自然の脅威
取り込んだ敵によって、目の前にある壁の正体が分かった。
機械竜の中にあったデータとも言える記憶。
それによると、目の前の壁は時間を隔離した空間の境目とのことだった。
外側と内側の時間をズラすことによって、ズレた期間だけ干渉出来なくするらしい。
結果として、時間の経過を待つ以外の攻略法はないそうだ。
「ふむ、まぁ科学の力できることは魔法でも出来るわけだが」
正体が分かればあっという間に攻略できるという物、それはもう攻略サイトを見ながらゲームするくらい楽勝である。
まず、身体を液状にしてその干渉出来ない空間を覆うように纏わり付いていく。
自分の体内に収納するように満遍なく覆ったら、体内の時間を魔法で加速する。
その結果、外の時間よりも時間の流れが速まり空間がズレを無くして元通りになるはずだ。
「さて、俺はどのくらいこんなことをしていれば良いんだろうか……うん?」
後は待つだけとなった俺の視線の先は遠く空を漂う何かを捉えていた。
それは一見、雲のように見えるのだが絶えず姿を変えている。
スライムみたいな雲だな、と思うくらいには不定型な何かだった。
それは上空から薄く広がりながら此方に、というか地上に落ちていた。
「雲を操っているのか、それとも新手の兵器か?」
科学技術が進めば、雲すら兵器にしたり出来るのだろうかと想像する。
機械竜の記憶にはないが、毒ガスや気体を操作する技術はありそうだ。
惜しいのはコックピットでのやりとりだけで、色々な知識が機械竜を持ってなかったことだ。
「いや、アレは……」
「ウオォォォォォン!」
俺がその正体に気づき始め、雲では無いと判断すると同時に雄叫びが響いた。
それは不定形の雲が発した音だった。
俺が気付く切っ掛けとなった物、それは形であった。
不定形で流動しているように見える雲がよく見れば手足と尻尾を備えているのだ。
そう、竜の形をした雲、それが雄叫びを上げたのだ。
「新手か?雲に見えたが、アレもドラゴンなのか?」
まるで生きているかのように、雲が渦巻き動き出す。
それは竜巻のようにも、竜が首を曲げたようにも見えた。
ドンドン地上に近づいてくる竜の形をした雲、それが地上に触れた瞬間ビルが吹き飛んだ。
轟音と供に窓ガラスが割れ、車や街路樹が彼方に飛ばされる。
まさに自然現象、それが猛威を奮っているように見える。
しかし、アレは意思を持ってそれを起こしていることは間違いなく、つまりはアレの正体は意思を持った自然災害だ。
「ウオォォォォォン!」
「風が叫び声に聞こえるのか、その逆か」
俺はやって来る新手を待ち構える。
見えていても霧にしか見えないその身体は、周囲の影響によってどこにあるかは分かる。
俺から離れた場所、そこから此方に被害が連なって動くからだ。
遠く離れた場所から窓ガラスが割れたり、此方に向けて放置された車が吹き飛んだり、その光景を見るだけで近づいているということは理解できた。
「喰らえ!」
腔内に魔力を集め、極光と供に解放する。
ドラゴンブレスが、その迫り来る脅威に向けられた。
しかし、やはりというか空に穴を穿っただけでドラゴンブレスの極光は対したダメージを与えられていなかった。
「ウオォォォォォン!」
「ッ!?」
雄叫びが、すぐ近くから聞こえた。
同時に、身に風が叩きつけられ皮膚が裂けた。
ただの暴風雨にしては過剰な被害、風に煽られただけで皮膚は裂けない。
これは、何らかの攻撃を受けている証拠だった。
「くっ!自然そのものとかダメージ与えられないじゃないか」
このままではジリ貧であるのは必至、そのため空間に干渉することを一時中断し、半球状のゲル体から竜の身体になる。
そして、そのまま翼を羽ばたかせ全速力で真上に向けて飛んだ。
確かに暴風雨はそれなりのダメージを継続的に与えてくるが、しかし実態は無いために極小のダメージしか与えることは出来ない。
更に、此方が干渉出来ないように彼方も干渉は出来ないのか飛ぶ行為を阻害することは暴風雨に晒す以外出来ていなかった。
そして、突き抜けるように雲の竜を抜けて反転する。
上空を見上げて飛ぶ形から、翼を折り曲げ地上を見下ろす形にだ。
そこには、都市を覆う飛んだ形の竜に見える雲があった。
「どうしたら、範囲攻撃とかか?」
一点集中では意味が無い、ならばと今度は全体攻撃に切り替える。
今度はレーザーのような物ではなく、炎を吐き出す形にしたドラゴンブレスを口から放つ。
放ちながら、空を滑空して敵の身体を焼いてみることにした。
雲の身体を炙るように、炎がその表面を滑らかに沿って行く。
その霧に似た身体は炎に包まれると同時に溶けるように蒸発していった。
「ウオォォォォォン!」
「どうやら、意味はあったようだな」
ならばと、より攻撃を強めるために背後に魔法陣を浮かべる。
大小様々な魔法陣、それは俺に付随して動き断続的に炎を撃ち出す。
さながらシューティングゲームのオプションと呼ばれる、自機と同じ武装を持った存在のようだった。
俺がブレスを放つ背後で、炎を塊が飽和攻撃のように撃ち出される。
一面が炎の海と化し、その雲の身体を焼き尽くしていく。
「ウオォォォォォン!」
「うおっ!?反転した!」
身体の上から一方的に攻撃を加えていた事に対抗してか、奴は反転した。
そして、自然現象としてはあり得ない光景が生み出される。
風が地上から上空に向かって吹き、雨が地上ではなく空に向かって降るのだ。
暴風雨が地上から天に、空にいる俺に向かって吹き荒れる。
炎のもその勢いに煽られ弱くなり、雨によって威力を弱められる。
だが、その行動は効いているという証明に他ならなかった。
「なら、これでどうだ!」
全身から電流を走らせ、雷を放つ。
放電した雷は、そのまま奴の身体目掛けて飛来した。
飛来し、そして帯電するかのように奴の雲の身体で燻る。
「ウオォォォォォン!」
再び雄叫びが聞こえた、それは恐らく電流を喰らったが故の反応だろう。
奴の身体を削ることは出来なかったが、それでもダメージは与えられたのか暴風雨が弱くなった。
要は、スライムと同じ物理攻撃が効かないだけの存在だった。
相性的に魔法が使える俺と奴は致命的に合わなかった。
それから、果敢に俺は魔法で攻めていく。
そのどれもが奴の身体を傷付け、僅かながらにダメージを与えていく。
「叫ぶだけで、攻撃は暴風雨とは俺が今まで会ったドラゴンの中でも最弱だな」
「ウオォォォォォン!」
「失せろ!」
ダメ押しとばかりに俺はある魔法を放った。
黒い光すら飲み込む球体、それはブラックホールと呼ばれる存在だ。
科学によって生み出すことが出来るように、魔法によって生み出すことが可能となったそれは俺の口元から勢いよく離れて奴の身体に着弾する。
着弾と同時に周囲の物を飲み込み始め、竜巻を巻き起こすように奴の身体を吸い込んでいく。
逃れようと奴が身体を広げるも、その雲のような身体を広がるよりも早く黒い球体は飲み込んだ。
排水溝に流れるように、白い雲が黒い球体を中心に渦巻きながら飲み込まれていった。
最終的に、そこには黒い球体しか存在しなくなり、その黒い球体も自然と小さくなり消滅した。
「最初からこうしておけば良かったな」
俺は晴れやかな顔でそう言いながら、色を取り戻した都市を見た。
俺が戦っている間に、長いことズレていた都市の空間が戻ったようだった。




