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第28話 意地

 足の銃創のせいか、拷問で受けた傷のためか、この地下の寒さも相まってリーベンは発熱していた。傷ついた体がなおさら重く、鉛のように感じられる。それにもかかわらず、休息が与えられることはなかった。


 ようやく水責めから解放されたと思う間もなく、再び両手首を拘束され、天井の梁から垂れる鎖に繋がれた。熱に潤んだ目をやっとのことで開いてクルフの尋問を受ける。あまりのだるさについ目を瞑ると、横に立っている拷問官からすかさず殴りつけられた。


 目的地を問うクルフの声が執拗に頭の中でこだまする。


「……その質問には答えられない……」


 言っていいのはその言葉だけだと、リーベンは先のクルフとのやり取りの後から自分に課した。その台詞が加虐者たちを苛立たせるものでしかないということは分かっていたが、朦朧とした今の状態で何か他のことを言おうとして、うっかり情報に繋がることを口にしてしまうのが怖かった。


 同じ言葉を絞り出す度に、警棒で強烈に体を殴られた。思わず身を捩ると、きつく嵌められた枷のためにすっかり赤剥けになった手首と、何度も警棒を振り下ろされている肩口に、ちぎれるのではないかと思うほどの激痛が走る。


 クルフが何か言っている。だがその意味までは頭に入ってこなかった。

 殴打を受ける腹部の痛みと不快感が耐え難かった。吐き気に襲われ、幾度か激しくえずいた。苦しさのあまり涙で滲んだ視界に、自分の口から赤黒い血が滴り、床に点々と小さな血溜まりを作っているのが見えた。


「リーベン少佐」


 クルフの声がすぐ耳元で聞こえた。


「このままでは、あなたは遅からず死んでしまいますよ」


 それまでの調子とは変わって、根気強く諭すような、語気を抑えた親しげな口調だった。


「人生の中で、死ぬ気で取り組まなければならない時は多々あります。しかし、本当に死んでまでやらなければならないことは、そう滅多にあるわけではないのです。あなたは何のために自分の命を危機にさらしているのですか。それは、自分の命を投げ出してまで守るほどの価値のあるものですか」


 余計なことは一切喋るまいと決めていたリーベンだったが、クルフが口にしたあまりに単純で無理解な質問に、思わず呻くように呟いた。


「……当然だ……。部下と……仲間のため……。それが、俺の務めだ……」


 すぐ横でクルフが何度か頷いたような気配を感じた。


「ご立派です。何としても自分の職責を果たそうとするその心がけには感服します。しかし、上層部の幕僚たちは――あなたに無謀な任務を命じた人間たちは、ここであなたが決意をもって苦痛に耐えていたとしても、すぐさまあなたの後任をあてがい、構うことなく部隊を動かすことでしょう。あなたがここで自分の信念を貫いて職責に殉じたとしても、それすら彼らは知ることもない。また知りたいとも思わないでしょう。彼らにとっては、あなたは幾万とある駒の一つに過ぎないのですから」

「……分かっている……それが軍隊だ……」

「あなたの消息などお構いなしに、今頃はもう新たな作戦を練り上げていることでしょう。そして、無造作に掴んだ一掴みの駒を、自分たちからは遠く離れた戦線に放り込むのです。そんな人間たちに、自分の命を削ってまで義理立てするのは愚かなことだと思いますが」


 ああ――この男は何も分かっていないのだ……戦場で、兵士たちがどんな思いで戦っているのかを。

 自分のすぐ脇を銃弾が飛び交う戦場では、国家や、上層部や幕僚の意図など、まったく意味を持たないのだ。兵士たちにとって何よりも重要なことは、戦友と共にこの瞬間を生き延びること――その、ただひとつだ。

 そして彼らを率いる者にとっては、彼らを再び、生きて後方に帰すこと――それが、自分の使命なのだ……。


 俯いたまま、リーベンは呟いた。


「……ない……」

「何です?」


 聞き逃したクルフが顔を寄せる。

 リーベンはもう一度、言い聞かせるように、掠れた声でゆっくりと繰り返した。


「……君は分かってない……」


 クルフが体を起こした。

 冷ややかな視線が自分に注がれているのを感じる。リーベンの分からない言葉で、クルフが部下に指示を出す声が朧げに聞こえてきた。


 何の薬か分からないが、幾度か注射を打たれ、無慈悲に尋問は続けられた。熱と痛みのためにもはや正気を保つことはできず、リーベンは半ば気絶したようになって意識と無意識の間を漂っていた。

 


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