終戦と繋がる世界
お互いに話す事が無くなるのに何日掛かったか。
定期的に連絡が来ており帝国軍が占領した報告もあったので一週間は過ぎていただろう。
俺達はいよいよ爺を元の状態に戻す事にした。
「私の仮説では引き離された時に記憶に障害が起きたようなので、私自身の人格が消えると予想している」
「私もそう思います精霊様」
「だが、あるべき姿に戻る事で何かの助けになれるなら本望である」
神妙な顔で爺はそう言って、ルージュは憑代を変える儀式を始める。
図書館と言う媒体から、本へと精霊を移すのだ。
予想では爺と本の能力が相乗効果を及ぼし、世界に存在しない文章を読み解く事が出来るはず。
そう、物質ではなく概念として存在するアカシックレコードのような存在を読み解く事こそが本当の能力だからだ。
世界を司る精霊が封印された本、すなわち世界について最も知っている存在へと生まれ変わるのだ。
そして……
「のぉ、まだかの?」
「あ、あの……もう終わってます」
「えっ?」
「多分、移動できてます」
え、もう終わりとキョトンとする爺と気まずそうなルージュ。
うん何かさ、お前消えるのか……みたいなノリだったのに何でもないっていうね。
「ふざけんな、拍子抜けだよ!」
「ノ、ノーカンじゃ!予想外なんだから文句言うな!」
「爺、開き直ってるんじゃねぇ!」
「う、うむ貴様は誰だったかな?」
「遅いから、今更キャラ作っても遅いからな!」
「じゃあ、どうしろっていうんじゃボケが!」
物の見事にシリアスがぶっ壊された。
何て茶番だよ。
「どうやら、もうしばらく貴様に文句言えるみたいだわい」
「嬉しそうに笑ってんじゃねぇよ、ツンデレきめぇ……」
「う、煩いわ!減らず口ばかり叩きおって!」
頬を染めながら文句を言う爺に俺は思った。
うわ……これは酷い、爺のツンデレなんて需要ないだろ。
一悶着あった後、ルージュは爺に何か変わった事は無いか聞いた。
爺は、唸りながら悩み出す。
おい、何も変わってないのかよ。
「読めるのだが、全く知らない文字であって内容が分からない。古代の言語という訳でもない未知の言語が見つかった」
「何で読めないんだよ、使えねーな!」
「ちょ、お前喧嘩売ってんだろ!売ってんだな!?」
「オラこいよ、本から出られないくせに何が出来――」
「ブックカーブアタック!」
「あいたぁー!?」
爺の本体である本が俺の眉間に飛んできた。
ご丁寧に角を回転を加えながらぶつけて来たのである。
ぐぬぬ、許せぬ。
噛み付こうとした時、ルージュが俺を制す。
「やめなさい、本が傷むでしょ……」
「俺と本、どっちが大事なんだよ!」
「本よ」
「……衝撃の事実!」
話が脱線して進まないでしょ、と言われて俺はルージュに窘められる。
畜生、今度インクで染め上げてやる。
「アンタ悪い事考えてるでしょ」
「そうじゃ、無駄な事はやめるのじゃ」
「商品価値が下がるじゃない」
「そうじゃ、商品価値が……えっ?売る気なのか?」
「……そんな訳ないじゃないですか~!やだなぁ、精霊様ったら!」
「ちょっと考えたよね!売る気だったよね!」
まぁまぁ、そんな事より他に情報が無いのか?ん~どうなんだ?
「お前何ニヤニヤしてんだ、何となく考えてること分かるぞ!?」
「そんなことより精霊様、他に気付いたことないんですか?」
「そうやって付加価値を付けて売るんでしょ、中古本みたいに!」
「精霊様、速く」
「そうだぞ、速くしろよクソが!」
「私が悪いみたいに言うでないわ!うむ……えぇと……おぉ!」
爺が何かを発見したように声を上げた。
どうやら、何かが見つかったようだ。
予想でしかないが能力を使うってのは多分、ネット検索みたいな感じなんだろうな。
自分が見たことのない記事を見つけた感じだろう。
「ほぉ、誰かの論文みたいじゃな……古代の言語で書かれている」
「何が書いてあるのですか?」
「うむ、要約すると世界についての考察じゃ」
爺が軽く内容を説明する。
それは世界の形についての考察。
世界は球体なんだと言う定説だが、俺は違うと思う。
そういう感じの内容だ。
爺が目を付けたのはその筆者の考察だ。
どうやら、その筆者の祖父の代までは大陸は複数あったらしい。
そして執筆するに辺り、自分の代で大陸が一つしか確認できないのはおかしいと思い世界を飛んで調べたのだ。
結果、星の位置や時間の誤差から別の地点に移動しているポイントがあるではないか。
ここで筆者は、知らない間に転移されているのではないかと考えたのだ。
つまり、大陸と大陸の境目に触れたら別地点に飛ばす壁みたいな物が存在するのだという内容だ。
「これを聞いて不思議に思わんか?」
「何がだよ」
「まるで、魔王の言っていた話と一致するではないか。世界は元々一つだったのだろう、そう考えたら自然ではないか?」
目から鱗のような内容だった。
そう、魔王が目指している天界とは空ではなく海の向こうにあるのだ。
「いや、それはどうなんだ?誰かの妄想とかそういうでっち上げじゃないのか?」
「私が思うに、今まで見つからなかった記述と空を飛べる存在からこの仮説は正しいと思う。つまりだな、今までは結界内しか能力が及ばなかったが、本体に戻ったので結界を越えて調べ上げる事が出来たのではないだろうか。もし他の大陸があるならば未知の言語を使う、飛ぶ種族がいてもおかしくないと思わんかね?」
「思わん!」
「思わんかい!何が納得いかんのだ!」
「何か爺が言うとムカつく」
「私情ではないか!客観性に欠けるわ!」
なんだと、やるのか、と売り言葉に買い言葉。
俺達の凄惨な戦いが今、始ま――
「やめなさい、もぉ……そんなに仲悪かったかしら?」
「いや、なんか久しぶりで距離の取り方が分かんないんだよ」
「お前、子供かよ!」
「何だと、やんのか爺!」
「ハァ……やれやれだわ」
その後、図書館でドラゴンと本の仁義無き戦いが繰り広げられるのだった。
なんて一悶着あって、更に数週間。
完全侵略を達成したルージュは魔法の練習したり、お菓子を食べたり皇帝と言う権力を使ってニートになっていた。
最初の数日は、魔王がやられたらペトロとの対決になるだろうからいつでも戦えるように気を張っていた。
しかし、流石に一週間、一月と経ってくると何だか馬鹿らしくなる。
そのうち、いつまで戦ってんだよ魔王と愚痴を零すほどだ。
だが、その日はいつもと違っていた。
その日の深夜、ダラダラといつものように寝転んでいたルージュは東の空に巨大な魔力を感じた。
慌ててバルコニーへと移動して外を見ると、東の空が朝になっていた。
ハッキリと区別する様に朝と夜の境界線が出来ていたのだ。
「何あれ……ハッ、空間が揺れてる!?」
空間の微かな震え、魔力の出現を部屋の中央で感じ取ったルージュは最近習得したテレポートで空へと緊急回避する。
次の瞬間、ルージュが今までいた場所までが消滅していた。
綺麗に抉り取られたその場所にはクレーターが出来上がっており、そしてクレーターの中心には誰かの手首が落ちていた。
その手首は次の瞬間、片腕となる。
そして、数秒後にグチュグチュとした音と共に片腕は肩甲骨まで繋がった腕になった。
そう、どうやらそれは再生している様なのだ。
時間に比例するごとに、弾けるような音と共に上半身へと変わり、そして頭が生えてくる。
そうして、ようやくそれが何なのか俺達は気付いた。
「魔王様!?」
目の前で、魔王の上半身から腰と足が生えてくる。
最終的に、全裸で倒れた魔王が現れたのだ。
「ルゥ……った……」
「魔王様!」
上擦ったような掠れた声が微かに聞こえた。
慌ててルージュは魔王を抱き寄せる。
魔王は、何かを伝えようとしていたからだ。
「速く……持ってきてくれ」
「魔王様、一体何をお持ちすればいいんですか!」
力なく伸ばされた手をルージュはガシッと握って問うた。
それに対して、死に掛けているように見える魔王は必死に言う。
「飯を……くれ……」
「ご飯を持ってくればいいんですか!ちょっと今す……あれちょっと待て?」
「頼んだぞ……」
ガクッと、力尽きる魔王を抱えたルージュが俺の方を見た。
その顔は複雑そうな顔である。それは困惑と言った方がいいかもしれない。
「今、ご飯持ってくるように言って無かった?」
「言ってたな」
「ハァ……どういうことなのよ」
呆れながらも食事を用意して魔王を起こした。
起きた魔王は開口一番に飯と大声を出して、用意した食事を片っ端から食べていく。
どうやら相当お腹が空いていたようだった。
食べ終わった所でルージュは魔王に話し掛けた。
今まで何をしていたのかと。
「決まっているだろう、奴と戦っていたのだ」
「もう一月は経ちますよ……」
「時空間を歪めていたから、その影響だろう。実際の戦闘は一週間ほどだ。奴も最後には人間をやめていたので中々大変じゃった」
どうやら魔王はあの後、ペトロを連れて魔法で作った空間に移動したらしい。
その作られた空間で一進一退の攻防を繰り広げていた。
そして、体感にして一週間程したある日の事だ。
ペトロは急に戦意を喪失して自爆したそうだ。
作られた空間ごと消滅する前に、間一髪で魔王は手首だけを転移させた。
結果、あのような状態で現れたらしい。
「長く苦しい戦いだった。もしかしたら、使い魔が死んだことでも感じたのかもしれんな。もう一度やり直すと言っておったしな」
「先輩を倒したんですね」
「あぁ、何とかな。結界が壊れ、世界が繋がった。あそこだ、あの常に太陽に照らされているあの場所こそ天界である!」
魔王は海の向こうへと指差してそう言った。
奇しくも、仮説が正しいと言う事が判明した瞬間だった。
テストが近付いてまいりました。
しばらく更新できないかもです、すみません。




