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チョココ♪ バレンタインデー!6☆




 ──キッチン。


 レナとアグリスタ、眠るチョココ。


 レナがかしゃかしゃと泡立て器を使ってホイップを作り、アグリスタは皿を拭く。

 穏やかな時間が流れている。


(今、マイラはいないし……ジレもいないしぃ……でもチョココがいるから、なんとかぁ……)


 アグリスタのしょんぼりしていた馬耳が、ふわりと持ち上がる。

 自分が人を不幸にしてしまわない保証が、こんなにも安心するなんて。


 今、赤ずきんのフードを頭の後ろにやって、その中にチョココがおさまっている。

 チョコレートの匂いが香って、ホッと肩の力を抜くと、さらされている紫髪がさらりと揺れた。


 前髪ごしに、ちらりとレナを窺い見るアグリスタ。


 レナは手元に集中している。

 レナが、アグリスタをじーっと見ていることは実は少なくて、従来ならばそれを「目を合わせたくない」と考えるところだが……


(ボクが怖がらないようにって、そう思ってる。そんな心が、分かるよぅ……)


 少し距離はあっても、レナは隣にいるのだ。

 従魔契約が訴えてくる。

 主人は安全、安心、従魔を大事にするよと。


 甘い夢みたいに。


(そういうのにもう一度すがるの、怖い、けどぉ……。……ボクらには、拒否権がないですし)


 そういうものを与えないでね、とアグリスタは願う。

 こわがりの拒否権を、自分を傷つけるために使ってしまうだろうから。


 ここにいるために。

 今はただ従えてほしい。


 首を前に傾けると、ごつい首輪が喉を圧迫した。

 この息苦しさと、のしかかる重みが、救いになっているとは皮肉である。



「アグリスタ? 前髪がお皿についてるよ……」

「はわっ!?」


 俯きすぎて、前髪のはしっこがお皿に乗っかっている。

 これではイートミィである。


「ご、ごめんなさいっ」

「軽くすすいで、また拭いてくれたらいいから。旅の途中なら気にしないくらいだけど、今は室内だから、まあ衛生に気を使ってもいいのかな〜って」


 レナは軽く言って、ほのかに笑い、またアグリスタからそっと視線をそらす。


 アグリスタは静かに、気をつけてお皿をすすいで、綿のふきんで拭いた。

 白地に金の縁取りがある皿は、きっと高価だろう。

 落としたら? それでも、レナは叱らないのかもしれないけれど。


(落としちゃだめ。落としちゃだめ。〜〜〜〜!)


 してはいけない、という縛りが呪いになって、アグリスタの頭の中は「失敗してしまった時の想像」でいっぱいになる。

 そうすると、きっと……


 ▽チョココが 寝返りをした。

 ▽首筋がヌルリとあったかい!


「ヒャアア!?」


 パリン! と……床で破裂音。

 皿が割れて、破片が飛び散った。


「アグリスタ!」


 叫ぶように名前を呼ばれると、ビクッと肩が跳ねて、尻尾が逆立つ。

 ブワッと涙が滲む。


「怪我はない!?」

「……ない、です」

「それなら良かった。よし、次、気をつけようね」


 レナがアグリスタの手を取り、まじまじと見ている。それから足元を確認して、顔を真正面から見た。


 こんなにまっすぐに眺められたのは、このお屋敷にきてすぐの自己紹介のとき以来だ。


 黒い瞳は奥が深くて、その深みはレナの人間性の複雑さのようにアグリスタは感じた。

 きっといろんな気持ちが収まっていて、あたたかい部分のみがいつも表に現れているのだ。

 それはレナの優しさであり、強い意志なのだろう。


「アグリスタ」

「……はい」

「危なかったけど、お皿を拭くのがまだできないとは思わないよ。チョココが寝返りしちゃってビックリしたのは分かるし、これまで三度頼んだときは割らなかったし。水分を拭くのもだんだん上手になってる。だから、これからもよろしくね」


 一番ほしい言葉をくれた。


(どうしてわかるんだろう?)


 ちょっとキツイ一矢が欲しかったんだって。

 まだここで成長しなさいね、という束縛の約束を、アグリスタが望んでいるんだって。



「こら、チョココ〜」


 レナは赤フードで居眠りしているチョココをつまんでいる。もちーんとチョコレートボディが伸びている。


(偶然なのかな、ボクにその言葉をくれたこと。……あ)


「なにか言ってくれそう? 聞くよー?」

「う!? ジーッと見ちゃってごめんなさい……」

「あはは、いいよ。綺麗な緑の目だね」


(綺麗? 綺麗? 綺麗??)


 アグリスタは気絶しそうに驚いた。

 草の色、森の色、オーロラ、エメラルド……とレナが指折り数えていくものの美しい例えに恐れおののいて、パチリとまばたきすると「緑が深くなった。お抹茶!」とよくわからないシメをされて、やっと緊張が解ける。


「嫉妬、って言われました……」

「嫉妬?」

「緑の目は、嫉妬を表す卑屈な……ものだって……」


 アグリスタがカクンと俯いて、目を隠し、首の圧迫感に酔う。

 無意識に、首にかけられた縄を指先でいじっていた。


「……私、その常識は聞いたことがないけどなぁ……」

「えっと。一角の馬たちは、そう言ってて……緑の目をした嫉妬心とか、緑目玉の異形の化け物が昔はいたとかぁ……? ボクも勉強してなくて……言われたことしかわからなくてごめんなさい……でも、あってると思います。ボクは、卑屈ですからぁ……」

「大丈夫。概念を変えよう」

「概念を?」


 聞き間違いか? とアグリスタが顔を上げたが、レナは真剣な目をしている。

 黒の深みにのみこまれそうだ。

 黒魔法の魅了かと思うほどに。


「あなたが生きにくくなるなら、その情報は忘れてしまってもいい。卑屈な自分が目標じゃないでしょう? そんなに耳を伏せさせて……。緑の目の意味は、アグリスタが考えてもいいんだよ」

「……っムリですぅぅ!」


 ここで突き放さないで!? と、アグリスタは激しく頭を振った。

 するとおそろしいほどの恐怖心が、ぶわっと湧き上がってくる。

 膝が震えた。


「じゃあ一緒に考えよっか?」


 破片が散らかった床に倒れたら大変! と、レナがアグリスタを抱きしめた。

 いつもより強く。

 冷や汗をかきながらも、安心させるような笑顔で。


 アグリスタは硬直していたので、レナの手を振りほどかなかった。


 その間に、キッチンの隅に隠れていたルージュがそっと指示をして、影の魔物たちに破片を片付けさせる。

 それから、ふっとばされたチョココをルージュは大事に抱いて『見ていますわ』とレナに手を振った。

(あなたの手腕を見ていますわ)と言われているようで、レナは苦笑した。



「緑は草の色、森の色……あ、生命の色? ピンときた!」

「ピンと……」

「私って、運[測定不能]のステータスだからなのか、ピンとくる瞬間があるの」


 例えば、チョココがなんとなく『今あのひとに必要なお菓子はこれかな〜!』と思いついたように。

 レナの幸運は強いのだ。


「ってことは、アグリスタも気にいるフレーズなのかなって思ったんだけど?」

「生命……」


 アグリスタは唇を噛み締めている。

(どうしてわかるんだろう。一番欲しい言葉……)


 ずっと誰かを傷つけるだけだった。

 だから慈しむような力に憧れていた。

 類似種族のユニコーンの癒しの力を、嫉妬の気持ちで眺めていたように。


 でももう、嫉妬の緑から変わってもいいのだという。

 与えられた。


(運、なの?)


 それ以上に、レナはアグリスタのことを丁寧に見ていたのだろう。だから閃いたし、ピンときた。


 思いやりがなければこんなに綺麗な表現は出てこないよね……と、アグリスタはそんな風に自惚うぬぼれた。


 顔が真っ赤になっていることを自覚しながら、アグリスタは思いきって、顔を上げる。


「それに、します……ね……」

「うん! 目が潤んでてね、朝露がのった葉っぱみたいに綺麗。生命力を感じるよー?」

「ひゃい……」


 かああっと赤らんだ顔を、アグリスタが服の袖で覆って隠す。


 その隙間から、チラチラと緑の瞳が覗く。


(う!)


 キュン! とレナの従魔尊いラブスイッチが入る。

 ▽我慢!


 心の奥底が震えた。

 アグリスタと目を合わせてしまったゆえに。

 ぎ、と奥歯を噛む。


「……あ」


 レナの繊細な変化に、アグリスタは気づく。


「ごめんなさいぃレナ様……あの……ネガティブオーラ、感染うつる、みたいでっ」

「あのねアグリスタ」


 レナはいつもより重い口を開く。


「私にも弱いところがあって」

「え」

「自分じゃわからなかったような深い部分がね」

「う」

「あなたに教えてもらえてよかった……!」


 アグリスタが目を見開いた。

 普段は伏し目がちな瞳にいっぱい光が入ってきて、キラキラする。


「ありがとう! また強くなれるよ」

「またぁ!? ……あ、ごめっ」

「うん、また。みんなのこと守れるように、ご主人様だって強くないとね!」


 レナは、にかっと笑ってみせた。


 自分の弱い部分と向き合って、それをどう克服しようかとルーカたちと相談している最中だというのだ。


(なんてつよいの)


 嫉妬はいいところを見つけられる力であり。

 憧れることで自らを高められる。

 そのようにアグリスタが贈り言葉をもらうのは、もう少し先、進化を迎える頃であろう。

 ▽何事もタイミングがあるのだ。



「あ、チョココ……」

『はい』


 ルージュからチョココを手渡されたアグリスタは、すうーっと香りを吸い込んだ。

 チョコレートが幸せな気持ちをくれる。


「あ。レナ様も……嗅ぎますか?」

「か、嗅ぐぅ」


 レナは面白くなってクスクス笑いながら、チョココを受け取った。

 今日はバレンタインデー。

 好きな人に感謝を伝える幸せな日だ。


 二人は意識していなくても、ルージュがにっこりと笑っている。



 レナはうずうずと、撫でたい気持ちをずっと我慢している。

 健康的に柔らかくなった紫髪が、ふわふわとレナを誘惑してくるのだ。

 ▽無理。


「あ、あのね〜……アグリスタ。ちょーっと、頭を撫でても良かったりする?」

「ふぁ!? おおせのあままっ……まま、です、はいぃ」

「じゃあすこしだけ」


 レナがぽふんと手のひらを乗せて、ゆっくり頭を撫でた。

 紫髪が艶をはなつ。


(馬耳やおでこの一角は敏感なはずだから、まだ触らないように気をつけて〜。ふわっふわ!)


 ほわ、とアグリスタが熱い息を吐く。


「さて、お皿拭き、引き続きよろしくお願いします」

「……はい」



 再び、穏やかな時間が流れ始めた。


 ボウルいっぱいのマヨネーズが作られた。

 それから野菜、ウインナー、マカロニを茹でる。


 甘いものを食べた口直しにと、しょっぱめの軽食を作っているのだとレナは言う。


 デザートとメインディッシュの順番があべこべだねー、と朗らかな笑い声があがった。







挿絵(By みてみん)

色みが大事な回なので!

色鉛筆ですがこんなかんじです(*´ω`*)



明日は出かけるのでおやすみ、金曜日にまた更新しますね。

まだまだいくよー!(ぜえはあ)


ワッショイ!!!!!!



読んでくださってありがとうございました!








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