冒険者ギルドとお宿♡
トイリアの入口門から5分ほど大通りを歩くと、ごつい男たちで賑わう冒険者ギルドが見えてくる。
とても大きな建物だ。
正面扉はつねに開けられており、開放的な雰囲気。
今は夕方なので、クエストを終えた人々が集まっているのだろう。
たくさんの賑やかな声が、外まで聞こえてきている。体育会系のさわやかな人が多い印象だった。
「うわー。すごく…大きいです…」
レナが一見血迷った発言をしているが、元ネタは日本人にしか分からないので問題はない。
「ハーくん。
[体型変化]で身体を小さくしてくれるかな?」
『はーいっ』
今回は初めてのトイリアギルド入りなので、とにかく目立たないようにしたかった。
ハマルにはスイカくらいの大きさに変化してもらう。
ぶつかったりして絡まれるのを防ぐためなのだ。
スライムとヒツジはレナの腕にまとめて抱えられる。
リリーは妖精の状態で姿を消し、主人に肩車された。
「じゃー、いくよっ?」
『『『『おーー!』』』』
小声で従魔と話したあと、少し緊張しながら冒険者ギルドに入っていくレナ。
「…おじゃましまーす…」
コメツキバッタより腰が低い新人冒険者Aである。
正面玄関の本当に隅っこをコソコソと移動していった。
「…わあ!」
中に入ると、その規模と活気に思わず圧倒されて、レナは壁際で足を止める。
ギルドの一階はクエストの受注カウンターと素材買取所、二階が食堂。
美味しそうな匂いが冒険帰りの男たちの食欲を刺激するためか、次から次へと大皿の料理が運ばれてきていた。
ドカ盛り飯がどんどんと複数の腹へ消えていく。
クエストカウンターには依頼完了の知らせが次々と舞い込み、どの受付嬢も大変忙しそう。
美人揃いの彼女たちだが、さすがに夕方ともなると笑顔が引きつってきている。
いちゃもんを付けにきた冒険者を鬼の形相で言葉責めしている女性もいた。実に逞しい。
端っこでレナがキョロキョロとクエストの貼られた掲示板を探していると、隣にいたスキンヘッドの大男に声をかけられた。
強面なので、一瞬ビクッとしてしまう。
「……お。なんだ、嬢ちゃん。
魔物素材の買取りをしてもらいに来たのかい?
まったく、こんな小さい子を放ったらかしにしてるなんて何処のパーティだよ。
んーとなぁ…
買取カウンターはあっちなんだけどなー。
残念ながら、スライムゼリーとちっこい羊だけじゃ大した金額にならないと思うぜ?
自分で捌いて食うか、食堂で料理してもらった方がオススメだっ!」
ごつい見た目に似合わず、とても親切な人物のようである。
外見にちょっとビビっていたレナだったが、リリーが頭を撫でてくれたので嘘を言っていない人だと分かり、安心して話し出す。
「そ、素材じゃないですよ~…!
この魔物達は大切な仲間なんです。私、職業が魔物使いなので。
ええと、藤堂 レナと言います!
よろしくお願いしますー。
今は、クエストの掲示板を探していました」
レナが普通に話すと、スキンヘッド冒険者は目を丸くする。
アイシャにアドバイスされた通り、少し砕けた敬語で話したのが良かったのかもしれない。彼は照れ臭そうに笑った。
「…おう!よろしくなー。
…まさか、初対面の嬢ちゃんに普通に話してもらえるとは思わなかったぜぇ。
俺、いつも小さい子には泣かれちまうんだよな。
…それでも、困ってそうなら声をかけずにはいられないんだけどよ!
アンタは、見た目によらず随分勇敢なんだなー」
「小さい子じゃないですよー!?
成人しています」
「ははは。冗談も一丁前に言えるとは、ますます結構なことだ」
「本当ですーー…!」
残念ながら、スライム虚乳フォローのないレナはただのロリ娘にしか見えなかった。
驚いて大きな黒い瞳を更に見開いている仕草が、余計に子どもっぽい。
微笑ましい視線を周囲からも向けられている。
「掲示板の場所を教えてもらえないでしょうか?」
年齢についてこれ以上粘るのは諦めて、レナは掲示板の場所について尋ねた。
大男は「ん」と呟くと、カウンターの脇を指差す。
とても分かりやすい位置にあったようだが、依頼完了受付のため冒険者が群がっており、背の低いレナには見えなかったのだ。
「うわ。今、見に行けるかなぁ…」
「なんだぁ?
何か、受けたい依頼でもあったのか。それか、依頼発注希望かい」
スキンヘッド男はよほど普通に話してもらえた事が嬉しかったのか、丁寧にレナに尋ねる。
「ええと、今すぐ受ける訳じゃないんですけど…。
明日は、何か簡単なクエストを受けたいなーと思ってて。
ここのギルドに来たのは初めてなので、どんな依頼があるか確認しておきたかったんです」
「…おう!
そいつは立派な心がけだなあ。
早めに情報収集しておくのは、いい事だぜ!
何事も、準備しすぎるってことは無いもんだ。えらいえらい。
今、嬢ちゃんのギルドカードのランクはいくつだい?」
「いちばん下のGランクです…」
「そう小さくならなくていいさ。
…それならまあ、薬草収集やキノコ集めがオススメだ!
簡単だし、完了期限のない常時依頼だからなー。
あとは家の掃除や草刈りなんかの、個人の手伝いの依頼も受けられるはずだぜぇ。
明日の朝イチにはここも空いてるだろうし、ちと早起きして掲示板を覗きに来たらいい。
良いクエストは早いもの勝ちだからよ」
「!色々教えてくれてありがとうございます…!」
「おおー。
感謝されるとこっちも気分がいいってもんだ。
頑張れよっ!
若い奴らは、皆、最初はこうして雑用から下積みしていくんだ。
懐かしいぜ。
…焦って高難度な依頼を受けて、死ぬ奴も少なくないから、気をつけるんだぞ」
「はい。
死にたく無いですし、生活のための資金が稼げたらそれでいいので。
無理はしませんよ」
「…良いなー!
そういう奴が、意外と高ランクの冒険者になったりするんだ。
稼げるようになったらメシでも奢ってくれな!ははっ!
今日は俺が奢ろう、と言いたい所だが…
あいにく、パーティの若いのの鍛錬に付き合わなくちゃならねぇ。
また今度、飯に誘わせてくれや」
「悪いですよ…?」
「なーに、今日の良い出会いに感謝して、まぁ…飲み明かしたいのさ!頼むぜ!
良かったら、パーティの奴らとも友達になってやってくれ。
成人したばっかの若造なんだけど、パーティに同年代の奴がいなくてなぁー。嬢ちゃんとなら話しやすそうだ。
また会ったら声をかける!」
リリーが主人の頭を優しく撫でている。
…こういうタイプの人は遠慮すると、更に色々してくれようとする場合があるので、好意はありがたく受け取っておく事にした。
「…はいっ。ではまた今度、お誘い楽しみにしていますね?」
「おう!またなぁー!ガハハッ」
騒がしい大男は、ドカドカと大股で立ち去って行く。
結局、名前も聞いていなかったが…あの目立つ外見は忘れられそうもないし、また今度聞けばいいだろう。
大きな声で話していたので、レナまでも注目を浴びてしまっている。
必要な情報は聞けたことだし、早めにギルドを立ち去ることにした。
ラブリー従魔をチラチラ見ていた受付嬢の視線は「悪いな」と思いながらもスルーし、くるりと踵を返して、足早に冒険者ギルドを後に宿へと向かう。
▽レナは スキンヘッド冒険者に 出会った!
▽ご飯をご馳走してもらう 約束をした。
***
街はだいぶ薄紫色に染まってきている。
しかし、街灯が道を優しく照らしてくれているため視界は十分に明るい。
そのことを「ありがたいなぁ」なんて思いながら、宿屋を目指して一行はマイペースに歩いていく。
野営中は夜は真っ暗が当たり前だったので、レナは、久々の文明感に感動すらしていた。
そして問題の宿屋前に着く。
「……………………………………………………………………………………………………………ここ、なんだよね…?」
『『やーーーんっ!』』
『クスクスクスクスッ!…お、お腹、痛いよーっ』
『まっぶしぃーー』
さあ。
ここで、観光案内所で聞いたお宿♡の情報を思い出してみようか。
レナたちが今夜泊まる宿の名称は"淫魔ルルゥのお宿♡"。
外観は派手、オーナーがサキュバスの魔人族。
…やばい。
宿としてのクオリティとサービスは良いとも聞いたけど、それはどのようなサービスなんだろう。
そんな邪なことを思わず考えてしまうような見た目のお宿♡が、マジで目の前にあった。
けして主従が無駄にピンク脳な訳ではない。
「…………………」
『『『『……………』』』』
一通り騒いだ従魔たちが大人しくなってしまうと、宿からはあっはんな声が一声だけ聞こえてくる。
レナの背中に冷たい汗がダラダラと流れ出した。
固まる皆を照らす、ショッキングピンクの電飾が眩しい。
宿の建物自体は国の規格どおりに薄茶のレンガ造りに赤屋根なのだが、電飾がこれでもかと張り巡らされており、イルミネーションのようにキラキラ輝いている。
まるで日本のえっちなホテル…げふん!
「…………うぅっ……」
お願いだから、ピンクの電飾で「ようこそ」とか細工しないで。
…ここで躊躇っていても、時間はどんどん過ぎていってしまう。
一泊いくら、で料金を払うのだから、早めに部屋で休んだ方が確実にお得だ。
ド庶民のレナは熱くなった頭でそう考えて、ついに…宿の扉を開けたァ!
「はぁーーーーいっ♡」
閉めたァ!
▽レナは 激しく混乱している…
再びドアが内側から開けられて、現れたのはオーナーの淫魔サキュバス。
「…もぅ!
お嬢さん。そんなに激しく扉を閉められたら、壊れちゃうわー?」
「ご、ごめんなさい…」
怒られてしまった。
先ほどは受付デスクになぜか艶かしいポージングで座っていた彼女だが、恐ろしい速度で玄関まで歩いてきたらしく、自身で扉を開けている。
レナが扉を閉めてすぐにオープンという早業だった。
…気のせいだろうか。
お客人を見た瞬間、赤い目をギラつかせたような…?
キュッとくびれた腰に手を当ててレナを見下ろしていたサキュバスは、お客を安心させるように明るくニコッと笑うと、室内に入るよう自然に促す。
「まあまあ。そんな所で震えてないで、入っていらっしゃいなー!」
あんまり自然じゃなかった。
比較的スレンダーな体にぴったりフィットしている黒のドレスと、桃色のショートの髪がとても色っぽくて、同性のレナでも妙にドキドキとしてしまう。
淫魔さんの色気すごい…。
「お邪魔しま〜す…」
恐る恐る宿に入っていくお客人の様子を見て、オーナー淫魔は目をパチパチさせて驚いている。
ああ外観ね、と気付いてクスリと笑うと、お客人に部屋の鍵をサッと渡してウインクした。
「ようこそ!
淫魔ルルゥのお宿♡へ。
貴方は、魔物使いのレナさんよね♡
お待ちしておりましたー!
お食事はなし、お部屋利用のみで一週間の宿泊ですね。
料金は前払いで、3000リルになりまぁす。
バスルームは各部屋ごとにそなえつけてあります。
お好きな時間にご利用下さいませ。
ただし着替えのバスローブは当宿に宿泊している時だけのサービスなので、持ち帰りはご遠慮下さいね?
従魔連れと聞いていますので、クイーンサイズのベッドがある部屋にご案内します。
従魔さん達も洗ってもらえれば、ベッドを使ってもらっても大丈夫よー」
「わあ、助かりますー!
お部屋にバスルームまであるんだ。とっても贅沢ですね…
こんなにサービスが良いのにお手頃な価格だなんて、素敵ですっ」
「ありがとうねー♡」
ルームバスなんてまたすごくアレなホテルっぽいが、初心なレナさんはそんなことは知らないのでスルーしている。
純粋に、充実した設備に感動していた。
「ほとんど趣味でやってるからねぇ。
設備に対しての料金は正直、破格なのよ?
淫魔の魔人族がオーナーをしている宿は、だいたいリーズナブルでサービスが良いから、よそでお宿♡を見かけたら是非ごひいきにしてあげてねっ!
…まあその代わり、ちょこっとエッチな声が聞こえたりするかもしれないけどー…?
ふふ♡」
「え、えっちな声…!?」
カチン、と固まったレナの顔が、リンゴのように瞬時に赤くなる。
先ほど玄関先で聞こえたアハーンな声を思い出したらしい。
モンスターとして野生の本能の強い従魔たちは、きゃあきゃあと楽しそうにはしゃいでいて、主人の方がよっぽど反応がウブだ。
オーナー淫魔は主従を見比べて、カラカラと快活に笑った。
「冗談よっ!アナタ、可愛いねー」
「…えっ!?」
「男女の営み目的でここを訪れる人はほとんどいないから、安心なさいな?
こーんな派手な建物に手を組んでカップルが入って来たら、なにをするのかすぐ分かっちゃうじゃない。
あからさますぎて、逆に選ばれないのよー!
来る人は昔からの馴染みの冒険者がほとんどね。
他には、内緒の会談の場なんかに使われたりもしてるわ。
淫魔の宿は防音性が高いから」
…おや。では、先ほど聞こえたアハーンな声は何だったのだろうか。
主人がなにやら今度は青ざめている。
「じゃあ、さっき聞こえた声は…幽霊……!?」
そんなピンク声を発する幽霊なんて嫌すぎるよ。レナさん…。
「ぷはあっ!
…お、お嬢さん、もう最高ー!あはははッ!
…あの声は私のものだったの!
[呼び声]っていうスキルを使ってね。
観光案内所から予約してくれたお客様が幼い女の子って聞いていたから、ちょーっと出来心でからかったのよー。ごめんね♡」
オーナーはもはやお腹を抱えて、心底おかしそうに笑っていた。
淫魔お姉さんのからからかい対象として、反応のいいレナはロックオンされてしまったらしい。
「…ひ、ひどいですよぉー!ビックリしましたっ」
「うふふ♡
今晩、私がオトナの愛の営みについて教えてあげましょうかー?
お嬢さん可愛いから、はりきっちゃう!」
「…きゃーーーーっ!?」
「あっはははは!かっわいいーー!」
顔を再び真っ赤にしたレナは、腰を勢いよく曲げて一礼し、あわてて小走りで部屋へと逃げていった。
淫魔に実にいいように遊ばれている。
彼女の発言はほぼからかいだったのだが、焦っていた主人は、肩をトントンと叩くリリーに気づかなかったようだ。
ようやく部屋へ入ったところで真相を聞いたらしく、脱力している。
こんなにすぐ相手のペースに乗せられてはいけないなぁ、と、冷静だった従魔たちを見て反省していた。
新規のお客人が去った受付では、オーナーと、いつの間にか現れていたいかにも歴戦の冒険者といった見目の獣人男がくつろいでいる。
「随分、面白い子が訪ねてきてくれたわー。うふふ♡」
「…見てたぞオーナー。
…あんまり、あのチビ娘をからかいすぎない方がいい。
主人が襲われるかもしれないと思った時の、連れの従魔たちの眼力は尋常じゃなかったぞ。
ランクの低い魔物にしちゃありえねーから、何か秘密を持っているのかもな。
…言わなくてもアンタは気づいてたとは思うけど?」
「まぁねー?」
獣人男は、閉まりきっていなかった玄関口の僅かなスキマから、先ほどのレナたちのやり取りを見ていたらしい。
呆れ口調の苦言を聞いたオーナーが、赤い目を色っぽく瞬かせる。
「今度は気をつけるわー。
彼女がその気だったらなら、本当に身体を重ねても良かったんだけどねっ」
「おいおい…。
淫魔の【愛の覗き見】を使うほど貴重な人材だったのかい?」
「何が視えたかは、お客様の個人情報なので教えられませぇーん♡
でも魂の綺麗な、とってもいい子だったわよー。
魔物たちをすごく大切に扱ってくれていたわ。
嬉しいね」
「…ん。そうか。それは何よりだ。
ヒト族の中には、魔物を扱う職についてるくせに痛めつける奴もいるからなぁ。
そんなのに出会っちまうと気分が悪い」
「ヒト族にも魔人族にも、悪い奴は一定数いるもんねー。
ヤダヤダっ!
…あぁ、話しこんじゃった。
お嬢さんの部屋に寝間着を届けに行かなくちゃいけないのよ。じゃあね」
「?珍しいな。準備しておくのを忘れたか」
「従魔ちゃんたちの分なの」
「はっ?……マジか…」
「ふふっ」
[魔眼]は、けして珍しいギフトではない。
【サキュバス・アイ】を持つオーナーには、レナたちの魂と、クローズで隠された称号が視えていた。
そして上位淫魔のみに与えられる追加ギフト効果【愛の覗き目】を使えば、ルーカ並に相手の細かな情報が分かるのである。
ギフト条件は"相手と身体を重ねること"なので、レナたちの称号以上の情報は知られていないが…
彼女は妖艶に微笑んでいた。
リリーの魂チェックに引っかからなかったので悪人では無いらしいが、どうにも一癖ある人物のようだ。
「お姉様ぁーー♡」
「きゃーーーー!?なぜ、貴方がソレを知って…!?」
パジャマを持って淫魔が部屋を訪れたタイミングで、レナが着替えていたのはきっと偶然なのだろう。
▽"淫魔ルルゥのお宿♡"に たどり着いた!
▽Next!クエストを受けよう
読んで下さってありがとうございました!
獣人さんの「マジかよ」は、
着替えが必要→従魔は魔人族になれる→それらを従えられるほど力のある魔物使いなのか、あのちみっ子は!
という驚きからくる発言です。
イラスト間に合わなかったので、また今度サキュバスさんを描きます〜!
彼女の影響で、桃色成分多めの回となりました(^^;;




