夜戦、夜の王とドラゴン
暗闇を裂く様に、俺の身体が空を進んでいく。
背にはしがみ付くメアリがいた、馬の様な鞍があれば良かったのだがサイズが合わなくて何もない背に乗っている。
最初の方は腰が痛いのどうのと言っていたが、今では慣れたものだ。
目的地と思われる場所は、燃えているので空からよく見えた。すぐにでも向かえると俺は思っていたがそれはどうやら出来ないようだ。
空を飛ぶ人影を俺の視界は捉えたのだ。
『敵影!数は十三か……いや、十四だ!』
『敵も馬鹿じゃないのね、逃げれる?』
『ダメだ、囲まれてる』
それは吸血鬼の群れだった。飛行能力を有し、魔法に長け、驚異的な再生能力と身体能力、グールや死霊を操ることも可能である夜の王とその眷族だ。
奴らは、俺をぐるりと空中で包囲していた。翼もない事から、魔法で飛んでいるようだが恐るべき速さだ。
そして、そんな吸血鬼のリーダーのような一際煌びやかなイケメンが上空から俺達を見下ろしていた。
「そこなドラゴン、そして代行殿、無駄な抵抗やめて貰おうか」
「あら、名乗りもせずに降伏勧告するのが吸血鬼のやり方なのかしら?」
「これは気が強いお嬢さんだ」
嘲笑う様に、ソイツは笑った。それに同調するように周囲の奴らも笑い声を上げる。
「私はヴァンパイアロード、レミゼル。貴様らは我が眷族に包囲されている。抵抗は無駄だと知れ、さぁ選べ!降伏か、闘争か!」
「「降伏します!」」
「フフフ、そうだろ納得でき……今何と言った?」
「だから、降伏するって言ってんのよ!話聞いときなさいよね!」
「お前、戦うとか決めつけんな!この状況で、頭おかしいだろ!」
「お、おう……私が悪かった、のか?いや、そうじゃない!貴様らプライドは無いのか!」
いやいや、吸血鬼ってアンデット系モンスターの中でも上位のモンスターだぞ。
それが十三体もいて、隊長?リーダー、まぁボス的な奴が出て来て、戦うとか無理ゲーですわ。
そこに降伏かどうか聞かれたら、従うだろ。少なくとも寝返りさせたいとは思われてるみたいだし。
「俺は死にたくないんだ!」
「私も死ぬくらいなら吸血鬼になって豪遊するのよ!そうよ、もう仕事なんかしないわ!」
「私が言うのも何だが、貴様ら終わってるな。いや、私も元は下等な人間であったが……まぁいい、それでは問おうか!代行殿貴様は処女か?」
「……ふぇ!?」
「聞こえんのか?それとも照れているのか?フフフ、初心であるか。まぁ、その年であれば男を知ってそうでもあるが、まぁその顔じゃ――」
レミゼルが言葉を言い終わる前に、メアリは杖を向けた。そして、奴の顔目掛けて炎を射出。
炎は砲弾の如く奴の顔を包み込み、空に爆音が木霊した。
「「「レミゼル様ー!?」」」
「お前何してんだよ!」
「カッとなってやった、後悔はしている」
「後悔するなら考えて行動しろ!」
レミゼルに寄ろうとした奴らによって、吸血鬼包囲網に綻びが出来ていた。
俺は動揺による好機を掴むべく強行突破に動く。
一番忠義が熱いのか、レミゼルに近づこうとしている女の真下目掛けて突っ込んだのだ。
「おい、何してる!」
「しまった!?」
気付いても既に遅い、俺は見事女の真下を通過してそのまま曲線を描く様に急上昇して体勢を整える。
こうなったら、徹底抗戦である。というか、選択肢が戦闘しかないのだ。
『メアリ、俺が風魔法を使う。火魔法の準備をしろ』
『分かったわ!』
吸血鬼との戦闘は、特殊な条件がいる。それは銀などの武器でないといけなかったり、奇跡とかいう神聖な魔法のような物を付加しておかないといけないと言う物だ。
理由として強力な再生能力を防ぐためだと言われているが、まぁ一番弱い奴らは人間より直りやすいと言った程度だ。
そして、恐らくレミゼル以外は普通に倒せそうである。だが、問題はレミゼルだ。
奴は眷族と言っていた。眷族を持つと言う事は、少なくとも眷族を作れるほどの強さと言う事だ。
眷族で俺を凌ぐ速度、ではレミゼルはもっと早い事だろう。ならば強さも、眷族とは比べられないだろ。
マジか……やっぱ逃げようかな?逃げられないか、あの速さだし。
「あぁ、もうやってやんよ!トルネード!」
「ファイアー!」
喉の中で、魔力が渦巻くのが分かった。そしてそれは俺の意志により風と言う形を得る。
それは魔力の形を反映し、加速していき、一つの竜巻となって放たれた。
更に、そこに投げ込まれたメアリの魔法。それが合わさり、炎の渦となって敵へと向かった。
やった!漫画みたいに試したら合体技出来たじゃねぇか!
「えぇい、良くもこの私を騙したな!」
しかし、ぶっつけ本番で作られた俺らの必殺技はレミゼルが片手を振っただけで消えてしまった。
馬鹿な、結構距離があったのに一瞬で!?
「何だそれは、それでも貴様ドラゴンか?何と稚拙な魔法よ、ヒューゼン様は余程貴様らを過大評価していたのだろう」
「俺、勝てる気しない」
「そうね、私もよ」
そこにあったのは絶望だった、現実は非情である。
ちょっと行けると思ったらコレだよ、畜生め!
一目散で反転し、奴らから逃げだすべく必死に翼を振る。
クソ、背中痛い!疲れた、もう休みたい!でも休んだら、死ぬ!うおぉぉぉ!
『ちょ、もっと羽ばたきなさいよ!後ろから来てるわよ!』
『フレアだ!何か適当に魔法放て!』
『はぁ、狙いが合わないわよ!』
『数だ!数で攻めるんだ!』
もう俺達は必死である。っていうか、吸血鬼が早すぎる!もっと飛ぶ練習すれば良かった!
翼もないのに、吸血鬼達は物凄い速度で距離を詰めてくる。
まるで豆粒程度だったのに、既に数メートルといった距離まで縮められていた。
しかしここで疑問が生じた、奴ら魔法を放ってこないのだ。
「フハハハ、奴ら飛んでいるときは魔法が使えないみたいだ!よっしゃ、やったれ!」
「馬鹿!前、前!?」
……前?
メアリに言われ、背後から前へと顔を向ける。そこには、爪を尖らせて此方へと振り被る一体の吸血鬼。
「覚悟しろ、ドラ――」
「――あむっ、ふむ!はむ!……げっふ」
「食べてるー!食べちゃったよ!?」
「し、仕方ないだろ。目の前に飛んでたんだから!」
日ごろ、肉を投げて貰って食べたりしてたせいで反射的に……腹から引き裂いて出てこないだろうな?
「うおぉぉぉ!よくもぉぉぉ!」
「上から!?逃げて、早く!」
メアリの声が響く。第二撃として、不意打ちに上空から詰め寄られていたのだ。
『掴まってろ!』
俺はメアリを守るために、背中を敵から隠すように回転する。
首に吊り下がる形だが、メアリには攻撃は当たらない。
そのまま、上空から飛んできた奴を両手で掴み、体勢を元に戻す。
「ははは、もう逃げられんぞ!」
「貴様!死ねぇぇぇ!」
「痛ッ!テメェ、何しや……どういうことだよおい、コイツ死んでやがる!?」
俺の手の中で、苦悶の表情を浮かべて動かない吸血鬼がいた。多分、死んでる。どういうことだよ……
「まぁいいや」
「良くない!そして、食べるなー!」
「意外と、ウイスキーボンボンみたいで美味いぜ」
「味とか聞いてない!逃げてー!超、逆上してるから!早くしろ!」
メアリが涙目で必死に訴えかけていた。しかし、けして食欲に流されていた訳ではないのだ。若干、空を飛ぶ魔法が使えるようになってたりする気がする。そう、これだ!これが俺が吸血鬼を食べだした理由、逃走の為に必要だったんだ。けっして、もう一体食べたいとか思ってない!
「貴様らぁぁぁ!よくも、眷族をぉぉぉ!」
「ほら、アイツもう来た!早く早く早く!」
「あと十二体だ、返り討ちにしてやるぜ!」
「アンタ、ちょっと勝てそうと思ってんじゃないわよ!やーめーてー!」
俺はメアリの声を無視して、夜の王と対峙するべく夜空を駆け抜けて行った。




