勘違いの先に
部屋の中が微妙な雰囲気になった。
重い沈黙である。
何で水晶に全裸のオッサンが写っているのか、困惑でしかない。
そんな沈黙を破ったのは魔王だ。
水晶とルージュの顔を交互に見て、肩にポンと手を置いた。
そして一言。
「……フッ」
「何で笑ったぁー!?笑うなぁー!」
「人間のオッサンを使い魔にするとは……プッ」
肩を震わせながら、魔王は顔を背ける。
魔王の中で可哀想な認識になっている事に気付き、ルージュは慌てて否定する。
「違いますからね!ドラゴンだからね!ねっ!」
「いや、ねって言われても……」
「お前も言えよ!このままじゃ私の使い魔がオッサンってことになるんだぞ!」
両腕を振りながら否定し続けるルージュ、魔王の分かってる分かってると言った誤解した態度が腹立たしいのだ。
「ドラゴンというなら、このオッサンは憑依しているのかもしれんな」
「そんなヤンヤンがオッサンに憑依されるなんて……」
「エルジア付近で消息不明と言うのなら、もしやコイツが諸悪の根源かもしれん。使い魔は生きている様なので、あの黒いスライムに生きたまま消化されてるかスライムその物が使い魔かもしれん」
真剣な顔でルージュと魔王が話し合う間、ソレイユは気まずそうにその様を見守っていた。
ソレイユは諸悪の根源扱いされてるオッサンが、実はヤンヤンだろうなと思っていたからである。
……元凶扱いされてるけど、多分本体何だよなオッサン。アイツ、転生者だし……
そんなソレイユの考えを置いてけぼりに、魔王達の推測は進んでいく。
「アレはアンデッド系の暴走に近い。アンデッド系の再生する者は魂の形を基準に再生する。しかし、魂の形が安定しないと元の状態に戻れず、不定形の姿になる事が多い」
「ヤンヤンは、一応アンデッドでもあったので可能性が高いです」
「成程な、ではこのオッサンがヤンヤンとやらの魂を攻撃した結果により肉体が暴走したのだろう。あの様子だと吸収するごとに質量を増やしておる。しかも、魔法を吸収するようなので外側から干渉は出来んな。まさか、これが貴様らの戦っている奴らの策か……」
「そんな、オッサンはテラ大王国の刺客なんですか!?」
いや、たぶんそのオッサンはヤンヤンだよ、とシリアスな場面で言い出せず部屋の中をソレイユは歩き回る。
言った場合、皇帝の尊厳が色々とヤバい方向になってしまう。
それに、お風呂に入ったり添い寝したりモフモフに抱きついていたルージュの事だ。
真実を知った瞬間、恥ずかしさで悶えて死ぬかもしれない。
具体的に、ベッドにダイブして喚く事間違い無しだろう。
ソレイユは意を決して告げる決意をした。
「ルージュ、アレは……」
「……ソレイユ?」
「いや、何でもない」
言えなかった。
涙を堪えながら、何かを決心した姿のルージュにお前はオッサンと二十年くらい一緒に生活してたんだぞなんて言えなかった。
「ソレイユ、私が絶対助けるから!だから、この国をお願いね」
「ちょっと待て、何の話だ!?」
「だから、使い魔のパスを辿って精神世界に侵入してヤンヤンを助けるって話してたでしょ!」
「お、おう。そうだったな」
そんな話になっていた何て知らなかったが、ソレイユはすごい剣幕に思わず嘘を吐いてしまった。
今にも死地に向かうかの如く、覚悟を決めているルージュに流されてしまったのだ。
「では、余の力で貴様を魂に変換する。危険はあるぞ、本当に良いのか?」
「何だかんだ言って、アイツは大事な使い魔ですから。お願いします!」
「あぁ、承知した」
ソレイユの目の前で紡がれる魔法陣。
空中に投影されるそれは一目で大規模な物だと分かる。
ソレイユは、そっと目を伏せてからルージュに言った。
「ルージュ、無事を祈ってるぞ」
「大丈夫、例え死んでもアイツは助けるから……」
「多分、死なな……まぁ頑張れ」
ソレイユは成り行きに任せることにした。
そこは黒い世界だった。
精神世界への侵入の為、魂となって川に身を任せるがごとくルージュは移動する。
その姿は、ソレイユや魔王に水晶を通してから見られているが本人は知らない。
例え、ソレイユがロボットアニメのワンシーンで見たなと思っていようと。
魔王が自分の胸と全裸のルージュを見比べて溜息を吐いても、それは本人が知る事のない事実だった。
まぁ、暫くしたら本人も気付くはずだが真剣な表情で前を向いている今のルージュは当分気付く事は無いだろう。
水の中に入る様な感触に包まれた瞬間、ルージュは景色が一変したことを認識した。
そこは暗闇だった。全ての周囲が星空のようなその場所、そこにルージュはやって来た。
自分が精神世界に無事来れたことに安堵するルージュ、そっと胸に手を置いて……
「んっ?」
自分の手をマジマジと見て、目を見開いた。
「な、なななんで私全裸なの!?っていうか、もしかして見えてるの!?なにこれ、公開処刑!」
自分の身体が全裸と言う事に気付き、両手で必死に抱きしめて隠す。
頭の中では、水晶を通して見られていると察してしまったのだ。
無論、魂のみなので生まれたまんまの全裸になることを魔王は知っていたが伝え忘れていたのだ。
「聞いてないよー!なんで、服が消えてんの!?」
羞恥心で身動きが取れず、オロオロと空間を漂う。
すると、どこからか声が響いた。
『何故だ!?何故、貴様がここにいる!』
「だ、誰なの!?オバケ!?」
周囲を警戒して忙しなく頭を動かすルージュを水晶越しにソレイユは見て、いい歳してゴーストなんかにビビんなよと憐れんでいた。
因みに魔王によって口の動きからルージュの喋っている事は伝わっていた。
『邪魔をするのか!貴様は俺の邪魔をする気か!』
「良く分かんないけど、アンタの企みは阻止させて貰うわ!」
ルージュは謎の声に向かって宣言する。
とにかく今は、本体であるオッサンを見つけないといけない。
きっとこの声はヤンヤンを苦しめている敵の声だと判断したからだ。
「そこね!」
直感で向いた方向には確かにオッサンがいた。
何やら呪文を詠唱しているオッサンだ。
……くっ、魔法が使えないから殴り殺すしかない!
内心ではすごく嫌だが、早くこの空間から脱出してヤンヤンを助けるために恥を忍んでルージュは泳ぐように移動した。
結果、ルージュの身体はオッサンの方へと近づいて行く。
そして……
「ルージュ!ルージュ!ルージュ!」
「ヒィッ!?」
呪文ではなく自分の名前を連呼する、気持ち悪い所業に慄き急停止した。
何て恐ろしい敵なんだ。精神世界で精神攻撃を仕掛けて来るなんて!?
ルージュは混乱して、意味の分からない事を考えた。
敵は全裸であり、吸血鬼の肉体からしたら一捻りに出来る存在。
しかし、何と言うか近づきがたい存在だった。
精神世界では心が折れた瞬間負ける、そう魔王は言っていた。
奴は、心を折ろうとしている。負けた場合どうなるか見当もつかないが、迂闊な真似は出来ない。
その時、再び謎の声を聞く。
『やはり、ソイツを助けに来たのか!おのれ、直に殺してくれるわ!』
「えっ、何!?」
精神空間が揺れる、空間全体が震えていたのだ。
そして、暗闇の彼方から赤と黒のナニカが現れた。
それは人の姿をしたナニカだった。
人間が持っているであろう血管が浮かび上がった黒い影と言った容姿。
まさに化け物だった。化け物が、赤い瞳で此方を睨みつけて牙を向けていたのだ。
『俺の世界に来たことこそ貴様の失敗よ!肉体の主導権も、魂も奪った俺に貴様ごと――』
「うらぁぁぁぁぁ!」
敵意を持った相手、完全に化け物の姿をした相手。
それはルージュにとっては恐ろしくもなんともなかった。
まだ、囮に使った分身のオッサンの方が攻撃するのに躊躇する。
しかし、敵は人間の心理という物を理解していなかったのだ。
今向かってくる姿なら容易く葬れる。
そう確信して、何か叫ぶ敵の胸に両腕を突き刺し左右に引き裂く。
『ぐぁぁぁぁぁ!?馬鹿な、何だその意思の強さは!この状況で勝てると確信してるだと!?』
「うわ、なんか思った以上に弱い……」
『嫌だ、吸収されたくない!これは俺の物だ!俺が、消えたくな――』
敵はバラバラに引き裂かれて、光の粒子となって周囲に拡散した。
謎の発光現象に、ルージュは復活するかと身構えたが何も起きない。
そして、その瞬間ルージュの身体は何かに吸い込まれた。
それは、魔王が決着が尽いたと判断して魂を呼び戻した結果だった。
ルージュは渦に飲み込まれるかのごとく、使い魔のパスを逆流して自身の肉体へと戻って行った。
「ここは……」
目が覚めると天蓋が見えた、どうやらルージュはベッドに寝かされていたらしい。
身体を起き上がらせると、真剣な顔で水晶を見る魔王とソレイユがいた。
「あっ、ヤンヤンは!ヤンヤンはどうなったの!?」
「う、うむ。恐らく無事だ、しかし……」
ソレイユが魔王の方に手を置き、それ以上は言ってはいけないと首を振る。
真実を隠す決断をしたのだ。
魔王はその意を汲み取り、精神世界からエルジアの景色へと変えた。
エルジアへと変わる景色、そこには黒い球体は無い。
あるのは、キョロキョロと周囲を見渡す黒いドラゴンのみ。
太い四肢に力強い翼、強固な骨格に頑丈な鱗。
それは、どのドラゴンにも当てはまらない特徴を持ち、ブラックドラゴンと呼ぶには姿が違い過ぎた。
「まさか、キメラドラゴンだったのか!?」
その姿から看破した正体に魔王は人知れず驚愕した。
だが、喜ぶルージュとソレイユは気付くことなくヤンヤンの救出に安堵するのだった。
余談だが、裸を見られたことを思い出したルージュにソレイユは殴られるのだった。




