Intermission8
救護車での搬送は、従士よりも騎士が優先される。
ルカによって外傷が癒えたテレサは、なおのこと優先順位が低い。
ただ、フライ枢機卿の手引きで、運転手を亡くしたジープが一台、回ってきた。
空いたジープの助手席にテレサを乗せ、ルカの運転で山を下る。
日も高くなり、今は穏やかな空模様となっている。
遠景に広がる教国の街並みは、静かに停滞していた。
長い戦いだった。
だが、あの悪魔=ハビエルと白虎人=イグナシオを一時でも引き付けられたのであれば、あるいは意味のある戦いだったのか。
しかし。
テレサのお陰で死者を出さずに済んだのだが、
「儀式の仔細は解らないが、かなりの無謀を働いたようだな。君は」
ルカが、咎めるように言った。
ルカに捨て身の剣術を禁じたテレサが、このような反動を伴う方法を取ったのは、筋が通っていない事ではある。
ルカ本人は、そこに気付いておらず、単に彼女の身体を慮っての言葉だったが。
「ごめんなさい。できれば、今後は控えます」
テレサは、消えかけの声で詫びた。
その面持ちを見たルカは、ばつの悪く言葉を詰まらせた。
「……滅病フェイズⅢが二体同時に来たのだから、今回は仕方あるまい。
ただ、無理さえすれば戦況が覆る事では無い。それは努忘れるな」
カーブをひとつ越えるごと、見下ろす街の風景が狭く、建物が大きく見える。
●悪魔と白虎人、その処置
未だ、ハビエルとイグナシオの消息は知れない。
撤退直後、フライ枢機卿からは、件の二体については一切他言しないように命じられた。
リナは、その性能や特性を騎士団全体で共有すべきでは無いか、と進言したが、枢機卿命令は絶対だ。
特に、この隊の筆頭騎士であるルカにとっては。
《Unknown体。あの時確かに、そう口にしましたね?》
リナがテレサに水を向け、一語一句を噛み締めるように言った。
テレサの肩が、びくりとした。
「うっ……きいてたの」
《当然です。
状況から、あの二体を指す言葉ですね。
その後のテレサさんの言葉からも、厳密には、滅病キャリアーとは違う、と言うニュアンスを感じました》
当然、あのように進化を自在とする生命体など、類を見ない。
《そして、フライ枢機卿猊下はこう仰られて居ました。
初めて実物を見る、と》
シートに背を預けているテレサの身体が、しおしおと萎縮してゆく。
「ええっと、それは、その……」
《一般には認知されて居ないが、シャトラ上層部と最先端の研究機関では、ある程度以上知られて居る。
まあ、この時世では珍しい事でも無いのですが》
「う、うん、そうだよね。全然、めずらしくないよね!」
リナの言葉に活路を見いだしたつもりのテレサが、早口でまくしたてる。
罠にかかった事にも気付かず。
《テレサさんは、何処で知ったのですか?》
さー、っとテレサの顔から血の気が引いた。
いや、これまでも物理的には血色が薄れていたのだが。
《リナちゃん、テレサは今、疲れてるから。ね?》
そう言うミネッテも、憔悴した調子でリナを止める。
《……失礼しました》
リナは、感情を全く表に出さず、ミネッテに従った。
行きはあれだけ長く感じられた山道も、あっさり終わりを告げた。
●フライ・メモ
ダニー・フライ枢機卿が手ずからしたためた書物。
現在は全五冊から成る。
うち一冊は防御用(後述)である。
フライ枢機卿が、儀式戦術や儀式戦略を一秒未満で降臨させる為の儀式起点として用いられる。
記されているのは、自作の詩や短歌ばかりであり、呪文式儀式起点の例に漏れず、他人が読んでも何の役にも立たない。
目から取り入れた文字を鍵に、膨大な儀式思考を瞬時に想起するよう、普段から自己暗示をかけている。
防御用の一冊は、基本的にフライ枢機卿に接近した者、及び、物を無差別に阻み消し去る、常駐降臨型儀式が一〇〇パターン以上収録されている。
これにより、枢機卿自身の反応が間に合わないケースを迎撃出来るよう、対応している。
当然、世界でただ一人、ダニー・フライのみが実現した儀式様式である。
また、枢機卿は元々媒体無しの素手で儀式が可能である。
つまり、何らかの理由によってこのフライ・メモが失われても、一部の大掛かりな儀式戦略に数秒を要してしまう程度の事である。
むしろ“本の破壊”という光景にすら、枢機卿は何らかの自己暗示を施している可能性が高く、迂闊に破壊しようとした者はいない。
●スカイシャークK1
全長:四〇〇センチメートル 重量:二五五キログラム
作動方式:弩 使用矢:525デストロイ矢 有効射程:一キロメートル
基礎戦術評価:建造物半壊級
射出台に固定する、据え置き式。
弓のサイズもさる事ながら、矢の径が五〇センチにも及ぶ。
その為、腕力の高低以前に物理的な取り回しの事情から、つがえる為には最低二名の人員を要する。
対車両、もしくは立て籠った人間に対しては有効だが、複数の人員を設置地点に拘束される性質上、対競合種や中距離以下の間合いでは使い物にならない。
また、長距離以上であれば、同じ人数にそれぞれ携行型の弓を持たせた方が効率的な事がほとんどである。
●ベインシリーズ破城鎚
・Ver4.2 通称“金鬼”
全長:七・二メートル 重量:三〇七キログラム
基礎戦術評価:建造物全壊級
・Ver4.3 通称“赤銅鬼”
全長:七・二メートル 重量:三三六キログラム
基礎戦術評価:建造物全壊級
現行で最も威力の出るとされる対物兵器。
長さと重さもさる事ながら、グリップ径が人間の掌に収まるサイズでは無く、三人から五人での運用が想定されている。
つまり、人員間の連携さえ完璧であれば、その一撃には十人力の力が乗る事となる。
命中さえすればどんな建物、施設でも数秒で破壊し尽くせる。
もっとも、命中させられれば、の話ではある。
当然、機動性に難があり、ほとんどの場合、その必殺の一撃を振り抜くより先に運用者達が狙い打ちにされる。
第一、そこまで敵拠点に接近しているのなら、同じ人数に剣や長柄武器を持たせて突入させた方が確実である。