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罠…!

レナたちが偽装工作を施してから数日が経っていた。

順調に森を進んで、国境に近い2つ目の村付近まで来ている。

もちろん、これから村の中に入るような迂闊な事はしない。

1つ目の村には王国軍が張り込んでいたので、この村も同じような状況かもしれないと警戒したのだ。


ギリギリ村が見える程度の距離を保ちながら、森の中でしばしの休息をとる。

道を間違わないように街道沿いを歩きながらも、政府関係者を警戒して、相変わらず野性味あふれるサバイバル生活をおくっていた。

夜の索敵要員としてルーカが増えて、ラクにはなったのだが、依然としてハードモードである。



…村は異様なまでに静かだった。

遠くから様子をうかがってみても、外を出歩いている者は誰一人おらず、家扉も一様に閉まっている。

今は夕飯時なので中に人が集まっているのかもしれないが…それならば、ガヤガヤした話し声が聞こえてきてもおかしくない。

無音なのは、やはり違和感があった。


何か仕掛けられているのかもしれない。

…何故こうなっているのかは不明だが、理由などできれば知りたくないものである。

何事もなく逃げきりたい。



大きめの岩の上に、レナがちょこんと腰掛けて、ため息をついていた。

岩に直に座るとお尻が痛いので、簡易ベッドを椅子代わりにしたいところだったが、逃げる時に手間取ると困るので、ガマンしている。



「はあ…。

…村に泊まれるとか期待してはいなかったけど、そろそろ普通のベッドが恋しいよぉー。

贅沢を言えるなら、ラビリンス・フォールのフワフワの白キノコベッドが恋しいっ!」


簡易ベッドの事を考えていたからか、彼女の第一声はそれだった。ぶれない。


『『『わかるー!』』』


こちらもまた能天気な従魔たちが、間髪入れずにあいずちをうってきた。


『あれ、気持ちよかったもんねーっ?

上でジャンプしたら、すっごく高く跳べたし!

楽しかったー』


『表面ふにふにしてたね。

思わず"兄弟よ…!"って言いたくなりましたな!』


『…とっても、大きかったから。ご主人さまに、添い寝、しやすかったの。良かったなぁ…』


「ぶれないね」



ルーカ先生がクスクスと小さく笑っていた。

どれが彼のツボに入ったのかはよく分からないが、今までで一番自然に笑えている。


一つ目の村からここまでは、クマに声を拾われるのを恐れてできるだけ会話をせずにいたのだ。

ようやく安心できるくらいテリトリーから離れて、緊張がほぐれて最初の話題がこれとは。

なんともこのパーティらしい。


珍しいー。と、主人と従魔がルーカを見る、その視線がまたおかしかったようだ。



「…ふふっ。

ごめんね?簡易ベッドしか調達できなくて。

王族用の無駄に大きいベッドでも、マジックバッグに放り込んとけば良かったかなー。

あ。

それか、国境を越えたら羊のモンスターでもテイムしてみる…?

魔物の持ってるスキルによっては、いいベッドになってくれるかもしれないよ」



軽い口調で話にのっかってきたルーカ。

…魔物がベッド目的でテイムされるなど前代未聞なのだが…

それを普通にレナに提案しているあたり、彼もまた、この主従の思考に染まりかけているらしい。

今は索敵員交代中で、リリーが周囲に目を光らせてくれているのでリラックスした様子。



「なんって素敵なアイデアなんですか…!

て、天才!」


ご主人さまがホイホイされる。


「んー、いい気分です。

[巨大化]や、[体型変化]のスキルを持っている羊モンスターがいれば、とてもいい生体ベッドが出来上がるかもしれないよね」


『フワフワでー!?』

『もふもふのー!?』

『生ベッド。じゅるり…』


新しい仲間ができる予感に、従魔たちが楽しそうにはしゃいでいた。


「後輩には優しくしてあげるんだよ、リリー。

…国境の塀の向こう側はひらけた草原だから、草食の魔物が多くいるはずだし。

もし本格的にテイムを検討しているなら、個体の選別までは付き合うけど?

魔眼で相手のスキルやギフトを視て、貴方たちに合いそうな個体を探そうか」


「そんな何から何まで…いいんですかー!

お願いしますっ」


「自分に正直で大変よろしい。

まぁ、お礼だよ。

ここまで逃げて来られたのも、貴方たちが協力してくれてるからだし、すごく感謝してるんだ。

僅かなお手伝いだけど…魔眼がそういう平和な目的で使われるなら、嬉しいしね。

頑張って逃亡しよう」


「はいっ!」


『『『おーーーーっ!!』』』



かゆい所にまで手が届く。まさに完璧なサポートです先生!

皆の意見はまとまったようだ。やる気も十分高まっている。


これからの予定としては、まず、ガララージュレ王国の国境を越えたら、少し離れて羊モンスターのテイムを目指す。

それからお互いに別れて、レナたちは、その羊従魔のクラスチェンジを目指すのだろう。


ご主人さまの体質を持ってすれば、数レベルも上げたら間違いなく希少種に進化するのだ。

クラスチェンジボーナスでステータス値をまとめて上げておけば、その子もきっと頼れる子になってくれる。


スライムたちがぷよん?と身体をひねって、ルーカに問いかけた。



『逃げてからはどうするのー?』

『どこか、行きたい所があるのっ?』


「んー。…僕は特に決めて無いよ。

ただ、王国政府に居場所を知られたくないから、冒険者として資金を貯めつつ、できるだけ遠くに行くつもり。

…旅をするのって実はちょっと憧れだったから、楽しみだな。

いろんな地域を冒険したいなーって思う」


特に予定はないらしい。

レナが明るく彼を応援した。


「へぇ!

観光しながら冒険するのって、楽しそう。

素敵な旅になるといいですねぇ」


「ありがとう。

レナたちはどうする予定なの?」


「平穏にスローライフを送れる土地を探したいんです…!

もう逃亡生活はこりごりなので」


こちらは居住地探しらしい。


「あー、確かに、希少種だらけで目立つもんね。

そちらも、いい場所が見つかるといいね」


「はい!」



皆で顔を見合わせて、これからの未来を想像して楽しそうに小声で笑った。

こうしてモチベーションを上げることは大切なのだ。



………。




和やかに会話していたのだが…

ふと、レナの耳が森に響く微かな高い声を"ひろってしまう"。


ハッとして、そちらを振り向こうとしたら…リリーが彼女の目の前に素早く立ちふさがってきた。

主人の頭ごと抱きしめるようにして、両耳を塞ぐ。なぜなのか?

突然のことに困惑するレナに、小さな手のひらの隙間から声を届ける。



『行ったらダメ。

…あれは、良くないものだよ』


「!」



目を丸くするレナ。

…リリーは、あの声が何なのかを知っているらしい。


もっと詳しい説明を求めて上目遣いに彼女を見上げてみると、安心させるように静かに微笑まれた。

このタイミングでにこやかな笑顔は、レナの不安をさらに煽るだけである。


チラリと、横目で他のメンバーを見てみたら…スライム達にはびくびくっぴょーーん!とあからさまに驚かれ、ルーカには困ったような顔をされていた。


自分レナ一人が何も分からないのは嫌だ!と、念を込めて、とりあえずルーカの目を見つめてみる。

長ーいため息をつかれてしまった…。

懇願する黒の瞳と、従魔たちの『絶対ダメ』と責めるような瞳に囲まれたルーカ先生は、立派な苦労人になっている。


…彼は、[テレパシー]で、レナに全てを話すことに決めたらしい。



「(あれは罠だよ)」


「!」


「(…あの助けを求める迷子の声は、おそらく貴方をおびき出すための王国軍の罠だと思う。

同情をさそって村に連れていって、捕らえる作戦なんだろうね。

村が静かすぎるのは、多分だけど、声を拾わせやすくするため…?

そういう"罠"として、子供が森で"使われて"いるんだと思う)」


「…そんな…!?」


案の定というべきか。

国の作戦を聞いたレナは、気の毒なほど真っ青になってしまった。


「(貴方のせいじゃないからね。悪いのは王国軍だし、そこは勘違いしないで。

…でも、きっと貴方は気に病むと思ったから、従魔たちは声について知られたくなかったんじゃないかなぁ…)」


「ぅ…」



…なんとも胸の痛くなる話だった。


そう。ルーカのような価値のある人間を捜索隊に加えたほど、政府はジュエルスライムを欲しているのだ。

これまでに罠がはられていないはずが無かった。

実は一つ目の村付近でも、レナ以外の皆は、このような子供の声を聞いたり、姿を視たりしている。

…優しい彼女には伝えていなかっただけ。



従魔たちが心配そうに主人を見ていた。

すぐ「子どもを救おう!」と提案するほど身の程知らずではなかったが…ルーカの言う通り、やはり気にしてしまっている。

この薄暗い森にいる子どもがどれだけ危険な状態に置かれているのか。

数日森でサバイバルしたレナには、よく分かったのだ。


どれだけ子どもが可哀想でも、捕まる可能性がある以上"罠"と接触することは絶対にできない。助けられるだけの余裕も実力もないのだから。

けれど、今だに耳に残る、助けを求める声が痛ましかった…。



無力感に、レナはぐっと唇を噛みしめる。

クー・イズとリリーをぎゅっと抱きしめて……暗くなった空気をふりはらうように、しっかりした口調で皆に語りかけた。



「私は、大丈夫だよ」


『『レナ…』』

『ご主人さま…』


「守ろうとしてくれて、ありがとうね。

今さら、善意とか正義感だけで動くようなことはしないから、心配しないで…!

…自分の力量を見誤って手を差し出して、貴方たちを失いたくないもん。

みんなは、私の事を優しいって言ってくれるけれど、こうして自分本位なことも考えているんだよ。

意外と図太いんだからね?

…出来ないこともあるって、ちゃんと分かっているから。

…ルーカさん。

本当のことを教えてくれて、ありがとうございました」


「うん。驚いたな…。

貴方は、本当に強くなったね」



ルーカは言葉どおり、驚きに目を見張っていた。


「図々しくなっただけですよ」


レナは、困ったように笑っている。


それ以上は皆口を閉ざして黙り、ヒト族二人はカバンを肩にかけて、出発の準備を始めた。

ゆっくりと歩き出す。

幼声はもう、遠ざかり聞こえなくなっていた。



ぽつりぽつりと、レナが呟くように話していく。



「…確かに、ちょっと前の私だったら"可哀想だから"って、深く考えずに手を差し伸べていたと思います」


「うん」


ルーカは言葉を挟まず、話に耳を傾けることにしたらしい。


「…もし罠だと理解していても、一緒に逃げよう、なんて声をかけにいってたかも。

でも、ダナツェラギルドで警戒することを学んで。

森では、生きることの難しさを思い知らされて。

盗賊さんを犠牲にしたことで、自分には、命や情に対する優先順位があることを知りました…。

私は何よりも、従魔たちと自分、仲間ルーカさんが大切なんです。

だから判断を間違えません…」


「えらいね」



一言だけで、シンプルにレナを褒めた。


間違えないと言い切った彼女の瞳は、悲しげではあるけど、もう揺らいでいない。

それを確認した4名は、安心したように細く息を吐いた。



村を迂回する途中で、ルーカとリリーが村内を特別な目でのぞいてみたら、家の中に押し込まれているらしい村民たちと、彼らを脅す軍人が視える。

軍人たちの数名は、鋭い視線を村の入り口に送っていた。


…罠に使われた子どもは、囚われた村人の実子なのかもしれない。

しかし、そこまではレナに伝えなくてもいいだろうと、"視た"2名は静かにアイコンタクトをして頷きあう。



そうして、足を運び、村を背にするまで歩いたあたりで、なにやら騒がしい声が聞こえてきた。

…声は、村の家中からだ。

皆はハッと息を呑んで、身近にあった大岩の影に隠れる。


声は子供のものではなく、大人の太く荒っぽいものだった。

…村で一番大きな、おそらく村長の家から、レナとスライムが知るどっしりした体格の女性が飛び出す!ダナツェラのギルド員だ。

ぎゃんぎゃんと騒いでいる。



「ーージュエルスライムの死体が見つかったって…そりゃ、本当なのかい!?

くそっ。

こんな遠くの汚い村まで出張ってきたっていうのに、なんてこった!!

あの小娘どもは、せっかく用意した罠に引っかかる前にくたばっちまったのかい?

…なんッッて使えない子なんだろうねェ!!

ああもう、胸糞悪いったらないよ…!

ホラ、死体確認しに行くよぉッ」



彼女を追って、政府と手を組んでいる傭兵くずれの冒険者も飛び出してきた。



「あ、姐さぁん!?

それがですねぇ、今、なーんか盗賊団がその死体現場付近で大暴れしてるらしくって…

危ないですぜ!?

なぜか王国軍を狙ってるらしいんでさぁ。

いかに姐さんと言えど、今は行かない方が……」


「あんだってぇーー!?

こ・の・私が。そこいらのバカな男どもに負けるとでも言うのかい。

…上等だよ、すぐに馬を用意しなァ!!

スライムどもの死体をさらに殺してでもやらないと、もう気が済まないさねッ」


「姐さぁぁぁんっ…!!」




レナたちがこの辺に潜んでいるとはもう考えていなかったのか、彼らの声は、森中に響くような大きなものだった。



「王国軍を襲う盗賊」という身に覚えのありすぎるキーワードに、思わず顔を見合わせるレナたち。

えっ、まさか。うそ。本当に…?

偽装を仕掛けた張本人ですら、あまりに作戦が上手く行き過ぎていて、唖然としていた。



…隠れてしばらく村の様子をうかがう。

ギルド員が、用意された馬をかって一人で勢い良く村を飛び出して行った。

あとに少し遅れて、悪ーい冒険者たちも馬で追いかけていく。

後追いの分の馬は、村の資産を勝手に拝借したのだろう。

村長家に併設されていた馬小屋はもうカラになっていた。



政府関係者がようやく立ち去ったタイミングで、抑えつけられていた村人たちがバラバラと家の外に出てくる。

よそ者が駆け抜けていったダナツェラへの街道を、きつく睨みつけていた。

すぐに、「子どもを捜索しに行くぞ!」と声が上がる。大人たちは小隊を組んで、こぞって森へと繰り出して行った。



そこまでを見て、レナ一行は再度立ち上がり、歩きながら小声で話す。



「…子どもたち、助かるといいですね」

「そうだね」


『『お祈りしようか?』』

『念っ!』



従魔たちは主人の肩の上で、ブツブツと謎祈祷を始めた。

見ようによっては、いつものおふざけにも感じられるが、今回の彼らは真剣な表情をしているので、おそらくマジメに無事を祈っているのだろう。


子どもたちが無事に親の元へと帰れますように。と、レナとルーカも心から祈る。





罠のはられていた二つ目の村を越えて。

後は、国境の門をくぐって逃げるのみ。


先日施した死体偽装もビビるほど上手くいったらしくて、自然と皆の足取りも軽くなっていた。




「…僕は、今はとっても無力だけど。

いつかもっと強くなれたら。

理不尽から誰かを救ってあげられるような人になりたいと思う…。

つぐなえるだろうか」



ルーカが誰に語りかけるでもなく、チラリと村を振り返りながら、言葉をこぼす。

彼とて、王族でありながら、政府から一人逃げ去る事を気にしていた。


レナと従魔は互いに顔を見合わせ苦笑して、それから、思い思いに彼に言葉をおくる。

一応誰に言うでもない風を装ってはいたが。



「…生まれながらの立場を理由に、誰かに無理やり重荷を背負わすのって、私は好きじゃないなぁー。

自分で選んでその椅子を取ったわけじゃないんだから。

現状に満足していないなら、救われて欲しい。

…って、いち平民であるレナは思うわけですよ?」


『人生は一度きりですしな!

自分のために楽しんで生きることも、大切なのですぞー』


『何でも出来ちゃう万能人なんていないんだから、八方美人に、手を出さない方がいい事だってきっとありまする!

自分の出来ることとしたい事が、なかなか一緒になってくれないのが人生なのさっ』


『…というか、ルーカが王宮を出たことで、悪い奴らの、戦力削がれたじゃない?

…十分、国民のためになったの!』


「『『ああ個人名出しちゃった…』』」


『あっ』



…そう返ってくるとは思っていなかったのか、ルーカは目を丸くしていた。

驚きのあまり足も止まっている。珍しい。


…しかしすぐに再起動して、おかしそうにクスクスと小さく笑いながら、レナたちにお礼を言った。



「貴方たちにそう言って欲しくて、僕は気持ちを口に出したのかもしれない。

ズルしちゃったな。

でも、ありがとうね。…少しラクになったよ」


『『おう!!』』

『…どういたしましてっ』


「どうか、気に病まないで下さいね」


「うん。レナもね」



しっかりと足で地面を踏みしめて、とりあえずもふもふベッドをまず目標に!


一行は国境門へと足を進めて行った。




▽国境を 越えろ!

▽羊モンスターを テイムしよう!


読んでくださってありがとうございました!

すっごい、難産だった…


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