夏休み:其の十
轟音を立てて夜空を彩っていく、刹那の閃光。
「お、始まったな」
「螢、座れるわよ」
「あさ兄ちゃーん! こっちこっち!」
「分かってるから、そんなに騒ぐな。千鶴、そこ座っとけよ」
「柏木、隣、いいか?」
「遠慮しなくていいよ!」
それを横目に砂浜の一角に座る。視界に広がる世界は、海と夜空が映しあって、引き込まれそうだ。六人で横並びになって、その黒いキャンパスに描かれた炎の花を眺める。
「……綺麗……」
「……だな」
ポツリと零したのは、がわら先輩と螢先輩だろうか。隣に座った千鶴も、真澄も、首を斜めに固定してから動こうとしない。
「……綺麗、だな」
また一つ、一瞬の生を終え、虚空に散っていった。
「綺麗だったわね」
花火が終わった途端、祭りの喧騒が戻ってくる。つい先ほどまでの静寂が嘘のようだ。俺の耳がそれらを弾き出していたのか、周囲も見とれていたのかについては定かではないが。
「そうだな、じゃあ、これからどうする?」
「あ、それなら、これから一度旅館に戻って、それからお風呂に行くわよ」
……風呂?
砂浜を歩いて旅館まで戻る道すがら、全員の頭に疑問符が浮かんだのが分かったのだろう。がわら先輩は慌てて付け足した。
「昨日は、各自の部屋についていた小さいお風呂を使ってもらったのだけど、それじゃあ面白くないでしょう? 歩いて五、六分のところに、旅館のお客さんは無料で使える露天風呂があるから、そこに行こうと思っているのだけど、どうかしら?」
そういうことなら、俺が反対する必要も無い。部屋の風呂を使うのは、精神衛生上よくなかったところだ。昨日は何とか耐えたが、次は部屋から逃げ出してしまうかもしれない。
そうなれば、いざこざの二つや三つは増えることになるだろう。それを防ぐためにも、ここは賛成しておく。本音を言えば、螢先輩と話をするチャンスだ。
「行きたいです!」
「反対する理由はないわね」
「いいですね、行きましょう」
「じゃ、決定ですね」
「分かったわ。道は案内するから、それぞれ必要なものを持って、部屋の前に集合ね」
「了解」
「分かりました」
そうこうしている間に、旅館が見えてくる。最早見慣れた玄関を通り抜けて、割り当てられた部屋に戻った。
「さて、必要なもの、だな」
とはいえ、即座に思いつくのは三つか四つだ。手提げ鞄に手早く詰め込んで、千鶴の様子を確認しようと視線を上げた。
そんな俺の目に映ったのは、浴衣の帯を半分解いた千鶴だった。
「……え……?」
「……あ、きゃ……」
俺の視線に気づいたのだろう。悲鳴を上げようとしてすぐに口を噤んだのは、俺が即座に顔を逸らしたからか。それとも、自分の失態を広げないためか。
「わ、悪い」
「いいわよ、解けたとは言え、注意が足りてなかったのは私だもの」
勤めて冷静を装っているようだが、声が微かに震えているのが分かる。動揺は大きいのだろう。こういうとき、取るべき行動は一つだ。
「……先に行ってるから」
内心の混乱を悟られないように部屋を出る。既に螢先輩と清水は待っていた。まあ、男子の準備なんてあってないようなものだ。
「安倍先輩は?」
「さすがに浴衣じゃ行けないらしくて、着替えるって言ってたからもう少し後だろ」
「じゃあ、亜子たちもそうか」
「そうですね」
「どうする? 先行くか?」
「いえ、待ちましょう」
まあ、夏とは言え午後八時。外は暗い上に祭りのせいで関わりたくない奴らも多い。女子を置いて勝手に行くわけにもいかないだろうな。
そんな考えにいたったのだろう。螢先輩もどこか達観したような顔で頷いた。
「あら、先に行っていても良かったのに」
部屋から出てきたがわら先輩は、開口一番そんなことを言った。
「もう夜だぞ、お前らだけで外を歩かせるわけにもいかないだろ」
すかさず返した螢先輩の顔は、心なしか赤くなっている。視線も合っていない。これだけ目の前でそんなテンプレートなことをやられると、さすがに苛立ちを覚えざるをえないな。
「まあ、行きましょう」
清水の取り成しによってその場は納まるが、がわら先輩のすぐ後に出てきたちづるはおろか、真澄まで微妙な顔だった。このまま放って置いたらどうなっていたか。
がわら先輩の先導で向かった露天風呂は、旅館より少し高台に位置する、あまり大きくはない物だった。一般的な平屋と同じくらいの規模だろうか。露天風呂と脱衣所しか存在しないらしいから、それくらいで十分なのかもしれない。
「ここですか?」
「ええ。そっち側が崖になっているでしょう? その上よ」
その言葉通り、旅館からずっと上ってきた道には間断なく柵が付けられていて、その向こう、数十メートル下の方に二階建ての家の屋根が見える。落ちたら死ぬだろう。
そして、がわら先輩の指の延長線上には、その崖の上に立てられた竹垣があった。位置は、平屋のすぐ後ろだ。なるほど、あそこが風呂なわけか。
「じゃあ、男子はこっちだ」
「そっち以外どこに行かせる気だったんですか」
「やっぱり変態ね」
「違うからな!」
男女別れて、色分けされた暖簾をくぐる。どこからか、湯の匂いがした。




