることがレナパーティの仕事であり、まず従える必要があるから。
手助け、というのは善意の押し付けすぎると思った。
悩んで導き出したのは、レナはともに歩みたいという意思表示をすることである。
(きっと大事な縁になるから、どれだけでも何度だって悩みましょう。あなたのことをたくさん考えるよ)
潤いすぎてふやけたようなギルティアの手のひらを、レナが掬い上げた。
そうっと丁寧に握った。
ギルティアは目を細めて、ぎらりと敵意を漲らせると、グイッとレナに顔を近づけた。
ごちん、とおでこが鈍い音を立てる。
「グオオ……石頭め!」
呻いたギルティアはまた、元に戻ったようである。
「わざと無防備なときにやってくるなんてな、くそっ、性格が悪いなお前! くっそぉ体がダルイ、動かねえ! 水分吸いすぎた……このツタの絡まりさえなかったらなぁ、お前なんて……!」
「どうするの?」
「魔物使いは主人が一番弱いって知ってんだよ。ぐちゃぐちゃにしてやる」
「私も変化したんだよね」
レナはやはり、手のひらを差し出した。
押し付けるように。
見下ろすような視線には「挑むよね?」の挑発が込められている。
カチン!! とギルティアが激昂した。
赤ん坊の癇癪になってしまわないように、ギリギリで自分を律しつつ、苛立ちをぶつける。
▽レナと ギルティアの 腕相撲!
▽やんややんやと 超速フレグランスマッチョマンたちが 舞う。
▽視界が メンタルをえぐってくる。己を保つためにギルティアは必死だ。
「この! はあ!? 力強ぉ!? なんなのお前!?」
「異世界人かな」
「意味わかんねえ」
「また教えてあげる。あなたが落ち着いて話を聞いてくれそうなときにね」
「興味ない」
ギルティアはギリギリゴンゴンッとおでこでレナに反則攻撃したけれど、その強靭さに呻くことになった。
きゅっ、とレナがギルティアの腕を捻りあげる。
「はい。では本題ね。”私の懐で花を咲かせてあげましょう”」
「!?」
ギルティアが真っ赤になってしまった。
頬をぷくっと膨らませて口をつぐんでいるのは、今口を開いたらまた赤ちゃん返りしてしまう予感がしていたためである。
クドライヤが唖然としている。
(本当に言った……いや俺が伝えた言葉だけどさ。樹人を勧誘するための一番強い言葉をくれっていうから……でもあれプロポーズなんだぜ)
それくらい覚悟を持って発言しているのだろうから、感心してしまった。
隣のドリューの戯言も無視できるレベルである。
わなわなと震えたギルティアが、なんとか反撃をする。
「ヤダ!! 花はあたしのもんだ、蕾のままでも譲らない!」
「そっか。じゃあ素敵な花になるといいよね、あなたが理想とするような花に」
あんなこと言ってあっさり突き放すのかよという気持ちをギルティアが抱いたときだ。
「しばらくはうちで手助けすることが決定しているから」
ギギギギ、と繋いだ手のひらに力を込め始めたレナ。
その剛力にギルティアはぎょっとした。
「私が勝ったから、私の従魔になってもらうことに納得してもらいますね。スキル[仮契約]」
▽魔法陣が現れた。
レナは、繋いだ手を、思い切りひっぱった!
お腹の上にギルティアが倒れ込んだ。
<[仮契約]が成立しました!>
<契約期間は残り7日です>
<従魔:ギルティアのステータスが閲覧可能となりました>
<ギルドカードを確認して下さい>
「くっそおおおお!」
ギルティアが必死にレナから離れようとしている。
何か、おそろしいものに包まれている。
ひだまりのような、たっぷりの栄養を含んだ肥料のような、豊かな水のような。
現実的にはレナの脚である。
「うりゃ! 捕まえた」
「なんだコラ離しやがれーッ! くっそビクともしねぇ!」
しばらくジタバタしていたギルティアを生あたたかく全員が眺めている。いいなあ、という視線もある。
やがて力尽きた時、ギルティアはやはりまっさらな赤ん坊になってしまった。
うとうとまどろむギルティア。
蕾は、まだ閉ざされている。




