現実、それは予想外のことが起きること
そこには、かつていた白い姿の男はいなかった。
代わりに、誰が見ても魔王か化け物のどちらかを口にするであろう姿の存在がいた。
とにかく黒い、最初の姿と対照的な真っ黒の出で立ち。
王冠に羊の骨のような赤い頭、そして霞のような黒いマント、恐ろしい鈎爪を持ったそれが玉座に腰掛け座っている。
「強者の戦いとは一瞬だ。というのも、インフレ過ぎると多くの事が過剰になっていく、範囲も威力も効果も強大になり、ならば勝負は一瞬である。故に、神は同じ力量の敵を出すのだ。弱すぎず強すぎず、程々に戦闘描写が続くような都合の良い力量の敵だ」
「死ね」
長々と語る魔王然とした存在に、ルージュは容赦なく魔法を放つ。
腕を払うように動かせば、背後には大小様々な魔法陣が展開され、そこから豪雨のように魔法の攻撃が発射される。
まるで、地上に雨粒が落ちるように炎や氷や石や雷が奴に向かって吸い込まれていった。
魔法は着弾し、その玉座は極光に包まれる。
爆音を響かせ、周囲を揺らし、強烈な熱量に顔を顰めさせるほどだ。
だが、俺達はどこかでこれも無駄だと悟っていた。
「これが痛みか、実に愉快である」
「……チッ!」
その言葉と同時に、今までの光景が嘘のように消えて無くなる。
それが白昼夢だとか幻覚だと言われてしまえば納得できるかのように、最初と変化の無い光景だった。
何だ、と問えば経験からして魔法やその影響を無効化されたのだろう。
時間を戻したとか、起きたことをなかったことにしたとか、そう言う類いの何かだ。
「文章を読んでも知らないことは想像しか出来ない。こうして、同じ立場にならなければダメージという物を知ることは出来なかった。勘違いするな、貴様の攻撃は無駄では無かった。ただ言うなれば、数秒で敵が全回復しただけだ」
「一撃で殺せば良いって事ね」
「いいぞ。心が折れないキャラ設定とはいえ、中々楽しめそうだ」
どうすればいいか理解したルージュの動きは速かった。
魔法で自身を強化し、先程と同じ魔法による一斉攻撃を行ったのだ。
それは先程の焼き回しのように、ただ背後に魔法陣を展開して攻撃することではない。
それと同時に、ルージュ自身の物理攻撃を加えるという心算だ。
走り、魔法が着弾したその場へと踏み込む。
『捕らえた!行くわよ!』
「応!」
使い魔に対してのパスを通じ、直接脳内に響くようなルージュの声に俺は反応する。
ただ突っ立って傍観している、何て選択肢はないからだ。
俺だって、一緒に戦っているのだからいつでも動けるように心構えだけはしていた。
「くっ!」
「はぁぁぁぁぁぁ!」
苦痛に悶えるような、それでいてどこか嘘くさい演技のような声が漏れ聞こえた。
攻撃を受け、奴が漏らした声だ。
何が起きているのか、それはこちらに飛んでくる奴の片腕と同時に把握できた。
俺は反射的にそれを口の中に放り込みながらルージュを見た。
ルージュの姿が、魔法の残滓が消えることで露になる。
そこには身体の中心から引き裂くようにして片腕を捥いで投げ捨てた姿のルージュが見えたのだった。
俺はその一瞬で、ルージュが抜き手から引き裂いたと理解した。
「成るほど……考えたな。人型を取っているなら、人型に近い構造だと思ったわけだ」
「アンタの考えそうなことくらい簡単に予想できたわ」
赤い血を流しながら、半身だけとなった状態で奴は喋っていた。
失敗した、そう考えるまでもなく思えば先程の光景が嘘のように消えてなくなる。
俺とルージュは離れた場所で固まっており、奴は玉座でこちらを見ていた。
最初の場面のやり直し、それはまるでゲームをロードしてラスボス戦手前からまた始めたような物だった。
「惜しかった。痛みにも強弱があるということが理解できた。さぁ次は何をして楽しませてくれる?そんなことで心が折れるように作った覚えはないが」
「クソ、ダメだった訳ね。ムカつくわ……」
奴の笑い声が響き、その声に俺達はこれから行うことのすべてが無意味な物だと言われているような気がした。
結局のところ、これは奴が負けたとか死を許容しない限り終わらないのだ。
奴の望むべくことが起こる、つまりは奴が負けることを望まない限り負けないということだ。
……無理だ、そんなこと無理に決まってる。
「無理じゃない」
「…………」
「伝わってくるんだから、考えるんじゃないわよ。そんなことより、倒し方を考えなさい」
それが作られた性格だからなのか、ルージュはここにきて諦めていなかった。
諦められないのかもしれない、そうあればいいと願われたからだ。
だが、俺は無理そうだ。
「もう、やめよう。どう考えても――」
「聞こえなかったの、無理じゃないわ」
「……どうして、そう頑ななんだ」
詰んでいる。そう、詰んでいるのだ。
これから捨て身の攻撃をしよう、奴が想像付かないような攻撃をしよう、ピンチになるようなことをしてやろう。
だが、それすら呆気なく台無しにされる光景しか俺は想像できない。
俺は負ける姿を想像できても、勝てる姿を想像できない。
絶対に、無理だと思う。
ルージュはそんな俺の考えを他所に、ただ待っている敵である奴を睨みつけていた。
考えては無理だと判断し、あらたな勝ち筋を考えては破棄し、それをその都度繰り返していく。
同じように考えた方法を試して失敗するまで想像し、俺と違って新しい方法を模索する。
俺は使い魔のパスを通じてルージュが考ええている事が、思っていることが分かる。
だから言うのだ、どうして同じ考えや同じように感じているのに諦めないのかと。
「認めたくないじゃない。それじゃ、私はただのメアリに戻ってしまうわ」
「…………」
「運命だか神様だか知らないけど、諦めたらあの頃の私に戻ってしまう。だから、私はこれだけしか知らないだけ、諦め方を忘れようとしてるだけよ」
その独白は自分に言い聞かせている物だろうか。
少なくとも、俺はああそうかと納得した。
納得して、昔はコイツもダメな奴だったと思い出した。
そんな俺達を奴は見ながら口を開いた。
「まだか?待ちくたびれたんだが、早くしないか」
「アンタ、ムカつくキャラとしては最高の出来だわ。自分でそういう設定にしているつもりなら、少なくとも思惑通りよ」
「……言いおるわ、小物くさいチョロイン設定の分際でな」
「ちょっと訂正しなさい!チョロインって何よ、チョロインって!頭悪そうな悪口言いやがって、最悪よ!」
俺はあちゃー、と顔を覆った。
沸点低すぎて引くわー、その程度の挑発にガチギレって雰囲気考えてよ。
今、決意を新たにラスボスに挑みますって感じで挑発の応酬でもしてたところなんじゃないの?
それなのに切れたら、実質負けじゃないかな。
「負けじゃない!」
「あっ、はい」
「茶番はそこまでにしろ、そんなことをするように創造した覚えは……待て、どういうことだ?」
自分の発言のどこかに、何かが引っ掛かったのか少しだけ声が上擦った。
まるで焦りを孕んだようなそれに伴い、何やら様子がおかしい。
「望んでいないことが起きているのか?そもそも、どうして待ちたくもないのに待つようになっていた……無意識に望んだのか、それとも……いや、そんなことはあり得ない。ならば、望んだのか……自分が望みと反することが起きることを……」
「今が――」
「黙れ、考え中だ!」
俺とルージュの身体が動かせなくなっていた。
まるで、透明な樹脂で身体を固められたかのようにだ。
「あり得んぞ、勝利は揺るがぬ、ただの戯れのはずだ。なのに、自死を望んだと言うのか?分からない、自分が分からぬ……やり直そう。そうだ、そうしよう」
奴は俺達を見て、口を開いた。
「死ね」
その言葉を最後に、視界が暗転した。




