文化の違いだから仕方ない
俺達の目の前で、頭から血を垂らした人がいた。
先程まで飛んでいた人だ。
「捕縛完了、治療も既に終わっています」
「よし、軍曹尋問だ。ソイツを起こすんだ」
サー、と綺麗に揃った返事をしてルージュの部下達が絶えず魔法で水を生成して顔に掛け続ける。
って、それは水責めじゃないですか!
「あばばばばばば!?」
「陛下、どうやら目が覚めたようです」
バタバタ暴れる人、その姿はローマ人である。
トーガという布を付けた金髪のひょろい人が朦朧として拘束されていた。
軍曹は彼に起きろと二、三度ビンタをブチかます。
なんていうか、やめたげてよ。
「ひぃぃぃぃ!?」
「軍曹、錯乱しているが大丈夫か?」
「問題ありません、おい鎮静剤を打て」
「な、何!?うっ……」
訳が分からないと言った顔の彼、そんな彼の首に注射器が物凄い速さで刺さった。
うむ、途中で針が折れないか心配だ。
「準備完了しました!」
「うむ、よくやった。よし、では貴様は何者か答えて貰おうか」
ルージュは近年稀に見るキラキラした表情で仁王立ちしながら飛んでいた人に話し掛けた。
対する彼は、頭を掻き毟りながら仕切りに奇声を発している。
これは、ダメかもしれない。
「ここどこ、何が起きた!何なんだよアンタら、いった――」
「フンッ!」
錯乱する彼が遂に動き出した。
それは目の前にいるルージュに詰め寄るというものだった。
そして、その手が服に触れる瞬間ルージュの蹴りが彼の顔に炸裂した。
丁度、しゃがんでるから蹴りやすい程度の気安さで蹴ったのである。
「ふぅ……此方が優しいうちに会話をしようじゃないか。まず、名前を聞いても良いかしら坊や?」
「ト、トナン……俺はトナンだ……」
「そう。で、羽も生えてないのに飛んでいたお前は何だ?」
プルプル震える男が跪いていた、それを優しい笑顔で見つめる女。
そして周囲を囲む銃を向けた兵士。
どう考えても話し合いではなかった。
「俺は、守り神だ……海が割れたから調べてただけでアンタ達に危害を加えようとは思ってない……そうだよ!本当、何かの間違い何だよ!何で死に掛けてんの!?」
「神か……解剖しても良い?」
「な、何言ってんだよ!?アンタどこの神だよ!」
逃げ出そうとする度に軽く殴られて転ばされるトナンという神は、俺にとって哀れな存在としか映ってなかった。ごめん、取り敢えず撃ってから考えようとしてたんだと思うよ。
俺は視線を彼からルージュ達に移す、うん案の定今頃どうするか相談してるよ。
「どうやら文化の違いのようだ。あんなものは挨拶みたいな物だろ、許せ」
「恐えぇよ!挨拶代わり風穴開けんなよぉ……」
「最終的に治したんだからいいだろ、細かい事なんか気にしちゃダメよ」
ルージュの発言の後、ほっときゃ治るのに治療したんだから感謝しろと逆ギレする発言が周囲から聞こえた。
でも、それって吸血鬼あるあるだと思うんですよ。
この中に、常識人は俺しかいないのだった。
血液をロープのようにして、俺達はトナンを拘束した。
トナンは空中に浮いておりそれを俺達が引っ張って誘導する感じだ。
まるで、遊園地で貰える風船である。
俺達の進む先には、綺麗な砂浜があった。
砂浜の上には網や竿を持った天使の群れが警戒している。
似合わねぇ……
「現地人を確認、敵対行動を取っています。撃ちますか?」
「やめろ、ただの民間人だ。捕虜を心配しに来たんだろ」
「ハッ、失礼しました!」
後ろで、俺ってば捕虜だったのなんて声が聞こえた。
トナン君よ、今の君は捕虜以外の何なのかね、と聞いてやりたい。
「やはり、インパクトが強すぎて警戒させてしまったようね」
「違うよ、みんなアンタにビビってんだよ!」
「こんなピチピチの美少女のどこにビビる要素があるのよ、不愉快だわ」
フンッと、可愛くそっぽをルージュは向いた。
ただ、中身が七十以上のババアだと考えると何してんだよとしか思えない。
っていうか自分で言った、自分でピチピチって言ったよこの人!
「ハァ、何だか疲れて来たよ……」
「お前も大変だな」
「ッ!?ギャァァァァ、喋ったァァァァ!」
何だよ、喋っちゃいけないのかよ。
そうして騒がしい神を連れた俺達は新大陸に上陸した。
「トナン様!?」
「貴方達の代表と話がしたい、前に出て来て貰えないだろうか」
遠くまで通る声で、現地人にルージュは言った。
現地人は警戒しており、それでいてトナンを見た途端に顔色を変えて何をしでかすか分からない状況。
代表の者に話をして、静かにさせるのが最善と考えたのだ。
そうして出て来たのは白く長いひげを携えた神々しい爺だ。
間違いない、コイツ神だ。いや、見た目的に絶対天使なんだけど貫録みたいなものを溢れ出してる。
「貴方が代表だな?」
「いかにも、本日はどのような要件ですかな」
「実は我々が行進中、空から彼が降ってきてな。可哀想だったので連れて来たのだよ」
嘘だ、と背後で野次が聞こえるがスルーである。
トナン、アンタは猿轡でもして黙ってろ。
「おぉ、野良神トナンは我が村の守り神でして」
「野良神というのは神の呼称かしら、何分私達は海の先にある大陸から来たので情報に疎いのだ」
「おぉ、でしたら説明がてら村を案内しましょう。フォフォフォフォ」
そう言って爺は村人の中に入って行った。
そして少しの間、爺が何やら喋ると村人達は渋々ながら武器である竿などを降ろして警戒を解いた。
スゴイぞ、お前さては村長だな。
後で聞けば予想通り村長だった爺に案内されて俺達は村を見回ることにした。
村は、俺達の大陸とは大幅に違っていた。文化レベルが結構遅れているのである。
木造で作った家が多く石で作られた家は見当たらなかった。
もしかしたら宗教ごとの戒律によって文化が育たなかったのかも知れなかった。
「数十年前の貧しい農村と言った程度でしょうか」
「交渉次第で、ここに前線基地を作るとしたらどのくらいかかる」
「急ピッチでやって一週間はかかりますね」
ルージュと村長が話している間、後ろを付いて歩く奴らの声が聞こえた。
どうやら村を自分たちの住みやすい環境にする相談らしかった。
でも、それって侵略なのではないだろうか。
ルージュが村長と話を終えて、俺達は情報共有の時間を取った。
村長は、村人の意志を統一してくるとあっちはあっちで忙しそうなので問題なさそうである。
ルージュは指先を軽く振って魔法で宙に浮きながら、今までの事を纏めて話しだした。
野良神、それは逃げ出したりして放浪している神。
彼らは信仰を糧として生きており、トナンは村を守る代わりに信仰を得ていたらしい。
つまり、明日の食べ物を得るための日雇いがトナンである。
トナンの仕事は悪鬼と呼ばれる謎の生物の退治や無法者の成敗らしい。
悪鬼、突如現れた悪魔の王が連れてきた僕達。
多種多様なそれは、様々な宗派の禁忌を唆す存在なのではないかと言われている。
そして悪魔の王、それは破滅思想が信仰により具現化した存在であり海の向こうに出来た暗黒大陸からやって来た邪神の類ではとの事だった。
「なぁ、それって間違いなく魔王だよな?」
「基本的に宗教的に絡めて考えるんじゃない?」
とはいえ、そんな危ない奴らが近年跋扈し始めたのでトナン君がパトロールしていた頃。
突如海が割れて、中から何かが這い出してきたではないか。
これは地の底に封じられた罪深き亡者たちが這い出てきたとトナン君は調べに行った。
そして、撃たれて墜落したのである。
「あっ、地獄的な思想があるんだ」
「というか、飛べない奴等は基本的に悪しき者っていう文化があるらしいわよ」
とはいえ、様々な見解があるようで実は暗黒大陸には自分達と似た存在が生きていると言う説やアレは人間の醜い感情が生み出した幻だという説もあるらしい。
前者は侵略者とか言っていたデブ達の考えではないだろうか。
「他にもおもしろいのが聞けたわよ」
ルージュが言った面白い事、それは新大陸の現状である。
現在、教皇が悪魔の王と戦い傷を負った事により姿を隠したそうだ。
結果、代理でもトップになりたい奴らによる戦争が始まった。
それぞれの信じる宗教事に分かれて争う、宗教団体の戦国時代の幕開けである。
便宜上、俺らは宗教団体の事を軍団、レギオンと呼ぶ事にした。
そんなレギオン同士の戦いが始まっているそうだ。
「諸君、戦争だ。我々の愛してやまない戦争がここにはあるぞ」
「昔は戦う事、嫌いだったじゃないか」
「分かってないなヤンヤンは、人の趣向なんて数十年でコロコロ変わるものなのよ」
やれやれ、と呆れたようにルージュは俺を見た。
しかし、その顔はすぐにニヤニヤというかニマニマというか喜悦の満ちた物に変わる。
「その時その時の出会いが待っているのよ。退屈だったあっちと大違いだわ、そうね一期一会って奴ね」
「おかしいな、恋愛的に聞こえるのに背筋が凍ってきた」
恋に恋してるんだよな、未知なる敵にわくわくしてるとかそういう戦闘民族的な理由じゃないよな。
出会いって戦闘って意味じゃないよな。
多分、これから忙しくなるだろうなと半ば諦めながら俺はルージュを見守るのだった。
それから、ルージュは村長や村人達と交渉して前線基地を設ける事にした。
魔法による急ピッチな製作によりちょっとした壁が村の周囲を囲む。
彼らの投げて待つ農業スタイルも、俺らの並べて時間操作で育てる方法にシフトした。
一日で作物が出来上がり、腹いっぱい食べれることにより村人達は掌を返すようにルージュを褒め称える。
俺から言わせれば食料事情をルージュに依存した段階で支配されているような物だと思う。
そして、そんな好き勝手な事をして過ごしていたある日。
雑用係である神、トナンが慌ててパトロールから帰ってきた。
「た、大変だ。寄付が遅れてるってアジダバの部下がやってきた!」
「アジダバ……誰?」
「ここら辺を仕切ってる奴だ!今まで作物を俺らは寄付してたんだ!」
「なるほど、領主的なのが来たのね。良いわ、話し合いましょう!」
アレだよ、そんな感じでトナンは壁の外にいる数人の団体を指差した。
彼らは壁の前で、速く開けろと文句を言っているらしい。
「開門、客人へ挨拶する準備をせよ!」
そう言って、武器を構えさせたルージュは軽く手を上げた。
出迎えの礼砲は大事よね、そう笑顔で手を振り下ろす。
「おい、馬鹿やめろ!?」
「よし、ってーい!」
壁に取り付けられた扉が開いた瞬間、ルージュ達による一斉射撃が開始された。
「あばばばばばば!?」
「攻撃中止、客人を迎え……アレ、逃げてく?」
「やべぇよ、やべぇよ」
混乱して頭を抱えるトナンの横で、俺は頭を抱えた。
空砲だったけど、明らかに攻撃と勘違いされただろうな……
俺はこれからの展開をキョトンとするご主人を見ながら予想した。




