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君と、もう一度。  作者: れんティ
決別編
68/126

決別:其の六

 カーテンの隙間から差し込む朝日が、俺の顔を照らす。その眩しさに睡眠の続行を諦め、俺は体を起こした。

 腕立て伏せの要領で枕から顔を上げ、そのまま猫のように伸びる事で寝起きの伸びと布団をめくるのをいっぺんにやってしまう。

――――――枕? 布団?

 俺はそんなものに包まって眠った記憶はないんだが。

 何かを崇めたてるような格好のまま、昨夜の記憶を掘り起こす。

 昨日の夜、俺は千鶴とちょっとした寸劇で遊んでいる途中から強烈な眠気を覚え、千鶴が掛け合いを切り上げてどこかへ向かったのを機に千鶴が座っていた揺り椅子に腰掛けた。そして、そこで記憶は途切れている。一応誰かに引っ張られて階段を上ったのはうっすらと覚えているが、それだけだ。何がどうしてこんなところにいるのかはさっぱり分からない。

 とりあえず情報収集。そう思って体を起こした俺は、周囲を見回して愕然とした。

 物が少ないためスペースは広く取られているが、そこに殺伐とした雰囲気はなく、むしろほんわかとした空気が漂っていそうな、生活感のある部屋。おそらくは、千鶴の部屋。

 そして、俺が眠っていたのはベッド。つまり、千鶴は別の場所で寝たということだ。

 慌てて起き上がり、部屋を出る。階下からは何かを切る軽快な音が響いてきているから、おそらく千鶴はもう起きているのだろう。

 「あら、おはよう」

「おはよう。……じゃなくて。お前、昨日はどこで寝た?」

唐突な疑問に、千鶴が包丁を止める。軽く首をかしげた後、さも当然のような表情で口を開いた。

「どこって、自分のベッドよ」

「は?でも、お前のベッド俺が占領してただろ」

「あら、その横は十分空いてたわよ」

「そういう問題じゃないだろ……」

脱力して、恨めしげな声を出す。そんな俺の抗議は、千鶴の柔らかい笑顔で粉砕した。

「あら、あなたは既に眠ってて、私にそんな積極性はないもの。間違いが起こる可能性はゼロじゃない」

「そうは言っても問題山積みだろ」

「過ぎた事を言っても仕方ないわよ。ほら、そろそろご飯できるから、顔洗って着替えなさい」

「あ、わかった」

……もうどうだっていいや!

 何か、この先が思いやられるな。


「朝陽、あなた鞄はどうするの?」

 夜。そろそろ寝ようかと――きわめて不本意ながら――貸し与えられたパジャマに着替えようとしていたところで、千鶴から声が飛んできた。

 ふと、俺の荷物が置かれた区画を見やる。そこにあるのは、着替えと日用雑貨と教科書類と本とUSBメモリを詰め込んで持ってきた大きな鞄のみ。千鶴が疑問を抱くのも無理

なかった。なにせ、学校に持っていくには大きすぎる。

 が、その見立ては間違いというか、ちょっと見落としがある。

「ああ、鞄ならあるぞ」

「何言ってるの。持ってきたようには見えないけど?」

「まあな。この鞄さ、ちょっとした仕掛けがあるんだ」

思わせぶりな言葉で千鶴の視線を誘い、持ってきた鞄の前ポケットに手をかける。そこに付けられたファスナーを開けば、

「……な?」

「へぇ、面白い鞄ね」

ポケットそのものが外れ、中から布の塊が出現する。それを開けば、立派なリュックサックの出来上がりだ。ポケットに見せかけた部分が底になるから、ある程度の安定性もある。

「これで何とかなるだろ。ならないときは、こっそり帰るか」

「家にも余った鞄はあるわ。それで代用すればいいわよ」

「そんなこと言って、また女物渡す気だろ」

俺の警戒心が滲んだ言葉に、千鶴は少し考える素振りを見せた後、薄く笑った。

「そうね、中学のときに使ってた、水玉模様のリュックサックがあるわよ」

「……絶対家から持ってくるからな」

その過程であの人たちに見つかったとしても、やり遂げてやる。


 「朝陽、これ開けていいかしら?」

鞄云々の話が一段落した後、今までテーブルの端で忘れ去られていた箱を手に取る。掌サイズの直方体で、綺麗なラッピングが目を引くわね。

 そして、その話を振られた朝陽はと言うと、ぎょっとしたような表情で固まっていた。

「……どうしたのよ」

「……いや、その、自信が無いというか……」

「開けるわね」

その確認に、返事はない。無言は肯定と受け取って、ラッピングの継ぎ目に指を掛ける。

 包装紙を破らないように剥がして、箱を開ける。その中に鎮座していたのは、バレッタだった。

 派手過ぎない色合いで、花をあしらった幾何学模様。普段私が好む物よりいくらか華やかだけど、不思議と抵抗は少ない。

 手にとってためつすがめつする私に、朝陽の自身無さそうな声が届いた。

「……あー、いや。気に入らなかったらごめん」

「あら、私がいつそんなこと言ったのよ」

現在うなじの後ろで髪を束ねている黒い髪ゴムを外して、新しいバレッタで留め直す。

 一連の作業を終えて振り返る。一新された視界の中で心配そうな顔をしている朝陽に笑いかけると、視線を逸らされてしまった。

「……似合ってないかしら?」

「い、いや。すごい似合ってる。ちょっと安心した」

「そう?ならよかった」

満面の笑みなんて柄じゃないのは分かってるんだけど、この頬の緩みは押さえられそうにないわね。

 洗面所まで駆けて行って、鏡の前で急ブレーキ。その余勢で、くるりと一回転してみる。朝陽の見立ては正確で、自己評価の低い私でも、これは似合ってると言える。

 けど、嬉しいのは似合ってるからじゃなくて、朝陽から貰った物だからなのよね。

 なんて、プレゼント一つで笑っちゃうくらい舞い上がれるって、いよいよ末期ね。

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