龍王
随分と長い時間が掛かった。
俺は空から、目的の場所に降り立ち頭を垂らす。
「やっと見つけたわ」
ペチペチと咎めるように、頭を叩く手。
しかし、それを行っているルージュの顔は微笑んでいる。
見つける事が出来て満足、と言うことなのだろう。
「私にとっては一瞬だったけど、随分と時間がズレてるのね」
「俺の記憶を見たのか」
「まぁ、大体分かったわ。さて、裏から手を回している奴をどうにかするかしらね」
そう言って、ルージュは腕を引く。
これから殴るぞと言った体勢、何をするのやらと見守るとそのまま腕を前に突き出す。
すると、ミシリと何かが軋む音がした。
その音は連続的に、そして大きく周囲に響く。
そして、遂には決壊するように一際大きな音を立てて何かが起きた。
まず最初に見て思ったのは、何だあれはと言う物だった。
一際大きな軋む音、その音源は空だった。
空の青さの中に、黒くそれこそ罅のような物が発生していたのだ。
「フンッ!」
再び、ルージュの打撃。
同時に、罅が更に入り空に亀裂が走る。
三度目、ルージュが虚空を殴った時だった。
ガラス片が飛び散るように、空が割れて暗い闇が姿を現した。
パズルのピースのように、景色の一部がそのまま落ちてきて景色があった場所に闇が広がる。
そして、直感的に今までのが空間を割るという行為だと理解した。
「こんな事が出来るのか」
「構成する情報に直接負荷を掛けたから、破損したのよ」
よく分からないが、それがルージュが少し前に手に入れた管理者権限という奴なのだろう。
世界をデータのように弄くり回せるという認識でいいのだろうか。
「うん?」
そんな風に考えていると、俺は空に開いた不自然な穴の向こうに何かを見た。
白だ、赤い亀裂の入った白い何かだ。
何だあれは……いや、アレは目だ!
一瞬なんだと分からなかったが、それが動き出して黒い点を見せてきた瞬間に理解した。
巨大すぎて分からなかったが、白と赤い亀裂は眼球の白目の部分だったのだ。
毛細血管と白い眼球の部分がドアップになっていた訳である。
そして、それが動き黒目の部分が穴を覗いているという訳だ。
何という大きさなんだろうか。
「目つぶし!」
『ギィィィィィィ!』
金切り声とはこの事かと言わんばかりの大音量の不快な音が響き渡った。
耳を塞ぎたくなるような生理的に受け付けない音、背筋がゾワゾワするような代物だ。
考えるまでも無く、此方を覗いていた何者かの悲鳴である。
「コソコソしてたみたいだけど、本命じゃ無いみたいね」
「アレは一体なんなんだ……」
「裏でコソコソしている黒幕か何かでしょうねぇ」
そう、説明するルージュの視線の先では空のひび割れが拡大していた。
穴の向こうから、鈎爪のような物が此方に侵入したのが原因だろう。
まるで空を内側から破るように、空を砕いていく。
そして、その巨大な頭部がこちら側に入ってきた。
「アレは、ドラゴンなのか!」
とてつもなく巨大なドラゴンが空をあって闇の向こう側から現れた。
しかも、その一体だけでは無かった。
「ウオォォォォォン!」
「眷属か何か、なのか?」
その一体の周囲から、夥しい数のドラゴンが此方側に入ってくる。
巨大なドラゴンの周囲を、覆うように群れで現れる。
「予備戦力の小出しはやめて一気に総力戦という訳ね、無駄だけど」
ルージュはそう言いながら、手を前に翳した。
そして、それをそのままスライドさせていく。
それだけで、全てが終わりを告げる。
割れた空から入ってきたドラゴンの群れが端から消えていくのだ。
そして、中央にいた巨大なドラゴンも消え去り、最終的には横展開されていた眷属らしきドラゴン達も消え去った。
「この程度で終わる、なんて思ってないのでしょうねぇ」
その言葉に反応するように、大地が震えた。
激しい揺れ、しかしすぐにそれは何事も無かったかのように収まる。
世界が、色を失った。
『我々の予定を狂わされるとは、面白い』
世界が白と黒だけになっていた。
俺はコレを知っている、時間が止まったという状態だ。
正確にはこれに近い、時間をズラした状態を知っているか。
つまりは、今の所は時間に対して何らかの干渉を受けていると判断して良いだろう。
「出たわね、黒幕」
『然り、黒幕と言うのであれば正しいと言える』
ソイツは突如現れた。
空が割れるなんて事も無く、今までいたのに俺が気付いていなかった。
そんな風に受け取れるくらいに一瞬で、現れていたのだ。
それは二頭の龍だ。
U字型の身体を持ち、頭部と尻尾が本来の形であるはずなのに先の方には頭部しか無い。
尻尾の部分に頭がある、まさに奇形とも言える竜だ。
尻尾である場所には頭があり、頭がある場所にも頭がある。
とでも言えば、それが生物として気持ち悪い状態であると理解できるだろう。
「貴方が、龍王なんて呼ばれている存在ね」
『名前など』
『ただの個体識別の』
『ラベルに過ぎない』
『便宜上、何と呼ぼうが』
『認知しない』
二頭の頭がそれぞれ交互に言葉を紡ぐ、どうでも良いが食べたものはどこに行くのだろうか。
それとも食事を必要にしないのか、なんて考えているとルージュが問いを投げかけた。
「この世界の情報を調べた際に、履歴が残っていた。もしかして、時間を戻しているのかしら?」
『然り。この世界は7395028573回目の世界だ』
『我々は事象干渉による時の逆行により歴史を繰り返している』
『全ては歪みの集約点を発生させるためだ』
『それによる、運命からの解放を目的としている』
ルージュの一言に、幾つもの解答が返ってくる。
それは、打てば響くような解答だ。
しかし、何を言っているのか理解は出来なかった。
だが、何か分かっているのかルージュには成る程と頷いている。
「その一つが、この世界で人間が持っている予言の書みたいな物ね」
『人類が一定レベルまで繁栄すると同時に我々は素体を用いて粛正する』
『世界滅亡後に保存していた情報を上書きしている』
『その際に残留した情報を媒体によって保存した物だろう』
『我々ですら上書き出来ず、アレも一つの成果である』
しかし、と二頭を持つ龍は俺の方を見て言う。
『貴様らの存在は初めてのケースである』
『破棄した第零素体が活動している事を観測する等とはあり得ないことだ』
『世界が違えど、そこに魂が宿ることはあり得ない』
『即ち、未観測世界存在の証明である』
「何を言ってるのかしら?貴方達が破棄した?」
二頭を持つ龍の言葉に俺たちは疑問を浮かべる。
そして、俺という存在のルーツがこの世界だと言うことに驚愕した。
まぁ、奴らの疑問もあり得なくは無い。
何故なら、俺は他の世界から転生してきた人間だからだ。
いつ死んだのかとか分からないが、とにかくここじゃないどこかからやって来たことと男であったことは覚えている。
『我々とは違う模索方法ではあったが、このような結果を生み出したという訳だな』
『我々の計画すら想定内なのかもしれない』
『だが、我々は成すべき事を成すだけである』
『運命に囚われし我々すら倒せぬなら、運命を逸脱出来る可能性はない』
『ここで破れるなら、それまでよ。さぁ、粛正の時間である』
納得がいった、そんな風に頭を振る仕草をしたと思えば龍は、いや龍王は戦うことを決めた。




