逃げ出したら追いかけられました
学園の周囲にある安宿の一室、ベッドに俯せになった少女がいた。属性を調べ終えたメアリだ。
時折バタバタ暴れ出しては獣のように唸りだしたり、ゴロゴロと転がりだしたりしていた。
とても、不機嫌そうである。実に子供っぽい不満の態度をしめしていた。
「なぁ、元気出せよ。やったじゃん、属性全部持ってるんだぜ。係りの人も一万人に一人って言ってたしレアじゃん。魔法全部使えるんだろ」
「そうね、もし同情しながら言われてなかったら惨めにはならなかったかもしれない」
「お、おう……」
「それに、下位魔法しか使えない体質じゃなければ属性が多くて喜んでたわ」
「あ、うん……」
「因みに、社会じゃ平民と同じ職業くらいしか就けないし、全知無能って蔑称もあるのよ……死にたい」
重傷である。心に重い傷を負っている。ただでさえ辛気臭い奴がジメジメした感じで、まだ泣き喚いて暴れてた方がマシなレベルだ。
この、もう無駄だと諦めた感じは例えるならゲームのデータが消えてしまった時のようだ。
うわ、それはかなり凹むな。あと、好きな漫画が打ち切りになった時の行動に似てる。うわ、これは相当切ないわ。つまり、そんな感じということは……
「死にたいわな、いやマジで」
「欝ってこういう感じなのかしら……」
「まぁ、死にたくなっても実際寝れば忘れるぞ」
「……お前は単純で良いね」
「いや、まぁな」
「褒めてねぇよ、死ねよ」
うっわー、口悪いよこの女。もう中学生だろ、思いやりを持ってよ。俺、傷付いたよ。何でこんな機嫌悪いんだよ。あ、分かった。
「お前、生理で――」
「ああああ、もう死ね!黙れよ!畜生は黙ってろよ!」
俺の顔面に足が近づいてきた所で俺の記憶は途切れた。
そして、翌日。どうやら蹴られて意識を失っていた事に気付いた。あの野郎、意識失うって相当ヤバいぞ。軽い脳震盪だ、とか漫画であるが脳震盪自体死ぬ可能性があるくらいヤバいからな。人間より脆弱な俺は死ぬかもしれんのに、まったく反抗期かよ。
「っていうか、いねぇ……」
安宿には荷物が置かれただけであり、メアリの影も形もなかった。
いったいどこに行ったのか、と考えたところで思い出した。今日から授業が始まるのだ。
つまり、
「なるほど、学園に行ったのか」
そして寝ていた俺は放置。メアリ曰く使い魔に関しては二年から授業で習うので連れてく必要は無かったのだろう。
「さてどうするか」
見渡せばベットに机と簡素な部屋。唯一の出入り口であるドアは外側から施錠されている。自転車に使う錠前のような単純な作りなために外からしか掛けれないのだ。つまり、密室なのである。
「奴は俺を舐めているな、畜生ならいざ知らず俺はチンパンジー以上の知能を持つドラゴンだ。しかも前世では脱出ゲームをやっていた」
俺は嘯きながら、よいしょっと椅子をよじ登り更に机の上にペタンと座る。
「フッ、中々の高さだが登れないほどではない。それに、窓は鍵なんか付いてないからな」
机と窓の距離は数センチ、押せば簡単に開く作りだ。上部分が接地面でつっかえ棒をするタイプなので捲るように開ける事が出来る。複雑な作りでは押すだけでは無理だが安宿にそんな質の高い窓を求めてはいけない。
「俺に掛かれば容易いこ――」
急に訪れる脱力感、足場のないような悪寒。否、ようなではない。足場は事実なかった。
「ぬわぁぁぁぁぁぁ!?」
迫りくる地面、そして激突することで俺の身体は制止する。次にやってくる激痛。考えても欲しい、人間のような平べったい顔ではなく、顎と鼻が発達したワニのような顔が地面にぶつかったのだ。どのような状態か。
まず、激痛が鼻と口元にやってくる。この時俺は垂直に突き刺さっていた。しかし、自重に耐えきれずゆっくりと尻尾や足が地面の方に向かった。結果、背中に走る痛み。
「いたたたたた!?」
もう地面で悶えるレベルだ。ブレイクダンスのように尻尾や手足を暴れさせてしまうほどに。実に不幸である。だが、不幸ってのは不幸を呼び寄せる物だ。
「アンタ店先でトカゲが!」
「おう、今いくぞ!」
ゴキブリの対応のように箒を持って店主が登場する。そう、追撃だ。二階から落ちた俺を野良犬かなんかと勘違いして箒で追い払いに来たのだ。俺もこれにはたまらず逃げる。
「覚えてろ!人権侵害だ!」
俺は叫びながら路地裏へと身を隠すように入っていくのだった。
「くさ、鼻がひん曲がりそうだ……」
思わず吐き気を催す悪臭がした。臭い、それが俺が路地裏で感じた初めての感想だ。
路地裏、小説ではスラムとしてよく出る犯罪スポットだ。事実この世界には探さなくてもたくさんある。
区画整理などなく、適当に建てられているので小道などが多く発生するのだ。
だからこの世界にはスラムがたくさんある。
見たところ表通りに近いところは汚物や死体ゴミなどが散らかっているが、前世のスラムとどう違うのかは分からない。
だが、一つ分かった事がある。表通りに近いこの辺は老人や子供が多い。すごい見られてる。視線を感じるくらい多い。もしかしたらある程度治安が良いのかもしれない。それにしても涎を垂らしてる人がいるが、腹が減っているのか薬で頭が飛んでるの分からん。やはり、どこかスラムらしさがある。だがスラムだからと馬鹿にすることなかれ、彼らは腐っても魔法が使えるのだ。
「く……く」
「ん?どうした爺さん、苦しいのか」
「食い物じゃぁぁぁぁぁ!」
「「「うおぉぉぉぉ!」」」
そう、舐めきっていた俺のように逃亡する破目に陥りたくなければな。
ゴミの中から人が飛び出し、ガチで追いかけてくる爺に追われたくなければ気を着けろ。
「爺、クソ早いなおい!ぎゃああああ、だれだ炎なんか飛ばしてんの!ケバブにする気か!」
壁の裏、頭上、はたまた地面の穴、あらゆる物陰から飛びだす人を時には跳ね、時には噛み、転がり走りやっとのことで俺は表通りへと来た道を引き返す。
こわ、スラムマジ怖いわ!野犬がいないと思ったら喰われてたのな!
「ハァハァ……死にゲーをやってた俺に騙し討ちとか笑止、甘い甘すぎるぜ……」
「アンタ、こんなところに野犬が!」
「まぁぁぁたぁぁかぁぁぁ!」
どうやら、俺の逃亡はまだまだ終わることは無いようだ。
畜生、恨むぞ神様!
「いたぞぉぉぉぉぉ!」
「やっぱ敬うから助けて!ぎやぁぁぁぁ、死にたくねぇぇぇぇ!」