最高にハイって奴だ
メアリの差配の元、盗賊団は遊牧民族のように点々としていた。
合併の話を持ちこみ、騙し討ちで掌握し、そして強化していく。
ある程度装備が整って強くなり、領主に目を付けられると縄張りを変える。
絶妙なタイミングで移動するメアリの盗賊団はそれなりに名の知られる規模になっていた。
農民くずれの者達は経験を積み一端の盗賊となり、強奪していない場所は傭兵や騎士崩れの盗賊騎士の集団の縄張りだけとなった。
盗賊生活から数か月、メアリの体調に変化があった。
まず、魔法に関する事柄が上達していたのだ。魔法のコントロールから、使える魔法の強さまで一流とはいかないが二流と呼ばれる程度、見る人が見ればちょっとスゴイ程度になっていた。
また、体型が洗練されたように引き締まった肉体となり少しずつだが綺麗になっていた。
明らかに異常なのは、骨格そのものが整ってきたのかメアリの顔がそこら辺の村娘からそれなりに声を掛けられる美人さんになっていたことである。
しかし、同時に体調を崩す事が多くなっていた。
メアリはこの事態にある推測を立てた。それは自身の吸血鬼化である。
吸血鬼は魔法に長ける種族である。
これは魔法の扱いに適した肉体であり、それ一つが魔法の発動をサポートする杖の素材になる程だ。
また、再生能力と変身能力を持っていて肉体改造などお手の物である。
さらに、肉体は自身の能力を十全に発揮できる形になるのだ。
そのため、魔法に優れ、身体能力にも優れ、それなりの不死性を持つ故に病気にもならないのである。
だが、それはメリットだけを上げればだ。吸血鬼はその代りに日光や神聖な物に弱く、五感が鋭いために強い匂いや強い光に敏感だ。
メアリは自分の体調の変化は吸血鬼になりかけているからと推測した。
原因を考えれば、まぁ自分の使い魔の血である。度重なる騙し討ちの際に飲んでいたので、それが影響しているのだろう。
そして、確信付ける為に彼女は推測を立てた日から常習的に使い魔の血を飲むことにした。
「なぁ、メアリ最近俺の血ばっか飲んでるけど吸血鬼になるの?悪のカリスマ目指すの?究極生命体になるの?」
「そうよ、今の私じゃナイフ一つで死んじゃうじゃない」
ある日の深夜、メアリは最近始めた人体実験の為に盗賊団から離れて森の中にいた。
そこは湖の近くで、水源の確保と同時に最近拠点にした場所である。
湖の周りを守るように生える木々を切り開き人工的に作り出された広場。
メアリが利用するために作られた湖畔だった。
「人間やめるって、いよいよお前手段とか選ばなくなったよな」
「人間でいる事に堪えられないのよ、私は弱いから」
「自虐的だな、まぁリッチになる奴がいるんだからヴァンパイアくらい珍しくないか」
うんうん、そういうもんだよなファンタジーってと頷く狼のようなドラゴンを横目にメアリは手に持ったナイフを振り上げて前足を軽く傷つける。
黒く濁った鱗と鱗の間にナイフを突き刺し、垂れた血を掬い取るように舐め取る。
因みに味は、形容しがたい程に雑多な味で不味い。
「しかし、お前吸血鬼になってどうするんだよ」
それは、自身の腕とも言える前足を舐める少女に向けた言葉だった。
毒を含んだ黒にも紫にも見える血で顔を汚した彼女は、驚いたような呆れたような微妙な顔で口を開く。
「逃げるっていう漠然なことしか考えてなかった」
「目途はあるのかよ」
「あー隣国の隣国、つまり敵対してる国で開拓民に紛れ込む。金さえ積めば出来そう」
「それだと、あいつらは……あぁそういうことか。邪魔になったアイツらを始末するために吸血鬼になるのか」
納得したとでも言いたげに察した使い魔に、メアリは鼻で笑いながら言い聞かせる。
それは、どうしてそんな発想しか出来ないんだと言うような小馬鹿にした感じであった。
「違うわよ、吸血鬼の眷族化で連れてくの。安全になるまで利用しようと思ってたけど、この方法だったらまだ使えるでしょ。まぁ計画していた事じゃないからうまく行く保証もないけどね」
「それは、どうなんだ。自分の力を分け与えちまうからお前が弱くなるぞ」
「そうでもあるけど、眷族が得た物は集約して私の物になる利点もあるわ。例えば、魔力だとか魂だとか。そこら辺は勉強不足だから何とも言えないけど、吸血した量で吸血鬼の強さは分かるって言われるぐらいだから部下が吸血すれば私も強くなる、はず」
メアリの計画としては、まず今いる盗賊団を全て眷族化して継続して利用すると言う物だった。
メアリの知識によれば、眷族化によって眷族は主人を崇拝するようになるので絶対に裏切らない部下達が出来るはずだ。
そして、原理は分からないがそうなれば今の装備を付けた状態で影の中に収容できるようになる。
物まで入るかは、実際に試したので出来ると言う判断だ。
そのまま開拓民となって開拓村で生活する傍ら、眷族達は今までのように盗賊のような生活をさせる。
そうする事によって、原理は分からないが眷族の吸血によってメアリは少しずつ安全に強くなるのである。
しかし、なんで吸血すると強くなるのか。経験値でもあるのだろうか不思議である。
だが、実際に長く生きる吸血鬼ほど強いのも道理。難しい事は分からないが、うまく行けば勝手に強くなるのだからメリットの方が多いだろう。
「とりあえず、今日はこれぐらいにするわ」
「寝る前に、湖で顔洗えよ」
「分かってるわよ、うっ……飲み過ぎた」
そういって気持ち悪そうにメアリは部下達の元にある自分の寝床に向かうのだった。
そして、それから数日が経った。
この頃になると、メアリは体調を良く崩すようになりだした。
しかし、同時に夜は今まで以上に活力に満ちていた。
吸血鬼化していると言う推測が確信に変わった瞬間であった。
この事に満足していたメアリだが、盗賊団の統制が危うくなると言う問題が発生していた。
体調を崩す度に代理をさせていた部下が裏切ると言う可能性だ。
今までは使い魔の武力と待遇の改善という二つでメアリは盗賊団を率いていた。
しかし現在、メアリは死に掛けているようにも見える状態であり盗賊団を引き継ぐ者を指名するのではと思われている。
その証拠に見舞いに来て世話を焼くと言うような自身の株を上げようとする者が最近多くなった。
この状態は代理をさせていた部下に危機感を募らせているかもしれなかった。
もしメアリがその男以外を指名した場合、代理の部下は盗賊団を引き継げないからである。
しかし、そのままメアリが死ねば引き継ぐ事が出来るだろう。
「悪い事してると疑心暗鬼になってダメね……」
「とか言いつつ、殺すんだろ」
「ちょっと試したい事もあるしね」
そう言ってメアリは部下を呼び、代理である実質盗賊団を率いていた男を呼ぶように言った。
森の中にある、質素な山小屋。それは既に廃棄された物を補強した建物だ。
その小屋の中、そこにあるベッドの上から気怠そうに待つメアリの元に男がやってきた。
「お呼びですか」
「あーうん、引き継ぎの件なんだけどね」
メアリの何気ない一言にギロリと男の目が見開いた。それは、野心に満ちた目であり慣れない者が見れば怖気づくような威圧的な目だ。
「欲しい物は手に入りそうだから正直、この盗賊団いらないんだよね。今って何人だっけ?」
「凡そ、三千ですが傘下を合わせれば五千になります」
「今まではヤンヤンの毒霧で撃退してたけどさ、騎士と戦って勝てる?」
「同数であれば、実戦訓練を積んだ我々なら勝てます」
そこまで強い兵が揃っていた事にメアリは少しだけ驚いた。
毎日のように人が入ったや死んだという報告は聞いていたが、戦える者がこんなにいるとは知らなかった。いや正確には聞いていた戦力よりも多かった。
「前と聞いてたのが違うけど、まぁいい……それで引き継ぎの件だけど」
「なっ、一体何を!?」
メアリはベッドから降りると、するりと男の懐に入る。
それは抱擁しているようであった。男の方は突然の事に動揺を隠せず思わず身構える。
「お前にあげてもいいと思っているよ」
「ほ、本当ですか!」
「ただ、ちょっと試させて貰うけどね」
男の耳元でメアリは囁く、その視線の先は首筋だった。
微笑むメアリの口が少し開き、そこから輝くような鋭い牙が覗かせる。
そして、それは一思いに突き刺された。
「ッ!?な、何をしやがる!」
「うぐっ!」
首筋に走る痛みに男はメアリを突き飛ばす、メアリは苦しそうな声と同時に少し引き飛ばされた。
しかし、怒りを露わにする男に向かってメアリは楽しそうに笑っていた。
「テメェ、頭おかしいんじゃねぇか!?」
「そっちがお前の素なのか。まったく、痛いじゃない……でも確認する事が出来たよ」
「確認だと?」
「そうよ、最近ずっと渇いて仕方なかったのよ。これはもうアレかなって思ってたけど、正しかったみたいね」
メアリは自分の渇きが癒されるのを感じていた。それと同時に、体内に何かを吸収したようにも感じた。
まるでアルコール度数の高い酒が喉を通る時に似ているだろう、不思議な体験だ。
そして、喉を潤す血の存在を持って確信した。やはり、今までの渇きは吸血衝動であったと。
「いい気分よ、ほろ酔い気分と言った所かしら。嫌な事も忘れそうだわ」
「何言ってやがるんだ……」
「分からなくても良いわ、もう終わってる」
男は何が終わっているのか分からなかった。先ほどから痛みを増していく首筋を押さえてメアリを睨むしか出来ない。殴りかかろうにも、視界が薄れて今にも倒れそうになる。なんだこれは、そう思うのも束の間に喉が熱くなっていく。喉から胸に、胸から腹に、熱が身体を蝕んでいく。
「あっ、あっ、何を……しっ……」
「――――――――」
何を言っているのか聞き取ることは出来なかった。
ただ、男は思った腹が減ったと。
「あら、失敗した。グールになったか」
それが、再び聞き取れるようになった男だった者の最初に聞いた言葉だった。




