アンデットパニック
盗賊団は突如現れた未曾有の災害によって地獄とかしていた。
それはウイルスのような物だ。最初は酒を飲み交わした友が、次期頭領に噛まれた事から始まった。
ソイツは急に笑い出して、隣にいた者を噛み付いた。噛まれた方も噛んだ方も恍惚とした表情を浮かべて次々と仲間たちを噛んでいく。
逃げろ、誰かが言った。何かが可笑しい、そう感じた瞬間俺は走った。
「うわぁぁぁぁぁ!?」
振り向けば、魚に群がる鳥たちのように仲間が笑っているアイツらに囲まれて噛まれていた。
何だアイツらは、何が起きている。流石に頭の悪い俺でも、その光景を見れば理解できた。
噛まれた仲間が立ち上がり、俺の方を見た。そして、囲んでいた奴らも一斉に俺を見る。
次はお前だと言わんばかりのその目は赤く爛々と輝いていた。
メアリは廃坑から出て、辺りを見回した。
辺りには逃げ惑い、抗戦する部下の姿がある。そして、仲間を増やそうと走り回るグールの姿があった。
「えー、何このグールの多さ」
グール、それは吸血鬼の失敗作。特徴として黒い肌と赤い目を持つ。彼らは人肉を喰らい同時に性的快感を得ると言う。
そういうアンデットモンスターだ。
「うわ、パニック映画みたい」
メアリの横に犬のように尻尾を振りながら使い魔のヤンヤンがやってくる。
思わずかわいいと思ってしまう、口を開けば憎たらしいが昔の不細工なトカゲと違って犬に近いのは高ポイントである。抱っこできるし、もふもふなのは気に入っている。
「何だ優しい目で見て?」
「なんか馬鹿っぽいアンタ見てると癒される」
「なんだと!馬鹿にしてんのか!」
いや、どう見ても舌をダランとさせながら首を傾げていたら馬鹿にしか見えない。
しかし、悲鳴と血の入り混じったこの空間では癒されるのは事実だ。
どうしてこうなった……
「知ってるか、吸血鬼って童貞とか処女じゃないとグールになるんだぜ」
「そうなんだ、あー私に隠れて女でも甚振ってたのかしら。にしても多すぎない?」
「貴族は貞操観念あるもんな。しかし、実にけしからん奴らだ」
俺の前世では三十まで守ったら、と何だかブツブツ言ってるが使い魔の奇行はいつもの事なので気にしない。
問題は後処理だ、このままだと逃げた奴から情報が漏洩する。
それはダメだ、私の平穏な生活の邪魔でしかない。植物のようにひっそりと私は暮らしたいのだ。
もう追われたり、借金したり、取り敢えず逃亡生活はしたくないんだから。
「彼等は逃げてどうすると思う?」
「街道に出たら、町まで行けるだろう。住む事は出来なくても中に入るくらいなら盗賊に身分を証明できる物を奪われたとでも言えば入れるし」
「街道の封鎖が急務ね」
急いで街道までを封鎖するべく、近くにいたグールを呼び止める。
しかし、一人呼んだ筈が近くに来るまでに数十名に増えていた。えっ、ちょっと怖い。
涎を垂らした男達に囲まれると、安全な筈なのに恐怖を隠しきれない。
「ハァハァ、主よ!お呼びでしょうか」
「あっ、うん。ちょっと、街道まで行って来て欲しくて……近いよ」
「なるほど、奴らを逃がさない為ですね」
「察しが良くて助かるわ、それと近いから」
「主よ、必ずや遂行してみせます!主よォォォ!」
「ちょ、グイグイ来るな!散れ、散れ!」
少し、しょぼくれながらグール達は街道の方へと走って行った。
その速さは、リミッターが常に外れているに等しくとても速い。
肉体が壊れる傍から超再生しており、最初にグールになった男など筋肉の塊になっている。
使い魔が、アレがBクラス妖怪かと慄いていたが正直モンスターと妖怪は別だと思う。
「タイムリミットは朝日が昇るまでね」
「何て言うか、コミケの会場みたいだ……」
「……こみけ?」
まぁ、何にせよ時間は有限だ。私も指示を出して部下を増やすとしよう。
全てが終わったのは空が赤くなってきた頃だった。
蠢くそれらはすべてがグール、その数は三千と数百。傘下の奴らというのは距離が離れているから含まれていないのだろう。
聞けば、逃がした者はなく逆に通行人までグールにしてきたらしい。
これはグールに噛まれたからグールになったのか、それとも全員が大人の経験があったのか。
後者だったら、頭が痛い問題だ。
そんな彼らだが、我先にとメアリの影へと入っていく。
ただ、叫び声を上げながら迫ってきて目の前で影に落ちて行く彼らは人間じゃなくなった自分でも怖い。
まだ人間としての感覚が残っているせいかもしれないが、正直使い魔をだっこしていないと耐えられないレベルだった。
「貴方が最後ね」
「はい、主様」
「女性なのね、すごく綺麗だわ」
女性のグールはグーラーと呼ばれており、その姿は例外なく美しいと言われている。
最後に残った彼女は冒険者で、運悪く街道で噛まれたらしい。男達が入るのを後ろで侮蔑の目で見ていたのが最後になった理由だろう。
しかし、冒険者。これはすごくうれしい偶然だった。
その数はたくさんおり、冒険者は商人の次に情報に詳しい。
いつか襲おうと思っていたが、偶然でも手に入って良かった。
メアリは、最後に残った彼女だけ影に入れずに廃坑に連れてった。それは情報を得るためだ。
俺の前でメアリとグーラーが会話していた。
彼女の名前はエリア、メアリでも知らない遠くの小国出身だった。
メアリは彼女から得られる地理と社会情勢、モンスターの情報を聞きだす。
まず地理だがメアリの知識では周辺国家の貿易をしている国しか知らなかった。
ウェントス王国とテラ王国、新しく知ったのはイグニス王国とアクア王国。
それぞれが四つ、属性を表しているらしい。俺でもアクアが水と言う事は知っていたのでピピッとそんな気はしていた、となるとウェントスが風でテラが土、イグニスが火ということか。
「最近の情勢を聞きたいんだけど」
「そうですね、物価の上昇がウェントスとテラで見られます。どうやら大規模な戦闘があるみたいです。噂では魔王軍が攻めて来るとか、そいつは巨大な体で地面に身を隠して分身体で戦う自称不死身の植物系モンスターらしいです。物理系は本体を攻撃しない限り効かないので魔法の、しかも弱点である火属性を使える者が募集されてますね。火属性の多いイグニスは好景気で開拓地を増やしまくってます。しかし、情報の信憑性はないとのギルドの判断でした」
「あー、魔王関係ってアイツかな?まさか開拓地がここに繋がるなんて」
「この近くでも開拓地の募集がありました」
きっとその募集はメアリが違法に紛れ込もうとしていた奴だろうと推測する。
しかし、関係ないようで俺達の生活にナオキが関わってくるとは思わなかった。
「モンスターの話ですが、此方は激減してます。これについては噂では魔王が集めたからとか」
「ヤンヤンの強化は期待できないか」
何残念そうに見てるの?俺知ってるんだからな、最近俺がコボルト食べて犬っぽくなったからデレデレしてるの。強化したら、可愛くなくなるって気付いてるのか?いや、まぁ強くカッコいいドラゴンになりたいけどさ、こう扱いの差的に複雑な心境だわ……
「他に私の知らなさそうなことはないかしら?」
「我が祖国の呪術などは知っておりますか?」
「知らないわ、此方の国と違う体系なのかしら」
「やはりそうでしたか。仲間内などでも珍しがられておりまして、簡単に言うと呪いです」
俺はそれを聞いて、藁人形を想像した。しかし、ここはファンタジーだ。きっと変な仮面にラテンの音楽で踊ってやる儀式か何かだろう。
「特定の記号と魔力によって様々な効果が出ます」
「そうなの、例えば何があるの?」
「私が覚えているのは下痢止めの呪術です。これにより死亡率が下がったと言う伝説があり、我が祖国では絶対に覚えさせます」
「すごい魔法ね、地味だけど」
「スゴイ国だな、地味だけど」
俺とメアリの感想が同じだった。なんか地味である。
しかし、その反応は余り嬉しくなかったらしい。
どうしよう、と何だか慣れない事で滑ってしまった感じをエリアは出し始めた。
分かるよ、コンパで俺も経験したことあるよ。
「えっと、呪術は素養に関係なく使えるんです。平民でも使えてました、すごいんです」
「そう聞くとすごいけど、効果がね」
「ほ、他にも生きたまま内臓を腐らせたり激痛を与え続けたり感覚を狂わせる物もあります」
「一気にエグくなったわね」
「書き込む性質ですので、直接的な物が多く。発展先も生活に即した保存や付与をする形が多いです。ただ、魔物の血液で複雑な模様を描かないと発動しないのが難点です」
俺は小国ながら、その技術に舌を巻く。
小さいけど技術があるのだ、道具に様々な付与をしたり食材を保存したり、薬に頼らず誰でも不調を直せる。
小さいけど技術があるのは日本を思い出す。何時か行ってみたいものである。
「随分と話し込んでいたわね、空が明るくなってきたわ」
「あの、何故主様は奥に行かずに入り口にいたのですか?」
「どのくらい変化したか見たくてね、吸血鬼は日光を浴びると灰になるらしいから」
だから試そうと思って、そうメアリは言って指先を日の光の中に入れる。
ゆっくりと、指先が影と光の境界線を越えようとする。そして……
「ッ!?痛ッたぁぁぁ!」
「あ、あ、主様!?」
メアリの指先が光に触れる傍から砂のように灰になる。
転げまわって、泣き喚くメアリ。想像以上に激痛だったようだ。
俺からしてみれば、指先が灰になるのだから火傷ってレベルじゃない痛みが走るとは思っていた。
もしかしたら、ちょっとピリピリするなと俺が感じる程度で日中を走り回っていたからかもしれない。
俺、ベースはドラゴンだから日光平気なんだ。勘違いしないでな。
「太陽は敵よ!今、すっごく自分がアンデットって自覚した!」
「主様!そうだ、私を吸収してください、そうすれば回復が早まります。私の知識では吸血鬼は眷族を吸収できるはずです!」
「気持ちが重いよ、大丈夫だから影に入ってなさい」
泣きながら、命令するメアリに渋々と言った感じでエリアは従った。
その後、俺達は廃坑の奥で再生していくメアリの指を興味深げに見るのだった。
「スゴイ、骨が出来てる」
「おぉ、血が肉に変わっていくぞ!」
「アンタも同じ再生方法だったわよ」
「マジで!?」
意外と面白かったのは、余談である。




