夏休み:其の六
朝日が部屋に差し込み、俺の瞼を赤く燃やす。どこからか金属音が聞こえてくるのは、今日が祭りだからだろか。
取り留めのない思考を遮り、意識を起床に切り替える。今日の朝食は、朝九時だって言ってたな。
時刻を確認するために、瞼を開く。
「……」
閉じる。今見たものはきっと夢だ。そうだ夢に違いない。朝起きたら隣の布団で寝ているはずの幼馴染が目と鼻の先で無防備な寝顔晒しているとか、どんなラブコメだよ。というかギャルゲーだよ。俺のちょっとした欲求が夢に出てきたんだ。それはそれでちょっと嫌だけど。そんな贅沢言ってる場合じゃないし。見てしまったものは仕方がないと諦めて、打開策を見つけるべきだ。
一度太腿を抓り、もう一度目を開ける。
紛れもないちづの寝顔が、視界一杯に広がった。肌綺麗だな――――じゃなくて。
抓ったらちゃんと痛いということは、これは夢ではないと。じゃあなんだこの状況は。何で俺の布団でちづが寝てるんだ。そんなに寝相が悪かったのか?
いや、そんなことは後でいい。これ以上間近でちづの寝顔を眺めていたら、きっと変態のレッテルを貼られる。真澄や清水に蔑んだ目を向けられることになるやも知れない。それはちょっと、いやかなり避けたいところだ。
ちづを起こさないように細心の注意を払いながら、ゆっくりと布団から出ていこうとしたところで――――――
「……ん……んぅ……あ……」
緩慢な動作で、ちづの目が開いた。ばっちり目が合う。
起き抜けの呻きって、何でそんなに扇情的なんだよ! ……ちょっとした現実逃避だ。
そんな俺の動揺なんてどこ吹く風、少し戸惑ったように瞳を揺らした千鶴は、思い出したように笑った。ふわりと、花が綻ぶように。
「おはよう、あさ君」
「お、おはよう、ちづ」
声が裏返らなかった俺を誰か褒めてください。……誰もいないか。いや、この状況を誰かに見られる方が困るな。
「昨日はよく眠れたかしら?」
「そ、そうだな。よく眠れた」
「それは良かったわね」
なんか怒ってないですかねぇ!? いや、疑問刑じゃないな。絶対怒ってる。なんかよく分からないが、肌を焼くようなオーラがちづを中心に広がっている。すごく気まずい。
「ち、ちづはよく眠れたか?」
「そうね、私はあんまり」
「そ、そっか。何でだ?」
「この状況でよく眠れるあなたの方がおかしいんじゃないかしら?」
「いや、こ、これはその、俺には記憶が無いから……俺が寝てからこうなったんだろ」
「そうね。あなたが寝た後に私が入れてもらったわ」
ここで、ようやく自分の意見に修正を迫られることになった。ちづは怒ってるんじゃない。いや、怒っているといえばそうだが、どちらかと言うと照れ隠しにそういう雰囲気を出している面が強いんじゃないだろうか。絶え間なく揺れている瞳がその証拠だ。
とはいえ、ここで下手なことを言えば、本当にちづが怒ってしまいかねない。当たり障りのない会話を続行すべきだ。
「なんで、そんなことしたんだ?」
「あなたのせいよ」
「え、俺?」
ちづにイタズラ心というか、俺の布団にもぐりこもうという気を起こさせるようなことなんて、心当たりは一切ない。真澄がやるならまあ予想くらいはできても、ちづがやるとは思えない。どんな天変地異の前触れだ。
「そう、あなたが昨日何の気負いもなくさっさと寝ちゃうからよ」
「……それが、どうかしたのか?」
告げられた原因も、そこから結果に結び付けられない。俺が寝ちゃったからどうしたんだ。会話が続かなくて怒ったのか? まさか、そんなことを気にする奴じゃないだろ。
「普通、男女が同じ部屋で寝泊りするってなったら、もう少し緊張しないのかしら?」
視線を俺以外の何かに向けながら、ちづが核心を突いた。
記憶を掘り返す。確かに、どんな漫画や小説でも、そういうシーンはもっと緊迫感があるように描かれているはずだ。つまり、ちづはそういう気分だったということ。
俺は、別に幼馴染だし、と言う考えの下、ちょっとした動揺は押し隠して過ごしたが、予想以上に平静な風に見えていたらしい。つまり、そういうことか。
「……いやまあ、幼馴染だしさ、変に動揺したら気まずくなるだろ? だから、できるだけポーカーフェイスになるようがんばってたんだけど、その甲斐あったみたいだな」
俺の言葉に、ちづは急激に顔を赤くして、両手の向こうに隠れてしまった。どうやら、自分がどんなことをしたのか改めて思い出したらしい。そりゃ、そうだろうな。下手したら据え膳と勘違いされてもおかしくないわけだし。俺は寝てたけど。
「じゃあ、私の空回りってことじゃない……!」
「平たく言えば、そうなるな」
「あーもう、こんなことして、顔見れないわよ!」
何を言い出すかと思えば。さっきまでしっかり目も合ってたのに。とはさすがに言わなかった。そんなことをすれば十倍になって跳ね返ってくるだろう。
「まあでも、ちづの寝顔を間近で見れたという点に関しては感謝するよ」
で、打開策を探した結果、『ポカポカ』なんて可愛い効果音じゃなり無い強さで胸を殴られることになったわけで。物理的に十倍返しか。予想外だ。
「わ、忘れなさいよ!」
「それは無理な相談だな」
脳裏に焼きついている。しばらく忘れられないだろう。俺の意図に反する反しないは別だ。
「可愛かったし」
「か、可愛いって……おだてても何もでないわよ!」
「おだててないって」
どちらかといえばからかってるな。かなり全力で。
俺の表情からそれを読み取ったのかどうかは分からないが、素に戻った千鶴が起き上がった。
「ほら、ご飯に間に合わないわよ」
「そうだな」
遅れて俺も起き上がり、洗面所に向かう。とはいえ、つい今しがた起きた出来事の後すぐに顔を合わせられる度胸が、俺にあろうはずもなかった。




