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君と、もう一度。  作者: れんティ
出会い編
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六年前までのいつも通りは、有効か否か

 目覚まし時計に叩き起こされた俺は、倦怠感がしがみつく四肢に鞭打って身支度を整えると、階下へと降りた。次から次へと生まれる欠伸をかみ殺す作業を行いながら、簡単に朝食を作る。親はいるにはいるが、今は一階に設けられた店舗で、開店準備を行っているのだろう。父さんも母さんも、動き出すのは俺より一時間ほど早い。そして、たとえ時間が同じだとしても結果は変わらなかっただろう。控えめに言って、俺と両親は余り仲が良い方ではないのだから。

 とはいえ、今はそんなことどうでもいい。現在時刻は七時四十分。ここから真澄の家まで歩いて五分だから、余裕を持ってそろそろ出るべきだろう。

 がさごそと音がする店の奥に背を向けるようにして、そそくさと家を出た。

 「お、八神の坊主!元気か!」

「ええ、おじさん。おはようございます」

俺の家は商店街の東口付近に店舗を構える花屋だ。草独特の匂いが充満した家から出ると、丁度正面の肉屋の主人である菊池さんと鉢合わせた。

「はっはは、そんなにかしこまらなくてもいいと言ってるだろうが。しっかし、お前さんも遂に彼女持ちとはな、淡白そうに見えてやるじゃないか!」

「……はい?」

彼女?そんな風に疑われるような人はいただろうか。真澄との関係はこの商店街では周知の事実だから、今更そんな事を疑うような人間はいないはずだが。他に、この辺で女子と関わった記憶もないし。

「ん?気づいてないのか?ほれ、そこでお前さんを待ってる子だよ。中々に美人じゃないか。まったく、隅に置けん奴だ!」

がっははははは、と豪快に笑う、ザ・肉屋の主人な菊池さんは置いておいて、その肉厚な人差し指が指し示した方向、つまり俺の右側の壁へと首を回す。九十度ほど回転させたところで、人影が目に入った。

 「おはよう」

真澄に比べれば随分とおとなしい感情表現。硬直する俺に歩み寄るたびに一纏めにされた髪が揺れる。言うまでも無く千鶴だ。

「……え、お前、何で?押しボタン信号で集合じゃなかったのか?」

「別に、いいでしょ。どうせ行くなら二人で行った方が楽しいじゃない。それとも、嫌?」

「いや、そういうわけじゃないけど」

わざわざ待ってなくたって。そんな言葉は呑み込んで、まったく気づいていないらしい菊池さんへと意識を向ける。

「おじさん、気づかないですか?」

「お、何がだ?」

そこで、千鶴が動いた。俺から菊池さんへと向き直り、綺麗に頭を下げる。

「お久し振りです、菊池のおじさん。安倍千鶴です」

「ん……?あ、ああ!安倍さんとこの嬢ちゃんか!」

「ええ。この間からこっちに帰ってきたんです。近々親も挨拶に来ると思いますが、よろしくお願いします」

頭の下げ方だけじゃなく、挨拶も綺麗だ。下町の商店街によくいそうな気のいいおじさんは、その丁寧な挨拶に面食らったようだった。目を剥いて凍り付いている。

「何だ、そうだったんか。いや、久し振りだな!そうかそうか。二人とも遂に結ばれたか」

どういう意味だ。いきなり何を言い出すかと思えば。結ばれたって、そういうことだよな?

「どういうことですか?」

「いや、子供っぽいとは俺も思うがな?ちびっこい時からずっと一緒にいるんで、商店街の大人共はいつか結婚の報告に来ると半ば本気で信じてたのよ」

いやあ傍から見てもラブラブだったからな!じゃないし。そんな小さいときの話を持ち出されても、言われた当人は気恥ずかしいだけなんですけど。いい大人が何言ってんの。

「あ、えっと、俺らそういうんじゃないんで」

「ええ。今も変わらず、幼馴染ですから」

「なんだ、そうか!いやー、若いっていいな!」

「じゃあ、いってきます」

人が良すぎて絡み辛いところもあるが、俺が毎日挨拶するのなんてこの人くらいなものだ。その点は、とてつもなく感謝している。

 「……けど、お前ホントに何したかったんだ?」

本来の集合場所である押しボタン信号までの五分ほど。最初に口火を切ったのは俺だった。

「言ったでしょ。どうせ同じ道を辿るんだから、二人で行った方が楽しいって。それに、ずっとそうだったじゃない」

ずっと、そうだった。その言葉につられて記憶を掘り返す。千鶴と通った、四年間を。

 結論、大体そうだった。何らかの事情が無い限り、俺が家を出たら千鶴が右の壁にもたれかかっていて、丁度出てくれば菊池さんと会話してから登校する。時間は毎日一緒だから、同じ様に家を出てきた真澄と合流して大騒ぎしながら学校へ。

 つまり、千鶴もそれを覚えていて、それに則って朝行動したという事だ。昨日は新しくまた関係を築こうとか言っていたのに。やはり幼い頃の習慣は残っているものなのだろうか。自転車と水泳は一度覚えれば忘れないらしいし。そんなものの中に幼い頃の待ち合わせを含めるのはおかしな気もするが。

 そんな俺の視線に気がついたのだろうか、千鶴は肩を竦めてのたまった。

「朝陽が言ったのよ。昔の思い出も含めて私は私だって。だから、私は出来る限り昔と同じ様に、あなたと接するわ」

俺のエゴからきた言葉を、それだけ真面目に受け止めて、考えた結果の行動だったわけだ。ふざけたことを考えていた自分が少し嫌になるな。けど、自己嫌悪からは何も始まらない。千鶴がそう言ったんだ、俺に反対のあろうはずも無い。

「そうだな。俺も、出来る限り前と同じ様に接するよ」

出来る限り、という前提がついているのは、どうしたってあの頃とは違うからだ。年月は変えられなくて、それに伴う立場、価値観、性格、そういったものの変化がある。それを捻じ曲げることはできないのだから、どこかで折り合いをつける必要があるんだ。

 再会したとき、俺も千鶴も抱きつかなかったように。馬鹿みたいに騒がなかったように。

 昔の約束さえも捻じ曲げて、それでも昔通りと言えるのかは分からないけど。

 「あ!おはよ!あさ兄ちゃん、ちづちゃん!」

 朝からテンションの高い真澄を見て、こいつだけはどれだけ時間が経ってもこのままだと思ったのは黙っておくことにした。悩んだ事が馬鹿みたいだ。

「まったく、二人揃ってくるなんてずるいよ。あたしだけ除け者みたいじゃん」

「そういうつもりはまったくないから安心しろ。家の位置の問題なんだ」

「ホント?」

「ええ。本当よ。どうせ一緒なんだから、ってことで一緒に来たの」

「わかった。じゃあ、学校行こう!」

うん。やっぱりこいつは六年なんて月日では変わらない気がする。

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