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意外、その職業は……

眼前に広がる絶望は空を純白に染め上げていた。

戦場に揺蕩う白い羽など、神秘を孕んでおり一種の芸術のようだ。

天使、御伽噺だけの存在がルージュの傍にいた。実在する幻想の体現者である。

だが、そんな物は空想であるから美しくあり現実では下卑た笑みを浮かべる醜悪なだけの塊だ。


はぁ、と軽く吐かれた息は落胆混じりの物だった。

様子見、と決め込んで傍観してみれば帝国兵の愚かな様が地上には広がっていた。

馬鹿の一つ覚えのように攻撃ばかり、守る事は知らないのだろうか。

それは恐らく長らく戦争をしていなかった弊害なのだろう。設置に時間が掛かったり面倒な工程を必要とする防御魔法より、ワンアクションで敵を殲滅する速度重視の攻撃魔法をルージュが好んで使っていたから、防御する暇があったら攻撃するというような考えが軍部に浸透していたのかもしれない。

だが、それでも数十年で戦争の経験が風化したのだから愚かと言わず何と言おうか。


「昔は良かったわ、今より防御の有用性を理解してた奴らが多かったもの」


そんな風に昔を懐かしむなど、歳を取った証拠かもしれない。

年寄臭いな、と自嘲してルージュは小手調べに魔法を放った。

選択したのは雷の魔法だ。

敵に向かって指差し、その刹那に放たれる閃光。

視認も間に合わない攻撃は天使の一体を一瞬で黒焦げにする。


「弱いな、どうしてこんなのに梃子摺ってるのかしらね」


そんな挨拶代わりの攻撃に、固まっていた天使達は思い出したかのように動き出した。


「総員退避!結界を展開しろ!」


その声に、応じる声がした。

今や全能感に浸り思うが儘に蹂躪する時間が終わりを告げ、初めて闘争が始まったのだ。

だから、それは敵を見出し天使達が本当の意味で戦うという事だった。


「そうだ、お前達は脆いのだから防御を固めろ。さぁ、さぁさぁ!」


そして、ようやく面白くなって来たとルージュは歪な笑みを浮かべた。

最近の自分では考えられない愉悦に飲まれ、思わず口元が上がってしまったのだ。

そう、ルージュは帰ってきたのだ。

あの頃の戦場に、血と死が充満する空間に帰ってきたのだ。

かつて、仲間達と過ごした時間を思い出せる唯一の場所に戻ってきた。

無意識の中でルージュは歓喜していた。




戦場には二つの集団と一人の女がいた。

白いオーラを纏い、常に後光の指す天使達。

それから逃げるように、地を這う敗残兵達。

最後に両手を広げて笑っているルージュだ。


いつからだろう、アレだけ忌避していた殺し合いが楽しいと思ったのは……

想像による疑似体験で満足できず、実際に行う事に喜びを感じたのはいつからだろう。

アレだけ嫌だった痛みも、苦痛も、それはそれで良い物だと思い始めたのはいつだろう。

人間にしては長い年月、それは人としての倫理観や価値観を壊していた。

自分が少しずつ変わってる実感も、それが悪い傾向だとも思っている。

だが日常を生きる事を楽しいと思っている傍らで、何か物足りなさを感じていたのだ。


平穏を好みながら、殺伐とした世界を望んだ。

戦いを忌避しながら、平和を退屈だと感じた。

自分は、どうしようもなく矛盾しているのだ。

だから、楽しくて仕方ないのである。




睨み合いの末、痺れを切らした天使達が攻撃を開始した。

笑い続ける狂人を確かな脅威と認め、下等種族と侮ることなく渾身の攻撃を放ったのだ。


「畳み掛けろ!死なないと言っても、殺し続ければ再生できまい!」


飛来する天使達の槍群、触れた物を貫く光の雨。

そこにルージュは軽く地面を蹴り、飛び込んだ。

ルージュの軌道は敵の攻撃が交差する地点へと通じていた。

誰もが再び貫かれるところを幻視するだろう。

しかし、それは触れる瞬間。


「な、何!?」

「フッ」


何かに阻まれる様に空中で瓦解した。

驚きを隠せぬ天使達に、ルージュは小馬鹿にしたように言った。


「二度も同じ手が通用するか。いつから自分達が対等だと勘違いしていた?」


言うや否や、ルージュは近くにいた天使に飛び掛かる。

そして右肩から放たれた攻撃は視認できぬ速度で天使の一体を地上へと殴り落とす。

墜落し、砂煙に包まれた中で落とされた天使は薄皮一枚で止まった拳を見た。

それはオーラに阻まれた拳だ。


「ひ、ひひっ……」

「やるわねぇ……」


振り被られる拳、それは再び天使に目掛けて放たれた。

それは先程よりも力の込められた拳だ。

無駄だ、と嘲笑っていた天使の表情に陰りが生まれた。

自身の目の前で固定化されたオーラが揺らいだからだ。


「や、やめ――」

「フンッ!」


軽い掛け声と共に、何かが罅割れた音がした。

そして同時に生まれる、肉が潰れて飛散する音。

ルージュの拳が、オーラを砕き天使をミンチにしたのだ。


「力加減が分かって来たわ……」

「あ、ありえぬ……聖気に包まれた兵士が殺されただと……」


赤い血に包まれ、天使の血も赤いのかと感心している女を見て天使達のリーダーは慄いた。

何故なら、目の前であり得ない現象が起きたからだ。


「何をした、貴様ら侵略者の呪術か!?」

「呪術……もしかして魔法の事かしら?」

「一体どうやって、聖気も無しにどうやって……」

「決まってんでしょ?物理よ」


ルージュは拳を向けて、そう言った。

魔法では破壊しにくい奇跡、奴らの言う聖気とやらで作った結界も強度を越える攻撃には敵わない。

つまり、物理攻撃である。

人外の、天使が耐える事の出来ない物理攻撃である。

最初から生物としてのレベルが対等でないのだから常識が通用する訳がないのだ。


「どうする?どうするの?ねぇ、一方的に嬲られなくなったお前達はどうするの?」

「撤退、撤退しろ!敵は司祭級だ!司祭様以外相手にはならんぞ!」

「えっ?そう……逃げてしまうの」


ルージュは逃げ出そうと飛び立つ天使達を見て少しだけ、悲しそうな顔をして直後に眉を上げた。

落胆し、そして激怒したのだ。

楽しくなってきた所で逃げて行ったからだ。


「何よ、まだ一人ミンチにしただけじゃない。五体満足でたくさんいるのに全員で逃げる必要ないじゃない。これからって言うのに……殺せ!私の目の前からこの蛆虫共を殲滅しろ!」


激情に任せて放たれた命令は、空中で待機していた眷族達を歓喜させた。

狩りだ、狩りの時間だとそれぞれが地上に向けて飛び込んでいく。

天使達が吸血鬼達に飛び掛かられて引き裂かれ、粉砕され、吸血される。

白い翼が赤と黒い影に飲まれていく。

そう、最初から本気を出せばこれほど圧倒的に倒せるのだ。


「どこにこんな戦力が、うわぁぁぁ!?」

「私に、私に近付くんじゃねぇぇぇ!」

「聞いてないぞ、こんなの聞いてないぞ!?」


立場が逆転した、それだけで天使達の軍勢が瞬く間に死んでいく。

最早、軍勢は風前の灯火だ。望むべくは情報源と残しているデブのみである。

デブ、白い箱舟に残る敵の指揮官。期待するだけ無駄であろう。




落胆は、いい意味で裏切られる。

天使達が逃げ出す中、ただ一人戦場に赴く姿がルージュの瞳に写っていたのだ。

脂ぎった身体、丸太のような肢体、垂れ下がった腹部に身体よりも小さな羽。

敵の指揮官であるデブが、戦場に自ら乗り込んできたのだ。


「どこに行くと言うのかね、フロイライン」

「ノコノコ出て来るなんてね、捕まえろ」


吸血鬼数名がデブに向かって飛び掛かった。

これから拷問でもして情報を聞き出そうか、そう考えているルージュの目の前で掴まるはずの現実は裏切られる。


「えっ?」

「もう一度言おう、どこに行くのかと聞いている?」


吸血鬼達が、触れるや否や爆散したのだ。

掴まるはずのデブの周りで、内側から破裂したように見えたのである。


「貴様、私の眷族をよくも殺したな!」

「私の部下を殺していながら言える立場ではないだろうが」


ルージュの目の前に、汗だくのオークのような天使が現れた。




ソイツはオーラを一切纏っていなかった。

自然体で、ただ立っているだけの存在だ。

しかし、ルージュの中でヤバいと確信させる何かを発していた。


「なるほど、我々の聖気術は君達の魔法とやらに防がれるようだ。だが勘違いしてはいけない、助祭級をいくら倒そうと私には勝てないという現実は変わらないのだよフロイライン」

「黙ってろ腰抜け、さぁ掛かってこい!」


ルージュの声に、デブは両腕を広げた。

自らの腹を晒し、無防備に待ち構えて手招きする。

明らかな挑発だ、だが動かずして状況は変わらない。


「どうしたフロイ――」

「ハァァァァァァ!」


油断した瞬間、急所である顔、胸、腹と三発の攻撃を叩きこむ。

一撃目、腕に激痛が走った。

二撃目、腕が曲がらな方向に曲がった。

三撃目、腕が内側から爆散する。


「ッ!?」

「――ライン、腕が無くなっているぞ?」


対等、いやそれ以上の敵と言う確信を持った。

再生する腕に、焼けるような痛み、待ち望んでいた戦いだ。


「まだ、腕が一本消えただけよ。すぐに戻るわよ」

「そうでなくては、さぁ死んで改宗して貰おうかフロイライン!」

「死ぬのは貴様よ!」


同じ姿勢のまま動かぬデブ、好都合とばかりにルージュは魔法を放った。

それは三つの魔法。空間生成、岩石生成、瞬間移動。同時に三つの魔法が使用され、それは二人の頭上に現れる。


「ぬっ、いつの間に!?」

「不死身の戦い方を教えてやるわよ」


それは、巨岩を異空間で作り出して瞬間移動させる自分諸共巻き込む攻撃だ。

勝った、これを防げるはずがない。触れた部位が爆発するならば触れずに倒せばいいのである。

そう勝利を確信した攻撃だ。

当たる、そのタイミングでデブは笑った。


「無駄だ、我が剛胆流拳の前にいかなる衝撃は無意味!」

「馬鹿な!?」


巨岩は、デブの頭に触れた瞬間制止した。

デブの頭に支えられて、そして轟音を上げながら後方へと転がり落ちた。


「そうか、そうか貴様は」


己が肉体を駆使する聖職者、デブの正体それは……


「貴様はそんな成りでモンクだったのか!?」

「見て分からんのか、この異教徒が!」


尋常でないモンクだとルージュが確信した瞬間だった。

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