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夜番★

リリーを挟んで、ルーカとレナが向かい合って立っている。

これからフェアリー・コントラクトで逃亡協定を結ぶのだ。


妖精にしか聞こえない声で、歌うように呪文を唱えるリリー。すると、皆をすっぽり覆ってしまうほど大きな、ドーム型の魔法陣が現れた。

これで外に契約内容は一切漏れない。


ジュエルスライムたちが夢夢しい光景に感動したように、レナの腕の中でうっとりと身体を震わせている。



『これから…妖精契約を結びます』


「「はい」」



ルーカとレナが声をそろえて返事をし、リリーを見つめた。

まだまだ喋り方がたどたどしいリリーは、契約のため、未だかつてない長文をスムーズにそらんじなければならず、緊張している様子だ。

尖った耳先が赤くなっていた。



『…えーと。今回結ばれるのは、ガララージュレ王国脱出のために、お互いが協力し、絶対裏切らないという約束…です。

契約対象者は、ルーカティアスとレナ。

【フェアリー・コントラクト】は、破られる事のない絶対の誓いです。

…ので、言葉に気をつけて、宣誓して下さい。

契約内容をお願いします。ルーカティアスさん』



「ガララージュレ王国内から脱出するために、レナとその従魔に協力し、けして裏切りません。

僕の持つ力は、逃亡のためになら、全て惜しまず使いましょう。

国外に逃げ出した後、貴方たちに不利益になる行動もとりません」


模範のようなルーカの制約の言葉が、ドーム内に浪々と響きわたった。

十分レナたちにとって益になる契約内容で、不満な所なんてない。



『…ん!分かりました。では次に。ごしゅ……レナさん』



「はい。ガララージュレ王国内から脱出するために、ルーカさんと協力しあって頑張ります!

裏切るようなことはしないし、私たちだけで逃げ出したりもしません。一緒に逃亡します。

あと、逃げ切れるまで私はもう泣きません」



先生の言葉をマネつつ、しっかりと発言したレナの制約内容には、余分な一節が入っている。

泣かない?…逃亡中はその方がいいだろう。

アドリブで入ったアレンジに4名は驚いているようだけど、そのまま続けましょう。



『えっ!?…分かりました。ただ、無理はしないで下さいね…?

お互いの、契約内容を確認しました。

承認して、よろしいでしょうか』


「「お願いします」」


『【フェアリー・コントラクト】!

…契約は、結ばれました!』



誓いの内容を確認したリリーが、承認の妖精魔法を発動させた。


魔法陣がよりいっそう鮮やかにきらめきを増し、薄暗い森の一角をまぶしく照らしていく。

魔法は降り注ぐ光へと変わっていき、半分がルーカに、また半分がレナの体内に吸い込まれていった。

ーーーこうして、魂に契約が刻まれたのだ。


スライムたちが楽しそうにぷよーん!と、レナの頭ほどにまで高く飛び跳ねる。



契約を成した二人の手首には、百合模様の小さな契約印が浮かび上がっていた。

これは、魂への書き込みが完了したという証であり、契約が無事達成された時に消えるらしい。




「わー…!可愛い。

契約印が百合のモチーフなのって、リリーちゃんのオリジナル?」


レナがはしゃいだ様子で、リリーに声をかける。

相変わらず、細かいところにはよく気がつく娘だ。



『うん。…ご主人さまが、私に、百合リリーって名前をくれたから。契約印は、お花のデザインにしてみたの。

やっぱり、可愛いのがいいよね…?』


「うん、すごく可愛くて素敵だし、理由も嬉しいよー!

女の子はこういうデザイン好きだよね」


『…えへへっ♪』



「……盛り上がってる所悪いんだけど、その"カワイイ"印、僕にも同じのが付いちゃってるってこと忘れないでね?

男にこれは、普通ちょっとした事故だから。


…とりあえず、ちょっと場所を移動しようか。

思ったよりも魔法が派手だったからか、近づいて来ているモンスターが何体かいるみたいだ。

ここはあきらめて、新しい寝場所を探したほうがいいと思う」


「!た、大変だぁ……急いで隠れましょうっ!」



『『『はーい!』』』


「ん。行こうか」



一行は新しい寝場所をもとめて、もう少しだけ移動することにしたらしい。

もともとモンスターの少なめな場所を探し留まっていたので、新しい休憩ポイントも、そう歩かずとも見つけられるだろう。


歩きながら試しに泣いてみようとしたレナは、どう頑張っても涙が出ないことに感動していた。

泣き声で敵に発見されないようにと、魔法の力を借りてしばらく断涙することに決めたらしいが…その発想、大正解だったようである。

泣き虫が治った…!と喜んでいた。



そんな彼女を、ルーカはなんともヌルい目で見ている。

…知力[51]とは一体何だったのか?

いや、ある意味正解な判断だったのだし、頭がいいってことなのか…?

悩んでも答えは出ないし、まあいっか。という結論になったらしい。



従魔たちはレナに無邪気に「よかったねー!」と声をかけている。

ご主人さま、場の空気を和ませてくれたんですね、さすがーー!



仲間が強くなって以前より戦力は増したけど、未だ状況はよろしくない。

愉快な話でもしてないと、どうしても空気は重くなるのだ。

ちょっとした天然要素くらいは、旅の良いエッセンスになっていると考えよう。


国外へと逃亡するには、あと2つの小さな村を超えて、更には国境の検問をクリアしなければいけない。その間、追手たちをまくことも必須だ。

周りは野生のはびこる危険地帯だし、油断はできない…



(これから、どう逃亡作戦を練っていこうかな…?)

ルーカは涼しげな表情のまま、頭の中でいくつものパターンを思考していた。



新しい寝場所を見つけたので、レナとスライムたちが休憩に入る。

夜目が効くルーカとリリーが、交代で見張り番をすることにした。




***





肩の力を抜いて、辺りを焦点の合わない瞳でぼうっと眺めているルーカ。

こんな状態だが、しっかり索敵中なのである。

周り全体の変化をくまなく見つけたい時には、こういったボンヤリ視点ほど役に立つ。

一点だけを集中して見てしまうと、他のささやかな変化は意外と頭に入ってこないものだ。




チラリと横目で、ルーカは熟睡中のレナを振り返り見つめた。

スライムや妖精に寄り添われて、マジックバッグに入っていた簡易ベッドで寝息も立てずに一心に寝ている。

よほど疲れていたらしい。



(明日もたくさん歩く事になるし、体力の無い彼女には、特にしっかりと休んでおいて欲しいよね。

気を遣って起きていられて、あとで倒れられるよりも、こうして寝ててくれた方が助かる…)



そんな事を考えながら、紫の瞳で、彼女の魂の奥の奥まで全てを、無遠慮にのぞき"視"ていく。


ステータス値や生活面での嗜好、人間性などの基本情報から、過去…森の景色とは全く違う、おかしな鉄の建物が立ち並ぶ故郷で生きた思い出まで。

その、更に奥も。

…やっぱりと言うべきか。

レナの中には、おそらく『異世界』を理由に芽吹きかけていたとんでもない才能・・の芽の残骸・・が、ひっそり存在していた。

………。




無意識に眉を顰めながら、"残骸ソレ"を睨むルーカ。



(この子は善良で、野心のカケラもない…。

普通に生きることしか、望んでいないのなら。

…芽が枯れてしまったのは、結果として良かったのかもしれないな。

元から種が撒かれないのが一番だっただろうけど。…ごめんね)



視線をレナに固定して、思考している…


つまりは、周りから見たらルーカがレナ本人を睨みつけているようにしか感じられないということだ。


ルーカの後頭部に、いつの間にか忍び寄ってきていたリリーの飛び膝蹴りが炸裂した。

ガスッ!と、鈍い音が森に響く。



「いったっ」


体長50cmもある妖精の蹴りは、成人男性にとってもそこそこ痛い。



『…なに、ご主人さまのこと、睨んでるの…。

怒るよ?』


「忠告される前に怒られているんだけど、リリーさん。それは?」


『むぅ。…屁理屈』


「屁理屈なのかなぁ」



幻覚まで駆使して、セコムよろしく制裁に来たらしいリリー。

不満げにハネをパタパタさせて、ルーカのすぐ横に咲く花の上にちょこんと座った。

妖精族の体重は見た目に比例せず、総じて綿毛のように軽いため、花茎は揺れもしない。



[フェアリー・アイ]で視てるんだぞー!とアピールするように、じーーっとルーカをまっすぐに視つめた。

彼は、さすがに気まずそうに視線を逸らしている。


妖精は、勝ち誇ったような顔になった!


▽技アリ!リリーの 勝利!




『…ホラね?

こうして視られるのって、気分のいいものでは、ないでしょう。

ご主人さまだって、…何もかもを視られちゃうのは、きっとやだよ。

[魔眼]。オフにすることもできるでしょう。

睨むのは、もうやめてね』



リリーの言葉に、思わずと行った様子でルーカが目を真ん丸くしている。

魔眼の発動をオンオフできることは、レナたち一行の誰にも伝えていなかったはずだったけど?


…チラリと、レナの規格外な"【☆7】ギフト"の存在が頭をよぎる。

無意識に、感嘆のため息をついていた。


どうやら、異世界人特有の過剰すぎる加護の芽は枯れていたけど、ついでのように贈られたギフトの方がまたとんでもないらしい。

従魔たちの個々のギフト効果まで上昇させているのかもしれない。

なにそれすごい…

ルーカはなんともいえない微妙そうな表情でこめかみに手を当てている。



「まいったな。

もしかして、クラスチェンジして[心眼]の効果も上がってるの…?リリー。

ご主人様のギフトのおかげかな。

…うわっ、ごめん、ごめんってば」


『…謝るの、遅いよーっ』


「ごめん…!」



なかなか素直にごめんなさい出来なかったルーカ先生に、リリーが怒った!

なかなか短気なようです。


スキル[魅了]で手なずけた野生の虫たちを多数背後に従えつつ、先生を正面から睨みつける…!

迫力満載!

主にうしろの虫たちが怖い。羽音がやばい。



…めずらしく焦った様子のルーカを見たリリーは、まだちょっと不満だけど許してあげることにしたらしい。

唇を尖らせてはいたが、指をパチンと鳴らして虫群を解散させた。


「すごく嫌な汗かいた…」と、ルーカがげんなり呟く。

虫が特別苦手なわけじゃないけど、アレはない。無理。



リリーが首を傾げながら、そんな彼に不思議そうに問いかけた。




『…[心眼]でご主人さまを視た私たちは、誰よりも、あの人を理解しているでしょう?

貴方の[魔眼]なら、なおさら、魂の清らかさが分かるはず。

…なのに。まだ、警戒してるの?』


「!」



…やっぱり同じ[心眼]持ち同士はやりづらい。

思わず、苦笑するルーカ。



「うーん。

自分でも無意識の行動だし、そうしたい訳じゃないんだけどね…?

なまじ他人を信用しない人生を歩んできたからかな。

…どこかに、彼女の人間としての欠点が無いか、そればかりを、いつの間にか探してしまっているんだ。

協力してほしいって押しかけたのはこっちなのに、ヤな奴だよね。

でもどうにも、生きてきた19年の経験って頑固みたい。


彼女のように無邪気に相手を信頼できたなら良いんだけど。

この世界で生きていくには危なっかしすぎるけど…

あの子の魂の光は、みてて眩しいくらいにキレイだね」



ルーカの言葉を聞いたリリーはなぜか胸を張った。

彼女の初期知力は[4]です。聞きたい所しか聞いていない。



『……ん!

ご主人さまのことは、リリーたちが、守るから。…今の、危なっかしいままでも、大丈夫なの!

魂、とってもキレイだもん。

それを曇らせないのが、従魔の…役目なの!


ふふん。その良さが分かるとは。認めてアゲヨウ……同士!』



「んー。とても返答に迷うね…?

とりあえず、貴方が機嫌を持ち直してくれて良かったよ。リリー。

レナは、すごいね。

もとの世界の人間にしては辛い人生を歩んできているのに、その中から嬉しい出来事を探しては、幸せに感謝して生きているんだから。

ほんと、見習いたい」


『…思うだけなら自由?』


「そうだね。

見習いたいけど、実用性を考えたらそうなりたくなかったりもする」


『めんどくさい…!』


「知ってる」



めんどくさい言葉遊びに、更に遠回しなルーカの物言いが、リリーをまた若干イライラさせていた。

あんまりおちょくるとまた虫群呼ばれますよ、先生!


当のルーカは、ここまで言ったらもう吹っ切れたとでも言いたげだ。いつもの涼しげな表情にとっくに戻っている。

…【フェアリー・アイ】の前では取り繕うだけ、無駄だし。だったらもう気にしなーい!ということらしい。

まあ、こう図太くなければ、腐敗した国でマトモな精神を維持出来なかったのだろう。

………




『…貴方は、ご主人さまに対して、"この世界"っていう表現を使う。

……どうして?』



リリーがためらいながら、困ったような表情で尋ねた。


その質問をされるかもしれないと、ルーカも予測をしていたのか。

…真剣な表情で目の前の妖精を見つめる。



『!』


「(聞こえる?)」


『なにこれ…』


「(口に出さないで、言葉を頭の中で念じてみて。僕に届くから。

【☆7】魔眼ギフトの追加効果のひとつで、"テレパシー"の能力だよ?)」


『(…ズルすぎ!)』


「(そうそう。上手)」




ランクの高いギフトには、リリーの【フェアリー・コントラクト】のように特殊な効果がプラスされている場合がある。

どうやら【テレパシー】も、ルーカの魔眼特殊効果の一つらしい。ほんと便利。


…何かしらまだ隠してそうとは思ってたけど、こんな技能まで持ってたなんて!と、再び口を尖らせるリリー。

便利な力は万が一の時のために、全て教えておいて欲しい。


ルーカがまた「ごめんね」と、申し訳なさそうに謝った。



「(この【テレパシー】は、相手と目を合わせていることが絶対条件なんだ。

だから、のんびりしていられない戦闘時には向いてなくて、あくまで内緒話専用って感じかな…?

でも僕の生命線のひとつになる能力でもあるから。

妖精契約を結んでいない時点で知られるのは、ちょっと怖くてね)」



『(貴方には…ご主人さまの能力全てが視えてるのに。やっぱり、ズルい人。

…慎重っていうより、怖がりなのね)』



「(そうだね。ごめん。

あとは"トレード"って能力も持ってるよ?

まあ、それは明日話すから。

ちょっと置いておいて…

レナの"世界"の話だね。これは、テレパシー以外であまり話さない方がいいかな)」


『(どうして…)』


「(世界に、彼女を"異世界人"だと認識させたくない。

余計な称号がついちゃったら、それを理由にまたレナが狙われるかもしれないからだよ。

可能性は、ない方がいいでしょう?)」



リリーは大きな瞳を見開いた。

別の世界の、異世界人。なんて途方もない話なのか。



『(!…やっぱり、別の世界が、あるの。

ご主人さまは、そこの人…?)』



「(うん。

…やっぱりってことは、貴方も思うところがあったんだね。

レナの魂の善良さは、この世界の人間ではちょっとありえないよ。それに、過去が明らかにおかしいから間違いないと思う)」



『(モンスターテイムされる時に、その人が一番望む【幻覚】を、ご主人さまに見せたんだけど…

…灰色の知らない景色だった。

とても緻密で、リアルで、全然ラナシュらしくなかったの…)』



「(そうだったんだ。

…やっぱり彼女は、故郷を恋しがっているんだね。当たり前、か。


もとの世界に帰す方法は分からないし、どうしてあげることも出来ないけど…とりあえずは、このガララージュレ王国内からは完璧に逃がしてやらないとね。

異世界のことは出来るだけ他人には内緒にしようか…

あとでレナにも注意しておくよ)」



『(……ん!頑張ろー!)』




途方もない話に眉尻を下げていたリリーだが…さすが、レナの従魔というべきか。

気持ちを切り替えて夜空へふわりと舞い上がると、クルクルと踊り始めた。

ハネの青が高揚した気持ちにあわせて、キラキラと輝いている。


ーーーもはや伝説になりかけているほど珍しい、王族候補の妖精が舞う特別なフェアリー・ダンス。


それは見る者全ての心を魅了し、また、優しく癒してくれるのだった。

不気味な森の景色が、いつの間にか美しく夢夢しいものに変わっている。



ルーカがニッコリと笑顔で、踊るリリーに小さく声をかけた。



「あんまり派手に光ると、モンスターに見つかるよー」


『無粋…!』



元王族の雅さとかは、先生には存在しないらしい。

そんなものは必要ないのだ、どこまでも実益重視型のルーカさんである。




気分を害されたリリーが不機嫌に花の上に舞い降りてきた。

クスリと笑って、彼は少しだけフォローをしておく。



「今のダンス。昼間ならそこまで目立たないだろうし、レナに見せてあげたら喜ぶと思うよ?

確実に感動するだろうね」


『!…褒めて、くれるかな?』


「もちろん」



一瞬で笑顔になり、ポッと頬を染めるリリー。たいがい単純だ。




「貴方たち従魔は、本当にご主人さまのことが好きなんだね…?

まだ出会って数日しか経ってないでしょう」


ルーカが不思議そうな表情で問いかける。



『期間とか、関係ないの。

従魔契約は、モンスターにとって、とっても特別なものなんだよ?

ご主人さまとね。あったかい魂のつながりが、出来るの…

レナが絶対の信頼をしてくれてるって、リリーたちには、ちゃんと分かる。

…魔物は、魔人族にでもなれない限り、だいたい一人で生きて、寂しく、死んでいくだけだから。

そんな中で、撫でてくれる手の優しさを知ってしまったら……もう、その人なしでは生きられない。

それくらい、特別で…大好きなの!』



うっとりした顔で、幸せそうにリリーは話した。


話内容に素直に感心しているルーカ。



レア職である"魔物使い"。

その職の特別なスキル[従魔契約]には、ヒト族にはおおよそ知り得ない、甘美なまでの従魔への快楽効果があるのかもしれない。


(まあ、レナがご主人さまだからこそ"契約"が心地いいものになっているのかもしれないけど。

どこに、自分そっちのけでここまで従魔を甘やかす主人がいるというのか…?)

思わず、クスリと笑ってしまっていた。



思考にハマりかけていた彼だが、……ハッと意識を浮上させ、顔を上げた。

鋭くリリーに指示を出す。



「リリー…![幻覚]スキルで、僕たち全員を覆って隠して」


『!』



返事をしている時間も惜しい雰囲気だ。

空気を読んだリリーが、強化された[幻覚]スキルでみんなを覆い隠す。

これで、周囲からは自分たちが認識されないはず…

ルーカは、何を見つけたというのだろうか?

説明を求めて視線を合わせてみると、彼は表情を僅かに緊張させながら、"テレパシー"で念話を送ってきた。

「しーーっ」と、口元に人差し指を当てている。

声を出すのはマズイ状況らしい。



「(…[遠視]スキルで、この森の中を探っている気配がしたんだ。追手だと思う。

しばらくしたら相手も視るポイントを移動させるはずだから…ちょっと静かにしてよう?

僕の、義妹かもしれない。

この荒ぶってる雑な術の使い方は、多分そう。


姫まで出してくるなんて。王国側はよっぽど僕らを逃がしたくないんだなぁ。

…明日からまた、逃亡頑張らなくちゃね)」


『(!……あの、貴方の話してたトンデモ姫?)』


「(そうそう。よく覚えてたね。

…行ったみたい)」




ルーカとリリーは目を合わせて、ほーーっと小さく息を吐き出した。

いくら[幻覚]スキルを使ったとはいえ、見つからないか緊張はしていた。


辺りを鋭く見渡したルーカが、再びリリーに声をかける。




「アテもなくしらみつぶしに視てるみたいだから、早々同じポイントばかり[遠視]しに来ないだろう。

今夜はこのまま、ここで休憩していくのがいいだろうね。

モンスターも近くに来ていないし」


『……ん。分かった』


「一応、今日は僕が朝まで起きておく。

リリーは、交代しなくていいから、朝まで寝ておいて?

何かあったら起こすよ。

また明日は、夜番頼らせて」


『うん!』


「……明日は、もうこの森から出て、前進しなくちゃね」




いつまでも近くに隠れていたのでは、そのうち追手に追いつかれて捕まってしまうだろう。


さいわい、ダナツェラは国境近くの街だったため、あと数日も歩けば検問所までたどり着く事が出来るはずだった。

追手を欺きつつ、逃亡を成功させるため離れておきたい。


検問所をどう切り抜けるかは…その時に様子を見て考えるしかないだろう。

箱入り王子だったルーカは、門番の警備の現場を直接見たことがなかった。

事前知識の無いまま作戦を考えていても、現場でそれが使えなければ思考時間のムダになる。

別な方向に頭を働かせつつ、ついでに余裕があれば考えてみよう。




『…おやすみなさい』



リリーはおとなしくレナに寄り添って、寝はじめた。

ルーカに背を向けた状態で横になっていて、寝息もすでにたてているので、返事は求めていないらしい。



「おやすみ」


そんな様子に苦笑しながら、誰に言うわけでもなくポツリと呟くルーカ。

ささやかな風が彼の頬をなでて、クセのない金髪をわずかに揺らしていった。


紫の瞳はもうレナの魂を覗いてはおらず、ただひたすらにぼんやりと、森の薄闇に向けられ続けていた。




リリーちゃんイメージ

挿絵(By みてみん)



読んでくださってありがとうございました!


先生の年齢は19歳に変えました。更新してすぐに読んで下さったみなさんすみません(>人<;)

この世界では成人は男性18、女性16です。

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[一言] これ元王子のやってる事って、寝てる子のスカート覗くよりエグいことしてるよねw
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