魔物を討伐しに行きました
そこは小さいな村だった。人々が畑を耕し、税を納め、そして生きてゆく、代わり映えの無い日常が営まれている場所だ。
その村に、久しぶりに来た行商人は多くの村人に囲まれていた。
行商人は気弱そうに見える青年と物腰や仕草から没落貴族だと思われる少女、そして死んでるのか生きてるのか分からないトカゲの二名と一匹だ。
「これはこれは、よくお越しいただきました貴族様」
「え?あ、はい」
「村長さん、こんにちは」
「おぉ、おぉ、久しぶりじゃの~」
行商人は集まる村人達の中でも、小奇麗な老人に話し掛けた。
どうやら、老人は村長のようである。
「今回は何があるんじゃ?」
「そうですね、今年は冬が遅いので毛皮など。あとは、鍋など日用品ですかね」
「確かに雪が降っていない。此方は小麦が少しと干し肉じゃな」
「そうですか、では小麦と毛皮でどうでしょうか?」
「後で量を見ておくれ、それから決めよう」
村長と行商人のやり取りは、短く終わった。もしかしたら、付添いの貴族を警戒したのかもしれない。
行商人にとっては交渉が長引くと思っていたので僥倖である。
この世界では、専ら物々交換が主流だ。寧ろ、貨幣だけでの取引の方が珍しいくらいである。
だから、本来は定価など決まっていないので値段交渉が行われるのだが今回はそれが無かったのである。
付き添っていた少女メアリは、最初良く分からない様子だったが暫くして得心したようであった。
彼女は物々交換と言う物を初めて知ったのである。正確には知識としてあったが田舎の方でしか行われないことだと思っていたと言うべきか。まさか、都市に近い村で行われていると思わなかったのだ。
少女の目の前では遠慮がちに行商人に話し掛ける村人達が広がっていた。
とても不愉快な視線である。腫物のように、極力関わらない様にしてるのが分かってしまうような態度で彼らは行商人と会話しつつ此方を見るのだ。
私が何をしたんだ、と思いすぐに自分が貴族だからだと納得した。
彼らは恐れているのだと分かったからだ。
面白くないからと、村人達から視線を外した時メアリは家の影から自分を見る子供たちを見つけた。
裸に布一枚、靴も履いておらず泥だらけの子供達。彼らは震えるように身を寄せ合わせながら様子を窺っていた。野良犬や野良猫のようであり、恐れていると言う事がひしひしと伝わってきた。
ここにも居場所は無いのだ。そう思ってしまったら、何だか胸が詰まるように苦しくなった。
「御嬢さん、具合でも悪いんですか?」
「い、いえ、何でもないわ」
「そうですか。実は小耳に挟んだのですが……」
そんな様子に気づいて気遣う様に話し掛けた行商人。
そんな彼が申し訳なさそうに言ったのは魔物の話だった。
どこからかやってきたゴブリンとオークとコボルトの群れがそれぞれ巣を作り、村と村との道に住み着いてしまった。
冒険者に頼もうにも金が無く、放置していたら繁殖してしまった。
良くある話であり、次の村へ行くことが困難であることを示唆していた。
その話を聞いて、メアリは怪訝そうに眉間に皺を寄せる。そして、考えが纏まったのか徐に口を開いた。
「それは、ちょっとおかしいわ。だって、どの魔物もこの辺りにはいないはずだもの」
それは嫌々ながらも通った学校での知識だった。
ゴブリンは繁殖力が優れ、環境の変化が苦手だ。だから本来もっと暖かい地域にいるはずなのだ。
コボルトは森に生息するもので、間違っても道に住み着く魔物ではない。
オークなどは洞窟などの岩場が主だ、全てバラバラでありいるはずの無い魔物達だ。
「村人の話では、それぞれが戦って繁殖しており絶妙なバランスで成り立ってるようです。魔物たちの小競り合いを嫌って商人は引き返すそうなんですが、御嬢さん何とかなりませんか?」
「ごめんなさい、私一人で解決は出来そうにないわ。でも、何かの間違いの筈よ」
困惑する彼らを見て、俺はピンときた。熊や猿が人里に下りてくるのは、餌と住処の減少のせいだと前世で聞いたことがあった、
だから、俺は魔物達が住処を追われて餌不足故に食料を運ぶ人間が通る道付近に、住処を作ったのではないかと思ったのだ。
それが最近の出来事で、前例がない。もしかしてと、ある答えに辿り付くにはヒントが多かった。
これは恐らくナオキの影響である。
ナオキの行動したペトロの実家が問題ではないかと俺は思う。
例えば、焼畑農業という森を焼いて畑にする移動農法がある。普通は区画を決めて、その土地にあっているか調べて行うのだがナオキなら聞きかじった程度の知識を披露して行っているかもしれない。
例えば、新しい火炉がある。中世では、自然の空気などを利用して日に10キロ前後鉱石から製鉄していた。そこから、水車を動力にした物や炭や石炭を蒸し焼きにしたコークスの利用によって、日に2トンぐらいまで増やす事が出来た。その技術を使って製鉄スピードが上がったなら採掘スピードも上がるのではないか?
噂の領地では魔物が出ないと言うのも確信させる要因でもあった。この短期間で、こうも影響を与えるとはな。
苦々しく俺が思っていると、不意に村人達がメアリを見た。
彼らは、メアリに期待するように額を地面に擦り付ける。
そして言う、どうかご慈悲をと口々に言うのだ。
こ、こわー!集団の威圧感、やべー!
それは嘆願などではなかった、もはや一種の脅迫であった。
子供も老人も女も男も、村の全てが少女へと頭を下げる。
耐えかねたメアリは思わず言ってしまった。
「や、やります!」
「おおー!素晴らしい!」
俺は心なしか同情するのであった。
人がいる。それは、従者に小さなドラゴンを従えた少女の魔法使いだ。
顔は恐怖と涙でぐちゃぐちゃになり、何度も口からどうしてこうなったと愚痴を溢す。
村から幾分か離れた街道にて、彼女は杖を取り出し重い体を前へ進めていた。
「もう、無理よ。絶対、無理」
「男には負けると分かっていてもやらねばならん時があるんだ」
「私、女の子だもん……」
「断りづらいよな、アレ」
「魔法が使えるからって子供に押し付け無いで欲しいわ」
「魔法が使えるから貴族じゃないの!敵に後ろを見せないから貴族なの!
……ごめんって、そんな目で見るなよ。ちょっと言ってみたかったんだよ」
「フンッ!」
時刻は夕暮れ時、魔物が活発になる時間へと近づいていく。
彼女は申し訳程度の支援物資として、砂の混じった黒いパンと毛皮を一枚、それに少量のワインの入ったカバンを背負って道を行く。
「大体、貴族に何させてんのよ。打ち首よ!というか、管轄外よ!」
「関係ない土地だもんな」
「まぁ、アンタの考え通りなら、何の心配もないんだけどね」
俺は任せろと胸を張った。
俺の考えが正しければ、ゴブリン達は楽勝。それを食べるオークやコボルトもな。
俺が考えた作戦。それはゴキブリホイホイである。
ゴブリンを適当に毒状態にして放置する。ゴブリンが仲間の死体を食べて毒殺される。ゴブリンの血の匂いでオークとコボルトを呼び寄せる。死体を食べた奴らも毒殺、奴らの仲間も食べて死体を食べて死ぬ。
所詮奴らは畜生である。匂いで分かるんじゃないか、学習するのではとは思ったが良く思い出せば毒キノコを食べて全滅した魔物の話を見たことがある。というか大抵の魔物は頭が悪い。
行ける!そんな気がした。
そして、俺達の討伐作戦が始まる。




