激闘、流水湖歩拳のアジダバ
村では大慌ての模様だった。
今までの恩を感じてルージュを守る人間とルージュを差し出そうと言う人間の二つに分かれていた。
本音としては今までの生活を維持したい村人と巻き込まれて戦いたくない村人の二つの意見が争っているのだろう。
侵略された被害者と見るか、侵略の共犯者と思われるか分からないのが問題だ。
「まぁ、たった五千程でしょ?余裕よ、余裕」
「本当に大丈夫なんだろうな?」
「問題は信仰よ、殺したら恨まれるからアジダバだけ殺さなきゃ。それと殺した後の始末もしなきゃならないわ」
殺した後に統治しないといけないのである。
じゃないと、生活を奪いやがってと恨まれるからだ。
まぁ、生活が向上するし上の人間が変わるだけだからこの戦いは俺達にとって信者獲得のチャンスでもある訳だ。
「でも、アジダバに感謝している奴らは恩人を殺されたって恨むから難しいわよね」
「こっちは大義名分がないからな」
「こうなったら、殺してから罪をでっち上げるしかないわ。そうね、実はモンスターの仕業にして村を襲っていた事にしましょう。それで、寄付された物はアイツの肥やしになっていた。今回は村の物資が欲しい奴の策略って村人に説明しといて」
「そうだ、説明しとけよ」
俺達が関係ない顔をしていたトナンを見て言った。
トナンは何で俺が、と抗議の声を上げる。
「神様何だから仕方ないだろ」
「こんなんでも人望あるんだから利用しないとね」
「お前ら都合良い時ばかり神様扱いしやがって……クソ、行ってくる!」
こうして村の方は何とかなった訳だ。
後は、これからやってくる軍隊をどうにかしなきゃいけない。
殺さないのがこんなに難しいとは、どうするか……
村を囲む壁の外に俺達は移動した。
これから、義勇軍とアジダバの教徒を迎え撃つのだ。
その数は五千ほどで、どう拘束するか既に決まっていた。
「総員、隊列を組め!」
ルージュの命令の元、影から眷族達が瞬時に移動を開始する。
そして、全員が隊列を組んでルージュの前に敬礼した状態で現れた。
「これより作戦を説明する。まず、全部隊でアジダバ以外を結界に封じて拘束する。魔力で作り上げれば奴らも簡単には壊せない、アジダバは私がやるわ」
「しかし、ターゲットに近付くのは無理ではないでしょうか」
「こっちには秘策があるわ、それでは状況開始!」
反論は許さず、作戦は開始された。
俺達の戦いが始まる。
五千の兵が平原を行く。それは全て、俺達の敵だ。
敵に対して此方はルージュ一人である、他の物は全て影の中に赤い目を光らせて待機している。
敵の装備は粗末な物だ、麻の服に鍬などの農具が主流。
武器を用意して鍛えた兵ではなく、信仰が欲しい農民の集まりでしかない。
その中に、小奇麗な服を着た一団があった。
白いズボンと上着を着た一団、聖職者だと見れば分かるような一団だ。
「さぁ、始めよう」
敵が此方を見つけて止まった瞬間、ルージュは駆けだした。
駆けだすと同時に、地面に投影されていた影が垂直に曲がる。
立体的に広がり、ルージュの背後で膨れ上がって壁となる。
黒い津波のような影を引き攣れて、ルージュは駆ける。
「散れ!」
その声が届くや否や、影の中から眷族達が飛びだした。
絶えず現れるそれは、蝙蝠の群れだ。
それが、ルージュを追い抜き飛んで行ったのだ。
「ヤンヤン、準備は良いわね」
「大丈夫だ、問題ない!」
俺にルージュの声が掛かる、応じるように俺は肉体を変化させた。
細く長く、一匹の大蛇になる。
それが二つに分かれ、分かれた体が順に分かれる。
ネズミ式に増えて行き、いつしか黒い絨毯のように蛇の群れが地面を覆い尽くした。
「うわぁぁぁぁ!?」
「何だこれは、うわぁぁぁ!」
「地面に何かいるぞ!なんだこれは!」
恐慌状態になった農民の声がした、先に行った蝙蝠になった眷族達に襲われたのだ。
次いで、俺の分身が足元を這う。
全ては、農民達の無力化である。
ルージュが通る道を切り開く、蛇に噛まれ蝙蝠に引っかかれる方向を作り出せば農民達は襲われない方向に逃げるのだ。
人の海、それは左右に分かたれて道を作る。
道の先にいるのは、農民達を前線に戦わせようと使った聖職者達だ。
白い一団が見えた。
「アジダバァァァァ!」
初対面にも関わらず、ルージュは大きな声で呼びかけた。
その声に、一人だけ反応する人物がいた。
両手に剣を持った、長い金髪の男だ。
彫は深い、西洋人のような顔立ち。
イケメンである、敵だ、敵に違いなかった。
ガタイは良く、割れた腹筋や膨れ上がった二の腕が服の上から見える。
ソイツがゆっくりと、ルージュの方を見てから剣を構えた。
漢数字の八のように、地面に向けて降ろした構えだ。
「そうか貴様が、噂に違わぬ魔性の美貌。やはり、醜悪だな吸血鬼とは!」
「この私が醜悪だとォォォ!死にたいみたいだなァァァ!」
否定できないと俺は思った。
今のルージュは獰猛な笑みを浮かべて、嬉々として戦場に突っ込んでいるのだ。
聖職者が見れば醜悪と写るかもしれない、獣のようなソレだからだ。
見つけてから数分も掛からないうちに、ルージュは聖職者の一団の前に到達した。
そして、叫びながら飛んだ。
人の頭を軽く飛び越えて敵の頭上へと拳を握って飛び込んだのだ。
「結界を起動しろ」
その声と同時に、聖職者の集団が人名を叫んだ、そして祈りの言葉。
それは神の名前だ。
「ムーロよ!我らが呼びかけに応えよ!壁はここに在れ!」
「邪魔だァァァァ!」
激しい光が聖職者とルージュの間で迸った。
拳に干渉する結界の光だ。
その中で、脂汗を流す聖職者達と余裕の笑みを浮かべるアジダバがいた。
「ふふん、無駄だ。複数による集団結界に結界の神への奉納により強固な壁となっているんだからな!貴様ら吸血鬼が聖気を苦手としているのも知っている。十三、何の数字か分かるか?私が今まで葬ってきた吸血鬼の数だ!」
「黙ってなド低能、防がれることは想定済みなのよ……」
勝ち誇るように結界の中で笑っていたアジダバの顔から笑みが消えた。
それは、目の前で怒り狂っていたように突っ込んでいた相手が急に無表情になったからだ。
どういうことだ、自分は何か間違えたのか。
「恐いか?何をされるか分からないことが怖いのだろう?」
「馬鹿なッ!結界は敗れん、例え壊されようが修復する。貴様が司祭級であることは密偵から調査済みだ」
「確かに、結界を破壊するために聖気を使えば後でアンタを殺すのに苦労するかもしれない、例え大量の聖気を保有していてもね。だが、貴様は吸血鬼が何なのか知らないな?夜の王者だ、絶対者だ、貴様の知る吸血鬼と太陽を克服した私は格が違うのだ!そして、時間だ!」
次の瞬間、アジダバの足元に穴が開いた。
小さな穴が、複数開いていた。
そしてそこから這い出る俺の分身達。
タネを明かすなら今までの地面を覆った行動はこの穴を掘る奴らを隠すための行動だ。
這い出る俺の分身達は、奴の足に触れた。
「しま――」
触れた瞬間、俺はアジダバを巻き込みテレポートした。
そう、奴に俺が触れて知るはずもない魔法と言う方法でタイマンに持ち込むのである。
「アジダバ様!?」
「ヤンヤン、瞬間移動を!」
驚く聖職者達、それは突如背後にいたアジダバの気配が消失したことに起因する。
そして、同時に彼らの目の前でルージュの姿が消えた瞬間だった。
俺はルージュと共に異空間へと跳んだ。
全てが白く、地平線の存在しない空間だ。
その中央で、引き裂かれた俺の分身が一匹いた。
それは引き裂かれると同時に虫になって抵抗していたようだが、踏みつぶされ全てが機能を停止していた。
「なんだここは、まさかアレが演技だとは思わなかったがこの場所に誘導する為か」
「空間事消し去っても良いけど、アンタの首は欲しいからね」
「フン、一騎打ちとは信仰狙いだな。寧ろ好都合だ!」
ルージュを視認するや否や、奴は剣を構えた。
先程と同じ構えで、ルージュを見ている。
攻めには来ない、そういうスタイルなのかもしれない。
「取ったわ」
そう呟くと同時に、ルージュは奴の目の前に移動した。
超スピードとかではない、普通に瞬間移動で奴の前に移動したのだ。
そう、魔法と言う知らない技術でもって敵を圧倒しようとしたのだ。
勝ったそう確信した瞬間、ルージュは血を吐いた。
原因は胸を貫く二本の剣、サーベルのようなソレだった。
「な、いつの間に……ガフッ!?」
「残念だが、残像だ」
「何だと!?」
背後から、蹴りを放って剣を抜いたアジダバがいた。
あの瞬間でいつの間にか背後に立っていたのだ。
「貴様らの中に一体だけ似たような魔法を使う奴がいた、しかし我が流水湖歩拳の前に無意味である!」
「魔法を知っていたのね……迂闊だったわ」
「流水湖歩拳だと、何だそれは!?」
驚く俺に、アジダバが機嫌良さそうに答える。
俺は知っている、新大陸の人間は宗教の宣伝の為に自分の拳法とか説明する奴が多いってトナンから聞いたからな。
「教える訳がないだろ、教える奴は二流!このアジダバ、信仰が欲しくとも美学に反する真似はせん!」
馬鹿な、教えてくれないだと!?
「美学ですって?小悪党のセリフとは思えないわね」
「何とでも言うがいい、私は自分が醜いと思う事はしないのである。ふふん、醜悪な化け物を倒す私美しいと思わないか?我が流水湖歩拳、見破れまい」
「良い事を教えてあげる、貴様は二流よ。私は自分がクズだって分かってる、どれだけ罪深いかも知っている、醜悪で碌な死に方も出来ない他人に流されて生きてきた存在よ」
ルージュの身体から白い湯気のような物が出た。
それは聖気、ゆっくりとソレは纏われていく。
いよいよ本気だと俺は感じて影の中へと入った。
これから戦いが、本当の戦いが始まるのだ。
「でも、全ては私が選択して行ったのだ、私は私の意志で悪事を行ってきた。お前達のように悪事を正当化するような、小悪党は二流!私は一流の悪党なのだ!」
「ほざけ、誇れるような事では無いだろうが!」
「誇れるわよ、悪党だろうと一流なんですから!」
両者が駆けだした。
本当の戦いが火蓋を切った。




