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擦れ違う二人

震える身体、その身は一振りの剣を持って立っていた。眼前には隣国ウェントス王国の十万の軍勢が広がっている。数日前まで同盟国であった隣国に何故自分が挑まなければならないのか、自身の運命を恨まずにはいられない。


「それでも俺は……」


主人である少女ペトロの命と名誉を守らなければならないだろう。

この身は一つ、敵は十万、狙うは黒幕であるコングラート将軍。

自分が持つのは人外の身体能力のみ、しかしやらなけばならない。

それが唯一の道だからだ。


「思えばあの時……」


違った結末を願わずにはいられない、そんな俺はこの戦争の原因を思い浮かべた。



切っ掛け、それは本当に些細な擦れ違いだった。学園での生活も概ね順調になっており俺は少し天狗になっていた。

元々、平民だと思われていた自分が功績を出した事により注目を浴びたのが理由だろう。

娯楽の少ない世界では噂話が数少ない娯楽だ。酒場では吟遊詩人が噂を脚色し、新たな英雄譚でも作り出すのだろう。


そんな英雄譚に自分の話があったのだ。貴族よりも勇猛果敢な平民の英雄、一目見ようと平民達は集まった。

俺は芸能人か何かのように持て囃された、従順なファンは何をしても咎めたりしなかった。

ペトロはそんな俺を咎めたが、俺は聞く耳を持たなかった。

そして、俺が後悔すべきことを起こしてしまった。


「あの、私、ずっと憧れていて……」

「分かった、落ち着こう」


潤んだ瞳、その眼差しには俺しか写さず、その顔は羞恥と憧憬の念を僅かに浮かべていた。

その姿は懐かしいような黒い髪、この世界でも珍しい黒髪はその対照的な白い肌も相まって際立って見えた。

だからだろうか、言い寄られて一緒に酒を飲んでいたら雰囲気に流されていつの間にかペトロの部屋に招き入れてしまったのだ。


彼女が触れた個所は熱くなり、その吐息は感じるほどに近い。目の前で覗けそうな胸の谷間から目を逸らす事は叶わず、抱きたいと思わずにはいられない。

だが同時に、ペトロに対して申し訳なく思うのだ。未経験である学生だった俺には抗いがたい、というか刺激が強すぎる誘惑だが、それでも自分を世話してくれていた恩を仇で返すような真似は出来ないと思った。拒絶しなきゃ、彼女には悪いがペトロは裏切れない。


「お、俺――」


その先は、名も知らない女の子のディープキスによって出る事は無かった。

こ、これがキス!し、舌がヤバい!


もう抗いたくなかった、欲望に素直になろうとしたそんな時だ。


「何……してるの?」

「――ッ!?」

「人の部屋で、何してるの?」

「ペ、ペトロ!?違う、誤解だ」


酷く震えたペトロの声がした。

振り向けば、学園から帰ったペトロがいたのだ。彼女はその目に涙を溜めながら、睨んでいる。

その視線に思わず罪悪感が湧いた。


「キスをして、何を誤解しているっていうの?」

「それは……」

「もう出て行って」

「ごめん、でも――」

「言い訳なんて聞きたくない!早くどっか行っちゃえ!」


初めて見た彼女の怒る姿に思わず気圧され、有無を言わされずに部屋を追い出された。

名も知らない彼女はその場を慌て逃げだし、俺は呆然と扉の前に立つのだった。


行く当てもなく、お互いに時間が必要だと思った俺は何となく領内の街へと足を運ぶ。

街では俺の心情とは対照的に活気に満ちていた。何でも、隣国と俺のいる国が同盟するらしい。

英雄と持て囃す平民に俺は生返事を返して、片っ端から酒を飲む。今はむせ返る様な喉の熱さを酷く欲しているのだ。

ペトロの領地なだけあって酒は中々の物が揃っている。俺が酔いつぶれるのも時間の問題だった。


「んぅ……」


頬に当たる柔らかい感触を感じながら俺は意識を覚醒させていく、ふと視線を足元に向ければ毛布のような物が掛かっていた。誰かの仕業だろうか?あぁ、きっと今俺に膝枕して――


「膝枕!?え、あれ、ここ……」

「酒場の近くにある宿屋だよ」

「ぺ、ペトロ!?あれ、町で俺……」

「酔いつぶれてたよ。寝言でごめんよペトロなんてずっと言うから、私すごく恥ずかしかったんだから。怒ってるのも忘れるくらいにね」


えへへ、と気まずそうにペトロは笑った。どこか余所余所しいが今までのような態度だった。

俺はそんな彼女から視線を逸らす、思わず俯かずにはいられなかったのだ。

そんな俺に対して彼女は淡々と喋りだす。


「寂しかったんだよね。寝言で言ってた名前、きっとお父様やお母様だよね……」

「寂しくなんか……ねぇよ」

「そんなはずないよ、誰も頼る人がいないんだよ。私が呼んじゃったから……」

「何泣きそうになってんだよ、俺はこっちで楽しんでるだろ。気にするなよ」


そんな顔されたら、俺が悪いみたいじゃないか。


「それだって、私は邪魔したんだよ。貴方が誰を好きになっても自由なはずなのに、どうかしてたんだ」

「何言って……」

「私、怖いのよ。貴方が私を見捨てるかもしれないって、いつも考えるの……」


その小さな体は震えていた。その要因はきっと劣等感から来る物だろう、そして俺の行動のせいでもあるのだ。元々落ち零れの彼女に、貴族より功績を上げた自分。

自分の部下が優秀なら、いつか見限られるんじゃないかと不安になる心理に似ているだろうか。

彼女は咎めても言う事を聞かない俺に不安になっていたのだ、そんな時にあんな事があったのだ。

怒るのも無理はないのかもしれない。


「ペトロ、俺はお前が好きだよ。だからもう泣くなよ」

「え?いきなり何言って――」


俺はそっと、抱きしめる。自分の赤くなった顔を見せたくなかったからだ。

女の子って、柔らかいと思ったけど意外と固くもあるんだな……


ちょっとアホな事を考えながら暫く抱きしめていた。



しばらくして、俺達は宿から出る。もう外は真っ暗だったからだ。

この世界に街灯なんてものは無く、その先が見えぬほどに暗い。

仕方なく徒歩で帰ることになり、フードで寒さ対策をしながら屋敷へと戻る。今は何時か知らないが夜はとても危険な時間帯だ。

だから、俺達は急いでいた。


「あれ、あの子……」


ペトロが裾を引っ張り、何かを主張した。意識してからか俺は彼女の何気ない仕草にドキッと来てしまう。いったい、何を見つけたのだろうか?

彼女の視線は暗い夜道の脇に注がれていた。その視線の先には名も知らないあの時の女の子がいた。どうしてここにいるのだろうか?

女の子は木に凭れ掛かるようにして、動かない。


「怪我でもしたのかな、ちょっと行ってくる」

「あぁ、おい!ったく……」


何かあったらどうするんだ、と言った言葉を飲み込み後を追いかける。

俺達が近ずいたことで女の子は此方に気付いた。


「まぁ、ペトロ様!?」

「ねぇ、どうしてここにいるの?もう夜なのだから危険よ」

「実は……足を捻ってしまいまして休んでいたのです」

「大変じゃない、ちょっと待って」


ペトロはフードのポケットから包帯や軟膏のような物を取り出す。

彼女は魔法が使えぬために、いつも怪我をした後に自分で治療しているのだ。

魔法を使わない応急処置は、唯一自慢できる特技でもあった。


「そ、そんな恐れ多い!」

「怪我人が何言ってるの、腫れが引く軟膏を塗るだけじゃない」

「あぁ何て慈悲深いのでしょう。せめて、何かお礼を……」


領主の館に忍び込むなど無礼であり、その客人と逢引するという酷い仕打ちをした平民にも関わらずペトロは治療を施してくれた。

その姿に女の子は感動し、何かお礼をと服の内側漁りだした。きっと唯一お礼となる装飾品か何かを取り出そうとしていたのだろう。


「そんなこと――」

「いえ、そう遠慮なさらずに」


慌てて止めに掛かるペトロ、そこには笑顔で、


「逃げろ、ペトロ!?」

「――えっ?」


ナイフを振りかざす女の子の姿があった。

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