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第34話 違和感

 暗がりの中に灯るランタンの炎が、ガラスの火屋ほやの中でほのかに揺らぎながら、暖かみのある光を遠慮がちに放っている。


 ダルトンはひとりきりになった独房の隅で、薄い毛布を被り、ランタンの上に覆いかぶさるようにして座り込んでいた。燃料を無駄にしないようにできる限り芯を絞っていたが、火屋を手で包み込むようにしていると、そんな小さな炎でも手のひらを温めるほどには暖を取ることができた。


 そのランタンは、瀕死の状態になったリーベンが連れ出されてずいぶん経ってから、拷問官のひとりが持ってきたものだった。水や食事は最低限だが与えられている。暴力を振るわれることはない。それらのことを考えると、どうやら相手側にはダルトンをどうこうしようという意図はないようだった。だが、だからと言って不安が減った訳ではなかった。


 リーベンはどうしているのか。今は安否さえも分からない。

 そして、これから自分はどうなるのか。きっと地上では、普段と何ひとつ変わらない日々が過ぎているのだろう。失踪した人間がいても、点呼がいつもどおりに済み、食事が減量されないのであれば、残った仲間は諦めきった溜め息をついて現状を受け入れることしかできない。

 もし万が一ここから出ることなく終わってしまったら、帰らない自分を想って妻と老いた両親がどんなに悲しむか――気がかりが際限なく胸の内を巡る。


 遠くの方で物音がして、足音が近づいてきた。今まで食事を運んでくるのはひとりだったが、今回はもうひとりいるようだった。訝しく思って顔を上げる。


 ドアが開かれた。

 じっと炎を見つめていたために視界に残像がちらつき、廊下の灯りを背に受けて立っている人間の顔を見分けることが難しかったが、その背格好から尋問官であることが分かった。ダルトンは思わず立ち上がった。


 廊下に部下を残し、独房に入ってきたクルフに向かって、き込んで訊ねる。


「あいつは……デイヴはどうなった?」


 あまり抑揚のない口調でクルフは答えた。


「ご心配なく。適切な治療を施しています」

「意識は戻ったのか?」

「ええ」

「食事はちゃんと与えてくれているんだろうな?」

「ええ」


 ランタンの弱々しい光の中で見えるクルフの表情は冷然として、煩わしい質問を拒絶するようにも見えた。


 尋問官の言葉を信じていいのかどうか判断しかねて、ダルトンは探るような眼差しでクルフを見つめた。だが、クルフの態度は変わらなかった。これ以上食い下がっても得られる返事は同じだろう。


「そうか……。それなら――良かった……」


 自分に言い聞かせるように呟くと、床に腰を下ろして膝を抱え、項垂れた。自分にできることは何もない。完全な受け身の立場でしかないのだ――そう思うとやるせなかった。


「これは――」


 感情の籠らない声が上から落ちてくる。


「少佐があなたにも、と」


 差し出されたのは、湯気の立つシチューが入った皿と2枚の毛布だった。


「デイヴが……?」


 ダルトンは眉を顰めた。思わず口調が硬くなる。


「これのために、あんたらはあいつに何をした? また酷く痛めつけたりしたんじゃないのか――?」

「不躾なことを言いますね。これは私たちのまったくの好意と思っていただきたい。少佐があまりにあなたのことを気にかけておいでだったので、こうしてお持ちしたのですよ」


 皿と毛布を受け取りながら、目頭が熱くなり涙が滲む。


「……デイヴ、お前は……」


 嗚咽で震えそうになる声をなんとか抑えて、力なくクルフに問う。


「あんたたちは、あいつをどうするつもりなんだよ……」

「彼が知っている情報を教えていただければ、それでいいのです」

「あいつは絶対にしゃべらねぇよ」

「なぜそこまで断言できるのです?」

「そういう奴だからだよ。絶対に自分の責任を蔑ろにすることなんてない。戦闘中に足を負傷した時だって、あいつは自分が取り残されるのを承知で退却命令を下した。そうしないと部隊が全滅すると判断したからだ。指揮官としての責任を果たそうとしたんだ」

「その判断が仇となり、あなたは今このような境遇にあるという訳ですね」


 揶揄するような言い方に、ダルトンはむっとして語気を強めた。


「それはあいつのせいじゃない。――それに、たとえどんな結果になったって、それがあいつの下した決断なら受け入れられる」


 クルフは肩をすくめた。


「そこまで他人に全幅の信頼を寄せられるというのは、信じがたいことですね」


 わざと相手の神経を逆撫でするような言い方をしているのか、それとも元々の性格なのか、見下すような物言いがいちいちかんに障る。


「じゃあ、教えてやるよ。一年中制服を着て仕事が済むようなあんたは、どうせ知らんだろうからな」


 ダルトンは座ったまま背筋を伸ばして尋問官を見据えた。


「血反吐が出そうなくらいきつい訓練をちょっとでもしてみりゃあ、人間なんて簡単に本性を晒しちまうもんだ。日頃は面倒見のいいリーダー格の奴が、仲間を放り出して我先に楽な方へと逃げちまうなんてことだってざらだ。ただの訓練の時でさえそうなんだ、銃弾や砲弾が雨あられと降ってくる戦場ならなおさらだ。むしろ理性が吹っ飛んじまわない方が不思議なくらいさ。――だがな、デイヴは、そんな時でも変わらないんだよ。俺から見りゃ、ちっとは自分のことを顧みろ、って言いたいくらいだ……」


 そう、お前はいつだってそうだ。他人のことばかり心配して、自分のことはいつも蔑ろだ。もっと自分を大事にしろよ……。


「あいつは、何でもひとりで全部背負い込んじまう……。どんなに大変なことだって、一言も愚痴を言わねえで。今回だって……もう見てられねえよ、あんなにまでされて……」


「くそったれ!」と歯噛みするように叫び、拳で背後の壁を力任せに叩きつけた。涙があふれそうになりながらも、目を上げてクルフを睨み付ける。


「あんたらが欲しがっている情報を俺が知っているなら、とっくに教えてる。それであいつを助けられるなら」


 一息にそう言って、ダルトンは口を噤んだ。リーベンの体をくるんでいた自分の上着のそこかしこに付いた血の染みに、そっと手を当てる。


「あんたらは何とかしてあいつの口を割らせようとしているが、あいつは絶対にしゃべらねえよ……例えそれで死ぬことになったって。あいつはそういう奴だ……」


 ランタンの微かな明かりだけが灯る部屋に、沈黙が流れた。

 ふと、クルフが溜め息をつく。


「あなたといいリーベン少佐といい、なぜそこまで他人を気に掛けることができるのか、私にはまったく理解できません」


 その言葉をダルトンは飲み込めなかった。困惑してクルフを見上げる。


「あいつは俺の親友なんだ、当然だろ」

「親友であったとしても他人です。自分の生死が関わっている時に他の人間の心配をするなど、愚かしいことだと思いますが」

「……あんたは――」


 ダルトンは炎の光を受けて群青色に透き通る目を見つめ、クルフの言葉に対して直感的に抱いた不確かな感覚を確かめようと呟いた。


「あんたには、誰かひとりでも、大切に思う相手はいないのか?」


 クルフは表情を動かすことなく、押し黙ったまま答えなかった。無用な情報を与えるつもりはないと、その態度で告げていた。だが、常であればこの尋問官は、「その質問に答える義務はありません」と、にべも無く答えただろう。

 ほんの一瞬、ダルトンは違和感を覚えた。


 もしかしたら、この男にとっては触れられたくないことなのではないか――。


 そう思い浮かんだ途端、非情な尋問官に対して僅かに憐憫の情を感じた。ダルトンはためらいながらたどたどしく続けた。


「もしそうだとしたら、それは――本当に気の毒なことだ」


 それを聞いたクルフの口元に冷笑が浮かんだ。


「あなたの同情を買う覚えはありません。むしろ、他人に縛られるあなた方を気の毒に思いますよ」


 突き放すようにそう言うと、尋問官は背中を向けて独房を出て行った。



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