裏切りの十三使徒
不可思議な球体がある。周囲の景色を捻じ曲げたような、そんな球体。
その中から、何かが出てくる。それは白い手だ。
白い手がゆっくりと不可思議な球体から抜けて出て、その全身が露わになる。
そこには全裸の女、吸血鬼ルージュの姿があった。
ルージュの顔色は何故か優れない、何かを気にしているように顔を顰めている。
「ヤンヤンとの繋がりが消えた……」
それは不意に零れた言葉だった。
しかしそれは極めて異常な事態である。
どこにいてどこにいないか何となく分かる存在にも拘らず、それが特定できないのだ。
少なくとも、周囲数キロにはいない。
「誰か」
「ここに」
「ヤンヤンはどこ?」
「ヤンヤン様ですか……」
問いに答えられる眷族はいなかった。
それがますますルージュを焦らせる。
問われた眷族が探索し始め、漸く情報がルージュに入る。
それはヤンヤンが先に新しい世界へと進んだと言う事だ。
……何かあったということかしら。
そうとしか考えられない状況に、ルージュは行動を開始する。
自信の力をコントロールすることをやめ、ヤンヤンの捜索に乗り出すのだ。
「行くわ」
「ハッ!」
言葉は少ない。
だが、それだけで全ての眷族には十分だった。
ルージュは眷族達を引き攣れて新世界へと向かった。
ここはどこだろうか。
意識がハッキリとしない中で、俺は目が覚める。
確か、俺はバラバラにされて……それで……
考えが纏まらない。というより、何だか一度に複数の事を考えているかのようにゴチャゴチャと思考が入り乱れている気がする。
「これが」
「えぇ、そうです。予言の書に記されし、終末の使徒に間違いないでしょう」
「ご苦労、下がっていいぞ」
混乱している俺の耳に、声が聞こえた。
二人の人物の声、一体何の話をしているのか。
そして、何かがカッチリ嵌ったと言うか意識がハッキリしたと言うか、不思議な感覚の後に俺は自分の状況を自覚した。
なんか、真空パックみたいなのに入ってる。
目が視えない、というか目という器官が無い状態。
肉塊に近い形で、俺の表面はビニールのような触感を感じている。
周囲に空気が無く、活動しにくい状態から真空パックに入れられていると推測した。
「存在しない第十三の使徒、まるで旧文明の宗教に存在する裏切りの使徒ではないか。いや、我々の計画からすれば当たらずも遠からずか」
えっ、何言ってんの?中二病なのこのオッサン。
オッサンは俺をどこかに連れていくようだった。
一体俺をどうしようとしているのか、それにしても運ばれると言うのは何とも変な感覚だ。
「やぁ、草薙」
「例の物を入手した」
「あぁ、これがそうなのか。存在しない第十三使徒、運命に記載されない存在。僕達の計画に持って来いじゃないか」
「滅びの運命を覆す存在で、あればな」
空気が、俺の身体を包み込む。
どうやら真空パックが開閉されたようだ。
その結果、俺の身体が活動を開始する。
そして、肉体の状況が正常に活動するにつれて自身の状態が改めて認識できるようになる。
どうやら、俺の肉体は普通状態の何十分の一程になっているようだった。
まぁ、体積は圧縮された物だから元の大きさに戻る事も容易い。
「スゴイな、再生し始めている」
「完全再生する前に、実験を開始しろ」
「分かっている」
今は何をすべきか、俺は無意識に視覚器官を作り出した。
そして、再び世界を見ることが出来るようになった俺が最初に見たのは流れて行く景色。
もしや、投げられた?うわ、何か身体が動けない……
痛みが全身に走る。身体が、バラバラに分解されているようだった。
「あぁ、驚異的な生命力だ。見たまえ、顕微鏡の映像だ」
「これは、食べているのか?」
「いや、融合しているという表現が正しいだろう。ここまで分解されながら生きている。驚異的な生命力だよ」
「恐らくコイツの能力は変身能力だ。極小の生物に変身する事もあるのだろう」
俺を観察する声が聞こえる。実に不愉快だ。
俺を実験動物として見ているからだ。
しかし、それでも俺は為す術はない。
肉体が再生しようにも極小単位のまま合体できないからだ。
「製造機へと投入しろ、驚くべき速さだ。能力のお蔭か大幅なプランの短縮が見込めた」
「本当に都合が良い、都合が良すぎて神を疑う」
「人類に都合が良い存在、まさしく神敵に相応しいじゃないか」
何処かに身体が流れて行く。
バラバラに、意識だけがそこにはある。
しかし、それも朧気になっていつしか沈み込むように霧散した。
ルージュは未だかつてない繁栄をした人の街並みの中にいた。
「ここが新世界……」
灰色の地面、白い柵に囲まれた街路、車が行き交っている。
街行く人々は皆が奇抜な色の服を来て、遠巻きに集まっては何やら端末らしきもので此方を見据える。
人の形をした機械のゴーレムが闊歩し、常に街中を騒々しい音が駆け巡る。
その様子にルージュは思わず驚愕する。
「これが文明だと言うの……」
自分も似たような物をゲームで知っている。
そう、だがそれは空想の産物だ。
しかし、目の前の現実はゲームの中にあった空想の世界に酷似していてそれでいてそれより発展している。
SF、まさにその言葉に尽きるものだった。
「とにかく、ヤンヤンを探さないと」
奇妙な街並みを進んでいく。
街行く人々は、奇抜な色の服を着ているが造形はそこまで変な物はなく、ルージュもそこまで浮いていなかった。
少し、豪華な服を着ている程度に思われているのか街行く人々に気にした様子はない。
それはそれで都合が良いため、情報を集めるべく練り歩く。
周囲の様子を伺えば、全ての人間が腕輪らしきものを付けている。
そして、それに向かって喋っていたり翳したり弄っていたりと言う様子が見受けられる。
これは何か、生活に密着したどうぐではないだろうかとルージュは思考した。
同時に、背後から追ってくる気配に都合がいいと感じた。
気配を誘う様に、人気のない道を探して進む。
いつしか、人気のない場所に入ってくると背後から追って来ていた気配も釣られて来る。
「ねぇ、彼女――」
「動くな」
行動は一瞬、背後から話しかけてくる男達を振り返った瞬間に魔眼で見据えただけ。
それだけで、全てが完了する。
男達はルージュの怪しい光を帯びた瞳を見た瞬間、硬直し、ルージュの言葉に従う。
簡単な、魅了状態に陥ったのだ。
恐らくだが、ナンパの類なのだろう。
時代が、世界が、文明が違えど、変わらない物がある。
どこにでもこういう輩はいるものだなと、一人ルージュは思った。
「私の質問に答えなさい、その腕輪は何?」
「はい、これは個人認証端末です」
「それで、何が出来る?」
「個人認証端末では買い物から電子機器の操作、個人証明から業務活動などが行えます。また、メンタルケアも兼ねており、犯罪者予備軍の特定が可能です。他にも、犯罪行為が行われようとした際に電流による阻止などの犯罪の防止も可能としています」
そういう物なのかと、ルージュはそれを見る。
男達、というかこの世界の人間達が着けている腕輪がないと活動しにくいだろうなと思いながら入手方法を考える。
これがないと、活動が限定されるからだ。
しかし、質問して得られた情報は入手方法がないということだ。
どの男も、生れた時から貰っており壊れたことが無いからだ。
だから、そもそも貰う方法を知らないのである。
生れてから個人認証端末を持っていない、という発想がない。
それぐらい当たり前の物であった。
ルージュは質問を変えて、事故などで腕を切断した場合はどうなるのかと聞いた。
その答えは、分からないとのことだった。
そもそも、事故と言う言葉自体を理解できていなかった。
「なんで理解できないのよ」
首を傾げ、じゃあと試しに男の腕を切断してみた。
魔法による切断は、生々しい切断面でありながら出血はない。
その状態で、人がいる場所へと移動させる。
さぁ、何が起きるか潜伏して様子をルージュは見守った。
普通、あんな腕をしていれば悲鳴の一つでも上がって良い物なのに誰一人叫ぶ者はいない。
みんな不思議そうな顔をして通り過ぎるので、ルージュは違和感を感じていた。
「怪我の心配をしていない?」
魔法を解除させて出血させてみたが、それでもその光景に迷惑そうな顔をするだけで悲鳴を上げる人間はいない。
寧ろ、何かのパフォーマンスかという声が聞こえてくるくらいだ。
いよいよもって異常性にルージュも気付く。
しかし、怪我をした男に近寄る者もいた。
他の者と違って同じ服を着た集団、恐らく制服を着ているのだろう。
ソイツらは困惑しながら、怪我をした男を連れて車に乗せてどこかに移動し始めた。
「アレは何?」
「アレは、回収人です。病死した人や犯罪を起こそうとして死んだ人間を回収します」
「なるほどね」
では、アレは死体扱いで回収されたということである。
つまり、腕輪が外れた瞬間生きている者として判断されない。
どこかで、管理している人間がいると見て良いだろう。
「取り敢えず、ある程度の方針は決まったわね」
腕輪を外さずに、誰かの身体を奪う事を画策しルージュはその辺にいる女の身体を奪う事にした。
作業は単純な物で、魔眼で従わせ、小さな傷を付けてそこから血液となって肉体を奪うと言う物だ。
何故、転移魔法で腕輪を奪わないかと言うと個人を認証している際に健康状態なども見ているために他人である状態だと、データが一気に変化するからだ。
それは間違いなく異常で、目を付けられるだろう。
だから、肉体の成分を変えずに乗っ取り実験的に大丈夫か確かめてみる。
果たして、それは大丈夫であった。
個人情報から全て、乗っ取った女性の者となり異常であるという様子は見受けられなかったからだ。
こうして、ルージュは入れ替わる形で管理された社会に溶け込むのだった。




