盗賊団を乗っ取る事にした
申し訳程度の道があるそこは、森の中という事もあり障害物が多く襲う側にしては有利な地形だ。
今回も獲物を品定めしていた男は思う。顔は醜いが身なりはそこそこ良い奴が来たと。
見れば、血や泥で汚れており何かトラブルに巻き込まれたことを想像するのは容易くなかった。
恰好からすれば貴族のようだ、それも庇護が必要な子供の貴族。しかし、その姿からは誰にも守られてない事が分かる。カモが来たのである。
そして、男は仲間たちの元へと向かった。
森の中、メアリは警戒を隠し進んでいた。
既に目を付けられている事は分かっている彼女は、敵をどうするか思案していた。
情報だけ聞き出して殺すか、それとも支配するか。少しばかり野蛮ではあるが、もう社会から孤立したような状態だ。自身で自身を守らなければならない。手段を選ぶほど自分は優れていないのだから。
そして、敵が来る。
敵はいつからそこにいたのか分からない程に気配を消していた。
メアリが気付けたのも、そいつらが木から道に姿を現したからだ。
その数、前に四人、後ろに三人、斧や鉈を片手に下卑た笑みを浮かべながら男たちが囲んでいた。
「おいお前、命が惜しけりゃ降伏しな」
「そっくりその言葉を返すわ」
「お前みたいなブスは抱く気も起きない、でも貴族って利用価値はあるから生かしてやってんだ。こっちは殺しても良いんだぜ?」
「貴様らのような小悪党が、金貨を捨てるほど羽振りがいいようには見えないけどね」
言葉では勝てない、そう悟った野盗の男は一歩前に出る。
多少の怪我も悪化すれば致命傷になる盗賊稼業では戦闘は必要最低限が好ましいのだが、回避する事は出来ないと感じたからだ。だから、まとめ役のような事をやっている自分が動く事で戦う意思を仲間たちに見せつけようとした。
「あっ?」
それが最後の言葉と知らずに、踏み外したような一歩目の浮遊感に疑問を抱きながら男はナニカに飲み込まれた。
突如現れたそれは、首だった。ドラゴンの首が、まとめ役であった男を丸ごと飲み込んだのだ。
地面から生えたそれは、男の一歩先に口を開けて待っていたのである。
誰かが叫んだ、それに感化され皆が敗走しようとする瞬間。
「動くな!動いた瞬間、殺す!」
カモだと思った少女の声と、それを聞かずに動いた誰かの断末魔が響いた。
メアリは、フッと笑ってこんな物かと思った。
蓋を開けてみれば、対して強くもない雑魚だったのだ。
身構えて損をしたとすら思った。
『今、身体に悪い物を飲み込んだ気分だ』
気のせいよ、そう思念を送って男たちを見渡す。
全員が怯えている、それは恐らく瞬く間に二名殺したドラゴンに対してだろう。
小さい頃ならいざ知らず、既に小さ目な竜の成体ほどの大きさのヤンヤンは訓練された兵士一人ぐらいの強さである。毒や魔法を駆使すれば、軍人数十名と渡り合える。
そこらの魔物と同じ程度、特別な力では無くありふれた力、一騎当千とか物語の中ほどの強さは無いため不安であったがそれで十分だった。
目的は達成できた、だから次の段階へとメアリは動くのだった。
数名の野盗を引き連れ、メアリは盗賊達のアジトへと向かっていた。
既にアジトの場所を喋ってしまった彼らは、裏切者である為にメアリに逆らおうとはしていなかった。
メアリはその様に満足げな笑みを向け、しかし警戒は怠らずに乗っ取りを開始した。
アジトは山の斜面に掘られた穴だった。ずっと昔に使われていた坑道だ。
その入り口となる穴の前には見張りがいた。
メアリ達に最初に気付いたのは、その見張りの男だった。
男は仲間の姿に数歩近づき、様子がおかしいと気付いた。
それは、まるで部下のように少女の後ろを付いて歩く仲間たちを見たからだ。
「う、裏切りだぁぁぁ!」
その声は、瞬く間に坑道内に響き中からゾロゾロと男たちが出て来る。
武器を片手に、メアリの姿を見て戦闘態勢に入る。
「貴様、どこの領主の手先だ!」
「手先じゃないわ、でも死んでくれない?」
「何だぁ?俺らの首級でもあげてどっかに取り入る気か?」
「アンタの盗賊団を乗っ取るわ。降伏するなら生かしてあげるけどどうする?」
「殺っちまえ!舐めたコイツをブチ殺せぇぇぇ!」
うおぉぉぉ、と雄叫びを上げながら男達が襲い掛かる。
そこへ、今にも泣きそうな顔でメアリの引き連れた奴らが前へ出た。
盾になるように前に出た彼らは命運をメアリに託すしかないのだった。
メアリが死ねばドラゴンが牙を向くだろう。ならば、勝たないといけない。
寝返っても、裏切者故に殺される。裏切って生き残るしか道はないのだ。
そして、両者がぶつかる寸前。空が暗闇に染まった。
「何だアレは!?」
それは影だった。
野盗達は動揺の声を上げながら立ち止まり、メアリの前にいた者達は安堵と歓声をあげた。
ドラゴンが、空から地上へと舞い降りた。
「ドラゴンだぁぁぁ!」
「ぐあぁぁぁ!」
「クソ、うおぉぉぉ!」
逃げる者、ドラゴンの攻撃を受ける者、戦う者、様々な者達が入り乱れていた。
ドラゴンの攻撃を運よく避けた者は背後にいるメアリへと襲いかかる。
しかし、それはメアリの前に立つ裏切者に防がれるのだった。
「何故裏切った!?」
「死にたくないからだ、お前も降伏しろ!」
不服な者は襲いかかり、従う者は武器を捨て命乞いした。
そして、それは頭領が引き千切られた瞬間に全て降伏する者だけとなった。
この日、とある盗賊団が一人の少女に乗っ取られたのだった。
メアリが盗賊団を乗っ取って数日、メアリはある者達を呼んでいた。
それは前の頭領の元で色々とコネクションを築いていた奴らだ。
「よく来たわね、まぁ座りなさい」
「へい、それで頭領……話と言うのは?」
メアリが乗っ取ってから、盗賊団は概ね従順となっていた。
逃げ出して国に泣きつく訳にはいかないので従っていると言った形だ。
まぁ、何名か新たな頭領の座を狙って寝こみを襲ったが拷問の末に殺された。
メアリ本人は実験よ、と言ってドラゴンことヤンヤンの血を無理やり飲ませたのだが野盗達には拷問にしか思えなかった。
暴れ狂う仲間の末路と、首を傾げながら原因である毒のような血を飲むメアリを見て逆らおうとする者は皆無となっていたのだ。
「ここにいる奴らは雑務を担当してたって聞いたわ。それで、例えばアンタは何してたの?」
「えぇ……自分は武器を売ってまして、裏商人の方で顔が広いです」
「武器ね、今後は強化に力を入れるから使えなさそうなのだけ売りなさい」
次、とメアリは適当に指さす。
「じ、自分は領主の方と」
「取り敢えず、頭領が変わったとだけ報告しなさい。ただし、私の事ははぐらかしなさいね。じゃないと私達が殺されるから」
それからメアリは雑務を扱っていた奴らに指示を出してその日を終えた。
メアリが頭領となってから幾日と経ったある日、待ち構えていたことが起こった。
そう、それは最初の盗賊稼業である。
メアリは領主だった経験から盗賊稼業のやり方を変える事にした。
それは乗っ取ってからすぐの事である。
「これから、襲撃するやり方を変えるわ」
「やり方ですか?」
「そうよ、今までは情報が漏れないように確実に殺してたみたいだけど無駄よ。荷物が来ない時点で、盗賊がいるってバレるんだから」
「しかし、バレたら討伐されるんじゃ……」
「領主はどのくらいの戦力があるか分からない場合放置よ。そう言うのは商人が勝手に冒険者とか雇うから。でも、殆ど時間が掛かる。別にその道以外を使えばいいんだから雇う方が馬鹿馬鹿しいもの」
規模の分からない盗賊団の討伐に掛かる金額は大きく、商人なら必要にならない限り払ったりはしない。
そこでメアリが考えたやり方はカツアゲだった。
「通行料を取ります、ダメなら必要な物と交換。これなら護衛を雇うより安ければ商人側に文句はない筈」
「でも領主に襲われるんじゃ……」
「別に領地に悪い事してないなら大丈夫よ。何時かは来るだろうけど、状態は今までと一緒よ。寧ろ、金が手に入る分こっちの方がいいわ」
領主が兵士を動かすなら最初からするはず、今まで放置しているなら寧ろ物が流通しない問題が解消されて嬉しいだろう。また、税を上げた時の領民の逃走経路を塞ぐこともできる。
完璧である。
そして、初めての盗賊稼業が始まった。
獲物は、荷物を運搬する行商人だ。
商人はピンからキリまであるが、行商人は最底辺だ。
何故なら安定した利益を出しにくく、凄腕の商人しか出来ないからだ。
行商人をするくらいなら凄腕の商人は店を持つので、行商人の殆どは一念発起した平民か貧乏商人だ。
金があれば護衛を雇う、そう知り合いの商人が言っていた事をメアリは覚えていたのだ。
「よし、囲め囲めぇぇぇ!」
「盗賊!?こんな所で出るのかよ!」
「お前は包囲されている、命が惜しければ金を出せ!」
その言葉に、商人は顔を引き攣らせながら巾着を放り投げる。
メアリが顎で指示を出せば、野盗の一人がそれを回収してメアリの元に持ってきた。
「そんなに入ってないけど、平民にしては持ってるわね」
「それしかない、ホントだ!命だけは頼む!」
「買い付けの帰りかしら?」
巾着から半分ほど抜き取り、残りを放り投げる。
行商人の男は、不思議そうな顔をしてメアリを見ていた。
「金さえ払えば襲わないわよ、次から買い付ける物は特産品にしたら儲かると思うわ。そしたらまた金を払うのよ」
「えっ?」
「お前ら、撤収ー!」
「うおぉぉぉ!」
「えっ?えっ?」
突然の事態に呆然として、慌てて逃げ出す行商人の姿が其処にはあった。




