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君と、もう一度。  作者: れんティ
バレンタインデー編
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バレンタインデー:其の十二

 よく晴れた、澄んだ星空。澄み切った、と言っても過言ではない。むしろ、澄み渡り過ぎていていっそ寒々しいくらいだ。空が高くて、冗談抜きに吸い込まれそうになる。

 そんな中で、真っ白な雪の中、鼻や頬、指先を真っ赤にしながら千鶴と向かい合う。

 「ごめんなさい、少し、ひしゃげてしまって。中身も、たぶん無事じゃないと思うわ。帰ったら新しく用意するつもりだけれど、それでも、受け取って欲しいかったの」

目の前に差し出された小箱に、手を伸ばす。両手で差し出されたそれを掴み、小さく震える手から引き抜く。

「……小さいけれど、時間を掛けたの。それが、私の気持ち。目一杯こもっているから、新しいのを用意するのは気が乗らなくて」

俺の手にすっぽり収まる小箱に視線を落とす。いっぺんが少し歪んでしまっているが、些細な問題に過ぎない。千鶴が、これをくれた、ただそれだけの事実があれば、俺は十分幸せだ。

「……千鶴」

そして、その幸せを糧に、言わなきゃならないことがある。言いたい想いがある。踏み出したい一歩がある。

「あんなことをしでかした後で、虫のいいことかもしれないけど」

今もまだ、あれを綺麗さっぱり吹っ切ることなんてできるはずもなくて、そんな言葉が飛び出していく。ただの言い訳、予防線として、自分が傷つかないための都合のいい方便なのかもしれないけれど。

「これだけは言っておきたいんだ」

 チョコを渡し終えてほっとしたのか、弛緩していた千鶴の顔に緊張が走る。この暗闇の中でも、階下から届く明かりでぼんやりとそれが見て取れる。それに加えて、青白い月明かりが雪に反射して、千鶴の顔を照らしていた。

 告げようとした言葉が、喉の奥で引っかかる。口から出ていかない。まるで声帯が石になったかのように、固まってしまっていた。沈黙が下りる。千鶴の表情が緊張から疑念に変わる。言いたい。言わなきゃ。こればかりは、蜜柑さんを理由にもしていられない。俺自身が俺自身の言葉で、伝えないとダメだから。

 真澄だって、言えたじゃないか。あんなに怖がりで、内向的だったあいつが、あいつ自身の勇気で一歩踏み出した。なら、『兄ちゃん』の俺は、もっと上手くできないと、示しがつかないだろ。

 大きく息を吸って、吐いて。腹を括る。括らなければならない。ここまで来たら、止まれない。止まりたくない。助走は終わった。後は、踏み切ればいいだけだ。

 ――――――勇気を出すのは一瞬、後悔は一生だ。

「俺、千鶴のこと、好きだ。家族じゃなくて、恋愛対象として、好きだ!」

体の中で燻ぶっていた分の勢いが、言葉にまで表れる。俺の叫びは、予想以上の大きさで、冬の凍てついた大気に溶け込んでいった。

 氷点下の空気が肌を刺す。高く澄んだ空が寒さを増長させる。けれど、頬が赤くなっているのはそのせいじゃない。耳鳴りがしているのはそのせいじゃない。膝が震えるのは、そのせいじゃない。

 全部、俺が情けないからだ。自分の感情一つ相手にしっかり伝えられない、臆病者だからだ。

 それでも、言い切った。言い切れた。後はもう、俺の力でどうにかなることじゃない。蜜柑さんに、良樹に、押してもらった背中は、ここで終わりだ。

「……だから、その、俺と、付き合って欲しい」

言われたことは二回ほどあるけど、自分から言ったのは初めてだな。

 そんな、とりとめもない思考で現実逃避を試みるが、あまり上手くはいかなかった。どうしても、正面、二メートルほど前に立つ千鶴の表情が、唇の動きが、気になってしまう。

 そして、千鶴はといえば、驚愕に顔を染めながら、俺のことを凝視していた。その沈黙が、表情が、俺の不安を煽る。

 開け放たれた扉の向こう側、階段室の中から、くぐもった騒ぎ声が聞こえてくる。どうやら、天文部が片づけを始めたらしい。もうそんな時間なのか。

 「……朝陽」

永遠にも感じられるほどの間をおいて、千鶴の唇が音を奏でる。微弱に揺れ動くその声が、内心の動揺を体現しているようにも感じられた。

「……その、チョコなんだけど」

チョコ? 順当に行けばこの小箱のことだろうが、それが、今何か関係あるのだろうか。

 そんな疑問の答えは、すぐに与えられた。

 俯きがちだった千鶴が、思い切ったように顔を上げる。そして、決然と叫んだ。

「最初から、義理のつもりなんてないわよ! ……じゃなきゃ、気持ちがこもってるなんて言わないし、中身の無事を保障できないものをわざわざ渡さないわ。だって、作り直してから渡しても、そもそも渡さなくても何の問題もないんだもの」

いたずらっぽく笑った千鶴が少しだけ瞳を揺らし、俺の目から、足元へと視線を動かした。

 そして、唐突に地を蹴った。

 大股に一歩進み、もう一度、今度は体を沈みこませてから蹴る。その二歩は、千鶴の立ち位置から俺の懐へと移動して、まだ余りあった。

 その余りのせいで、千鶴は宙を舞ったまま、俺へと直撃した。いや、もしかしたら最初からそれが狙いだったのかもしれない。なにせ、ぶつかった千鶴の腕は狙ったように俺の首に回されていたのだから。

 が、それを良く吟味するほど俺の頭は回っていない。その上、二キロ半走ってきた体は既に限界だ。立っているだけでも、苦痛が広がっていた。

 それに重ねて、千鶴の全体重が勢いを持って飛びついてきたのだ。耐えられるはずもなかった。

 千鶴の持つ勢いのままに、背中から倒れこむ。幸い、雑な雪かきのおかげで残っていた雪がクッションとなったおかげで衝撃は少なかったが、その分驚きは有り余るほどだ。

「ち、千鶴!?」

俺の首に腕を回したまま、抱きつくような体勢で静止した千鶴に声を掛けるが、千鶴の返事はない。俺の顔の横にあるバレッタは何とか見えるが、表情は窺い知れなかった。

「……千鶴……?」

再び問いかける。今度はいらえがあった。もっとも、言葉ではなく、腕の力が強まることでだが。

 まあ、別に嫌ではないというかむしろ嬉しいので、放っておく。

 「……朝陽。好きよ」

ああ、そういえば、はっきり言ってもらってなかったのか。

「ありがとう。迷惑かけるし、傷つけることもあるかもしれないけど。これからも、よろしく」

「それはお互い様よ。ありがとう。よろしくね、朝陽」

恐る恐る、千鶴の背に手を回す。耐えられなくなって、力を込めた。

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