探索と起動実験
鬱陶しく、腕輪から音が鳴る。
周囲の人間は気にした様子も無く、どうやら自分だけが聞こえていると自覚する。
何だと思って、腕輪を見れば半透明のガラスのような物が空中に現れる。
そうして、そこに何らかの記号が表示されており、それが自身の肉体となった者の上司の名前だと知る。
「うるさい、着信拒否」
『音声認識、着信拒否しました』
音は鳴り止み、これでいいと判断してルージュはこれからの行動を考える。
何処に行けばヤンヤンの居場所が分かるか、ニュースなどで報道されていないと言うことは秘密裏に対処されたと思う。
この世界がどういう世界か分からない、人知れず裏で暗躍する誰かがいる世界かもしれない。
そうなると、一般人であるこの体の持ち主では行動に制限が出来ると思われる。
仮にそうだと仮定して動くなら、まずは政府を調べる。
政府が知らなかった場合は虱潰しに知っている奴を探す。
そのためには、人手がいる。
目立つ手段ではあるが、時間が無いかもしれないので仕方ない。
そう判断して、ルージュは即座に動いた。
まず目の前にいる女性に噛み付き、次にすれ違った男性に噛み付く。
困惑しながら立ち止まる学生に噛み付き、異常感じて逃げ出そうとする女子高生に噛み付く。
危機意識がない彼らは格好の餌だった。
誰もが、何かのイベントだと思っていたのだと思う。
何故なら、危害を人に加えようとすると腕輪から電流が走り動けなくなるはずだからだ。
だが、この世界の住人は勘違いしていた。
異常を感じた女子高生だけは気付くことが出来たが、それ以外の者にとっては気付くには遅すぎた。
害意なく、悪意なく、殺意なく、危害を加える存在を知らなかった。
吸血鬼、彼らが人を襲うのは戯れ以外に食事としての意味合いがあることを知らなかった。
管理された社会だろうと、ルージュの行動を止めることは出来ない。
何故なら、それは食事だからだ。
どんなに心を解析できたとしても、本人が食事だと思って行動していることを疎外は出来ない。
管理している何者かが設定していないからだ。
食事が出来ないように設定していたなら、すべての人間が餓死してしまう。
システムの抜け道を使った、ルージュの蹂躙が行われた。
一人、二人、四人、加速度的にネズミ算式に被害が増大していく。
ルージュにとっては慣れた作業、この世界の人間達にしたら未曾有の危機だ。
いつの間にか人格が変革し、人から吸血鬼へと変わっていたからだ。
だが、システムは無情にも異常を検知することはなかった。
「記憶領域、アクセス、掌握」
管理者権限、新たに手に入れた力の一端を使う。
まだ制御は不完全ながら、その力によって出来ることは膨大。
息を吸うように、周囲にいる管理下になった者の記憶を読み解く。
時間は一秒も満たない、どころか時間の概念など意味をなさない。
知ろうとした、ならば知って、知っていた。
そういう状態へと移行する、まるでデータを書き換えるかのように自分の記憶として既にあるものとなる。
「いた」
政府に関わる者の記憶を見つける、ドラゴン、捕獲、研究。
それは擦れ違い様、電話越し、雑音の中に紛れた単語。
本人すら聞いていたことすら意識すらしていないそれ。
まるで砂漠の中で色の違う砂粒を見つけるような、それをルージュは見つけた。
そして確信する、ヤンヤンを知っている奴がいた。
それさえ分かれば、何も問題ない。
取り返すのだ、その為に動くのだ。
手始めに、この国を乗っ取るべくルージュは動き出した。
夢を見ていました、っておいおい熱血アニメの最初みたいだな。
長いこと夢を見ていた俺は唐突に起きて早々思った。
いや、気付いたら寝ていたみたいだが何があったのか。
意識がハッキリして、まず最初に思ったこと。
う、うごかねぇ……っていうか、ここどこだよ。
視界は真っ暗で、腕は上がらず、自分が呼吸していないことが分かる。
呼吸していないのに苦しくないことが不思議で仕方ない、でもって偏頭痛がする。
足も、尻尾も、というか体全体が動かない。
視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚、五感が全部ダメになっている。
いや、俺にはまだシックスセンスがあるはず、行くぜぇぇぇぇ。
と、そんなことをしていたらうっすらと自分以外の何かの存在を感じ取る。
マジであった、まぁ魔力か何かだと思うんだけどね。
その何かは俺の中に、俺の知らない身体の奥へと入ってくる。
俺の中の大事な、っていうか多分感覚的に脳の辺りに入ってくる。
いっそう偏頭痛は高まり、異物挿入でも脳にされているのではないだろうか。
痛みは感じるんだけど、本当に俺は何されているんだろう。
と思っていたら、異物が無くなる感覚した。
なんていうか、溶けた感覚に近い。
まるで口の中に氷か飴があったかのように、確かにあったそれは徐々に小さくなり消えていった。
そして、唐突に味覚がよみがえる。
形容しがたい不味さ、この味を俺は知っている。
人間である。
あれ、もしかして異物って人間なのだろうか。
それが俺の中に入ってきて溶けて、味が分かったということか?
まさかの察しの良さを発揮してしまう自分が恐ろしい。
これはあれである、脳の辺りということは俺を操作しようとしているんじゃないだろうか。
そう、パイロット的な奴である。
俺が戦った機械天使、というか生物兵器みたいに俺はなっているんじゃないだろうか。
この世界は生物を機械と融合させるみたいなことが出来るのかもしれない。
そう、機動戦士ヤンヤン、汎用人型決戦兵器ヤンヤンというわけなのさ!
な、なんだってー!
って、思考することは出来ても動けないんですけど。
アレか、俺が悪いのか。
なんか異物を受け入れない感じが悪いのか。
もう分かったよう、全部受け止めるよ。
抱きしめるよ、銀河の果てまで。
あぁ、入ってきますわぁ……
もう、風呂上りのビールみたいな。
なんか、入ってきたって感じするわ。
『――験は――功――実験――成――!』
声がした。
途切れ途切れだが、確かな言葉だ。
だが、頭の置くからガンガン響くようでうるさい。
コイツ、頭の中に直接、みたいな。
つまり、うるさいのだ。
『――問題――ただちに――』
『――上昇――臨界点に――』
『ダメで――これは――暴』
うるさい、うるさい、うるさい、もう誰だか知らないが喋るな。
視界が開く、視覚が戻ってくる。
見える、動く、身体が自由になる。
そこは白と赤の広がる部屋、一面の白いタイルに血が付着している。
周囲には機械が散らかっている。
そして、目の前にはガラスが広がっていた。
俺を見ている、人間達が見ていた。
あれは、間違いない。
周りは白衣を着ているのに一人だけスーツ、間違いないアイツはお偉いさんだ。
でもって、お偉いさんとは俺をこんなことをしたに違いない。
あの、なんか観察していた不愉快な奴だろう。
不意に、自分の腕を見た。
見たことも無い機械の腕、持ってかれたぁぁぁぁ!いつの間にか、機械義手になっている。
まぁいい、取り合えず殴ってやる。
我武者羅に、ガラスを殴る。
しかし、皹が入っても割れることはない。
強化ガラスか、畜生。
それでも諦めずに攻撃し続けるが、身体から力が抜けていく。
光が、どこからか俺に照射されていた。
その光を触れたところから何かが抜けていくことを感じる。
何らかの妨害措置だろう、残念ながら腕が上がらなくなってきた。
筋トレしたときみたいだ、もう無理かもしれない。
腕が動かなくなり、身体から力が抜け、また意識が遠のいて……
俺の視界は真っ暗になった。
ルージュは吸血鬼化した者達を使って、国を乗っ取ろうと行動した。
しかし、それはいきなり頓挫する。
「ッ!?」
痛みを腕に感じ、即座に確認する。
そこには腕輪を中心に黒くなっている皮膚があった。
壊死している、気付いてから反射的に腕を捥いだルージュ。
そして、周囲を見た。
果たして、目の前にあった光景はいつの間にか腕から肩に掛けて壊死した者たち。
今から、行動するために造った即席の、吸血鬼達だ。
「腕から壊死、政府の奴らに気付かれた?」
吸血鬼化した人間の中には政府の者達も何人かいた。
通行人から辿り、都市一つ飲み込んで数人、所謂地方役人という奴だった。
そいつらの会っていた人物は国の役人で、政府の内情に詳しいはずだった。
だが、その役人の記憶の中に腕輪にこんな機能があるとは無かった。
政府の人間なのに知らない、知らされていないことがあったのだ。
「いったい、どうい――」
ルージュの頭の前に、光が止まる。
それは、ルージュが張っていた魔法にナニカがぶつかったからだ。
そのナニカ、光は魔法に拘束されて止まっていた。
……攻撃!そこか!
光を直線状追っていく、するとそこにはビルがある。
そして、ビルの一角に違和感を感じる。
そこには何もないただの景色が広がっている。
だが、ルージュの直感は生き物がそこにいると認識していた。
「認識阻害魔法、いや科学か」
睨みつける、それだけで行動は終わる。
生き物がいる、姿が見えない、ならば魔法以外の手段で姿を消している。
科学を用いたのか知らないが、しかし意思ある存在が此方を見ていた。
ならば、視線を通して攻撃するだけのことである。
ルージュは瞳を通して、此方を見ているであろう相手の視線から、対象を攻撃した。
造作も無い、ただの精神破壊魔法である。
相手が此方を覗いているとき、此方も相手を覗けるのである。
そうして、その効果は劇的だった。
「う、うわぁぁぁぁ!」
「やはり、いたか」
突如、景色が歪んだ。
そして、そこから人型の点滅する何かが現れた。
手に銃らしき物を持ち、周囲へと無差別射撃。
隣には、布らしき物を被った仲間がいたのか悲鳴が聞こえる。
打たれた布は点滅し、それが姿を消していたカラクリだと認識する。
「どうやら、あちらから来たみたいね」
ならば話は早いと、ルージュは捕縛するべく動き出した。




