夢組織のお別れ会2
プレゼントボックスは横長の箱。
赤い包装紙、ピカピカ光るリボンがかけられている。
意味がわからない、というふうに夢組織の子どもたちは戸惑っている。
(各々の考えている事は大体わかりますね……)
宰相は観察して、そっと目を伏せた。
(こんなに綺麗な物を自分たちにプレゼントとして見せたのはなぜ? 本当に自分たちへのプレゼント? ……というあたりでしょうか……)
「わあ! レナパーティのみなさんは、きっと三人が来るのを楽しみにしていらっしゃるんでしょうね。戦いはありましたけれども……一緒に暮らすとなれば仲良くしましょう、ってお気持ちのプレゼントでしょう」
ノアが無邪気な笑顔で、余計な、しかし核心をついた一言を口にした。
夢組織の者たちの瞳が揺れる。
宰相は何度目かのため息を吐きたくなった。
「──早く開けてしまいましょうか」
「それが得策だな!!!!」
導き出した最適解は、進めること。
長々と深読みを始められては、疑念が膨らむばかりなのだ。
「さあ開けよう!!!!」
「譲りましょうね」
▽宰相の 束縛技術!
▽ドグマは 蜘蛛糸で椅子にくくりつけられた。
「……それくらい分かっておったわ!」
「何事も予防が大切ですので」
ふてくされたドグマを眺めながら、宰相は指で箱をつつき、三センチほど、夢組織のほうに押しやった。
スケルトンホースが、ドグマにビビって白目になっていたので、大丈夫ですか……と宰相が声をかけると、イラが「ええ」と背中をさすってやりながら代わりに答える。
力関係がよくわかる。
「開けていいんですね?」
「はい」
代表して確認したイラを、子ども三人がはらはらと見た。
イラは苦笑しながら、箱を三人の前に置く。
シルクゴーストが飛びあがって、スケルトンホースは「ぎゃ!」と震え、煉獄火蜥蜴が肌にびきびき亀裂を走らせる。
「はい、みんなでやること。いいね? おれじゃなくて三人に、ってことだと思うから」
「えええ……でもー、イラがやってくれないの……?」
「これからおれは離れるから。力を合わせて挑戦できるようにならなきゃいけないと思わない?」
「ぅぅ、ううぅぅ〜〜」
「大丈夫、大丈夫。拷問じゃないから」
イラの一言でシルクゴーストとスケルトンホースがさらに怖がってしまった。
(わざとか……?)宰相がにこやかなイラを横目で見る。
いや、悪気はなかったようで、「あれ?」と慌てはじめた。
そのままの意味で安心させようとしたらしい。しかし言葉選びがまずかった。イラもまだまだ話術など付け焼刃だということ。
宰相が言葉をかけようか迷っていると、
「じゃあ……俺、やる」
煉獄火蜥蜴がスッと手を挙げた。
三人の中では一番年長だ。十五年生きている。
しかし見た目はまだ幼く、少年にもなりきれていない程度。
成長がゆるやかなのは長寿種族の特徴であり、進化を一度もしていないから、と考えられる。レア種族でありながらもステータス数値が特別高いわけではないのは、それが理由。
煉獄火蜥蜴ジレは、浅黒い肌に細やかな傷がついていて、おでこに黒い竜鱗が覗いている。
短めの黒髪が、頭を傾けた時にふわりと揺れた。
切れ長の目で、真剣にじーーっとプレゼントボックスを眺めている。
ゴクリ、と生唾を飲み込んだ。
「ここを、こう、合ってる?」
リボンの端をつまんで、宰相の了承を得てから、解いた。
しゅるりと贅沢なリボンが解ける感触は、ジレがこれまで経験したことのないものだった……
リボンを解くだけでも随分と時間がかかってしまった。
包装紙はいったいどれほど躊躇われるのか、と思っていたが、
「ジレが頑張ったんだし、わ、わたしたちも」
「や、やるよぉ〜……ぐすっ……」
シルクゴーストとスケルトンホースが、恐る恐るといった手つきながらも、包装紙を破りはじめる。
ビリビリと破れているのは、慣れない作業なので仕方ない。
意外にも早く、白い箱があらわになった。
鼻をヒクヒク動かしたスケルトンホースが、甘い香りにびっくりして鼻をこすって、鼻粘膜が傷ついたのか、鼻血がたらりと垂れてしまった。
シルクゴーストがエプロンの端で、血を拭いてあげる。
赤く汚れたエプロンを軽く払うと、汚れがきれいになくなってしまった。
(あの種族特性は気になりますね)と宰相が脳内にチェック。
「箱の白、包装紙の赤、めでたい色合いだな!!」
「わあ、魔王様のご発想とても素敵ですねぇ。紅白、縁起色、幸運なレナパーティにぴったりって感じがします」
「そうだろう!!!!」
唐突に挟まれる魔王・ノアの漫才。
まさかの事態に、宰相は机の角に頭をぶつけたくなった。
▽みんな落ち着いて。
「「「せーの」」」
▽プレゼントボックスが開いた。
▽美しいチョコレートコレクションが現れた!×4
「わあぁ!」
ふわんと香る、なんとも甘ったるい幸せの匂い。
つやつやとした宝石みたいなチョコレートたち。
口をいっぱいに満たしてしまいそうな大きめの台形。
上面には、ゴースト・馬・蜥蜴・花がそれぞれ描かれている。
ホワイトチョコレートとビターチョコレートで、見事な絵にしたのはモスラだ。それはもう「仲良くしましょうね?」の願いが濃く濃く濃くこもっている。
「すごぉい……」
「これ、わたしたちの、ために……?」
感嘆のため息とともに子どもたちが呟いた。
このチョコレートの柄を見れば、自分たちに送られたものである事は、よく分かるはずだ。
「これえーっと……ぇぇと……うぅぅ」
「食べていいやつ、なんだよね? ノアお姉ちゃん……」
三人はもごもごと声を曇らせながらも、ノアに聞いた。
宰相をチラチラ見ていたが、こちらは恐ろしいので、ノアにしか聞けなかったようだ。
クドクドとそれを説教してもしょうがない、とは、宰相は理解している。
ノアが会話を譲る視線をよこしたので、身内が及第点であることにひとまず満足して、宰相が返事をする。
「レナパーティーから、新たな仲間を歓迎する気持ち……だそうです。心置きなく食べて、美味しかったと伝えてあげるのが十分なお礼となると思いますよ。コレの対価はそれだけでいい」
4人ともが、明らかにホッとした顔をした。
なにを対価に求められるやら、と深読みしていたらしい。
「さあ、手を合わせて」
ノアがお手本として、やってあげる。
すると夢組織の3人はぴっと背筋を伸ばして、同じように手を合わせた。
だってチョコレートは美味しそうに誘惑してきてどうしても待ちきれないのだ!
「「「いただきますっ……」」」
地下牢の一角でのみ、甘い香り。
チョコレートは舌でなめらかに溶けて、こってり濃厚な風味が体を震えさせる。
やがて真ん中にあるフルーツジャムが飛びだした。
チョコレートの風味と、フルーツの爽やかな甘酸っぱさ。
模様を作っていたホワイトチョコレートが、まろやかに味をまとめてくれた。
「こここんな美味しいの、食べたことない……!」
「意味わかんないなにコレすごい……ぅぅ……ふあ〜……骨が甘くなっちゃったような、気分んん……」
「すんごい、贅沢品だぞこれ。今、自分の口の中が現実かどうか疑ってるくらい……」
チョコレートの後味に浸りながら、3人はほっぺを押さえたり、口元を押さえながら、語る。
ほうっと吐く息の、甘く幸せそうなこと。
「ごちそうさまでした?」
ノアが、ふふっと微笑みながら手を合わせてみると、
「ええー。やだやだごちそうさましたくない……」
「まだこの夢みたいな味に浸っていたい、みたいな心地になるな、コレ」
「今すぐ殺してぇぇ……」
「オイ物言い。それってさ、いい気分だから今死にたい、みたいな感じだろ? 言葉選ぼう……」
「ふふ、じゃあ、もうちょっとあとでね」
ノアが手を机の下にそっと置いた。
ほわほわと後味に浸っていた夢組織が、最後のひとつのチョコレートをじーっと見る。
「これギルティアお姉ちゃんのだよね。だって花柄だし、一緒にその、レナパーティ……のとこに、行くし」
「でもでも絶対食べないと思うよー。だって今、戦いに負けてものすごくすねてるじゃーん……」
「……ねー。イラ、まだ食べてないでしょ?……」
気まずそうな困り顔で、3人はイラとチョコレートを見て、目をさまよわせる。
夢中で自分のを食べてしまったし、ギルティアにもイラにもチョコレートをあげたいし、でも全員のはないし。
最終的には、助けを求めてノアを見た。
「うーん……」
「その説明は私が致しましょう」
宰相が片手を挙げる。
「レナパーティからチョコレートを贈るのは、これから迎える予定の夢組織の者へだけにしてください、と我々が頼みました。他の者の分も……という申し出はありましたが。 シヴァガン王国政府の法律に基づいた判断です。以降、よく聞くように。
これからよろしくという挨拶の贈り物であればギリギリ許容範囲。理由があいまいな贈り物となれば、届けられません。現役犯罪者への贈り物は、数日がかりの厳しい審査が本来御座います。
食べ物には復讐の毒が入っていないか、身内からの脱獄目的の差し入れではないか……など……」
また、空気がずーんと沈んでしまう。
「せっかくチョコレートを食べてニコニコとしていたのに、そのようにしょぼくれてはもったいないぞ!!!!」
▽ドグマァァァァァ!!!!
ドグマが立ち上がって吠えるように語る。
▽覇気がすごい!
「宰相はいつももったいぶる。なので我が教えてやろう!!」
いよっ!待ってました!……という心地の宰相である(ヤケクソだ)。
「贈る理由があるプレゼントであれば、受け入れられると言うことだ。お前たち夢組織の絆は強いのだろう? であれば、レナパーティに行った3人が、魂を綺麗にして、いずれチョコレートを仲間に贈る分には問題がないのではないか? もちろん獄中の仲間も更生に励むとなおいいだろう!」
「道理が通っているので、それならばチョコレートの贈り物を受け付けることができます」
「そうらしい! お前たちが目指すべきはこれだァ!!!!」
ドグマがぐっと拳を握った。
▽覇気がすごい!!!!
スケルトンホースが椅子ごとぶっ倒れた。
ネガティブな彼は、おそるべきポジティブオーラに圧倒されたらしい。
仲間たちが、彼をもう一度椅子に座らせ直してあげて、みんなでチョコレートの箱をじーっと眺めた。
その瞳には、箱の白い光沢が映っていて、そっと輝いているよう。
「……がんばり、ます」
「今の味、ものすごく……えぇと、多分、これがきっと……幸せなのかなって思った……。だからっていうか、仲間にも食べてもらいたい……デス」
「いつかチョコレートいっぱい買ってさ、みんなでチョコレートパーティーとかできたら……素敵なんだろうなぁ。なんかがんばろうって元気出てきました、た、多分っ」
それぞれ、自分の気持ちに区切りをつけられたようだ。
表情が少しだけ、明るくなった。
今はイラにチョコレートを食べさせられないことを、3人は「ごめんね」と謝った。
「いいよ」と、イラは言う。
それからちょっと悩んで、付け加える。
「みんながご馳走してくれるの楽しみに待ってるから……。おれも、更生の労働、頑張ってみる」
「「「うん!」」」
確かな絆をその目で見た、宰相・ノア・魔王の瞳がやんわりと弧を描く。
「目標があるのはいいことですね」
ノアが、そっとつぶやいた。
足先を靴の中でぎゅっと丸めて、靴の先端をこすり合わせる。
なにかを我慢しているようなノアの様子を気にかけながらも、宰相は、席を立っていた夢組織の子どもたちとドグマに、ちゃんと着席するように促して、指標となる言葉を語りかけた。
「あなたたち三名は、いかにも美味しそうなチョコレートに手を伸ばすことができました。それは幸せのチャンスが訪れた時に、掴むことができる力だと、私は見ました。生きていく上で大切なことです」
宰相はここで、声のトーンを落とす。
「甘い夢に溺れて、道を踏み外したこともあるでしょう。先ほども述べましたが、それは忘れないように……。掴んだチャンスを活かすための知識や判断は、これから養っていくものです。まずは掴む力がまだあってよかった。あなたたちはまだ幼い。だから私たちは、成長を期待しています。レナパーティに送り出す判断をしたのも、そのため。幸せな者がなぜ幸せなのか、あの場所でよく学びなさい」
なんだか宗教のような物言いだな……とは、宰相も感じている。
しかしレナパーティを表すには、幸せ、という言葉が一番適切なのだ。
「幸せになりたいですか?」
「「「〜〜〜はい!」」」
分からない、とは、言わなかった。
チャンスは掴む事、という教えを、子どもたちは早くも学習している。
口の甘い後味が、なめらかに舌を動かしたのかもしれなかった。
「このたびの縁を大切にしなさい。以上です」
──宰相が語り終えた。
▽休憩が終わった。
▽夢組織の四人は、表情がすこし明るくなった。
▽それぞれの牢に帰った。
▽ドグマはしばらくおとなしくできてえらかった。
▽ノアは宰相になにかを耳打ちした。
その日の夕方。
ノアが地下牢をこっそり訪れた。
諜報部のものをひとり、連れている。
イラのところに来ると、ちょうど奥の扉からフリースペースに出てきたところだった。
タイミングがばっちりすぎる、と二人が目を見開く。
腕を上げると、少し大きめの金のブレスレットが、シャラリと揺れた。
「ノアお嬢様。どうしたんですか……?」
「えっとね。イラくんに渡すものがありまして」
ノアがそっと手を檻の中に入れる。
握りこぶしの中に、渡すものとやらがあるようだ。
ノアの背後にいる長身の男が、目を光らせている。
それを見たイラは肩をすくめて、ノアにニコッと笑顔を見せてから、受け皿のようにした自らの手のひらを、ノアの拳の下に差し出した。
「はい」
傷ひとつない手のひらから落ちてきたのは、なにやら四角い小さな袋。とても軽い。
「これは……?」
すんっ、とイラが鼻を鳴らしてから、眉尻を下げてノアを見る。
チョコレートの匂いだ。
(そんなものをおれに与えたら政府的にまずいはずだよ。なに考えてるの……? 後ろのやつは止めなくて、なにしてんの)
「匂い袋です。チョコレートそのものじゃなくてごめんなさい……」
「そうでしたか。むしろホッとしました。ノアお嬢様が怒られてしまうんじゃないかって、心配したから」
イラの言葉は本心だった。
方便を聞き慣れてきたノアは、嘘のない言葉を聞いて嬉しくなった。
「これをおれに?」
「そうです。チョコレートそのものではないですが、幸せになれる香りでしょう? 蜘蛛がリラックスするために、匂いは重要ですから」
「そう、なんですね……。種族特性? あんまり気にしたことがなかったですから」
「影蜘蛛はそうですし、他の蜘蛛種族もだいたいそうなんですよ。だからきっとイラくんも、って……いかがですか?」
「幸せな気持ちになっていますよ」
イラがにっこりと微笑む、その表情はやはりどこか硬い、愛想笑いといえる。
ノアは見抜く。
(イラくんが心から笑えるのは、きっと、夢組織のみなさんが幸せになってから、やっと自分の番なんでしょうね……)
オズワルドの手首につけられたという、呪いの文句を思い出す。
(きっとその願いは叶いますよ。レナ様がヤケクソで……あらはしたない言葉を。ごほん、とても頑張って成し遂げるでしょうから)
わたくしも協力しなきゃ、となんとなくノアは仲間意識を覚えて考えている。
「んん……?」
イラの目がとろんとしてくる。
すみません、と言って、ゴシゴシ目をこすった。
「あら、そんな風に乱暴にしないで。その眠気を我慢せずに身を委ねたらいいと思います。それが、リラックスですから。今のイラくんに必要なものです」
「リラックス……」
「はい。補足です、その匂い袋にはチョコレートの香りと、珈琲の香りが入っています」
「ちょここーひー……」
リラックスして、と言われたイラは、素直にまた匂い袋の匂いを嗅いだ。
蜘蛛を酔わせるコーヒー、香料調整して心地よさのみを与える匂い袋は、宰相が研究部に開発させたものだ。それにチョコレートの香りは、ついさっき付与したばかり。
「寝ます」
「ふふ、そうしてくださいね。イラくんはお利口さんですね」
「いえそんなことは。犯罪者ですし」
「あ……っと」
「ああ、そんなつもりじゃ」
ふんわりとろけた頭では、いつものように気を使えなかったらしい……
イラが「ああもう」とわしゃわしゃ髪を乱すと、鏡のような銀色がさらさら揺れた。
「ノアお嬢様は、どうして、おれにそんなに良くしてくれるんですか?」
「お礼ですよ。わたくしに蜘蛛糸の扱いを教えてくれたでしょう」
「でもお遊びみたいなもんですよ……王宮の影蜘蛛の方が、もっと上手なはずですし」
「最上級でないと認められないんですか? そのひとが、今できる技術を、時間をかけて、わたくしのためにって教えてくれることは、尊い価値があると思います」
イラの目がキラリと光る。
それは感情のゆらめきが鏡の表面にまで浮かびあがってきた、彼がどうしようもなく感動したときの様子だった。
その気持ちを的確に言葉にすることは、まだうまくないけれど。
「ありがとうございます」
お礼なら伝えられる。
「どういたしまして」
ノアは頬を染めて、とても可憐に微笑んだ。
イラがベッドに横になった。
ドッと疲労が押し寄せてきたようで、ピクリとも動かない、深い眠りにおちている。
▽ノアたちが立ち去った。
地下牢の扉をぬけて、王宮への階段を登りながら、ノアが諜報部員に尋ねる。
「いかがでしたか? 彼……」
「心は固く閉ざされていますね。しかし更生の意思はあるようなので、訓練についてくるでしょう。能力は優秀だと聞いていますし」
抑揚のない冷静な返事に、ノアは不安そうな顔をする。
「やっぱり厳しい訓練になるんですよね?」
「それなりに大きな事件の犯罪者ですからね」
「うーん……」
「ノア様はお優しいので、かわいそうに思う気持ちはわかりますが。我々が配慮するのは、子どもとして規定量のみ訓練軽減する、というだけです」
「生半可な訓練では諜報部になれないのですよね……」
「いや、そうではなく……適正能力と忠誠心さえあれば、諜報部にはなれます。ただ、訓練する者たちの性格が、生易しくないというだけでして……」
説明する諜報部員も苦い声を出す。
自分が訓練されたときのことを思い出すと、自然にそうなるのだった。
とくに、ゴーストローズの樹人クドライヤの新人教育は容赦がなさすぎると評判である。
ノアがパッと顔を上げた。
きれいな水色の瞳で見上げられた諜報部員は、思わずすこしのけ反る。
「再確認いたしますが、諜報部訓練員がとても厳しいのは、個人の性格ゆえ、ということでよろしいでしょうか!?」
「…………ここだけの話にしといてくださいよ。その方々は上司に当たるので」
諜報部員は無言で、しっかりと頷いた。
ノアがぎゅっと拳を握る。
何を考えているかよくわかるな、と諜報部員が冷や汗をかく。
宰相とノアお嬢様、お二人とも頑張ってくださいね、と内心でエールを送った。
(ここまで気にかけてもらえるなんて鏡蜘蛛はすでに幸せ者だよな)と……蜘蛛の彼は、ひそやかに嫉妬した。
「お父様! わたくし、早急に体力作りをいたします。目標ができたのです!」
執務室に戻ってエリクサーを飲んでいた宰相は、思いがけぬトラブル来訪に、喉の奥でゲホッと噎せた。
「いけません。ノアは体が弱い。……と言いたいところですが、どのように? 聞きましょう」
父が聞く姿勢をとってくれたことに、ノアは感激した。
「お父様、きちんと聞こうとしてくれてえらいです!」
宰相が噎せた。
▽2人とも落ち着いて。
落ち着くためにコーヒーフレーバーのお香を焚いた室内で、ノアが口を開く。
「目標は、諜報部訓練員になること。筆記テストはお任せください、すでにお勉強しております。あとは体力、これを鍛えるためにスカーレットリゾートを訪れます!」
ノアがスッ……と赤の招待状を取り出した。
中の案内マップを取り出し、ダンジョンアトラクションについてプレゼンする。
ーーーーーーー
ーーーーー
「……なるほど」
宰相がこめかみをグリグリと指で揉んだ。
頭の中で要点をまとめる。
・レナパーティに招待されている。
・レベルアップアトラクションは安全に運動能力訓練できる。
・魔眼の調教師がいて、怪我にはエリクサー処方、栄養バランスの優れた食事。
・ノアの伸び悩みが解消されるかもしれない。
スカーレットリゾートの状況把握のためにも、ノアの潜入はとてもいい機会だといえる。
この提案、乗らない理由はない。
…………ない。
しかし宰相の口は重い。
「そこまでして急に諜報部指導員を目指し始めた理由は、なんですか?」
直球に聞いた。
ノアはまっすぐに、宰相の目を見つめた。
「きっかけはイラくんの更生サポートをしたいと思ったからです。もっと彼に合った方法で進められたら、って思いました……現在の諜報部訓練は、どちらかといえば体力値特化の頑丈な魔物がこなすものですよね。でもイラくんのステータスはわたくしに似ていて、通常訓練をこなすだけでは個性を伸ばせず、潰れてしまうかもしれないと思ったのです」
「同情していますよね?」
「はい。この感情は、似ているところが多いゆえの、同情心からくるものと自覚しています。でも、その気持ちが源でも、やれば助けにはなれる」
偽善でもやらないよりはマシ、というようなものだ。
自分から言った。
宰相が感じたのは、ノアはきちんと考えて物事を言っている、覚悟もあるようだ、ということ。
はたして犯罪者にそこまで肩入れしていいのか? ということは、宰相がしばらく前に言った通り「犯罪者だから苦しめということはない」。
反省して、罪を償うだけの労働をこなし、再犯しないことが大事なのだ。
イラの場合は諜報部の補助労働がふさわしいと、会議で決まり、訓練もするというだけのこと。
「わかりました。ノアが諜報部訓練員を目指すことは、止めません」
「お父……っ」
ノアの瞳に嬉しさゆえの涙がにじむ。
お父様、サディス宰相、どちらで呼ぶべきかと迷って、答えは出なかった。
「ありがとうございます!」
でも、感謝の気持ちはこの一言にこめられる。
宰相は疲れたように肩を落として、穏やかな声で、ゆっくりとノアに話しかけた。
どうやら今は父親として接したい気分のようだ。
「旅をしてきなさい。レナパーティの元にゆくこと、諜報部訓練員を目指すこと、さまざまな経験をして生きなさい。もしも上手くいかなければ、いつでも再調整をすればいい。頼られたら応えられる親が、ここにいます。
……あなたの成長を祝福します、ノア」
頑張りすぎには気をつけて、と。
サディスは意外にも素直な言葉で、娘を応援した。
ノアはとても久しぶりに父親の胸に飛び込んでいって、それは嬉しそうに微笑んだ。
ノアの夢も決まりましたね!
彼女のいうとおり、イラに肩入れしてるのは同情です。特殊能力特化のステータスは似ている、なのに自分はお嬢様として守られて育ち、イラはやさしいのに過酷な境遇で犯罪者にまでなってしまった。
辛いな、って胸がチクチクしてたところに、たまたまレナパーティから招待状が届いたタイミングの奇跡。「わたくしも変わりたい」これです!!
本編で書け……!!!!(隙がなかった)
感想ありがとうございます(*´艸`)
今週、親戚葬儀でバタバタしていましたので、ちょっとゆっくり返信させてもらいますね。嬉しいご感想、明るく返信したいので……!汗
読んでくれてありがとうございました!




