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初仕事・ジレ☆

 



 ──お屋敷薔薇庭園。


 ジレとクーイズ、パトリシア、リオ、クドライヤがやってきた。



「うわ……」


 ジレが思わずというように感嘆の息を漏らして、ガーデンを眺める。


 赤薔薇を中心に、ツル薔薇、白薔薇、細やかな花がさまざま咲き誇っている。

 緑の葉がイキイキと伸びて、ガーデンアーチを、シャボンフィッシュがくぐっていく。棘でパチリと弾けると、きらめく水滴を降らせた。

 にょきにょき! と新芽が現れて、マジカル変化する。


「ええぇ……」


 ジレの声の変化に、パトリシアたちは喉の奥で笑いを堪えた。


 新芽はくにゅくにゅうごめいて、ジレに手を振っているかのようだ。



 クーイズが振り返る。


「パティお姉ちゃーん。ジレに庭の説明してあげてよ?」

「まかせろ」


 パトリシアが堂々と前に出る。


 葉っぱの耳を持つミニウサギがやってきて、パトリシアの足にぶつかった。

 ひょいとそれを抱えたパトリシア。

 ジレに見せる。


「ここは庭園ダンジョンだ」

「は?」

「まあ気持ちはわかる。まず、聞きな。お屋敷領域がダンジョンとなっていることは、聞いてるな?」


 ジレが、ごくりと生唾をのむ。


「ここは庭園領域。ってふうに、場所によってダンジョンの様子がちょっと違うんだよ。これから作業をするんだ、庭園領域の仕様について知っておいて」

「し、仕様」

「モンスターの生まれ方とか」

「モンスター!?」

「正確には、魔物未満の『モム』。このビット・モムもそう。ダンジョンだから独自のモンスターが生まれるって、知ってる?」

「えっと……言われてみれば……って感じ、です……?」

「でも常識が追いつかないんだろ?」

「はい」

「慣れる。安心しろ」


 ジレは、すうっ……と瞼を半分降ろした。半眼というやつだ。諦めた目をしている。


 レナが最初にぶちかましたのがいい判断だったらしい。

 ここでは非常識があたりまえだぞ。


 ▽レナの物語に入りかけたぞ! 気をつけろ!



(ほかの場所でも似たような問答してるんだろうなぁ)と、想像したパトリシア、そのとおり大正解である。まあそれはあとで。


「いいリアクションだったよ、ジレ。ははは!」


 パトリシアが、ぽん、とジレの肩に手を置いた。

 びくぅ! とジレが飛び上がったが、毒は服に吸収されてしまって、パトリシアの手にダメージはなかった。


(店長ぉぉ! もう……可愛い子供に寛容なのは知っていますけれど、距離が不安ですよ!)

(あっぶねぇ! もし毒が手に入ってきてたら、レナ様がどんだけ嘆くか、従魔が暴走するか分かんねぇから、積極的に触れていくのはやめてくれよ……心臓がいくつあっても足んねーわ)


 リオとクドライヤが、深い息を吐き出した。



「じゃ、今日の作業について」

「はい。えっと……」

「パトリシアでいい」

「パトリシアさん」

「まあ、それで。ジレ、あそこ見えるか? 庭の端っこ、雑草が生えてるじゃん。焼き払って欲しいんだよな」


 指さされた先を、ジレが見て、ハッとした表情になった。


 これまで綺麗な花壇に夢中で、隅っこは視界に入っていなかった。



 黒くこびりつくように生えている雑草群。

 明らかに異常だ。


(この屋敷がボロボロだった時にも、あんな草はなかったぞ……)


 ということは、その後芽生えたということだ。

 レナパーティがわざわざ作った品種でもないはず。


(俺たちが精霊を堕としたから? 死者の魂を汚したから? そういうものの、影響なのか……)


 ジレが、ぐっと拳を握った。


 パトリシアたちは原因について言及しなかった。

 ただ、あれを焼き払う仕事をしてほしいと。


「わかった」

(清算だ……ゼロになるわけじゃ、ないけど……)


 ここには、犯罪労働にきたのだ。

 しかし、それをただの重荷に思わないのは、綺麗な服を着て、甘いものが胃を満たして、見守る視線が優しいからか。


 歩いていく時、服が優しく肌を包んでいた。


 近づくと、腐臭もわずかに嗅ぎとる。

 ジレの鼻は鈍感な方だが、気付いた。ということは獣の姿をしたモムたちは、この一帯に近寄らないのも当然だ。獣にとっては鼻がもげるような臭いだろう。

 これをなんとかしたい、ということをレナパーティは犯罪者への課題として残した。



「……俺の炎は、威力はあるけど、毒を撒き散らします。大丈夫ですか……?」

「「なーんのためにクーとイズたちがいるって思ってんの〜?」」


 にひひ、と歯を見せたクーイズは頼もしかった。

 赤と青の2人にぷよんと分かれたのは、何かあった時に対応しやすいように、だろうか。



「変化します」


 ▽ジレは 魔物型になった。


 焼け焦げたような黒々とした身体、ひび割れたところからは濁った炎がにじむ、グロテスクな蜥蜴トカゲの姿。

 レナが見たら『黒いサンショウウオ』と称しただろう。


 ジレは大きな口を、閉じている。

 息をしたら、毒をはらんだ蒸気がぶわっと溢れるからだ。


<……>

(しまった、口を閉じたままじゃ言葉を届けられない……)


 ジレはウッカリしていて、頭が真っ白になった。


 五秒ほど、動きを止めている。


 どうしたんだ……?とパトリシアが不思議そうに呟いた声が、耳に痛い。


<アラアラ〜! 私を頼ってくれていいのですよ? ホホホホホ!!>

<!!!!>


 ▽脳内にキラの声!


<ははーんなるほど。炎のスキルを使うと空気中に毒が撒かれるから、炎を纏って地面を疾走しようと思うけど、それでいい? って確認しようと思ったんですね! 良いと思います! とっても良いと思います! その思いやりに5000兆点! えらーい!>


 ええと……とジレが返事を考えている間に、


<みなさんに伝えておきますね!>


 キラが伝言した。



 ジレの背中に向けられる視線が、さらに優しさを増した。


(う、うわあああああ!?)


 照れまくったジレは、ボウッ! と炎を纏う。


 オレンジ色の中に、紫がパチパチと混ざる、ねばりけを持つ独特の炎だ。



 ダッシュ!!!!



 庭の隅をざかざかと走る。

 光景としては、とても地味。

 そして不気味。

 悪夢のような漆黒の庭に大蜥蜴トカゲ、ヌラヌラした炎が地面にへばりついているのは、異様なおぞましさだ。



 パトリシアたちは、ジュエルスライムがうすーく伸びたドームの中から、ジレを眺めていた。

 ドームごしに見た光景は、どんなに不気味でも、きらめきが足されるのが面白い。


「空気中に毒……滲んでんの? クーイズ」

<<とぉっても美味しいの〜♡>>

<だそうです☆>

「ありがと、キラ」

<でもでも私が出しゃばっちゃうと、またマスター・レナのための物語になってしまうので、そろそろ自重致しますねっ>

(((それは大事だ)))


 パトリシア・リオ・クドライヤが、うんうんと頭を縦に振る。



 周りを眺めたが、花壇に毒の影響は見られない。

 パトリシアがクドライヤを見上げ、視線で問いかけた。


「あー……みなさん、上を眺めてもらえますか? 魔力の揺らぎがあるの、分かります?」

「さっぱり分かんねぇ……クドライヤさん、やっぱ鋭いっすね」

「僕も分かりません」

「……。あの魔力の揺らぎ、幻覚だと思います。あと外のゴーストローズが気温の低下を感じているので、氷系の魔法が使われています。リリーさんの[幻覚]、キサさんの[クリスタロスドーム]でしょうね」

「あー! ありえそう」



 どの程度、ジレの毒が効くのか? わからないから、レナパーティは万全の準備をしていた。

 もしもの事態で誰かが傷つくことのないように。

 ジレのコンプレックスを刺激せずに、心を守れるように。


 だからジレだけを檻に閉じ込めるのではなく、自分たちの方をスライムドームで覆ったのだ。




(終わりました! ……どう伝えよう)


 ジレは歩行をやめると、困って固まり、瞼を何度かひくひくさせる。

 おかしな草は焼き尽くされていて、ねばついた炎が灰を地面にべっとりと付着させていた。


 パトリシアたちを眺める


<ギューゥ……>


 喉を鳴らして、僅かな音を漏らした。

 それは、クーイズが聞いた。


<そろそろ毒、弱まってきてるよねぇ? ひとりでガードできそう? クー>

<ういっす! んじゃイズ、ジレのこと頼んだぜぃ>


 スライムドームがいっそう薄くなり、端っこから、ぽよよん! と青スライムが弾み出た。

 それから、人型のイズミになる。


<!!>

「えらかったねージレ、お疲れさまだよ〜」


 イズミが、蜥蜴頭を撫でた。


「よっと」

<え、うわ、うわあっ>


 イズミが煉獄火蜥蜴を抱えあげると、ジレはとっさにジタバタ暴れた。

 捕らえそうになった時の、恐怖が湧き上がってきたのだ。


 尻尾まで一メートルほどもあるジレが暴れると、イズミにたくさん傷がついた。


「スライムだから問題ないよ、って言ったっしょ? そーやって失敗もしてさ、練習しな」


 イズミの凹んだ部分が、元に戻った。


 えぐれた青の断面は、血色から離れていたぶんジレの罪悪感は少なかったが、それでも落ち込ませた。



<ごめん……>

「よしよし。今の毒気も、イズが吸収したから大丈夫。制御、学ぼう」

<そんなことできるんだろうか>


 イズミの肩に顎を乗せたジレが、呟く。


進化レア・クラスチェンジ。考えてみたら?」

<!>


 よしよーし、と背中を撫でられる。


 こんなに恐れのない手のひらは、初めてだった。


 レナに習ったのだ、イズミたちの撫で方は。

 心地いいに決まっている。



<あの。草は燃やしたけど、毒の地面は、どうするの……?>

「みてごらん!」


 イズミが体勢をくるっと90度、横向きに。


 2人で庭を眺めた。



 紅色が踊るように現れた。


 ▽聖霊カルメン!


『媒体として十分だ。出でよ、白炎!!!!』


 ボウウウウ!!!!

 くすぶっていた煉獄の炎が、白く燃え上がる!!


 カルメンがその中で、華やかに踊る。

 脚をのびやかに動かして、スカートと髪を遊ばせて、高らかに手を叩いた。

 赤い唇が、歓喜の笑みを刻んだ。


 魂に響くような、太古の歌。



 シュワアッ! ……クリスタロスドームを蒸発させて、カルメンの白炎が消えた。



「<ブラボーー!>」


 イズミとクレハが、嬉しそうに歓声をあげた。

 同じく歓声をあげそうになっていたレナは、壁の陰で、あわてて口をつぐんだ。



『我々の白炎は美しいだろう? 炎属性の子供よ』

<……!? は、はい>


 グッ、と顔を近づけられたジレが、ビビッと驚きながら答える。


『これが欲しいだろう? よし、待っているぞ!』

<!?!?>


 ジレの鼻先に噛みつくようなキスをして、カルメンは消えた。


 懐かしい火山地帯のケダモノの味がした、とのちに聖霊は語った。



「カルメン様だいたーん♡ ま、それは置いといて。ジレ、まだまだショーは続くよ〜」


 ぽかんとしているジレの背中を、とんとんとあやすようにイズミが叩く。



 きらめくシャボンフィッシュが弾けて、エリクサーが地面に染み渡っていく。

 パトリシアとリオ、クドライヤが、タネをまいていった。

 超速ハッピークローバーが瞬く間に芽吹き、緑の一帯となった。


「すげーめちゃくちゃいい土。納得の生育。ありがとな」

「これとかいい感じですよ、店長」

「お、リオ、剪定してみな」


 リオが、園芸バサミでぷちりと切ったハッピークローバーは、うねうね動いている。

 ふわふわ飛んできた綿毛と合体して、手のひらサイズのクローバービット・モムになった。



「ああ、鑑定して欲しいなー」


 金色猫がやってきて、小さな紙を渡して帰る。


「"毒無効。非常時に一度だけ白炎を灯らせて、燃えきったら種となり、また芽吹く。そんなモム"……とのこと」


 瞬きすら忘れてびっくりしているジレの頭に、クローバーウサギが置かれた。

 ぽふぽふと動き、頭の中央に納まる。かがみもちホームポジション。



「「仕事終了、お疲れさまだよジレ!」」



 本当に疲れた、とのちに口をむずむずさせながら、ジレは仲間に語るのだった。




 ▽初仕事、満点!





挿絵(By みてみん)


オオサンショウウオ系の、煉獄火蜥蜴。

一メートルの大きさは尻尾を含みます。


まだお屋敷に負の遺産があるので、治していきましょう。



読んで下さってありがとうございました!

次はアグリスタ!

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