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ツンデレ脱出大作戦

暗く冷たい地下牢の中、俺は無言で叩かれていた。

そこは領主の館に作られている牢屋の中、犯罪者が出た場合に捕まえようと一番早く作成された部屋。

周囲は不思議な記号に刻まれて、魔法の発動を困難にしておりどんな奴も逃がさない。

そう意気込んで作った製作者であるメアリことルージュが使い魔の俺を無言で殴っていた。

うん、製作者が最初に入れられたんだぜ。笑えないジョークだ……


「平穏が、私の平穏が、一年ちょっとで平穏が」

「やめて!連呼しながら叩かないで、ヤンヤンのライフはもうゼロよ!ちょ、本当にやめろ!やめ、やめろよ!」

「畜生、何もかも政治が悪いんだ。私が何した、一人殺しただけじゃないか!」

「うん、その発言は結構問題だと思うの」


自分でも何言ってるのか分からないのか半狂乱で俺を恨みがましく睨むルージュ。

それは仕方ない事だった。決闘で死傷者が出ても問題が無いはずなのに逮捕されてしまったのだから。

貴族同士ではないからという理由である。

領主のオッサン曰く、貴族に喧嘩売るなんて馬鹿な平民だ貴族に手を出したら捕まるに決まってるだろう。と言う事らしい。


つまり、決闘を挑まれたら勝っても負けても死ぬか死罪と言う事だ。

何て理不尽だ、奴隷オークションで殴られた奴ぐらい偉いのか貴族って。

そんな貴族に喧嘩を売った俺、言い訳をするなら主人の為だ。友達の為に殴った海賊と一緒である。

いや、流石に海賊王を目指してる奴ほどではないが義憤って奴だ。そう、正当な理由があるんです。


「だから、俺は悪くない」

「悪いから捕まってるのよ……」

「この野郎、ぐう正論いいやがって!」


どっちが始めたか分からないが、売り言葉に買い言葉で言い争う俺達。

静まりきった地下牢で、不毛な争いが続く。やめよう、仲間割れは良くない。


「あのままいけば、数十年は寂れた店の店主として生活できたのに……」

「それを幸せと思っちゃう感じ、結構ハードな人生だよな」

「一番ヤバいのは私の素性が調べられてる所よ。アイツ出来る、みたいな感じで人から評価されてるの嬉しいけどスパイ疑惑掛けられるなんて……」

「魔法が使えないから、鍵も開けられないしな……」


そうなのよ、と言った状態で固まるルージュ。

そして、目と口をクワッと開いて俺を見る。何その顔こわい。


「アンタ、吸血鬼なんだから変身できるんじゃない?」

「おいおい、そういうお前だって出来るだろ」

「いや、それは何か無理」


自分がされて嫌な事を人にさせようとするなよ、と呆れる俺だった。


地下牢ということで、フードを取り外したルージュはお姫様のようだった。

囚われの姫君、籠の鳥のような環境にいる魅惑の女。

牢屋越しに見える白磁の様な太ももは艶やかで、スカートを捲りたくなる。

壁に押し付けられた二つの山は、見てるだけで柔らかさを訴える。

透き通った顔は憂いを帯びて、甘い吐息が零れていた。


「角度はどう?」

「もうチョイ上、髪は耳に掛けるんだ」

「行ける?どう?」

「視線をもっと、こう流し目で私可哀想でしょって感じで」


そして溢れ出る、美人による誘惑のオーラ。

そう、俺達は色気を使って牢屋を出る事にしたのだ。

そろそろやってくる食事係を籠絡する、吸血鬼なんだから出来るはず。


「こんなんで行けるの?」

「代案として、牢屋内で嘔吐して開けて貰うというのもある」

「誰がするのよ、バカらしい」

「馬鹿野郎、伝説の傭兵だってやってるんだぞ」


映画やゲームではこういう展開は、大体切り抜けられる。

吸血鬼だからな、血を吸うために怖いくらい美形だ。

利用しない手はない、こんだけエロければ悩殺されるに違いない。


コツコツと、階段を下りてくる音が聞こえた。

俺は逃げたことになっているので影の中に沈んで隠れる。

影の中が少しだけ汗臭いけど、我慢しよう。

緊張の一瞬、地下牢に続くドアが開くと同時にゴクリと誰かが唾を飲み込んだ。

失敗は許されない、眷族達も血走った目で見守っている。

……見守っているんだよな、お前ら?


「ったく、なんで俺が当番にな……ちまっ……たんだ」


食事の入った木製の容器を両手に、背中でドアを開けた男。

食事係の当番になったらしく愚痴りながら振り向き、呆然とする。

えっ、誰?と言った困惑の表情だ。


「お、お前……あの根暗だよな?」

「……何?」


ちょっとイラッと来たのか、声に怒気が含まれる。

おい、路線が女王様系になってるんだけど!


「いや、食事だぞ」

「……そう」


軽く一瞥しただけですぐに視線を逸らすルージュ、きっと内心この後の展開をどうするか考えているのだ。

食事係の方は、ぶっきらぼうに食事を置いた。なんだろう、お前ラブレター貰った中学生かよ。

因みに、影の中では根暗発言に殺気が立ち込めていた。もう、コイツら忠誠が崇拝レベルなんですけど。


「さっきから、何か用?」

「い、いや……」

「ねぇ……暇なら傍に来て。私、暗い所がダメなの」


上目使いで、チラチラ見ながらお願いするルージュ。

恥かしいのか、それとも自分のキャラじゃないのか少しだけ赤面している。

いいぞ、そういうのグッとくる。影の中では歓声が上がってるぞ!

しかし、食事係の方は一歩進んで踏み止まる。馬鹿な、行ける感じだったのに……


「だ、ダメだ!逃げる可能性がある以上、不用意な接触は仕事で禁止されてる」

「そう……そうよね、ごめんなさい」

「いや、別に……逆にすまない」


コイツ、仕事人間か!何て真面目な奴なんだ。

しかし、女性耐性がないのか視線が泳いでいるぞ。

だが、そこからは会話が無くなり無言の時間がやってくる。

片方はどうやって籠絡するか思考し、片方は自分の処分について考えている女を凝視している。

拮抗した状況だ、これを破るのは難しいぞ。

手に汗握る展開に俺達の思いが一つになる。今こそ得意技の時だ。

今です!


「……早く出て行きなさいよ」

「あ、あぁそうさせて貰おう」

「あっ……」

「何だ、まだ用でもあるのか?」

「いや、その……」


引き止めるように伸ばされた手を、食事係は鬱陶しそうに見る。

その姿は何かを言おうとしているのだが、先ほどから躊躇されており気になって仕方がない。

罪人に同情する前に、仕事に私情を混ぜる前に、その場から立ち去りたかった男の耳に声が聞こえた。


「……あ、ありがとう」

「くっ!」

「うぅ……早く行きなさいよ」


プルプル震える食事係。勝った、俺達の勝利だ。

その手は牢屋の鍵へと伸びる。視線の先には耳まで真っ赤にして俯く女のいる地下牢があった。


「はぁ……食事の間だけ、隣にいてやる。何も問題を起こすなよ」

「べ、別に望んでないし!」

「分かった分かった……仕方ない奴め」


カチリ、と錠前の外れる音がした。

自己弁護しながら食事を持って中に入る食事係。

きっと病弱な評判を信じているのだろう。素手で果物を潰せる握力など、細い手からは想像できていないのだろう。

だから、猛獣のような女の檻の中に入ってしまった。


「な、何だよジッと見て!おい、何する気だ!ち、近いぞ!」


スルリと獲物を絡め捕る手足、白い腕が男の首に掛けられる。

柔らかい太ももは男の下半身を拘束し、胸板に柔らかい何かを押し付ける。

耳元で囁くような吐息と甘い匂いに、男はゴクリと唾を飲んだ。

何が始まるんでしょうか、期待せずにはいられなかった。


「本当、男って馬鹿よね」

「う、うわぁ!?舌が、あっ、やめ……ッ!?」


温かい舌が、首筋の上を優しく這う。

その感触に、思わず身体を震わせてしまう。

男は思わず、多い被さる女の背中に手を回していた。

数秒後、チクリとした刺激を首で感じた。


「あっ、あぁぁぁ……」


何かが抜けて行く、同時にゾクゾクと身体が反応し訴えかける。

何か危険だ、速く引き剥がせと。

反面、心臓が高鳴り期待してしまう。これから何が起きるのか。

振り解かないといけない、このままではダメだ。でも、少しだけなら。

分かっているのに身体は拒絶ではなく求めて行く。

男の抵抗を微睡の様な誘惑が後少しと引き止める。

後少ししたら振り解こう。だから、もうちょっとだけ。

じわり、と身体が熱を孕んでいく。

いよいよ意識が朦朧として、蕩けて、揺蕩う。

懐かしい感覚だ、酷く哀愁の念を抱かせる温もり。

何だろうか、あぁそうだ。母さんの温もりだ。

自分は何をしていたのだろう、何故抵抗していたんだ。

疑うことなく、快感に身を委ねる。

そして気付く、自分の中にいるもう一人の存在。

それは、目の前の女性。守るべき、従うべき主人。

あぁ、そうか俺はこの人の為に生まれたんだ。


「あぁ、我が主……」

「おはよう、そして逃げるわよ」


ご主人様が見ている、ご主人様が話し掛けている、ご主人様が触れて下さっている。

大丈夫かと気遣っている、私をご主人様が呼んでいる、ご主人様がご主人様が……


「おーい、大丈夫?聞こえる?」

「ご主人様ご主人様ご主人様……」

「なにこれ怖い」


軽く引きながら、ルージュはトリップした食事係を影に収納して地下牢を出る。

階段を昇りながらこれからの事を考える。

もし国に報告されれば、役人が来て自分を処刑するだろう。

それまでにどこに逃げるか。

考えて、考えて、そして気付く。

まだ、今の段階では報告されていないことに。


「逃げる、そうよ。逃げる必要なんてないのよ」


自分は無実だ、悪いのは国だ。政治が悪いのだ。

なぜ降りかかった火の粉を払って罰されなくてはならない。

私が悪いと言うのなら、悪くないと言わせよう。

自分たちが間違っていないと言うなら、自覚させてやろう。

従うべきは国ではなく、私であると教えてやろう。


「お前達、忠実な部下達よ」


影が揺らぐ、その中には赤い瞳が輝きながら浮かび上がる。


「命令よ、この屋敷にいる人間達を――」


告げる、そのシンプルで唯一の方法を眷族達に告げる。


「――下僕にして、私の前に跪かせろ!」


雄叫びと歓喜の声が、地下牢から響き上がった。

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