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君と、もう一度。  作者: れんティ
林間学校編
18/126

追憶~六年前~

 さっきまで慌しかったことが嘘のような静けさが、部屋全体に満ちている。それもそのはず、消灯時間はとっくに過ぎているんだもの。周囲の部屋も、睡眠をとっているいないに関わらず、全員が布団に入って、部屋の電気を消しているはずよ。

 それは、私と蜜柑の部屋にも適用されている。どちらも率先してルールを破る方ではないし、蜜柑はどちらかと言えばルールを破るのに消極的な方なのだから当然よね。

 だから、蜜柑からいきなり話しかけられたときは、危うく悲鳴を漏らすところだった。まったく、さっきの肝試しのせいね。

「……千鶴ちゃん、起きてますか?」

「ええ、今のところはね」

「そうですか。ちょっと聞いてもいいですか?」

「良いわよ。何かしら?」

「八神さんのことです」

編入してから今まで、数え切れない、とまではいかなくても、かなりの回数尋ねられてきた質問。だから、蜜柑に他意はないと分かっていても辟易してしまうのは避けられない。

「幼馴染よ」

「それは分かってます。けど、その話が聞きたいんです。前はどういう風だったのかなって思って」

質問の意図を理解するにあたって、少なくない時間が必要だった。つまり、蜜柑は私に、朝陽との思い出を話して欲しいと言っているの?

 私の沈黙を否定と取ったのか、蜜柑は唐突に狼狽し始めた。

「あ、いや、迷惑だったならいいんです! ただちょっと、気になっただけなので……」

「いえ、良いわよ。そうね……」

唇を湿らせて、息を吸い込む。頭の中で話を整理しながら、ゆっくりと声帯を震わせた。


 冷たい風が頬を突き刺し、あたしは生理的な身震いに襲われた。

「なんだ、寒いのか!?」

「へへーん、そんなことねぇよーだ!」

そんなあたしの様子を目ざとく見つけたあさ君が、からかうように声を張り上げる。とっさに叫び返してから、あたしは足の回転を上げた。駆けっこならあたしの方が強いから、あさ君の姿が視界の後方に下がり、あたしはそのまま鳥居を駆け抜けた。

「ま、待ってよー!」

情けない声が後方から響くけど、あたしの足は止まらない。神社の階段を駆け上がり、境内を駆け抜け、納屋の裏にある階段から高台へと向かう。その上に、あたしたちの秘密基地があるんだ。

「いっちばーん!」

「あー、くそっ、また負けた!」

「ま、ま、待ってよぉー! 置いてかないでー!」

あたしとあさ君が階段の上で一息ついた頃、ようやくすみちゃんが階段を上り始める。一歳下のすみちゃんは、大人しくて、あんまり運動する方じゃない。どちらかと言えば、図書館で本を読んでるタイプ。けど、いっつもあさ君の後ろに隠れながら一緒にいる。すみちゃんがいなければあさ君と二人っきりだったのに、何て思ってしまうあたしは、嫌な奴だ。

「すみ、だいじょぶか?」

「う、うん。大丈夫だよ……」

「なら行こうぜ!」

号令をかけて先頭きって歩き出す。走らないのは、すみちゃんに気を使ったから。

「あ、一番乗りはオレだ!」

「あ、あさ兄ちゃん待ってよ!」

「あー! てめぇこら! 待ちやがれ! 一番はあたしだっての!」

なのに、あさ君は基地に向かって走っていってしまった。気を使った結果で遅れたあたしは、必死に足の回転を上げるけど、そもそもあたしとあさ君の足の速さは辛うじてあたしが早いくらい。既に数メートルの差がついてちゃったら、勝ち目はない。

「いやっほー!」

「はぁ、はぁ、はぁ、ま、待ってって、言ったのに……」

「だいじょぶ? すみちゃん」

「だ、大丈夫だよ」

「あ、ごめん。すみ、だいじょぶか? ちづは?」

すみちゃんと一緒にあたしまで心配されて、思いがけない優しさに顔が沸騰する。それをごまかすように、思いっきり叫んだ。

「あたしをなめとんのかーッ!?」


 高台にある炭焼き小屋からは、夕日が良く見える。『秘密基地から見える夕日』と言えば、あたしの中では最も美しい景色の一つだった。そして、ついでに帰宅目安でもある。

「じゃあ、今日はもう帰るか」

「そうだな。すみ、帰ろう」

小屋に設けられていたベッドに寝そべって本を読んでいたすみちゃんが立ち上がり、あたしたちの傍に来る。あたしたちはそれぞれ握っていた木の枝を丁重に立て掛けて、小屋から出た。

 「あーあ、土曜日も終わっちゃうな」

「まあ、明日もあるしいいじゃんか」

「そ、そうだよ。明日も、学校がある日も遊べるから」

「まあ、そーだけどさー」

あたしたちに慰められても不満げな表情を崩そうとしないあさ君に心配そうな顔を向けながら、すみちゃんが家に戻って行く。すみちゃん家は親が厳しいから、大変だ。

「じゃあな、ちづ。また明日。遊べたらな!」

「ああ、また明日な!」

あさ君とも分かれて、家に向かう。と言ってもあさ君の家とあたしの家は走れば三十秒くらいだから、そこまでの時間がかかるわけじゃない。

 家に入ったら、珍しくお父さんがいた。いつも帰ってくるのが遅いのに、今日はどうしたのかな。別に、何か特別な日じゃなかったと思うけど。

「おお、千鶴。帰ってきたのか」

「ああ。お父さん、どうかしたのか?」

「いや、早く言っておこうと思ってな」

そう言ったお父さんの顔は、神妙問いうか、真剣そのものだった。嫌のな予感が体中を駆け巡る。

「……春休みに、引っ越すことが決まった」

 ……何を言ってるの?

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