その身はただ主の為に
俺は帯刀していた剣を抜きながら走り出した、だが間に合わない。
そのナイフはペトロの身体を正面から突き刺していく。
「ペトロ!うおぉぉぉぉ!」
人外の身体能力を奮い、ペトロを襲いかかった女の子へ斬りかかる。
だが、女の子は目で追えぬ速度でその場から消える。
「いったいどこに!?」
「此処さ!」
その声は少し離れた先の木の上から聞こえた。そこには、翼を生やした女の子の姿があった。
まさか、モンスター!?
「人型のモンスター……」
「あぁん?そこらの雑魚と一緒にすんなよ。私は変貌のラグッセル、我らが魔王の四天王が一人!」
「四天王だって!?」
「おぉ、良い反応だ。悪役冥利に何たらってもんだぜ」
俺は慌ててペトロとラッグセルの間に割り込む。チラリと見れば、ペトロの腹にナイフが刺さっていた。
何ていう事だろう、この時代では内臓に届けば致命傷である。
「どうしてこんなことを!」
「あぁん?決まってるだろ、守護者だからだよ。私達には邪魔だからな」
「守護者?」
「あぁ、まぁ後は誰かに聞けよ。私は急いでるんだ、このあと隣国に行かないとな」
そういってラッグセルは木から飛び降りる。次の瞬間、彼女は一匹の鳥となって飛び立った。
驚くべき光景だが、それどころではない。今はペトロが優先だ。
「ペトロ!大丈夫か!?」
大丈夫な筈が無いのに聞かずにはいられなかった。こういう場合、下手に触れてはいけないと言う事を俺は知っていた為、目の前で狼狽える事しか出来なかった。
そんな俺に、尋常ではないほど汗を出した顔色の悪いペトロが口を開いた。
「カバンに……」
「カバンか?それがどうしたんだ」
「止血剤……赤い葉っぱ」
「カバンにあるのか?葉っぱだな、待ってろ」
俺は慌ててペトロの代わりに持っていた麻の袋を開ける。中には色々な薬や本、少しの貴金属があった。
そんな中に、纏めてある乾燥した赤い葉っぱを見つける。
「あった、あったぞ!」
「噛み潰して……塗って」
徐々に声が小さくなっていくのに不安を感じながら俺は赤い葉っぱを口に入れる。
苦い、とても苦い。そんな葉っぱをペースト状にして口から出して傷口に塗ろうとする。
ナイフを抜いた瞬間、どこにそれだけの量があると言わんばかりに血が溢れてくる。
そこに止血剤を塗ると、蓋をするように血が止まった。
「次は、次はどうする?」
「任……せる……」
「ペトロ!?クソ、急がなきゃ」
意識を失ったペトロをお姫様抱っこと呼ばれる状態で走り出す。
今だけは、この人外の身体能力に感謝したいものだ。
そして屋敷に辿り付き、ペトロは秘薬によって一命を取り留めた。だが休養しなければならないとのことだった。ペトロの両親は同盟国との祝賀会で不在らしく俺は付き添うように言われて、眠るペトロの横にずっといた。
そして彼女が目覚めぬまま三日目の朝が訪れる。
「ペトロ……俺のせいだ」
胸にあるのは後悔の念だけだった。気付けるはずだった出来事を回避出来なかったからだ。
何が英雄だろう、一人も守れないじゃないか。
そんな俺のいる部屋に騒々しい足音が近づいてきた。足音は直前で止まり、叩き付けるように扉が開いた。
そこにいたのは背の高いモデル体型の女性だった。乱雑に切られた茶髪、顔中に切り傷の後、そして銀の鎧に二本の剣。女騎士が立っていた、ただ不思議なことにその女騎士はティアラを付けている。
「お嬢様、困りまする」
「遅いわ!ん、使用人か?」
息を切らせながら走る老人、どうやら女騎士の執事らしい。女騎士は執事の説教を煩わしそうにしながら俺に質問してきた。病人の部屋で騒ぐな、沸々と苛立ちながら俺は聞く。
「誰だアンタ、五月蠅くするなら帰ってくれ」
「はぁ?おい、どういうことだ爺!」
「お嬢様、ペトロ様の使い魔は異界の剣士だとお聞きしました。故に、知らぬのも仕方ないと愚考します」
これは驚いたといった顔をした女騎士は直ぐ様、なるほどと頷いて此方を見る。
そして、仁王立ちで不遜に言った。
「私こそはテラ王国が王女テラ・マーガレット!此度はそこの逆賊を捕らえに来た。しかし、既に死に掛けておるではないか、ペトロ!」
「ア、アンタ王族かよ」
「無礼者が、私でなければ首を刎ねる所だ。さて、お前ペトロに何があったか説明しろ!」
他者を顧みないその有様はまさに暴君であった。しかし、一応は王族だ。俺は渋々説明する。
「なるほど、そういうことか」
「俺も王女様に聞きたい事がある」
「許す、言え!」
「逆賊って、捕まえに来たってどういうことだ?」
俺の質問に王女は、
「爺、代わりに言え!私は喉が渇いた!」
そう言って執事に押し付けて去っていた。何て女だ!
「申し訳ございません」
「あ、いえ。苦労なさってるんですね」
「えぇ、それはもう。さて、どこから話しましょうか。実は――」
執事の話は祝賀会の話だった。同盟国となった祝賀会、そこには多くの貴族がいた。
そこにいるはずのないペトロが宴の途中に現れて、両親だけでなく周囲すら驚かしたらしい。
招待状は無かったが衛兵は当然公爵家の令嬢であるので顔パスで通し、ペトロは一目散に王子と王女の元に向かった。
周囲の物は当然公爵の立場から友人でもある王女に祝詞を述べる物だと思った。
しかし、そのペトロはナイフを取り出し隣国の王子を殺害、すぐさま逃走を計る。
パニックとなった会場ではペトロの姿は無く、両親は何かの間違いだと主張した。
しかし、隣国のコングラート将軍が交戦して逆賊の血を武器に付着させていた。
その血を魔法により調べると、どの属性とも反応しなかった。犯人がペトロと発覚した瞬間である。
ペトロの両親はその場で斬首、隣国は王子の敵を差し出さなければ戦争だと言ったそうだ。
「そんな……」
「この現状から察するに、罠でしょうな」
「偽物ですよ、だってずっとここにペトロはいたんです」
「変貌は聞いたことがあります、何でも姿を変える魔法を持つとか。きっと襲ったラグッセルの仕業ですな」
魔族の仕業など、証拠もなく言える訳が無かった。しかし、ペトロの血を持ったコングラート将軍がラグッセルであるのは間違いではないだろう。襲った同一人物なら、その血を持っていてもおかしくは無い。
犯人は分かっているのに糾弾できない。
「軍勢が国境に、猶予は一週間もありません。お嬢様は親友を差し出すおつもりです」
「親友なんですか?」
「えぇ、此度の婚約した第二王女も、他の王子や王族の方とは公爵家は親しき間柄ですので」
「それでも、逆賊だって差し出すんですか?冤罪なのにペトロの両親みたいに殺すんですか!」
「王族ですからな。多くの為に少なきを犠牲にするのは必然ですな」
「ふざけんな!」
そんな理不尽あって堪るか、なんでペトロなんだ。
最早考えるまでもなく、俺は動き出した。
屋敷を飛び出すと、玄関先には王女がいた。
俺は一瞥してその横を通り過ぎる。
「待て、どこに行く!」
「コングラートを殺しに行く」
「ほう、私が許すとでも?命令だ、今すぐ道を引き返せ!」
「俺に命令できるのはペトロだけだ、俺はこの国の人間じゃない」
「死ぬぞ、貴様……」
その言葉は今までのように覇気のある言葉では無かった。
俺は静かに不安な声を出す王女に告げる。
「死なねぇよ、俺は英雄だ……俺は主人公だ!主人公ってのは補正があるんだよ」
嘘だ。死ぬことくらい知っている。たまたま人外の身体能力だけを持っている俺が主人公じゃない事くらい知っている。それでも、自分を騙さないといけないのだ。
「持ってけ、決して切れ味が損なわれぬ不壊の魔法剣だ。この世に二つしかない王の剣だ……」
「どうせなら、二つ寄越せ。勿体ぶるなよ」
「全く不敬な男だ、必ず返せよ。生きて帰って来い、命令だ!」
俺は二つの剣を奪い取り、馬に乗る。
ラグッセルがいる国境を目指して、ペトロの命を救うために。




