宇宙からの来訪
「うわぁぁぁぁ!」
「撃て、撃ち続けろ!」
夜のビル街に不釣合いな光の雨が降り注ぐ。
それはネオンの灯りではなく、指向性を与えられた高出力のエネルギー体。
触れた物を分解する光の塊、レーザーであった。
だが、レーザーの豪雨を諸共せずにソイツは彼らを追い詰める。
「なんだアレはどうなってやがる!」
「グヒャヒャヒャヒャ!」
「キヒヒヒヒヒ!」
更に追い討ちを掛ける様に、何人かが気でも触れたのかのように武器を乱射に部隊を混乱に陥れる。
その状況に隊長である男は、仲間を射殺することで対処する。
「クソ、どうなっている!誰か分かる者は!」
「恐らく電波攻撃かと!ですが、個別に行なわれていることから……」
「おい!ッ!?」
「からからからららら、ギヒヒヒヒ」
「クソッ!」
銃口を向けられた瞬間、反射的に隊長は部下を射殺する。
距離に関係なく、精神を乱す正体不明の存在に恐怖を抱きながら、アレも使徒なのかと推察する。
その思考が、生死を分けた。
隊長以外の人間が、糸が切れたように動きを止めて地面へと倒れる。
その様子に驚き体が硬直した瞬間、目の前に紅い女がいた。
ルージュは自分を襲撃した奴等を一人を除いて全滅させ、自分の琴線に触れた男を捕まえる。
一人だけ、他の人間と違って恐怖以外の反応を抱いたそれにルージュは何かを知っていると確信したのだ。
血に汚れた両手で男の顔を優しく添えるように包むと、男は恐怖に表情を引きつらせた。
「お前、何か知っているわね?」
「あっ、あ……」
「私の目を見ろ」
男の瞳には目を金色に輝かせる紅い女が写っている。
揺らぐように不思議な輝きの瞳に見つめられることで、頭の中に靄に包まれるような感覚を覚える。
思考が纏まらない、自分でも何をしているのか分からない、泥酔や寝起きの状態に近い酩酊感。
そして、記憶が吸い出されるような感覚。
「何を知っている?」
「うっ、うあ、あっ……」
「お前だけが知ってることは何だ?」
「使徒……使徒という化け物、賢人会の――」
管理者権限で記憶を吸い出すために質問をして記憶を呼び起こしていると、喋っている途中で隊長の頭部が弾け飛ぶ。
同時にルージュの両手が熱に包まれる。
魔法が発動し、低減されてはいるが高温の何かが行なわれたことは確かであった。
一体何が、その正体はすぐさま分かる。
ルージュから少し離れた位置に銃のような物を構えたゴーレム、否、ロボットがいたのだ。
『マイクロ波遮断を確認、作戦を変更します』
下部には四つの車輪があり、四つの腕にはそれぞれ銃らしきものがある。
上部には単眼のように見える赤い光、モノアイがある。
「口封じってとこかしら?」
『脅威判定が更新されました。物質転送生産を開始します』
何かが通過するような、空気が震えるような音がする。
ブン、という音がした瞬間、ロボットの背後には瓜二つの存在が現れた。
……あれは、転移!?
『生成速度を上昇します』
『ネットワークを構築します』
更に二体のロボットが背後に現れる。
それが倍々に増えていく、数秒でルージュの目の前には埋め尽くすようなロボットの大群が出来ていた。
「う、嘘……」
『対消滅攻撃を開始します』
『陽子崩壊プロセスを起動します』
『粒子砲チャージ開始します』
赤いモノアイが同時にルージュへと向けられる。
そして、全てのロボットの武器部分が向けられたとき、ルージュは自身の危機を予感した。
暗闇と僅かな光源しかない部屋に人が来る。
やってきた者は白衣に髪を結った男性だ。
男性がやって来た部屋の主は部屋の最奥で、モニターを黙々と見ていた。
入室した気配を感じたのか部屋の主は振り返り、やって来た男に相対する。
「なんだ?」
「草薙、プランが狂った」
「此方も確認したが、プランに変更はない」
「どういうことだ?」
言葉少なく、沈痛な面持ちで放った言葉に返ってきた反応は白衣の男を困惑させた。
その答えだと言わんばかりに部屋の主はモニターに写る、何らかのデータを見せる。
「これは……」
「対象の体組織、物理法則、存在定義を観察した結果だ。結果は見れば分かるだろうが」
「未知、だというのかい?だって、それは」
「あぁ、旧文明ですら認知していない使徒ですらない存在だ」
モニターが変ると、そこにはロボットの攻撃を受け流す女の姿が映される。
それはロボットに囲まれているルージュの姿だ。
「奴の攻撃は不明、どうやって防いでいるのかも不明、科学では証明できないオカルトの存在だ」
「そもそも存在はしているのか?いや存在定義が観測されるということは、幻覚でもなんでもないか」
「未知の物質、未知の法則、未知の定義で出来た存在。こんなものは世界に存在してはいけない。世界の外側から案外来たのかもしれないな」
「では使徒ではない?」
「あぁ、使徒は別にいる」
モニターに写る映像が俯瞰視点の物になる。
黒い点に囲まれる赤い点、大陸と海を写した物、星と暗闇、そして星へと向かっている銀の流動体。
「プラン通り進行しているのか」
「あぁ、プランは短縮されたが実行されている。大質量を持って、星の生命体を八割は死滅させる試算が出ている。あの存在に構っている暇は無い」
「そうか、杞憂なら良いんだ」
「アレは面倒だ、時間加速流にでも流して未来に飛ばしてしまえ」
「あぁ、問題を先送りしようか」
白衣の男はそういって、端末を操作して衛星を起動する。
そして、その照射地点を確認すべくモニターの映像を切り替えた。
数秒後、衛星からは針のように細い光が地上に向かって落とされた。
落ちて、落ちて、着弾と同時に、何もかもが消え去った。
残ったのは色を失った無傷の都市、白黒の世界だけだ。
「あぁ、僕だ。A級非常事態宣言により指定区域の閉鎖及び情報操作しろ」
「さて、問題は第10の使徒だ」
「13号はまだコントロール出来ていないが、どうする?」
「従来のプランで対処しろ」
白衣の男は、了解と一言だけ口にして部屋を後にした。
部屋には、モニターを見続ける男が一人残されるのだった。
視界が変る、暗闇から明るい世界へと変わる。
夢を見るように、映像だけを見せられる。
目の前には宇宙飛行士のような、近未来チックなスーツを着た男がいた。
股間がもっこりしているので男で間違いない、なんでビチビチのスーツにしたんや!体の形まるわかりや、ギャグかよ。
視点が動き始め、周囲の様子が分かるようになる。
そこは格納庫のような場所、機械と人とカプセルに入れられた生物の標本らしきもの。
ただ、どれもサイズがおかしかった。
機械はそれほど大きくない、先ほど見た男に比べたら巨大だろうがそうは感じない。
問題は、機械を整備しているだろう人が普通の大きさなのだ、つまり先ほどの男よりも大きい。
そして、ソイツが抱える標本の入ったカプセル、中の物もビッグサイズというわけだ。
何だ、小人がいただけか。借り暮らしですか、そうですか。
整備している人達が何をしているのかと思えば、カプセルの中身に似た生物の屍骸に機械を溶接しているように見える。
抱えたカプセルの中身を屍骸にくっ付けたり、エンジンみたいな複雑な機構の機械もくっ付けたり、何をしてるかさっぱり分からん。
走行しているうちに格納庫が開いたのか、光度が急激に変り眩しさを覚える。
視点は揺れ、気づけば俺は夜空にいた。
視点が下に動き、四角い穴の空いた都市が見えた。
穴から出てきたのだろうか、考える間もなく忙しなく視線が動く。
視線は頭上、夜空に向けられていた。
そして、流れるように景色を置き去りにしていく。
大気圏を抜け、宇宙へと到達すると、視界の中に極小の白い点が見える。
それは徐々に大きくなり、星ではなくナニカ別の物に見えた。
なんだあれ、タイプマーキュリーか何かですか?
それは銀色の不定形の流動体だった。
無重力に晒された水銀、という表現が一番しっくり来るかもしれない。
『同胞よ、来たぞ』
『同胞よ、私はここだ』
初めて音が聞こえた。
それは会話のような物だ。
その意味を咀嚼する前に自体は動く、水銀が変化したのだ。
爆発するように広がった水銀は、布のように整った形態になり、中心から捩れてドリルのようになる。
変形したのだ、何らかの意思に従ってだ。
視点の主は腕を向けて、レーザーのような物を連続して照射する。
遠く離れたドリルの表面では小規模な爆発が巻き起こる。
そして、ドリルの周囲の宇宙に波紋が広がり、そこから何かがゆっくりと飛び出してくる。
船だ、宇宙戦艦というイメージにピッタリな船が現れドリルに攻撃し始めた。
波紋は複数表れ、そこから大小様々な宇宙戦艦が出てくる。
なるほど、ドリルは宇宙人で撃退する感じですね。
『同胞よ、何故だ』
『何を言っている』
『やめろ、裏切り者』
『お前はどこにいる』
なんだか不定期で聞こえる声は通じていない印象を受ける。
頭に直接響くんだが、もしかして同胞って俺なのだろうか。
誰だよ、あれ、ドリルが喋ってんの?
ドリルは悶える様に波打ち、そこに追い討ちを掛けるように宇宙戦艦から人型のロボットが飛んでいく。
アレは前に見た機械の天使だ。
それが群がるようにドリルに攻撃を加える、そこに加わるように視点の主もドリルに近づく。
その巨体しか見えないほどに、視点の主は近づきそしていつの間にか持っていたビームサーベルのような光の棒を突き刺していく。
俺は一体何を見せられているのか、理解が追いつかない。
『お前も早く攻撃せよ、仲間達は攻撃している』
『同胞よ、耄碌したか』
『どうした、何を言っている』
『同胞よ、共に散ろう』
えっ、と俺が思わず言いそうになった時だ。
今まで見えていたドリルの表面、銀しか映さなかったそれが赤く輝いていた。
いやいや、これって爆発するんじゃ……
予想に違わず、視点の主が死んだのか俺の視界は再び暗闇に戻るのだった。




