夏休み:其の十五
「俺らも探すぞ。俺と亜子、柏木さんと栄介で二人一組が原則だ。声掛けられたら人探しだって説明しろ」
ちづちゃんが出て行った後すぐ、螢一郎先輩の指示であたしたちも走り出す。旅館から飛び出すと、浜辺の方へ走っていく後ろ姿が見えた。いつもは束ねている髪を振り乱して、浜辺の方へ一直線に駆けて行く。まるで、向こうにあさ兄ちゃんがいることが分かってるみたいに。
「柏木、僕達はこっちだ」
その姿に呆けていたあたしの腕を痛くないくらいの強さで引っ張って現実に意識を引き戻させたのは、先輩たちと話していた栄介君だった。神妙にあたしの表情を窺ってる。
「今試したけど、電話もメールも応じない。行こう」
「わ、わかった!」
あたしたちが探すのは、旅館からお風呂までの道のり。徒歩数分とは言っても、その間には路地とかがあって、結構広い。
「こっちは比較的明るくて人もちらほらいるから、安心していい」
あたしの不安を読み取ったのか、的外れな回答で慰めてくれる。でも、あたしが聞きたいのはそんなことじゃないんだよ。八つ当たりだって分かってるけど、言わせて。
「そっちはあんまり怖くないよ。だって栄介君がいるから。けど、あさ兄ちゃんは一人なんだよ? 見たこと無いくらい怒って、走って行っちゃって、心配なのはそっちだよ!」
手を引かれて、さっき下った坂を上っていく。あたしの叫びなんて気にしてないのかと思ったら、不意に栄介君が立ち止まった。振り返って、あたしの両肩に手を置く。
「……分かってる。心配なのは僕もだ。でも、安心して。必ず見つけるから。僕も、柏木も、部長たちも、安倍先輩も探してる。それでもダメなら警察だって周囲の大人だって躊躇なく頼る。だから、安心してくれ。そんな顔してたら、八神先輩が辛くなる」
力強い口調で言い切られたその言葉は、心の奥に染み透り、あたしの体を満たしていく。指先の温度が上がった気がした。
抑えきれなくなった感情が、目尻に体当たりする。意図せずに、呻き声が漏れちゃった。
「あーもう、泣くなって。僕が泣かしたみたいになるだろ。そんなことしたら、八神先輩に合わせる顔がなくなる。心配はするべきだけど、落涙も行動停止もすべきじゃないよ」
あたしのより暖かくて、大きな指に目元を拭われる。同じ高さであわせられた目の置くには、強い光が灯っていた。
「ほら、行こう。早く探さないと」
すごい勢いで前を向いた栄介君が、もう一度あたしの手を引く。それが照れ隠しだって分かるくらいの時間なら、あたしは一緒にいるんだよ?
「うん! ほら、あっちじゃない?」
今度はあたしが栄介君の手を引く。大丈夫、きっと見つかるもんね!
「……戻りましょ? 皆心配してるわ」
「……悪い。もう少し、ここにいさせてくれ」
「そう、分かったわ」
携帯で、見つけた旨報告する。用が済んだ携帯をポケットにしまいこんで、防波堤に手を掛けた。
腰の高さとは言え上るのは大変で、不恰好に足をバタバタさせながら何とか飛び乗る。すぐ横で、朝陽が驚いた顔をしてるのが面白いわね。前髪で作られた影の中で、目を見開
いているのが容易に想像できるもの。
「……戻らないのか?」
「ええ、そんな状態のあなた一人置いて帰れるわけないでしょ? ちゃんと見つけたことは連絡したから、あなたが帰る気になるまで一緒にいるわ」
「……そっか、ごめんな」
「謝る必要なんて無いわよ。私がそうしたいからそうするだけだもの」
そんな状態のあなたを置いて帰れるわけないじゃない、というのが本音だけど、それを言えば朝陽は何が何でも私を帰そうとするだろうから、自己責任である、自分の判断だと告げておく。私個人の判断に、朝陽は干渉してこないでしょうから。
「……こっち、向いてもらえるかしら?」
とはいえ、私に朝陽を放っておく気は無い。朝陽が少しでも楽になれるようにできる限りの手伝いを。余計なお世話で、自己満足なお節介かもしれないけど、何もしないよりはましだと思うから。
「……なんだよ」
「髪の毛、目に入ってないのか、疑問になったのよ。どうせ、走ってきてそのままでしょ?」
「……いいよ。別に。このままでも前は見える」
「視界が黒くなってるでしょ。この暗闇だと危ないわよ? せっかくの景色も見られないし。それに、私が見たいのよ。あなたの目を」
「……好きにしてくれ」
投げやりとは言え許可が下りたから、目や肌を痛めつけないように、身長に目にかかった前髪を除ける。予想はしていたけれど、今にも泣きそうな目を近距離で見た衝撃はそれ以上だった。除けたはいいけれど、何を言えばいいかわからない。沈黙が、気まずさを連れてやってきた。
「何で、いきなりいなくなったりしたのよ」
ふと口を突いて出て行った言葉は、少し責めるような色を帯びていた。心なしか、朝陽の瞳が揺れる。
「……どうでも、いいだろ」
「よくないわ。皆心配してたのよ? その前の態度もおかしかったし」
不良を罵っていたときの話を出した途端、朝陽の口が真一文字に引き結ばれる。やすりのような防波堤の表面を引っかくようにして握られた拳は、指先が擦り切れて痛々しい。その痛みを緩和してあげようと咄嗟に伸ばした手は、行き場をなくして空中を漂った。
「……ほっといてくれ」
「嫌よ。あなたをおいて帰れるわけないじゃ」「ほっといてくれよ!」
度重なる拒絶に熱を帯びる私の声は、朝陽の悲愴な叫びで掻き消される。
「……ほっといてくれ、頼むから……」
「何かに怯える朝陽の声が、私の喉を締め上げる。詰まった声は気管支の中で霧散したみたいに、表の世界に出ることはなかった。
「……聞いてもいいかしら」
私の問いに、朝陽は黙ったまま、頷く。口を開くことを頑なに避けるようなその態度は、不思議なことに、どこかいつも通りに戻りつつあるような気がした。
「あなたは、何をそんなに怖がってるの?」
「何で……」
「分かったか? 見てれば分かるわ。あなたは、何かに怯えて、恐れてるもの」
言い切った私に、言い逃れはできないと悟ったのか、朝陽は口を開いた。




