散策☆
高級店街のカフェでリッチなアフタヌーンティーを楽しんだレナたちは、その足で近隣を散策中。
ウィンドウショッピングを楽しんでいる。
アンベリール・ブレスレットは破格の高級店だったので外からは商品が見れなかったが、他の店舗はガラス張りだったり、店舗前に小さな露店を出してお手頃価格の商品を展示したりしていた。
とはいえ、最低でも1000リル以上の立派なお値段設定だが。
露店商品は庶民がちょっと頑張って良いプレゼントを買うのにちょうどいいので、富裕層以外のお客もちらほら見られる。
レナたちが覗き見ていても、「小娘の冷やかしだろう」と邪険にされることはなかった。
営業用の笑顔を向けられる。
リリーの[幻覚]でヤバイきらびやかな見た目(スライムの輝き、レナの鞭、ルーカの容姿など)は偽っているが、小綺麗な服装なので、見るものが見れば「もしやお忍びか?」と察することもできる。
中には積極的に商品説明をしてくれる店員もいた。
レナはセールスが苦手だったが、アリスが上手く会話して店員を引きつけておいてくれたので、その間にゆっくり商品を見ることができた。
アリスは有望な取引先を探しているので、お互いにとっていい役割分担であった。
「(オズワルド。気になるアクセサリーはあった?)」
「(……うーん。ペンダントとかはもう良いのを持ってるから、いらない。
尻尾の飾り布、とか?)」
「(了解)」
まあ無難なところを選んだね、とルーカは苦笑しながらレナの肩を軽くたたく。
金銭的にあまり負担をかけず、たくさんあっても困らない装備品で、魔王からの贈り物と交換しなくてもいいものを選んだのだろう。
父親から贈られたブレスレットやネックレス、靴などのトレーニング用品は、なんだかんだオズワルドも愛用しているようなのだ。
「レナ。あっちの衣装店、なかなかセンスが良いものが揃ってる。魔法効果が付与されたものもあると視た。
ちょっと寄っていかない?」
「え? いいですよ。行きましょうか。
…………。服装にこだわらないジミーさんがセンスを語るなんて、何事かと思いましたけれど」
「その物言い、ひどくない?
僕は服にこだわらないんじゃなくて、シンプルで楽な服装が好きなだけだよ。
ゴテっとした華美な装飾にはいい思い出がないからね」
「うわ地雷の気配。黙ります」
「危険回避が上手くなったよね」
「はいはい。あ、獣人用の衣装が売ってるんですよね。
ロベルトさんにトレーニングしてもらう時までに、ジミーさん用の獣人衣装も揃えなくちゃいけませんし、ぜひ見に行きましょう!」
「ありがとう」
レナとルーカの会話の中に唐突な一節が入ると、従魔たちは『あ。テレパシーで獣人衣装のこと言ったのかな』と察した。
慣れている。
本当は沈黙の間に、オズワルドの望みのことを伝えていたのだ。
ついでに「無理にみんなと同じだけのお金を使わなくていいから、いろんな品の中からオズワルド本人に選ばせてあげるといいよ。あの子らしさを伸ばそう」とルーカは助言した。
オズワルドへのプレゼントをどうしようか、どんな言い方なら遠慮されないだろう、と悩んでいたレナはホッと微笑んだ。
『わあー。ここのお店、露天にしてはたくさん商品が置いてあるねー。あ、安いー』
『『ねーー!』』
獣人衣装の露天に並べられた商品をざっと眺めた従魔たちが『りょーしんてきなかかくー!』と口をそろえるが、金銭感覚が一時的にマヒしている。
ここの店の服は庶民店よりゼロがひとつ多い。
『獣人の服ばっかり? 店主さんがウサギの獣人だからかな。こんにちは!』
「はぁい、こんにちはー。ただ、私は店主ではなく店員のひとりですよぉー子ウサギのお嬢さん」
シュシュが店番のウサミミお姉さんに話しかけると、にっこりと穏やかに笑いかけられる。
ウサギ同士で言葉が通じたー! とはしゃぐ様子を見て、まあ可愛いわね〜、とレナとお姉さんがうっとり頬を押さえた。
「獣人の服をお探しでしょうかー? この露天にもそれなりの品数がございますし、店内にはもっと色々と揃えておりますー。お値段もそう変わりませんよ。
気になったら店内にも案内しますので、ごゆっくり商品をご覧くださいませー」
のほほんとした話し方のお姉さんは、それだけ言うと口を閉じて、ニコニコとしている。
説明したがりの高級店従業員にしては珍しい対応だな、とレナたちは疑問に思った。
爽やかなハーブの香りがふんわりと鼻をくすぐる。
「(相手をリラックスさせる効果があるレモングラスの香り。それにこの店員のパッシブスキル[ハッピースマイル]で警戒を解いて、お客をとどまらせる作戦だね。
商品をしっかり見てもらえればどれかは気にいるはず、とかなり自信があるらしい)」
情緒が台無しである。だってルーカだから。
種明かしをされたレナたちは「作戦かぁ」とちょっと苦笑しながらも、見やすく並べられた衣類を見ていく。
台の上には尻尾の飾り布やベルト、魔道具のブローチなどの小物。
木製のハンガーに服がかけられている。
どれも品がある見た目で、ちょっとした刺繍やフリンジ、配色など細部までこだわって作られていた。
「服に触れてもらってもいいですよ。触り心地がいいんです、この生地。この店舗の限定品ですよー」
「わ! 本当ですねぇ。生地が重くなくて、さらっとした感触。でもペラペラじゃなくて丈夫そう」
「レインボーツリーという、真ん中がくぼんだ大きな葉っぱを持つ木をご存知でしょうか?
その葉に溜まった朝露に、細い細い植物のツルを漬け込むと、色が抜けて、ツルリとした柔らかい繊維に変化するんです。
それをアルケニーが編んで、生地に加工しました。刺繍はエルフ族が」
「へぇ、植物のツルで……」
「朝露に溶け込んだお日様の光を吸収して、虹色の花を咲かす木なんですー。
その時に、ついでにツルの色が抜けるようです。
うっかりレインボーツリーの葉っぱに朝方触っちゃうと、危ないですよ!
昔、美白目的でわざとレインボーツリーの朝露に手を浸して、血も肌に必要な水分もすべて奪われた女性がいたらしいですからー」
「こ、こわい!?
ここで情報を聞けて良かったぁ……外に出た時には、気をつけます」
「葉っぱの先っぽが虹色だから、ちょっと注意して見たらすぐに分かりますよー。
皆様の旅路に幸多からんことを」
ウサミミお姉さんの応援の言葉を聞いたレナたちは、曖昧な笑みを浮かべた。
幸はほどほどがいいのである。
「獣人のみんなー。気に入ったのはあったかなー?」
『うーん。保留でー。モコモコしたあったかそうなのがいいもんー』
『ちょっとデザインが大人っぽい……もっと可愛いのがいいなぁ。
ご主人様が思い切りシュシュを抱きしめたくなるような、メルヘンなのを着たいの!』
ハマルとシュシュはここではピンとくる衣装がなかったようだ。
首を振っている。
レナがぎゅっとシュシュを抱きしめた。
「またか」とオズワルドの視線が若干冷ややかである。
「あらあら、ごめんねー。大人向けの衣装店だから、お嬢さんのお好みとは合わなかったみたいね。
この店舗専属のデザイナーはこういう大人びたデザインが得意で、お店もそれを推してるから、申し訳ないんだけれど、子ども服を扱っているお店に行って可愛いのをオーダーメイドしてもらうのがいいと思うわー」
ウサミミお姉さんはそういうと、困ったように微笑んでレナを見た。
「そうします。ご助言ありがとうございます」
レナの答えを聞いて、ウサミミが揺れる。
オーダーメイドを自然に受け入れた、ということは資金に余裕があるお客と考えられる、と判断したのだ。
高級店の店員、それもお客をまず呼び込む露天での接客を任されている女性が、ただのほのぼのお姉さんなわけがなかった。
有望な人材に、独自性の高い商品を扱う衣装店。店構えもなかなか立派で、格の高さがうかがえる。いい。
アリスの目がキラリと光った。
「ジミーさんは、お好みの服はありましたか?」
「ケープは気に入ったのがあったよ。
ただ、服は着丈がちょっと長すぎて合わないかな……。
服の端まで模様をつなげて刺繍が施されているから、裁断しちゃうのはもったいないと思うし、諦めよう。
ケープだけ購入することもできますか?」
「はい、可能です。おっしゃるとおり、デザイナーがこだわっている商品なので、裁断はおことわりしているんです。
もったいない、と言ってもらえたこと、伝えておきますね。
お気遣いありがとうございました」
ウサミミお姉さんは申し訳なさそうに告げた。
テグーやクールのように客の希望に合わせてデザインを変更する職人もいれば、絶対にこのデザインを変えたくない! と主張する職人もいるのだ。
この店舗にいる職人はどうやら後者のタイプらしい。
ルーカが手にしている、腰をベルトで締めるワンピースタイプの服は、身体に当ててみると裾がふくらはぎの辺りまであった。
獣人衣装はせめて膝までの長さが動きやすくてよい、とロベルトから聞いている。
獣人が戦うときのスタイルは、完全獣型、半獣型、ヒト型のおもに三種類。
完全獣型の時はすべての服をブレスレットにしまえばいい。
半獣型(足、腕を獣化させている)になった時は、毛皮をまとって腕と足が太くなるので、上は袖なし、下はゆったりしたスカートか腰巻き布に短パンスタイルで動きやすさを重視する専用の服を着用するそうだ。
ケープを身につけている者も多い。
詳しい説明は訓練の時に。
半獣型用の服はまた別の店で買いましょう、とルーカとアイコンタクトして、レナは本命のオズワルドに声をかけた。
「オズくん。気に入った商品はあった? ご主人様、今日はどどーーんと奮発しちゃうからね!」
先にルーカが買い物をしたのだから、オズワルドも要望を言いやすくなっているだろう、とレナはノリノリである。
店員がぱちぱちと瞬きをした。
オズワルドは思案顔でじいーーっと尻尾の飾り布を眺めて、ひとつを手に取る。
「……これがいい。どうかな?」
鮮やかな青の布地に金のフチどり、黒のリボン。
オズワルドの見た目の特徴を反映したような色彩だ。
本人によく似合うだろう。
「いいと思う! 買おう!」
レナ即決!
「……そっか。よかった。……高めの値段だけど、いいの?」
「なんのその。ご主人様と先輩に任せなさーーい!」
『『我らジュエルスライム、生きた金脈と呼んでくれ!!』』
そのうち黄金を作ったり?
いや、赤と青の宝石だけが作れるのだからそれはないだろう。
スライム先輩たちはぷくーーっと胸をはった!
「他にも買う? オズくん、大人っぽい服装も似合うと思うな! 買う?」
「いや、いい……」
「レナ、押し強すぎ。オズワルドが引いてる。貴方の気持ちは分かるけどね。
オズワルドはビビリだからさりげなーく、すこしづーつ歩み寄ってあげないと首を縦に振らないよ。
あとでオズワルド攻略講座を開こうか」
「出席します、先生」
「アンタは俺の何を知ってんの……!?
……いや、いいから、こっち見ないでってば! その絡み、面倒くさいからもういい」
「ビビリの単語には反応なしか。見誤ったな」
「大して場も和みませんでしたしね。次回に生かしましょう」
「モスラは慰めるようで傷をえぐりにくるよね」
「嫌いじゃないでしょう、こういう反応。敬愛するレナ様を参考にしてみました」
「結局私がオチ!?」
レナたちが騒いでいる間に、ちゃっかりアリスとウサミミお姉さんは名刺を交換していた。
ふらりと立ち寄っただけですので、と店長に挨拶までは望まなかったようだ。
お姉さんの反応はまあまあ。
アンベリール・ブレスレットの時と同じく、商人の娘なのかしら? と軽めに捉えられている。
商人アリス・スチュアートが怒涛の勢いでシヴァガン王国で名を売り出した頃、この名刺の恐るべき価値に気付くだろう。
▽買い物を 終えた!
▽お宿♡に帰ろう。
***
「……………………これが、本気を出したお宿♡、なのね…………」
「話には聞いていましたが……」
「あわわわ、アリスちゃんがいるんだし、お宿♡のピンク電飾が灯る前に早めに帰るべきだったぁ……!」
薄暗くなり、お宿♡がイキイキと輝きだしていた。
帰路の角を曲がったところでショッキングピンクの光に出迎えられて、アリスとモスラの表情が険しくなる。
淫魔ルルゥにお世話になっていることもあり、お宿♡について否定的ではない二人だが、いざ本気を目の当たりにしてしまうと明らかに引いている表情。
友人、主人であるレナは仲間とともに毎日ここに泊まっているらしい。
複雑そうな視線で見つめられたレナは「ま、まあ入ろう! 内装を見てもらえばこのお宿♡の良さが分かるはずだから!」とあわてて駆け出して転んだ。
久しぶりの擦り傷さんとの再会である。
気まずそうに、セルフ[ヒール]で傷を治す。
従魔たちに「よしよし」と頭を撫でくりまわされている。
「淫魔ネレネのお宿♡……シヴァガン王国で有名なサキュバスが経営しているんだよね。
上流階級の人ほど、このお宿♡の価値を分かってる。
防音性が高いお宿♡は、秘密の会合に使われたりもするんだから。
それなら……堂々と入っていくことがステータスになる。
私もここに泊まらせてもらうね。行くよ、モスラ!」
アリスの覚悟が完了した。
あっぱれな切り替えである。
「この施設の価値を知らない小悪党がもしアリス様に目をつけても、私がお守り致しますのでご安心下さい。お供致します」
モスラが胸に手を当てて、優雅な所作で頭を下げた。あとに続く。
目をつけたら、と口にした時、紅色の瞳は一切笑っておらず、よからぬ下品な目でアリスを眺めた者がいれば、それだけでこっそり闇討ちされそうだ。
新たに手に入れたブレスレットの魔法効果で気配を消して、完全消去を成し遂げるだろう。
あらかじめネレネのお宿♡に確認して、アリスとモスラも同室宿泊OKだと許可を得ている。
まさかの、アリスとモスラを先頭にしての帰還に、ロビーにいた淫魔ララニーが目を丸くしていたが。
「お帰りなさいませ♡ お嬢様方」
それでも「ああ話に聞いてたレナちゃんの仲間か」とスムーズに出迎えの言葉を口にしたのは、さすが上位淫魔のお宿♡で働くエリート淫魔であった。
こそっとモスラの後ろから顔をのぞかせたレナを見て、パチンと意味深にウインクしてみせた。
***
「え!? お部屋がさらに広くなってる……!?」
『『ベッドも2つ、クイーンサイズのが並んでるーー! なんでー!? ひゃっほーーう!』』
クレハとイズミがぷよぷよーーん! と超巨大ベッドにダイブして、スプリングの反発を利用して天井付近まで弾む。
なんと、部屋がさらに広くなり、家具も増えていた!
『アリスとモスラの、バスローブも、用意されてる……! なんという、サービス♡』
「「えい、ヒト化!」」
「んぅ……! このロマンスなベッドとおふとん、やっぱり最高の寝心地ぃ……」
「このベッドの半分くらいまで巨大化してもー、床傷まないかなー?」
妖精姿のリリー、ヒト型になったハマルとシュシュがスライム先輩に続いてベッドに飛び込んだ。ころころ転がって笑う。
さっそくブレスレットに簡易ワンピース姿を登録していたのだ。
地面に立つこともある草食獣たちは、お風呂に入ってからベッドにあがると約束していた。
ブレスレットに登録された服は収納時自動洗浄なので、今のようにヒト型でベッドダイブするくらいは許容範囲だろう。
スマホが<変身が地味……。エフェクト模索中……模索中……>と呟いている。
「強化床だから大きくなっても大丈夫よ。安心して皆さんのマクラになってね、ヒツジちゃん。
お帰りなさい、レナさんたち」
「あ! ネレネさん。ただいま帰りました〜。このお部屋って……」
「宿泊人数が増えると聞いたから、壁をなくして隣室と繋げたの。隣は今日からしばらく空室だから、気にしないでね。
淫魔には、[リメイクルーム]スキルを扱える者がいるのよ。
家具の移動もこのスキルでカンタンにできるわ。
空間魔法、黄魔法の適性が必要で、その者のテリトリーに限定した魔法なのだけれど」
「ネレネさん、すごぉい……!」
「ありがとう。その言葉が十分なお礼よ。レナさんたちは、いつも綺麗に部屋を使ってくれるからね。サービス♡」
ネレネはにこっと美しく微笑んだ。
桃色の髪に白い肌、鮮やかな赤い唇にうっとりと魅了されてしまいそう。
「私が出迎えできなくてごめんなさいね、今まで内装を整えていたの」とネレネは申し訳なさそうにレナたちに告げた。
プロとして、常連客をきちんと出迎えたかったようだが、前日までお客がいたため大急ぎで内装を変えてくれたのである。
レナが恐縮しそうなので、詳細は伏せた。
ネレネはアリスとモスラに視線を移すと「どうぞごゆっくり、休憩していって下さい」と短く言葉をかける。
見惚れていたアリスがハッとして、口を開いた。
「あ、あの! 初めまして、アリス・スチュアートと執事のモスラです。しばらくお世話になります。
宿泊料金……」
モスラは主人に挨拶を任せて、黙って頭を下げている。
「お代は、そうね。スチュアートさんとのご縁が頂きたいわ。
今後もどうぞ、各地の淫魔のお宿♡をご贔屓に、よろしくお願いしますね」
ネレネは香り立つ笑顔でアリスの言葉を自然に奪い、礼をすると立ち去ってしまった。
魅了されポカンとしているアリスの手には、いつの間にかキスマークがついた名刺が。
「……反応できなかったよぉ……」
「はあーー、ネレネさんの美貌、凄いよねぇ。私たちはもう慣れてきたけど、アリスちゃんは初対面だから見惚れちゃっても仕方ないと思うな。
サービス♡って言ってくれたし、ここはお言葉に甘えようよ」
「い、いいのかなぁ……ムズムズする……」
「トイリアに帰った時に、ルルゥさんにこのお宿♡で沢山サービスしてもらったって話せば、それが一番ネレネさんに喜ばれると思うな!
淫魔サキュバスの一族にとって、ルルゥさんは憧れの存在なんだって。
みんな、お姉様〜って呼んで慕ってるみたい」
「へぇ」
アリスはようやく頷いて、部屋の家具に目を向けた。
上質な家具は全てルネリアナ・ロマンス社製なのだと聞いて、いっそう熱心に観察し始める。
ハマルとシュシュが「お仕事モード終わり! 遊ぼー!」とアリスの手を引いて、ベッドに引き込んだ!
幼い従魔がおかしそうにころころ笑うので、「今鑑定しないのもったいないなぁ」と困り顔だったアリスも、つられてクスクスと笑い声を漏らし始める。
「オズも巻き込んであげるよー。さあー、覚悟ー!」
「え。俺はいい。やだ。おい。……追いかけてくるなっハマル!」
「まったくもー、君はほんとーに世話の焼ける後輩だなー! 回り込んで、シュシュー」
「押忍!」
ルーカを柱にして、オズワルドとハマル、シュシュがぐるぐると追いかけっこを始めた。
裸足とニクキュウ靴なので足音はほとんど響いていない。
ハマルはちょっぴり動きが鈍いが、オズワルドとシュシュは俊敏に動いている。
金色に戻ったルーカが軽く溜息を吐く。
「説明の役割、ネレネさんに取られちゃったなぁ……」
「ああ。あの淫魔サキュバスの女性は曲者のようでしたね」
相槌を打つのはモスラ。
ルーカの半眼が、「貴方がそれを言う? すんごいブーメラン」と明瞭に告げているが、スルーされた。
「そういえば。貴方は女性恐怖症だったと思いますが、このお宿♡のオーナーは平気なのですか?」
「ああ、うん。彼女は接客のプロフェッショナルだからね。僕の雰囲気を読み取って、必要以上に近づいてこないし、話もふってこない。目を合わせたことも無いよ。
だからすごく快適に過ごさせてもらってる」
「……オーナーがとても有能なのは分かりました。ただ、貴方は本当に難儀な方ですねぇ……」
「しょうがなくない?」
ルーカが妙にポジティブなようなネガティブなような答えを返す。
難儀なところも全部ひっくるめてレナたちがルーカを受け入れているから、こうして穏やかな表情で冗談を言えるようになったのだろう。
モスラは船上での鬱々としたルーカを思い出し、「ああ。彼は本当に変わったな」とそっと胸をなでおろした。
スマホでレシピを検索していたレナが、にぱっ! と明るく笑う。
「<今日のご飯は、海鮮お好み焼きに決定!>」
スマホと一緒に、嬉しそうな声を響かせた。
▽レッツ クッキング!
***
じゅうじゅう〜!
薄く広がったクレハホットプレートで、お好み焼きが香ばしく焼きあがる。
立ち上る湯気、食欲をそそるソースとマヨネーズの香り!
以前ハマルの夢吐きで手に入れたお好み焼きセットのヘラで、レナが豪快に超巨大なお好み焼きを切り分けた!
断面からまたアツアツの湯気があふれ出す。
「うううう〜〜……! マヨネーズ……魅惑のマヨネーズぅ……こんなにたっぷり」
アリスがキラキラ輝く瞳で、大将レナの手元のお好み焼きを熱く見つめている。
モスラが船上呼び出しから帰ってきた時、お土産に持ってきた夢産マヨネーズにおおいに魅了されていたのだ。
同士を見つけたルーカがこっそり嬉しそうな顔をしている。
「でも、でも、カロリーの悪魔がぁ……」
「ヘイお待ち、お嬢さん!」
「レナお姉ちゃんの悪魔ぁぁぁ……!」
アリスのお皿に、どどんと大きな一切れが取り分けられた。
満足げなドヤ顔でアリスを眺めるレナ、恨めしそうに上目遣いでレナを見るアリス。
いつもと立場が逆転している。
アリスの視線は、またすぐにマヨネーズがたっぷりのお好み焼きに釘付けになった。
「お土産に渡したエンペラー・クラーケンの切り身、すごく好きな味だったって言ってたよね。
クラーケンにエビ、チーズも入ってるよ!
ここでしか食べられない海鮮お好み焼きレナスペシャル、どうぞ熱いうちに召し上がれ〜!」
「「「「「美味しいよぉー!」」」」」
口の周りにソースを付けながらさっそくお好み焼きをほおばっている従魔たちのとろけきった声が、アリスの喉をゴクリと鳴らさせた。
クレハもいったんヒト型に戻って、大口でお好み焼きを喰らっている。
食べたい。でも太る。絶対太る。食べたい。太る……!
もう一押しィ!
「今日はたくさん歩きましたから。カロリーもいつもより多く消費されていると思います。アリス様」
「いただきます!!
……モスラぁ、またお散歩に付き合ってね……!」
「大変光栄で御座います。よろこんで」
モスラの笑顔に背中を押され、ついにアリスはお好み焼きを口に運んだ!
めっちゃ熱い! うっかり!
目を白黒させながら、なんとか一口分を飲み込む。
口の中に、ソースとマヨネーズ、海鮮の素晴らしいハーモニーが広がっている。
「ふわぁぁ幸せぇ……」
アリスが心底幸福そうな顔でそう呟くと、レナたち全員が机の下でガッツポーズした。
相変わらず愉快な人たちだな、と考えているオズワルドの尻尾も揺れていて、それに対してのガッツポーズでもあったのは内緒である。
「銀のナイフとフォークの組み合わせ以外で食べるの、久しぶりだなぁ。
木のスプーンなんてどれだけ前に使っただろう。
……孤児院にいた時以来かも。ふふ、懐かしいな……」
「お好み焼きはお上品に食べるより、わいわい無礼講で食べたほうが美味しいからねー!
アリスちゃんがこの団欒スタイルにも馴染んでくれて、ホッとしてる。
いつもお行儀良く食事してたから、好まれなかったらどうしよう? ってちょっと心配してたんだ」
「私はもともと雑草だよ?
今は立派なお屋敷に住んで綺麗な服を着ているけど、両親が誰かも分からない孤児だもん。
ああ、そんな顔させたかった訳じゃないんだよ、レナお姉ちゃん!
ーーだからね、ものすっっっごく逞しいよ! ってこと!
自分で言うのもアレだけど。
雑草らしく、どんな環境にも馴染んでみせるよ。厳格な商人の教育でも、冒険者さんのお食事会でも。そしてその雰囲気を思いきり楽しむの!
今ね、とってもとっても楽しい! あはは!」
アリスはそう言うと、満面の笑顔で、またお好み焼きをスプーンに乗せて、大口で頬張った。
はあ〜、とうっとり溜息を漏らす。
「美味しい! レナスペシャル最高」
「ありがとう!」
お腹がまんまるく膨らむまで、みんなでたくさんお好み焼きを食べた!
***
お風呂を終えて。
バスローブを羽織り、全員がベットに集まる。
レナとルーカとオズワルドは正座である。
にっこり笑うアリスの背後に、般若が見えていたのだ。
なんとなく自主的にそうした。
「それでは、お話。しましょうか?」
「「「は、はい」」」
レナたちの長い夜が始まった……。
……かと思ったが、アリスの瞼がゆるやかに落ちてきて、一度青の瞳を完全に隠す。
正座組がパチクリと瞬きしていると、アリスはハッと持ち直して、目をゴシゴシ擦った。
「ちょっ……アリスちゃん! そんなに乱暴にしちゃダメだよ、目が充血しちゃうじゃない。
緑魔法[ヒール]」
レナがあわててアリスの手を押さえて、目を癒してあげた。
「……うううう……ありがと、レナお姉ちゃん……。
でも私は最後の砦、ここで負けるわけにはいかないの……! 目覚めよ!」
「アリスちゃん!? ご乱心! 一体何と戦っているの!?」
「ね、眠気。お話……おはにゃし……」
幼女アリスはこっくりこっくりと船をこぎ始めてしまう。
長距離移動に初めての土地での営業、たくさん歩いて友だちと大いにはしゃいだことで、気持ちはしゃっきりしているつもりでも、体力がもう限界なのだろう。
またハッと目を開けて、うぐぐ、と悔しげに唇を噛み締める。
「アリスちゃん……雑草だって言ってたけど、ちゃんとおやすみしないと大きく育てないよ。
もう一緒に寝よう」
「……レナお姉ちゃんたちが、心配……なのぉ……。
いつも、絶え間なくトラブルに巻き込まれてるからぁ……。
のんびりしてたら、また、大変な事に巻き込まれちゃうかも……」
「「実に面目ない……」」
レナとルーカが気まずそうに声を揃えた。心当たりがありすぎる。
オズワルドは顔を背けているが、耳先がへにょんと折れていた。
「……たくさん心配かけてごめんね。
でも、私たちもアリスちゃんの体調が心配なんだ。
このお宿♡は防犯対策がしっかりしてるし、一応寝てる間にルーカさんに[サンクチュアリ]の結界作ってもらうから。
夢の中ではハーくんが守ってくれるよ。
トラブルには見舞われないはず。
どうか、今日は私たちと休んでくれないかな……?
また明日、お話を聞かせて」
レナが、アリスの髪を撫でながら優しく語りかける。
アリスの手をリリーが引いたので、そのままポスンと二人でハマルの金色マクラに埋もれた。
レナたちがホッと顔を見合わせる。
「……明日……ね。言質は、いただきましたぁ……」
「う、うん」
アリスは寝ぼけながらもきっちりそう呟いて、今度こそ、すぅすぅと寝息を立てて眠り始めた。
アリスらしい、とレナたちは苦笑している。
「レナ様。今日は本当に、一緒に過ごせて嬉しかったです。
貴方はこの街でも、たくさんの方に信頼されて、明るく過ごしていらっしゃるのですね。
トラブルもあったようですが、ひとまず安心しました。
……アリス様のあれほど楽しそうな姿を拝見したのは、とても久しぶりでした。
最近は商業試験の勉強に、会合に、難しい表情をなさっていることが多かったですから。
カフェを訪れたこと、ウィンドウショッピング、友人と心から笑いあったこと。全てが、彼女をリラックスさせたようです。
やはり、レナ様は人を笑顔にさせるのがとてもお上手ですね。
私はあくまで執事ですから、アリス様のあのような表情は引き出せません。
色々とありがとうございました」
モスラが柔らかい表情で、レナに頭を下げる。
レナは久しぶりに綺麗な黒髪を撫でてやった。
「私も、モスラとアリスちゃんに会えて、一緒にお買い物できてすごく嬉しかったよ。
これからしばらく、毎日が楽しみだね!
……そこでお礼を言うのは、ちょっと水くさいんじゃないかな? モスラ」
「申し訳ございません。
ただ、他にふさわしい表現が思い浮かばなくて……レナ様たちに、とても感謝しているんです。
こんな言葉ではとうてい足りないくらい、胸がいっぱいなんです。
どうしても、これだけは伝えたかった」
「……そっかぁ……。そういう気持ちになること、あるよね。
分かるよ。
じゃあ……さっきの言葉は受け取らせてもらうね。こちらこそ、ありがとう」
「身に余るお言葉、光栄でございます」
嬉しそうに微笑むモスラの頬を、レナがむにっとつまむ。
見開かれた紅色の瞳をしっかり見つめた。
「アリスちゃん、すごく堂々と立ち振る舞うよね。仕草とか話し方もだし、笑顔なんてもう威厳すら漂っててゾクゾクしちゃうくらい。
それってさ、モスラがいつも側に控えてて、心底安心してるからだと思うの。
何かあっても、絶対支えてくれるって貴方のことを頼りにしてるから。
主人は信頼できる従者がいてくれるとね、どれだけでも力が湧いてくるんだよ。
私が毎日こーんな笑顔でいられるのは」
レナが、いーーっ! と思い切り笑顔を作ってみせる。
「クレハにイズミ、リリーちゃんにハーくん、シュシュ、ルーカさん、スマホさん。オズくんも。それにモスラがいてくれるおかげなの!
いつだって心があたたかいよ。
アリスちゃんの笑顔は、モスラがいてこそなんだから。
そんなにしょんぼりしてないで、貴方も胸を張らなきゃ!
モスラもアリスちゃんにお説教されちゃうんだからね!」
モスラが唖然とした表情で、ニッと笑いなおしたレナと、仲魔たちをゆっくり眺める。
自分も、この輪の一員。
アリスの従者。
信頼されている、と自覚しているし、そのための努力もしてきた。
「ね? 落ち込んでたら、自分とアリスちゃんに失礼だよ!
アリスちゃんが初めての街でも心おきなくはしゃげたのは、モスラがいてこそなんだから。
私たちは、ちょこっとリラックスを促しただけだよ」
モスラは、ふぅーーー……と細く長く息を吐いて、肩の力を抜いた。
「……ありがとうございます。心得ました。もう見失ったりいたしません」
「うん! よく言えましたね!」
レナがわしゃわしゃとモスラの黒髪をかき回した。
乱れた前髪をくすぐったそうに手で押さえて、モスラがおかしそうに笑い声をもらす。
この完璧主義の執事も、日々緊迫した会議などに出席していて、主人同様、気を休めるヒマがなかったのかもしれない。
ようやく自然な笑顔を見ることができた。
従魔たちもにっこりと破顔して、ハマルの金色もふもふに寝転がった。
「ほんと、難儀な人だね。友達になってあげようか?」
「……おや。かまいませんよ。友人になってさしあげます」
ルーカがニヤッと笑って手を差し出すと、モスラもほの黒い微笑を浮かべながら、手を握った。
なかなか相性が良いのではないだろうか?
黒いが。
「……じゃあ、みんなで寝よう。ブランケットちゃんとかけるんだよー」
「はーい」
レナが声をかけると、みんなが思い思いに返事をした。
レナはアリスとリリーにブランケットをかけ、隣に横になる。
ヒト型のシュシュがくっ付いてきたので、腕枕してあげた。
目を閉じる。
今日もたくさん楽しいことがあったなぁ、みんな一緒で嬉しい、と微笑んですうっと身体の力を抜いた。
「光魔法[サンクチュアリ]。みんな、おやすみ」
『スキル[快眠]+[周辺効果]〜! おやすみなさいませー』
穏やかな寝息が部屋に静かに聞こえている。
翌朝、アリスの悲鳴で目覚めることになろうとは、この時のレナたちは想像もしていなかった。
▽Next! 赤の祝福装備を確認しよう。




