皇帝の完全復活
そこは、皇帝が封印された王墓だった。
エルフがあの程度で死ぬわけないだろ、なんてネットを通して情報を拡散した結果により建設された場所だ。
皇帝の死体そのものに拘束する術式を施し、奇跡と魔法の結界を幾重にも張り巡らせ、龍脈と呼ばれる大陸の下に流れる巨大な魔力を利用して半永久的に内部と外部を隔離する施設。
それが王墓だ。
心臓が再生し、押し出されて零れ落ちた杭を前にルージュは自らが拘束されていることを認識した。
帝国の最高峰の魔法使いによるドラゴンすら身動きのできない拘束術式、その数は百以上である。
まぁ、それもロープを引き裂く程度の容易さで破壊されてしまった。
目覚めて開口一番にルージュは言った。
「どこ、ここ?」
そこは石造りの一室だ。
正方形の部屋、その壁面は結界魔法や設置型の奇跡が使用されていて絶えず輝いている。
複数の結界があり一枚目が破壊されも二枚目が阻み、その間に新たに結界が張り巡らされる結界魔法。
そして、不死の存在である皇帝の魂が天から死体へ入らないようにと気休めに張られた奇跡による結界。
取り敢えず出ようと力付くで、ルージュは部屋を破壊した。
上に軽く飛んで、部屋ごと突き破ったのだ。
突き破り、ルージュは再び部屋の中にいた。
天井には穴が開いており、自分が今出て来た穴が床にある。
先程の部屋だった。
「あれ、もしかして」
何かを察して、小石を穴に投げ落とす。
暫くすると、天井の穴から小石が落ちて来て再び床の穴へと落ちて行った。
そして、それがルージュの目の前で何度も起きる。
「ループしてる?もしかして隔離空間かしら」
それは最後の関門であり、巨大な魔力にて半永久的に隔離する魔法によるものだった。
王墓それ自体を、内側と外側から干渉できなくする魔法だ。
「これは、ちょっとな」
術者を中心に球状に展開、魔力が尽きるまで内側と外側を隔離する空間魔法。
かつて、魔王がペトロと戦った異空間に近い存在だ。
しかし、術者がいないそれは出口のない迷路のような物だった。
「攻略法が術者の殺害と力技だけど、この感じは地面から魔力を吸い取ってるわね。術者がいないならゴリ押しか……」
殺害以外の残る攻略法は、隔離空間を魔力の爆発により破壊するというものである。
しかし、見た感じ膨大な魔力は常に供給されており内側の爆発を抑え込まれることは明白だった。
罅が入っても瞬間的に修復されるような物だ。
なので、魔法による脱出は不可能であり残された方法は皆無である。
封印した魔法使い達が予想ではそうであった。
だが、ルージュは魔法以外の手段を持っていた。
「奇跡を使って破壊するしか方法が思いつかないわね」
そして、ルージュは脱出するためにある眷族を呼び出した。
ルージュの前で吸血され、隷属した天使がいた。
今や吸血鬼となったそれは呼び出されたのだ。
「それで、こんな場所から新大陸にいこうと思うのでお前が知ってる事を教えなさい」
脱出方法として、奇跡を使うしかない。
そこで奇跡を身に着けようと新大陸の人である天使を呼び出したのだ。
「それでは、まず奇跡とルージュ様が呼ぶ技術から説明を始めさせていただきます」
奇跡、それは新大陸の人々が聖気術と呼んでいる技術だ。
聖気術と言う物は平たく言って聖気を運用する技術である。
聖気とは聖なる気、つまり人の願いや祈りという想いが力になった物だ。
そして扱う方法は複数あり、扱える方法により階級分けされている。
助祭級。
それは説明している元天使の階級だ。
新大陸の最下級、誰でも使える技術しか扱えない者達の階級である。
それは神へと聖気を捧げて様々な現象を起こして貰う方法でエルジアの僧侶が使う、光の槍や結界の事である。使用条件として、神の存在を知っている必要がある。
司祭級。
これはルージュと相対したデブの階級である。
自ら聖気をコントロールする事が出来る者だけが許される階級であり、聖気を纏う事の出来るルージュは一応司祭級と呼ばれる存在だ。
司教級。
聖気を変質化させて、様々な現象を起こせる者達である。
例えば手から炎や氷を出したり出来る。
大司教級。
これは一度だけ神を生み出す事の出来る階級。
神は加護という特殊な力を持ち、授ける事が出来る。
生み出した神に逃げられたり、襲われて使役される場合が多い。
総大司教級。
神と対等な関係か使役する事が出来た者である。
加護を独占している場合が多い。
枢機卿級。
複数の神を相手しても勝てる者であり、人の身で神を越えた存在である。
複数の加護を持ち、複数の神を使役する。
教皇。
唯一無二の支配者、世界を創りだした神である。
人であり神でもある、未来を見通す存在。
恐らくそれは魔王が言う神王という存在だ。
話しの後、ルージュは今までの説明が無駄であったと悟った。
つまり、目の前の眷族は一段階下のレベルであり教えられる程の存在ではないのである。
しかも、仮に教わって使える方法は神に聖気を捧げる方法だ。
それは精霊に魔力を渡すような物で、恐らく捧げられて相手の気分次第で効果が上下する類の方法だ。
つまり、自分でデブと同じ事が出来るようにならないと聖気を無駄なく扱えないのだ。
「そう言えば使った聖気はどうなるの?」
「信仰心がある限り無くなりません、ルージュ様への信仰心は枢機卿級と同等の大きさはあります」
「えっ、無限に使えるの?」
「可能ではありますが、長時間の使用は疲労しますので一度に扱える量が多いという認識ですかね」
聖気は他者に信仰される限り無くなる事は無い。
消費される度に補給されるからだ。
信仰される誰もが無限に扱える、だが優劣は存在する。それは一度に扱える聖気の量だ。
ある人物の使える量を一とするなら、量として百の聖気を使う者もいる。
その両者の違いは何か、それは信仰される量である。
信仰された数に比例して聖気を溜める器のような物は大きくなり、一度に使える量に差が出る。
だから新大陸の人間は徳を積もうと様々な善行を行うそうだ。
無意識に信仰される存在になる為に、どこかで常に感謝されたり畏れられたりする為に伝説を作っていくのである。
「おし、ここから出たら海を割ろう。そして、私の伝説の一幕は海を割った存在として始まるのだ」
「素晴らしい、どちらの大陸からも信仰される事でしょう!」
「ヤンヤンが言ってたけどモーゼって人が海を割ったらしいわ。なら私に出来ないはずはないのよ」
こうして、脱出するために聖気術を扱うための修行が始まった。
そして、数週間後。
ルージュは王墓から脱出した。
そして全ての信者を自身の影へと入れて、新大陸までの海を割った。
「フハハハ、こんなもん結界魔法で簡単に出来るのよ!」
「本当にモーゼを再現しやがった。あっ、何か来る」
「ヤバい、騎士団が来たわ!逃げないと神秘的でなくなっちゃう!」
こうして、ルージュは使い魔を連れて逃げるように新大陸へと向かった。
追い掛ける騎士団は現地の人間に、ルージュに連れてかれた存在として語り継がれる。
特に悪い事をすると海の中へと連れてかれるぞと親から子供に語り継がれた。
俺の視線の先に新大陸が見えてきた。
追い掛けていた騎士団は既にいない、彼らは途中から結界を解除したルージュのせいで海の中へと飲まれたからだ。
今や左右後ろは海の断面図であり、進む先までしか海は割れていない。
地面は徐々に傾いており、谷底のように下に向かっていた。
だから現在、ルージュは結界魔法で無理矢理に道を作って進んでいる。
丁度、大陸間にある海峡に橋を掛けるようにだ。
「どんな場所だろうな」
「素敵な場所よ。人を助けなさいとか言いながら宗教戦争してるんだから笑っちゃうけどね」
俺の背中に乗ってルージュは皮肉気味に言った。
黒いドラゴンに跨る美しい女、それが海からやってくるのだから騒ぎにならない筈が無かった。
新大陸の方から何かが飛んでくる。
「何かしら、総員戦闘に備えよ!」
ルージュの号令を持って、影から尖兵が現れた。
その数は三千、全てが太陽を克服した眷族達だ。
彼らはそれぞれ銃を持ち、一個の軍隊としてそこに存在している。
一人一人が軍の中で優秀だった者で引き抜きにあった存在だ。
精鋭のみによって集められた集団である。
「軍曹、敵はアレだ。撃てるな?」
「勿論です、陛下。スポッターとスナイパーは配置に着け、ターゲットを狙撃する」
軍曹は頷き、部下に命令を発する。
命令を聞いた軍は示し合わせたかのように左右に分かれ、その間を二名の人物が走ってきた。
二名の人物はスナイパーライフルを持った兵士と観測役である兵士だ。
スナイパーである兵士は地面に腹這いとなる、その横で観測役がターゲットを見た。
「狙撃準備完了、安全装置解除、風魔法による探知を開始……完了」
「ターゲット捕捉、敵は人だ。人が飛んでいる」
魔法により風の流れを読み解き、そして観測役が強化した肉眼ではっきりと敵を捕らえる。
その距離は吸血鬼の目を強化したことにより尋常でない距離を正確に捉えている。
「今日は風が強い、誘導魔法発動……完了いつでも撃てます」
「此方も同期完了、奴に逃げ場所はありません」
スナイパーは弾が必ず当たるように敵をロックオンした。
誘導魔法の付与された魔力の塊は、スナイパーの意のままに動く魔弾となった。
そして、スポッターが強化した目で敵を捕らえた。
その手はスナイパーに添えられており、同期魔法によって視覚情報を共有している。
ここに、遠距離から弾を操作できる狙撃兵が準備を完了した。
「狙撃後、捕縛する。部隊をアルファ、ブラボー、チャーリーの三つに分けろ」
「良いわね。流石軍曹、カッコいいではないか。よし撃て、撃っちゃえー!」
「ハッ、狙撃せよ!」
圧縮された魔力が弾となり、爆発を持って発射された音が響いた。
ルージュの間抜けな命令の後、飛来する人に向かって魔弾が放たれた瞬間だった。




