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君と、もう一度。  作者: れんティ
出会い編
11/126

新入部員の腕の程

 気を取り直して自己紹介を再開する。話がわき道に逸れてたからな。

「で、清水君は今日、見学に来たんだ。一日体験してもらうから、お前らいつも通り過ごしてくれて構わないからな」

いつも通り過ごす。特に意識する必要は無いということだろうが、それで宣伝になるんだろうか。部員がいなければ潰れるのだが。そして、俺たちは普段創作活動に明け暮れているわけじゃない。文芸部としての創作活動を行うのはもっぱら五月や六月あたり、文化祭にて販売する文集に向けてだ。普段は、のんびりと喋ったり、たまに火がつけばアイディアや技法について議論する。そして、今日は火がつくようなネタは持ち合わせていない。よって、終始お喋りに興じることになるのは自明の理。

 しかし、お喋りのネタとて無限じゃない。手近なものから生み出す必要がある。そして、それはいつもの日常から少し離れたものであるとなおいい。今現在の話をすれば、いつもはいない、来訪者が興味の的になる。

「そういえば、清水君はどうして文芸部に?」

がわら先輩のそんな言葉を皮切りに、真澄の隣に腰を下ろした清水に視線が集中する。俺はわだかまりが大きすぎて話しかけに口雨、千鶴の隣で読書と洒落込んでいるわけだ。

「父さんが作家なんです。その影響で昔から本が好きで、中学のときから書き始めて。ここって文集も売るとか聞いたんで、それで」

そうだったな。たしか、清水隆弘だったか。

「へぇー! 何さん?」

「清水隆弘だよ。あんまり有名じゃないんだけどね」

「『昇る日』とかだろ」

言い方は悪いがちまちまと文庫を出している。本を読む人間なら一度は目にしたことがある、程度の知名度。などと小夜子は言っていた。確かに、名前を出されるより題名を出された方が納得しやすい。

「あら、あの人? 私、読んだことあるわ。面白いわよね」

「じゃあ今度貸して? あたし読んだこと無いんだよね!」

「いいけど、ちょっと難しいわよ?」

「子ども扱いしないで! これでも本は結構読んでるもん!」

「へえ、どこかで聞いたことのある名前よね」

「お前の家に無かったか? 『カタストロフの憂鬱』とか」

「私はあんまり、そっち側には手を出していないから。螢読んだことあるの?」

「何冊か、な。あの台詞回しは好きなタイプだ」

どんどん話が盛り上がって行く。千鶴と真澄、螢先輩とがわら先輩の二組に別れて、それぞれ同じ話題から独自の進化を遂げ始めた。置いてけぼりを食らうことになった清水はどこか悔しさを滲ませた苦笑いだが、同時に誇らしげにも見える。

 収集がつかなくなりそうなので、仕方なく軌道修正を試みる。

「なぁ、今は清水本人についての話じゃないのか?」

「あ! そうだった! 栄介君、ごめんね」

「いや、別に。僕自身について話すことなんて特に無いから」

「いや、あったよ。中学から書き始めたって言ってたよな?それって、そのままの意味なのか?」

「他にどういう意味があるのかは知りませんが、とりあえず僕は小説とかか書きますし、ネットにも少し載せてますけど」

「えっ! ネットに?」

それは、すごいな。自分の創作をネット上に載せるのは、かなり勇気が要るだろうに。そこまで自分の作品に自信があったのか。それとも後先考えないただの馬鹿か。前者だろうな。

「ああ。やっぱり、遠慮の無い感想が欲しかったんだよ。顔見知りの友達とかだと、どうしたって気を使うし」

なるほど、そういうことあ。それならネット上が一番いい。顔も見いえない他人なのだから、人は遠慮する事など考えないし、それを当たり前に捉えているのだから。

「へぇー、なんて名前だ?」

部室に仕舞いこまれているノートパソコンを立ち上げた螢先輩が、検索エンジンを起動する。かなり前からあるもので、最早備品扱い。そのくせ性能は悪くないときている。

「あ、いや、さすがにそれは……」

「水清弘隆。たぶんその名前で検索すれば出てくると思いますよ」

「な! お前その名前どこで!」

おどろきか、はたまた他の何かか。口調が荒くなった清水を押さえるように笑いかける。

「さよだよ。前に自慢されたんだ」

「姉ちゃん、何てことを……」

打って変わって意気消沈する清水を余所に、俺を除く四人はノーパソ周辺庭になって、熱心に何かを見ている。大方、清水の小説だろうか。

 四人が画面から顔を上げたのは、それから十分ほど後のことだった。

「へぇー、上手いな」

「そうですね、確かに粗が目立つと言えばそうですけど、無視できますし」

「なんだ、栄介君言ってくれればよかったのに。こんなに上手いなんて知らなかったよ!」

異口同音に賞賛しつつ、画面から清水へと視線が動く。その中で、がわら先輩だけは少し難しい顔で画面を凝視したままだ。

「……そうね、題材や話の運びは手放しで賞賛できるけれど……文章構成や語彙には物足りなさを感じるわ。――――あ、ごめんなさい。偉そうなことを言ってしまったわね」

ほぼ無意識のように紡がれた言葉に気づいたのか、慌てて口を噤む。そんな発言者の様子とは裏腹に、言われた当人は神妙な面持ちだった。

「いえ、大丈夫です。むしろ言ってくださいそういう批判が欲しくて載せてたのもありますから。悪いところは言われないと気づけないこともあるので。……それで、どうしてそう思ったのか聞かせてもらっていいですか?」

おそらく、『ように』ではなく無意識だったのだろう。考え込む様子を見せたがわら先輩が口を開いたのは、それから三十秒ほど後のことだったのだから。

「……やっぱり、間近でもっと上のレベルを見ているから、かしらね。目が肥えてしまっているからか、気になってしまうのよね」

まあ、確かにがわら先輩自身の文章力は目を見張るものだが、そんなことを自分で言うだろうか。さっさと席に戻った螢先輩も訳知り顔で頷いているし。

「上手い人を知ってるんですか?」

「そこで自分は関係ない、って本を読んでる奴だよ」

視線がいっぺんにこちらへ集まる。……俺はそんな顔してるか?

「へぇ、八神先輩って上手いんですか?」

「去年の文集があるから、そこに載ってるはずだぞ」

前言撤回、今日は火のつくネタが見つかったらしい。

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