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災厄の招来

戦争が始まった。

両国共に動き出した全面戦争である。

前線、魔道兵器である戦車と言う巨大な筒を付けた箱。

その中央に位置する一際デカい戦車内部に、トランシーバーのような形状をした装置が取り付けられていた。


「首尾はどうだ?」


戦車内に響く声、それは総司令官である隊長の獣人による本部通信だ。

戦車内にいる兵士は敵から視線を外さずに答える。


「隊長、やはりあれは同じ兵器です」

「そうか……忌々しい内通者どもめ!」


ドン、と何かを叩く音と獣人の隊長が怒りに震える声が車内に響いた。

視線の先には、ズラリと並ぶ戦車の列。

川を境に両国が戦車の列を鏡合わせのように整列させていた。


隊長は攻撃するタイミングが掴めなかった。

将棋のようなもので、一マス開けてお互いに歩を置いているような状況か。

先に進んだ方が射程に入り襲われるのだ。

今はただ、本国の支援を待つしかない状況だった。




帝国軍部、そこでルージュは美しい髪を掻き毟り頭を悩ませる。

その悩みというのは、今の戦況である。

敵は人口で数倍、戦力として兵士の数が段違いであった。

ただ、スケルトンを用いれば人員は互角と言える。


しかし、内通者のせいか敵の技術力は同じぐらいで兵器の差はなく、聖職者のいるエルジアが来たら一気に拮抗した状態が崩れることが目に見えていた。


しかも、此方は内乱を鎮圧するような裏切った諸国と戦いに明け暮れて、物資も士気も減少している。

敵は作戦が成功したと、士気は高い。


同じ戦力でも、士気が低い帝国が不利な状況だった。


「何としても士気を高めないと、それどころかエルジアの方も調べないといけない。そろそろ連絡が来ても良い頃じゃない!」

「そう焦るな、策は講じている。今は国賓を迎える準備をしないとな」


鉄の仮面を被った骸がそう言った。

その骸であるソレイユは、しきりに手元の装置を見ながらルージュを諭す。

あれから何度も調査すべく斥候部隊を送っているが依然として状況に変化はなく、寧ろ行方不明者が出るなどという損害を受けていた。

結果、ソレイユは道中で何かがあったと想定してカメラのような物をリアルタイムで繋げ続けて斥候を放っていた。


「どうなっているの?」

「そろそろエルジアが見えてくるはずだ、おい何か見つかったか?」

『こちら斥候部隊、何も発見できません』

「引き続き調査を頼む」


音声と映像を精霊を媒体に繋げたそれは、遠距離での連絡を可能にしていた。

恐らくだが、このままならばエルジアに数日で到達するだろうと言うのがソレイユの予想だった。

数日後、謎の失踪事件の真相が分かるのだ。


「難しい問題ね、エルジアはもう少しだとして問題は士気の方よ」

「その問題も、彼らの魔法技術を使えば問題ないのではないか?」

「そもそも、元々凡人だった私が相対出来る相手じゃないと思うんだけど……」


ルージュは少し不安そうにソレイユに言った。

これから行おうとしている行動は危険が伴う方法だからだ。

しかし、それを愉快そうにソレイユは笑いながら答える。


「既に別室にて召喚魔法陣の準備は出来ている。アチラの部下が召喚されたら座標固定して転移してくるそうだが、正直難しすぎて分からない。まぁ、一度死んだ身だからな顔くらい拝めるなら命をやっても良いさ」

「アンタ狂ってるわね、まぁ自分の身体を改造する時点でそうか」


どことなく納得した感じでルージュは召喚用の別室へと向かった。




召喚の為に作られた別室は客室の家具を取り払い、魔法陣を刻んだ簡易な物だ。

部屋の全てに文字が魔物の血で描かれて、床の中央に円がある。

天井から側面、正面と背後にも円。サイコロの全面が一のような感じか。


「この独特な形状で、中心線がどうの円が重なる場所がどうので召喚できるらしい」

「アンタ、それなりの知識があるはずなのに理解してないの?」

「部下が持ってきた報告書が長くて流し読みした」


馬鹿一名に溜息を吐きながら、始めようと床に手を着く。

隣ではソレイユも床に手を着いた。

これから、魔法陣全体に魔力を流すのだ。


「真ん中にタライがあったら持ってかれたとか言えるんだけどな」

「何を言ってるんだお前は?」


まぁいいわ、と無視してルージュは魔力を流した。

そして数秒後、部屋に変化が起きる。

部屋の文字が輝き、円から光の柱が出て来たのだ。

まずは天井から床までを貫くように現れ、今度は左右からクロスするように光の円柱が出来る。

ルージュ達の背後と正面にも光の柱は現れ、立方体の部屋で中央に全ての光の柱が重なった場所が出来た。


そして、光が重なる部屋の中心は揺らめき人影を浮かび上がらせる。

それは、ゆっくりと色がハッキリとしていき黒い立体的な人影となった。


「成功……したのか?」

「お初にお目に掛かる、我は四天王が一人。空間のエトールと申す、召喚の手配感謝する」


ソレイユの疑問に答えるかのように、人影は会釈しながらそう言った。

それは魔族と呼ばれる存在であり、その中でも新たに生み出されたであろう四天王の者だった。

何を隠そう、ルージュは帝国と魔王の国で同盟を組もうと画策していたのだ。


「貴方が使者、ということかしら?」

「然り、今から空間を固定し転移を発動する。貴様達は下がるが良い」


尊大に、そう言った人影に少しムッとしたが転移と言う知らない事象に危険があるならと考えてルージュはドアを開けて廊下に移動した。

その間、ドアは開けっ放しである。


そして人影が転移を発動させた。

一言で現すならばブラックホールだろうか。

部屋の中央に黒い渦が現れたのである。

それは、転移を発動させて形が変わった人影だった物だ。


人類を長年苦しませてきた魔王、その姿は恐ろしいに違いない。

ルージュの額に汗が滲み出る。

緊張、或いは未だ出会った事のない未知への恐怖だろうか。

そして……


「む、むむむ!?」

「えっ?」


黒い渦からジタバタする何かが見えた。

何だアレは、まるで子供の足の用だぞ?


「何をしておる、速く出さぬか!」

「えっ?」


ルージュとソレイユの目の前でスポッと小さい何かが渦から抜ける。

そして、それは此方を下から見上げた。

ぷにぷにの手足、ぶかぶかでサイズの合わないローブ。

銀髪に金の瞳、ぷっくりしたピンクの唇。

胸を張ったそれは、高らかに宣言した。


「待たせたな、余が魔王である。因みに名前はないので魔王様と呼ぶが良い!」

「あ、はい」


部屋には、人類を苦しめてきた恐ろしい魔王が現れた瞬間だった。




ルージュは困惑していた、何故なら魔王が幼女だったからである。

いや、もっとこうドロドロでヌチャヌチャで見るだけで発狂するような得体の知れない魔王を想像していたのだ。

もしかしたら、変身しているのかもしれない。きっとそれだ!


「うーわ、幼女だ」

「ば、ソレイユお前!魔王様に何言ってんの!アレは仮の姿に決まってるでしょ!」

「うむ、その通りだ。今は幼女なのである!」

「ほら、幼女だって!アレ?えっと、アレ?」


何を言ってるのだろうか、ルージュは困惑した。

その姿に説明が必要だと気付いた魔王は丁寧に解説した。


「うむ、実は新しい四天王を作り出したせいで余はチンチクリンな幼女になってしまったのだ。誠に遺憾なのだが、省エネモードで魔力を回復しようとしているので幼女なのである。あぁ、省エネというのは省エネルギーのことだぞ」


むふー、と偉そうに説明する幼女に頭を抱えるルージュ。

イメージとのギャップがダメージを与えたのだ。

おい、どういうことだよ。その答えを誰も答えてくれない。


「今回の守護者は死滅寸前だったので油断したら四天王が全員死んでしまったのでな。隣界の奴等なんぞ早く死ねと言う。これは困ったと思ったら貴様らだ。渡りに船とはこの事を言うと知ったぞ、なので同盟を結んでやる」

「と、取り敢えず別室で話しましょう」

「うむ、行くぞエトール」




別室に移動したルージュは魔王と対面するように席に座った。

席に座るのはルージュと魔王、その横に四天王とソレイユが立っている構図だ。

魔王は嬉しそうにクッキーを齧っては紅茶を啜る。

イメージのギャップが再びルージュを苦しめた。


「さて、今回の同盟の事だったが目的を示しておこう」

「目的ですか?」

「うむ、余が勇者とやらを殺すのは決定事項。貴様らが頼まんでもやっていた事だ。しかし、同盟を組んだのは貴様らの協力を得たいと思ったからだ」


ハンカチにクッキーを包みながら魔王は言った。

その様子に、持って帰るんだとルージュは思う。

真面目な話が台無しだった。


「いかんな、精神が肉体に影響されるのは……食べ過ぎてしまう」


ダメだ、この魔王早くどうにかしなきゃ。


「まぁ、簡単に言うとだが貴様らも手伝えと言う事だ。つまり、四天王になれ」

「えっ、四天王ですか?」

「今の余は四天王レベル、つまり貴様ら程度の魔力で全盛期の四分の一だ。まぁ、守護者を殺して魔力を奪えば問題ないが死んだら奴が来るのが気に食わん。余はまだ死にたくないのだ」


何を言ってるのか、ルージュは分からず首を傾げる。

それを真似するように魔王も首をコテンと傾げた。


「何だ、分からぬのか?」

「はぁ、まったく分かりませんね」

「ふむ、忘却の彼方へと誘われたか。なるほど、だから人間同士で争っていたのか」


自分一人で納得したようにブツブツ言いだす魔王。

魔王は暫くして、説明してやると言った。


「何を説明するんですか?いまいち、状況が……」

「まぁ、この世の真実と言うか人類の忘れてしまった事だな」

「私達が忘れてしまった事……」


そして、魔王の話が始まった。

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