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君と、もう一度。  作者: れんティ
夏休み編
47/126

勉強会:其の二

 翌日。いつも通り起床した俺は朝食を作り、食べ、今日の午前中は本屋にでも行こうかと思案していた。

 が、そんな俺の計画を打ち砕く言葉が、鳴り出した携帯によって紡がれた。

『もしもし、朝陽か?』

「この家で、俺の電話を勝手に取るような奴はいませんよ。どうかしたんですか、螢先輩」

オレが応答し、耳に当てた瞬間に息せき切って喋り出したのは、螢先輩だった。相当焦っているらしく、なにやら電話口でぶつぶつと呟いている。

『悪い、お前、美術部に知り合いいるか? それか、絵の上手い奴でもいいんだが』

「……筒井さん、なにかあったんですか?」

螢先輩の言葉から、大体の予想はついた。大方、文集に使う絵のことだろう。

 俺が言った筒井さんは、螢先輩の家の近くに住んでいる絵の上手い大学生の事だ。絵の描ける人間がいない文芸部で文集の表紙と挿絵をどうしようかと悩んだとき、二人が頼みに行ったらしい。文化祭の時期は暇らしく、例年快諾してくれている。

 そんな心強い助っ人がいるはずの絵を俺にまで話してくるということは、まあそういうことだろう。

『あ、ああ。右手首捻挫。自転車で転んだらしい。生活に関してはとりあえず大丈夫らしいが、さすがに絵は……』

「まあ、そうでしょうね。クラスメイトが美術部なんで、聞いてみます」

『頼む。三年生はまだ忙しいらしくてな、助けてくれる人がいるなら、部長は許可してくれるそうだが』

「了解です。じゃあ話して、明日までに結果を伝えますから」

『悪いな、じゃあ頼む』

どうやら相当焦っているらしく、俺の返事も聞かずに通話が終了する。沈黙したディスプレイを軽く叩いて操作しながら、思いをめぐらせた。

 今日を含めて、夏休み終了まで残り七日。つまり一週間だ。今日依頼して、絵のデザインを決めて、実際描いて……とやっていたら、印刷業者に依頼する期日である夏休み明け三日に間に合うか。筒井さんであれば毎年やっているから感覚は分かっているし、何よりかなり上手い。速度も、出来栄えも。書き上げた絵は何の疑問も挟めずそのまま使える。ただ、あいつもそのスケジュールでいけるのか、それが問題だ。

 とりあえず、頼んでみるしかないか。

 腹を括って、電話帳で名前を探す。とは言え登録は『安倍』の下、すぐに見つかった。

 一度大きく息を吐いてから、登録後初めてとなる電話を掛ける。

 賽は振られた。後はどう出るか。

 『……は、はい! もしもし?』

「もしもし、蜜柑さん? 朝陽だけど、今大丈夫か?」

喋りながら、片付け終えた食器を水切り籠に入れる。足音を殺して自室に戻った。

『は、はい! 大丈夫です!』

「よかった。えっとさ、蜜柑さんって、絵に自信あるか?」

『えっ、と、一応、美術部なので……』

「そっか。一つ頼みたいんだけど、文芸部の文集用に、絵を描いてくれないか?」

『ぶ、文集用の絵ですか? だ、だいじょぶだと思います』

経路がいいどころか承諾そのものの返事を貰い、ほっと胸を撫で下ろす。これ、断られたらどうなってたことやら。

『……あの、どうかしましたか?』

携帯が奏でる不安そうな声に、意識を現実に引き戻す。

「いや、何でもない。蜜柑さん、今日空いてる?」

『あ、はい。今日は一日暇ですよ』

「じゃあ、一時に神原商店街東口まできてくれないか? 今日千鶴や良樹と勉強会やるから、そこで詳しい話をしよう」

『あ、はい! 分かりました!』

「じゃあ、また後で」

『はい、また後で、です』

ぷつりと、通話が終了する。

 あ、そういえば良樹の家に四人が押しかけることになるわけか。しかも一人はアポなしだし。まあ大丈夫だとは思うが、一応メールは入れておくか。

 軽い音を立てながら文章を打ち込み、送信する。さて、現在時刻は午前九時三十分、本屋にでも行くか。


 午後一時、家の前、普段なら千鶴の定位置である店舗の右の壁に凭れ掛かる。が、すぐに跳ね起きた。今日は八月二十日、雪国とは言え夏は暑い。今日も最高気温は二十七度だったか。コンクリートでできた壁に凭れ掛かるのは自殺行為だ。たった数秒でも、薄着のせいで背中が熱い。というか痛い。

 「……何やってんのよ」

どうにかして背中の痛みをとろうと、柔らかくもない体を捻る俺を見た千鶴の第一声はそれだった。

「……今そこの壁に凭れ掛かったら、かなり熱かったんだよ」

俺の言い訳を聞いてか、怪しいものを見る目を和らげる。

 唐突に、俺の体を反転させた。

「ん?」

「どこよ、熱かったの」

「あ、ああ、肩甲骨の下辺り」

「まったく、これでいい?」

言葉と共に、軽く払うように叩かれる。じんわりと続く痛みが上書きされた事で、気が楽になった。

 「あさ兄ちゃん! 久し振りー!」

千鶴のすぐ後、真澄も東口から駆け寄ってくる。炎天下と言っていいこの天気の中、相変わらず元気な奴だ。

「久し振りだな、真澄」

「真澄ちゃん、久し振り」

「じゃあ、行こうよ!」

「いや、まだダメだ」

俺の言葉に、二人揃って首を傾げる。その後ろ、向かいの肉屋から人影が出てきた。

「おお、八神の坊主に安倍の嬢ちゃん、柏木のちみっこじゃないか! 勢ぞろいだな! いやー、久し振りか?」

「あ、おじさん! 久し振り! けど、いい加減ちみっこってやめてよー。もう高校だよ?」

「ん、ああ、すまんすまん。もう染み付いちまってんだよなー」

「菊池さん、久し振りです」

「おじさん、久し振りです」

真澄が騒ぎ出し、俺と千鶴が頭を下げる。そのギャップに、菊池さんは面食らったようだった。

「いやいや、そんなにかしこまるなって。しかし、お前たちは三人でどこ行くんだ?」

「これから、良樹先輩の家で勉強会なんだ!」

「勉強か! がんばれよ!」

「あ、朝陽さん! 千鶴ちゃん! お待たせしました!」

丁度会話が切れたところで、申し訳無さそうな叫び声が届く。どうやら、最後の一人が揃ったようだな。

「蜜柑? 何でここに?」

「文集の絵を頼む事になったから、細かい説明をついでにしようかと思ってさ」

「朝陽さん、今日はよろしくお願いします」

「いや、お願いするのは俺の方だしな。わざわざ呼び出して悪い」

「いえ、大丈夫です!」

そこで、俺の袖がグイグイと引かれた。

 「あ、あさ兄ちゃん! この人は?」

「ああ、俺のクラスメイトで、美術部の……」

「あ、綾野蜜柑です。よろしくお願いします。あ、あの……」

「柏木真澄です! あさ兄ちゃんの幼馴染なんですよ。よろしくお願いします、蜜柑先輩」

「は、はい、よろしくお願いします!」

自己紹介が済んだところで、そろそろ出発するか。

 「なんだ、坊主。両手に花でも一輪余るんじゃないか?」

「そんなんじゃないから大丈夫ですよ。俺が持つわけでもなし。じゃあ、また今度」

これ以上変なことを言われないうちにさっさと別れを告げて、歩き出す。慌てて三人がついてきた。

 「朝陽さん、これからどこ行くんですか?」

二歩くらい後ろを歩いていた蜜柑さんが、隣に寄ってきて、首を傾げる。

「ああ、良樹の家だよ。良樹は知ってるだろ?」

「ええ、林間学校も同じ班でしたし。でも、こんなに大勢で押しかけても大丈夫なんですか?」

「大丈夫だって言ってたし、大丈夫だろ。み換算こそ、結構歩いてると思うけど大丈夫か?」

「いえ、私は大丈夫ですよ」

「ストーップ! ストップ! ストップ!」

俺の右側を楽しげに歩いていた真澄が、いきなり声を荒げる。どうかしたのか。

「……どうかしたのか?」

「なんで、蜜柑先輩があさ兄ちゃんと新婚みたいな会話しながら歩いてるの!?」

「し、新婚!? え、あの、私、そんなつもりじゃ……」

「蜜柑、大丈夫よ。皆分かってるから」

「真澄、変なこと言い出すな」

「だって! なんか二人とも、苗字で呼びなれてたのをいきなり名前に変えたみたいに呼び合ってるし! お互い心配しあうとか同棲一年目みたいだよ!」

「ど、同棲……? え、あの」

「大丈夫よ。分かってるから。真澄ちゃんの言う事を真に受けてちゃダメよ」

「あたしをうそつきみたいに言わないで!」

なんか、状況が混沌に片足を突っ込んでるぞ。いつも通り騒ぎ立てる真澄と、その一言一言に反応して表情と顔色をめまぐるしく帰る蜜柑さん。それを呆れながら宥める千鶴。間に挟まれた俺はどうするのがいいんだろうか。

 「……とりあえず、俺と蜜柑さんはそういうのじゃないから。落ち着け」

「う、ホント?」

「嘘をつく必要なんてないだろ」

「わ、わかった。今日のところはそういうことにしておくよ」

ゆっくりと、息を大きく吐く。なんだこの疲労感は。

 炎天下、じりじりと世界を蒸し焼きにする太陽光線の元、コンクリートの道を歩いて行く。これでも日本国内ではマシな方で、昨日は群馬かどこかで三十五度を記録したらしいなんて信じられない。二十七度でこれなら、三十度はどうなるんだ。融けそうだな。

「朝陽、樋口君の家って、後どれくらいなの?」

「家から歩いて十分もないくらいだから、後五分くらいだな」

「後五分?じゃあ、もう少しじゃん」

「もう、融けそうですよ……」


 良樹の家に着いたとき、全員の顔にまず浮かんだのは安堵だった。

「着いたー!」

「やっと、ね」

「せめて飲み物を貰いたいです」

口々に呟きながら、ドアの前で立ち止まる。

 俺が代表して、インターホンを押す。帰ってきたのは、良樹の声だった。

『あーい! お、開いてるから入れー』

「いいのかそれで……」

防犯とか、杜撰すぎはしないだろうか。

 とりあえず夏空の下でぐずぐずしている意味もないから、言葉に甘えてドアを引く。途端、冷たい風が漏れ出してきた。

「あー、気持ちいいー!」

「珍しいわね、エアコンなんて」

「へぇー、冷房がついてるんですね」

「とりあえず入れよ。今日は親仕事で俺しかいねぇから、遠慮なくくつろいでくれ」

玄関から居間に入り、そこで大きく息を吐く。意識していなかったが、結構汗をかいたらしい。エアコンの風で急激に冷えていく。

「好きな床に座ってくれ。今飲み物注ぐから」

「了解」

良樹が持ってきた麦茶を飲み干すと、自然に安堵のため息が漏れた。

「二十七度じゃあ、あっついよなー」

「ええ。外にいると融けそうよ」

「マジか。じゃあ俺ずっと家にいよう」

「さて、宿題だろ、お前ら」

「あ、そうだった! ここ、これ!」

「オレもだ。朝陽、ここ」

 さて、頑張りますか

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