慢心の代償
戦いは一瞬だ。
だが、お互い動く事は出来なかった。
始まってしまえば、後はお互いの予想の潰し合い。
それは例えるなら将棋やチェスに近いかもしれない。
相手がどう動くか、それに対して自分はどう動くか、それを予想する。
それはお互いに相手を容易く屠る力を有しているからに他ならない。
世界をどうにでも出来る力をお互いに持っているからだ。
「はぁぁぁぁ!」
先に動いたのはルージュだった。
この状況に拗れたか、それとも時間を与えるだけ自分が不利になると判断したのか。
俺が知らない方法で、魔法を起こす。
いや、魔法が魔力を用いて何かを起こす現象ならそれは違うのだろう。
管理者権限、世界を管理する物として、こうあれと思うだけでそれは発生するのだからな。
それは黒い渦のような球体だ。
二頭を持つ龍王、その身体の中心近くに黒い球体が周囲を飲み込みながら発生した。
避ける避けない、消し去る消し去らない以前に、触れてはいけないであろうそれは龍王の胴体を飲み込むように触れていた。
『笑止』
『無駄』
だが、その攻撃は一蹴するように否定される。
発生した、恐らくブラックホールのような攻撃は管理者による否定により、あってはいけない物となった。
瞬間、それは当然のように消え去る。
だが、それでもダメージを与えられるはずだった。
その否定する時間だけ、手間が入ればダメージを与えられると予想していた。
しかし、龍王はその身体を分裂させ、二体の龍となることで回避するとは予想は出来なかった。
ルージュは少し、眉を上げただけで慌てた様子は無い。
どう対応してくるか、ある程度予想していたというのか?
目の前には、西洋ではなく東洋の龍のように翼も無く空を飛ぶ龍が二体並んでいた。
『愚かだ』
『失せろ』
警鐘が響いた。
自分でもどうして動いたのか分からない。
俺はその場からルージュを置いて飛んだ。
そして、数秒後にそれが正解だと気付いた。
「なっ!?」
ルージュの身を飲み込むように、黒い球体が発生していた。
意趣返し、そういう言葉が脳裏に浮かぶ。
同じ攻撃で、奴は攻撃してきたのだ。
「フン!」
黒い球体が弾け、霧散する。
その球体の中から、腕を組み高慢な姿のルージュが現れた。
無傷、ブラックホールだとするなら恐ろしいほどの重力が発生している場所から無傷で現れた。
その姿からは、この程度かという侮る感情がありありと伝わってくる。
「私は死なない、世界は死ぬことを認めていない」
『これは愉快だ』
『似たような事は考えるらしい』
『ならば試してみようか』
「グオォォォォォ!」
大気を震わせると形容出来るような龍の叫びが轟く。
今までの頭に直接響く人の言葉では無い。
野生の、それも理性の無い動物その物の声だ。
それは突如発生した。
赤く燃える巨大な岩、赤い惑星が空を覆った。
それが、俺達を飲み込むように堕ちてきた。
「なっ!?」
その驚きは、自分ごと攻撃した敵だろうか。
それとも、星を瞬く間に出現させたことだろうか。
ルージュはその行動に対処するべく、一瞬で移動して俺に触れた。
暗闇、暗転した視界、しかしそれは数秒で元の光を戻す。
そこは荒野だった。
空と大地しか無い、不毛の場所だ。
空の中心には元の姿に戻った龍王が此方を見据えており、大地には俺とルージュだけがいる。
お互いに無傷、だが先程と違うこともある。
俺だ、俺が変っていた。
俺という存在が書き換わったと今なら分かる。
俺も、ルージュや奴らと同じ管理者の権限を所持し、同じ土俵に立てるようになった。
「弱体化したけど手数は増えた、同じ数だし結果的には問題ないわ」
『一部を委譲したか』
『想定内である』
奴らとルージュの会話を聞きながら、俺はどうすればいいか理解した。
正確にはさせられただろう。
世界を管理し、世界を思うがままにすることが出来る管理者権限。
その所持者同士の戦いは、権限の奪い合いだ。
自分は存在する、お前は存在しない。
そんな一つの対象に対して、矛盾した権限の行使があったとする。
優先されるのはより多くの権限を持っているほうだ。
例えば、世界に管理者は所有物による攻撃に対してダメージを負わないというルールが定義されているとしよう。
その際、先程の攻撃で言えば俺以外は無傷となる。
俺は星なんかに潰されたら死んでしまうから、当然死ぬ。
そうならないように、ルージュは自分の一部を委譲して無効化した。
そのせいで、ルージュは個人が所有する権限の量が半分ほどに減った。
初撃、なら通用しない攻撃をルージュはしたのか。
あの時点では攻撃は適用出来たのである。
ルージュは追加する形で攻撃の発生と同時に、管理者の攻撃が管理者には適用すると世界に書き加えた。
しかし、それを敵がルールの解釈を重ねてきて回避した。
攻撃をされたために分裂する。
分裂したことにより龍王という対象はいなくなり、龍王Aと龍王Bになる。
管理者の攻撃は管理者に適用された。
管理者の攻撃は、龍王Aと龍王Bを対象にしている訳では無い。
対象を見失ったので管理者を狙った管理者の攻撃は世界に発生した現象に変る。
世界に発生した現象は管理者の所有物として扱うので、新たな管理者である龍王Aと龍王Bには攻撃は適用されない。
まるで意味が分からない、カードゲームの説明みたいな感じになっているが管理者同士の戦いとはそういう物だ。
つまり攻撃したら融合解除で回避されたみたいな感じか、我ながらしっくりきた。
再び、お互いに睨み合う時間が発生する。
しかしそれは、見かけ上の物だ。
今現在俺たちは戦っていた。
相手が出した攻撃を発生と同時に消滅させ、消滅されたという事実を無かったことにし、そのキャンセルをキャンセルする。
まさにイタチごっこ、神経の削り合い、根比べみたいな戦いだ。
無効した、無効を無効した、無効して今後一切無効されないようにした、有効されることを無効にした。
もはや小学生の揚げ足の取り合い、そこまで低レベルではないが似たような事をしていた。
もしくはハッカー同士の戦い、お互いに防衛しお互いに相手のパソコンにウイルスを送るような物か。
お互いの身体が透け始める。
それはお互いの存在を侵しているからだ。
相手を消す、自分を元に戻す。
いつしかこの二択だけに絞られた戦いを始めたのだ。
そして、それを始めた相手は二対一でルージュを責め立てる。
先手を取られた、故に一手先を行かれる。
ルージュと俺が元に戻しても、先に消された一手分確実に入る。
そして、それは致命的だった。
ほんのごく僅かだが、その一手は時間経過と同時に増えていく。
いわば、毒だ。
俺たちは新たに与えられる毒を消し去ることは出来ても、既に与えられた毒は除去出来ない。
詰みだ、ここに来て諦めないのはただの意地でしか無い。
『やはりここまでか』
『想定を越えることはない』
『いかに自らを滅ぼせぬとしようとも』
『自分の事のように滅ぼせぬ者の滅ぼし方は分かるぞ』
自らの存在が消えないということは、消し方への対策を取っているということだ。
つまりは、それだけ多くの消し方を知っているのだ。
そして、それは一日の長が相手にあった。
だが、黙って受け入れる俺じゃ無い。
きっとこれは想定外じゃ無いか?
「ッ!やめなさい」
気付いたルージュが静止する声を上げる、音も無かった戦場で再び響いた声だ。
そして、俺が最後に耳にするであろう声だ。
『諦めたか』
『自らを敵に与えるとは』
俺は選んだ。
消去で無く、存在を吸収されることを選んだ。
同時に、俺は自分自身を書き換えた。
自身は管理者権限を持っているが権限の行使を出来なくなると。
それを解除するのは他に権限を持っている者じゃないと無理だ。
つまり、一つに戻ったコイツらには解除出来ない。
「ざまぁみろ」
『こ、これは!?』
『貴様、謀ったなぁぁぁ!』
見え見えのトラップに引っ掛かる方が悪いんだぜ。




