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君と、もう一度。  作者: れんティ
バレンタインデー編
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バレンタインデー:其の九

 パチィンッ、と小気味良い音が小屋の中に響き渡り、朝陽が強制的に左を向かされる。同時に蜜柑の右手も左へと移動していた。掌が熱を帯びて、じんわりと鈍い痛みが広がっていく。

 何が起きたか分からないといった顔で蜜柑を見上げる朝陽を、胸にわだかまる激情のままに怒鳴りつけた。

「いい加減にしてくださいッ!」

「……なんだよ、いきなり」

「どうして、そういうことが言えるんですか! いきなり『放っておけ』なんて言われて、納得なんてできるわけ無いじゃないですか! あなたはそんな状態なのに!」

「でも、俺は自業自得だからな。蜜柑さんが気にすることなんてない」

この期に及んでまだそんなことを言い張る朝陽に、蜜柑の怒りは臨界点に達する。

「気にします! 気にしないわけがないじゃないですか! あなたは、私たちにとって大事な人なんです!」

なおも声を荒げた蜜柑に対して、朝陽が蜜柑の目を覗き込むようにしてしっかり視線を合わせながら、低く呟く。

「でも俺は、その信頼を壊した。千鶴にまであんなことを言ったんだ。次は蜜柑さんかもしれない。真澄かもしれない。先輩たち、清水、良樹。全員を傷つける可能性もあるんだ。だったら、もう離れるしかないだろ」

 分かってない。朝陽は何も分かってない。分かった振りして、悟った振りして、事実逃げているだけだ。子供みたいに。誰かを傷つけることで自分が傷つくことを恐れて、可能性を過大評価し、目を背けているだけだ。

 だから、ここで目を覚まさせる。蜜柑が。蜜柑自身が、蜜柑自身の言葉を使って。

「どうして、そうやって逃げ出すんですか! 可能性を恐れて、目も体も背けて、無かったことにするんですか!? それは、何の解決にもなってないじゃないですか!」

朝陽の奥歯が、生理的な嫌悪感を催すような音を奏でる。こちらを見上げる目には、怒りが宿っていた。

「だったらどうしろって言うんだよ! あんなこと言っておいて、どの面提げて会いに行けって!?」

「逃げたところで何の解決にもならないんです! だったら、どんなに無様でも、恥ずかしくても、ちゃんと会って話し合うしかないじゃないですか!」

怒鳴った朝陽の声量を上回る声で叫び返す。もう、蜜柑自身にすら自分が何を言っているのか自覚は無かった。

「間違ったら訂正すればいいんです! 喧嘩したら謝って仲直りすればいいんです! 自分と価値観が全て一致する人間なんていないんですから、どこかでぶつかったりすれ違ったりするのは当然なんです! けど、そんなものから逃げ回っても、その先には孤独しかない! ……そんなの、哀しすぎるじゃないですか……!」

朝陽は、何も言わない。黙って蜜柑を見ているだけだ。

「……しっかりしてください……! 朝陽さんは、優しいじゃないですか。良い人じゃないですか。ちゃんと周りのことを気にかけて、困ってたら助ける。かっこいい人じゃないですか。なのに、どうして、こんなに簡単なことが分からないんですか。逃げても何にも解決しないんです。いい加減、逃避じゃなくて、解決を目指してください……!」

ゆっくりと、朝陽の顔が下を向いていく。それを見下ろしながら、蜜柑は続ける。

「ちゃんと仲直りしてください。千鶴ちゃんへの気持ちは、こんなことで忘れられるほど薄いものじゃないんでしょう!?」

小さく頷くのが見える。戸惑ったような、けれど力強い動きだった。

 小さく疼いた胸を抑え込んで、次に続けるべき言葉を選び出す。嘆くのは今じゃなくていい。どれだけ辛くても、今は毅然と怒っていければならいから。

「だったら、そんな簡単に諦めないでくださいよ! ちゃんと届けられるように! どれだけかっこ悪くても、顔向けできなくても、やるしかないんですから! そうやって、自分から解決してください!」

目頭に熱が集中してくる。視界に水の膜が張られ、朝陽の姿が原型を留めなくなる。

「逃げてばかりは、かっこ悪いじゃないですか! たった数十秒の勇気を出せれば、それで十分じゃないですか! 千鶴ちゃんは待ってるんです! 丁寧に包装された小さな箱を大事に抱いて! 屋上で待ってるんです! 行ってあげてください! 叶う可能性があるなら、どんなにわずかな可能性でもそれに縋るべきじゃないんですか!? そうやって、ちゃんと自分の願いを叶えてくださいよ!」

口を突いて、上擦った声が飛び出していく。鼻声で、掠れて、聞き取りにくいことこの上ない、無様な声が。

「そうして、朝陽さんはあんなにかっこいいんだって、朝陽さんは――――私が好きになった人は! あんなに立派なんだって言わせてくださいよ! 好きになってよかったって、そう思わせてくださいよ! じゃないと、私、私……!」

理不尽なことを言っているのは分かっている。朝陽のためを装って、結局は自分の傷を浅く済ますことだけを考えている、醜い自分がいる。それが嫌だった。けれど、飛び出していった言葉は取り消せない。

 朝陽の心底驚いたような顔を水のレンズ越しに見ながら、感情を吐き出していく。

「――――やってられないじゃないですか! 叶うはずない想いなのに、捨てられなくて! 会うたび会うたび膨らんでいく感情が胸の中を圧迫して! どうしようもないんです! 忘れたいのに、あなたに会うたび思い出して! 思い知らされて! 私は、どう足掻いてもあなたの隣に立つことはできないんだって! だったら、だったらせめて! いつか誰かに、私が好きになった人はあんなにいい人なんだって、自慢くらいさせてくださいよ! ……それくらい、言わせてくださいよ……!」

すべてを叫びきった途端、膝の力が抜けて、座っている朝陽の前にへたり込む。

「……蜜柑さん……?」

心配そうに尋ねる朝陽には答えず、黙って戸口を指差す。

「行ってください」

「でも、蜜柑さん……」

「行ってください!」

最後の力を振り絞り、常態を装って叫ぶ。

 弾かれたように立ち上がった朝陽は、最後にもう一度蜜柑を振り返ると、今度こそ、脇目も振らずに駆け出した。

 雪を掻き分けて進む足音が遠ざかっていくのを聞きながら、蜜柑は今度こそ、両手で顔を覆った。

 どうしようもない感情の奔流が、水滴として実体化し、頬を伝っては消えていく。

 耐えられなかった。耐えるべきではなかった。今まで胸の奥にしまいこみ、がんじがらめに鍵を掛けていた想いが体の外に吐き出されていく。

 「うわあああああああ――――――!」

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