犯人はナオキ
数時間後、眷族達によって屋敷は完全に掌握された。
領主が座るべき椅子は見事に奪われて、今では俺の主人が座っている。
クソ生意気なメタボな領主は土下座である。
領主の部下達も等しく、跪かされていた。
「ねぇ、小娘に足で踏まれてどんな気持ち?ねぇ、ねぇ!」
「今すぐ解放しろ、自分が何をしているのか分からないのか!」
「あのさぁ……何で何人か残してるか知ってる?」
見渡す視線の先には、グルグルとロープで巻かれたハムみたいな脂ぎった領主。
教室の片隅で昼休みを寝て過ごす様な奴みたいな、魔法使いたち。
そして、メンチを切ってる眷族の皆さんが包囲している。
「何でだっけ?」
「はい、この者達がグールではなく吸血鬼になり得る可能性があり我々では荷が重かったからです」
「それだけなのよ、アンタ達が童貞だから生かしてんのよ」
眷族の補足情報を聞いて、蔑むルージュ。
どうして自分がやらないといけないのか、でも戦力アップだからなと葛藤している。
そのせいか少し不機嫌であるのだ。
「どどっ童貞ちゃうわ!本当は国が怖いのだろう!」
「余裕だし、呼べるもんなら呼んでみなさいよ」
「ふん、ならば呼んでやるぞ!この魔道――」
「確保ー!口の中から、何か取り出して!」
わらわらと、領主のデブに眷族達が飛び掛かって口の中にある魔道具を取り出す。
その際、何本か歯が抜けて口から出血しているので痛そうである。
なんていうか、自殺用の毒みたいだな。
「焦らせやがって、他にないんでしょうね!嘘ついたら、犬に噛ませるわよ!」
「そうだそうだ、って俺かよ!俺が噛むのかよ!」
お前やれよ、と視線で訴えるルージュ。
しかし、言わないで使えば良かったのにな。
その際、降格処分かも知れないけど言っちゃう辺り小物だよな。
「おい、俺を仲間にしてくれ!俺は死にたくないんだ!」
「貴様、誇りはないのか!裏切者が!」
コポコポ言って苦しんでる領主の横で、魔法使い達が裏切りを始めた。
どうやら肺に血が入って苦しそうな姿を見て、次は自分かもと思ったらしい。
掌返しが早すぎる。
「俺は正規の魔法使いだ。特別待遇のコイツらと違う!」
「お前達なんて、国を傾かせた無能ではないか!」
「アレは国が悪いのだ!貴様らのような輩が内乱を起こすんだ!」
目の前で呆れる俺達が見えてないのか、取っ組み合いの殴り合いを始める魔法使い達。
しかし、なんだかひょろひょろしている。運動苦手そうだもんなお前ら。
仕方なさそうにルージュが片手を上げた。
すると、眷族達が取り押さえる。
何だろう、スゴイ威厳を感じさせるぞ。
「さっきから煩いわよ、アンタ達の国の事なんか興味ないから分かんないでしょ?命乞いするならちゃんと説明しなさい。そうね、アンタから……」
「お、俺以外の奴らは最近宮廷魔法使いの資格を持った奴らなんだ!他国が火の魔法使いを募集したせいで首が回らなくなった国が、日雇いの貴族崩れを特別待遇で雇ってるんだ!アンタに襲いかかった奴もそういう成り上がりどもだ!」
「ふーん、じゃあ次」
今度はもう一人の方が口を開く。取っ組み合いの相手の方だ。
「確かに俺は成り上がりだが、でも国を傾けたのは今までの魔法使い達だ!武器の輸出が減ったとか、不景気にしたんだ。きっと逃がしたら碌な事しないぞ!」
「不景気……開拓地を作っているのに?」
「アンタは騙されたんだ!ここは拠点にするために作られた場所だ!最初から開拓地なんて作る気なんかないんだよ!他国の軍事介入に恐れて国に生贄にされたんだ、そこの役人が悪いんだ!なぁ、だから助けてくれよ!なぁ、おいアン――」
「うるさい、誰かコイツを黙らせろ」
嫌だ、俺は死にたくなーい!そう言って別室へと連行される魔法使いの一人。
可愛そうに、きっと戻っては来ないだろう。
さて話をまとめるとこういう事だ。
ナオキが教えた技術によって貿易していた国から武器の輸出などが減った。
仲は悪くても輸入に頼らないと行けなかった隣国が自立してしまい、イグニス経済は混乱の最中で不景気とか。
そして、資金の余剰分を軍事力に注がれてしまったので戦力が拮抗。
次に、貴族の三男とか派遣社員のような立ち位置の魔法を使える冒険者達が、ナオキの言葉に釣られて国から出て行ってしまい、正社員というような魔法使いしかいなくなってしまった事。
これは火属性の魔法使い募集が原因であり、火に関する仕事の効率が悪くなったとか。
結果、メアリことルージュに絡んだチンピラみたいな即席魔法使いの出来上がりである。
正社員を雇うために入社試験を簡単にしたと言った感じか。
国の方も馬鹿が騒いでる程度の認識で対策しなかったのがいけなかった。
意外と信奉者が多かったらしい。
最後に、ナオキがイグニス王国で内戦が起こるからと軍事介入しようとしているらしく開拓地を作る必要があったそうだ。
拮抗していた戦力は、既にウェントスとテラが上になり強硬的な姿勢で外交してくるようになったとか。
イグニスでは納税の最中に勇者を名乗る者に貴族が殺される事件が発生しており、食糧不足にもなっている。だから食料の配給などが無かったらしい。
強硬外交に内政干渉、国内の貴族の暗殺に納税の阻止、間違いなく侵略行為であると判断した国は不景気の中で拠点を作るハメになった。
「またか、またなのか!」
「絶対アイツ利用されてるな、道理で横暴とか国が許していた訳だ」
「大方世直しとか言って、他国の事情に首突っ込んだのよ!馬鹿だから!」
何だろう、内政とか技術チートの裏側で世界経済が混乱している事実を知って複雑な心境だ。
舞台裏なんて知りたくなかった、みたいな心境か。
それはまぁ、いきなり自分達より戦力のある国が出来たら焦るわな。
ゆっくりとした変化でも、やはり未来の技術は影響を与えるものだ。
「畜生、アクア王国に逃げるか」
「そこは四天王が攻めてくるらしいぞ」
「アイツの予想って結構あたるからダメだわ、それに鉢合わせる」
ぐぬぬ、と頭を抱える俺達だった。
その後、領主はルージュの処刑を辞めた。まぁ、裏で操られてるんだから当たり前だ。
国の方にも誤魔化して報告して、無事平穏を手に入れた。
因みに、グールではなく吸血鬼となった魔法使い達と領主はイケメンになってルージュに泣きながら感謝した、モテ期が来たらしい。
結果、冒険者や娼婦などの女達が吸血鬼やグールとなっていた。
決闘騒ぎから数か月、ルンルン気分でルージュは店主をしていた。
黙っていれば本屋の美人店員だ、男の客もたくさん増えた。
手紙の代筆、薬品の調合、融通させた紙で書いた魔法関連の本、子供の預かり。
異国の死霊術に必要な道具一式と説明書、またまた異国の憑依術に必要な人形など。
とにかく、何かゴチャゴチャした不思議な店になっていた。
「あー、ちょっと材料足りなくなって来たわ」
ある日のことだ。ルージュがそう言って、最近近所に生まれた赤ちゃんと遊んでいる俺を呼び出した。
理由は使い魔の仕事である。薬品の材料を集めに森まで行って来いという雑用だ。
買い取りだとお金が掛かるからである、守銭奴だ。うわ、痛って!?
「今、文句言ってたでしょ」
どうやら顔に出ていたらしい、DV反対!もう、おじさん動物愛護団体に逃げちゃうぞ!
なんか複雑な心境になった。
「薬草関連と出来れば魔物ね、お金になる」
「町ぐるみでお金稼いで、何する気だよ」
「要塞を作るわ、憎ッき太陽を遮るドーム状の要塞都市よ!」
そう言って、出来そうもない夢を語るルージュ。店の拡大ではなく町を作ると言っちゃう辺り、夢見がちでどっかズレてる気がする。
「アンタが言ってた、将棋とか麻雀とか色々な遊具がスゴイ売れ行きが良いわ」
「こっちは娯楽が無いからな、領主が特許取得して特産品になったな」
「あと、娼館の売り上げがヤバい。グールもグーラーも美形だから遠くから上客が来て最高よ」
「最初は反対してたのにな、病気になったら薬品が売れるし一石二鳥だな」
「夜になったら部下達が治安向上手伝ってくれるし問題ないわ!」
「うん、どう見ても暴力団みたいな人達が夜になったら町を牛耳ってるよね。酒場の奥でポーカーしてる奴らとかスゴイ怖いよね」
目的の為に手段を選ばないのは分かるが、合理的だからって自分の意見変え過ぎじゃないか?
村の男達は喜んでるし、金も人も外から入って来るけどさ。
「大丈夫、領主がやったことだから!」
「秘書がやった、みたいに言っても黒幕お前だからな!」
「何の事かしら、証拠はあるのかしら」
「ぐぬぬ……」
仕方ないので森に行く事にした。
ごめんな、わんわんは仕事なんだ。このお姉ちゃんのせいで遊んであげられないんだ、あ痛ッ!?
「さっさと行く!」
「…………」
「何よ、速く行きなさいよ」
少し先の曲がり角まで進んで、チラッと店先を見る。
「ルージュお姉ちゃんですよ~」
「何してるんだ」
「……ハッ!?べ、別に何もしてないし!それより、速く行きなさいよ!」
意外と子供好きだから、今度は託児所とか作りそうだな。
赤面する主人を呆れながら、俺は森へと今度こそ行く……フリをする。
「いない?いないよね?わー、お姉ちゃんだぞ~」
「…………フッ」
後ろで何か聞こえたが、そっとしておいてやろう。
「あっ、どうもっす」
「…………」
「いや、これは身辺警護っすよ。何すか、うわっ!汚ッ!?」
隣家の影からルージュを見ている、どっかの三男坊にションベンを掛けてから今度こそ森に行くのだった。
おい同志よ、ソイツは犯罪だぞ。
余談だが、次からは通り過ぎる時にジャーキーをくれるので見逃す事にした。
身辺警護、ご苦労なんだぜ。あー、ビール飲みたい。




