怠惰の幼女
言葉が交わせなかった。
だから、お互いに目で合図を送る。と言っても、視線を傲慢な女騎士プライドに向けて顎をクイッと動かすだけだ。
つまり、お前がどうにかしろという命令である。
その無言の訴えに、バルドアは一度頷きプライドに向き合った。
「話しは終わったか?それでは始めるとしよう」
プライドが盾とロングソードを構える。銀で出来た武器は神聖な気配を纏っており、祝福礼装と呼ばれる武具なのではと予想される。
対するバルドアは、武骨で刃毀れしまくった鈍器のような巨大な剣、まるで岩に取っ手を付けて剣に見立てたとでも言えそうな剣だ。
「一対一だ。周りを巻き込む事は認めん、いいな」
プライドの言葉に、バルドアは優しい事でとでも言いたげな人を馬鹿にした笑みを浮かべる。
もっとも、バルドアの言いたい事は分かる。良く分からない自分ルールで自分の出来る事を減らしているからだ。
一方的に、動きを封じて攻撃すればいいのだ。しかし、それをプライドはしない。
傲慢だからか、騎士道って奴なのか、少なくとも無抵抗の相手を嬲ろうとは思っていなさそうだ。
いや、もしかしたら大罪術式のせいで出来ないのかもしれない。
俺達には分からない事だった。
「さぁ、構えろ。逃亡は認めんぞ!互いに死力を尽くし、命が果てるその時までな!」
無言のバルドアに少しだけ弾んだ声が聞こえた。
これから始まる戦いに期待するかのような、歓喜を孕んだ声だ。
俺達はそんな女騎士と矢面に立たされているバルドアを見る事しか出来なかった。
どうやら、プライドがバルドアを限定して戦わせようとしているようで、バルドア以外自由に動けそうにない。
「分かる、分かるぞ。芯が通った綺麗な構えだ。貴様は私と同じだ」
「…………」
「優れた剣士だ。剣の道を極めんとした者だ。だが、勝つのは私だ!」
無言のバルドアに、プライドは快活に話しかけた。
そして、唐突に戦端を開く。
盾を前に身を隠す様に構え、横薙ぎに出来るようにロングソードを持って駆けた。
一歩、二歩、加速度的に速度を増してバルドアへ間合いを詰める。
バルドアは、剣を掲げるように無防備に胸や腹を出す構えを取った。
所謂上段の構えと言う奴で、上から振り下ろす事しか考えていない構えだ。
距離が近付き、互いの間合いへと入る。
先に動いたのはプライドだ。
盾を押し出す様に、虚空に弾き出したのだ。
バルドアは未だに剣を構えたまま、それを見ているようだった。
シールドバッシュ、そんな単語が頭に過ぎる。
「くっ!」
このまま盾をバルドアにぶつけるのかと思いきや、プライドは後方に飛んだ。
いや、正確には押し出されたかのような形だった。
たたらを踏んで体勢を崩しかけた事から、その推測は間違っていないだろう。
何が起きたのか分からない、しかし苦々しい表情と崩しかけた体勢から彼女は不本意ながら後方に移動したのだろう。
「恐ろしく早い剣だな。まるで見えなかった、しかし攻撃を防がれたのは確かか」
彼女の口から悔しげな言葉が漏れる。
なんと、俺には見えていなかったがバルドアは剣を振っていたようだった。
何も動かしていない、ただ構えたまま制止している風に見えたバルドアは、俺の目に止まらぬ速さで剣を抜いて再び構えなおしていたのだ。
俺じゃなかったら見逃してるね、的なプライドの言葉がなければ分からなかった。
「だが、二度も同じ手で防げると思うな!」
プライドが前に跳ぶ。
剣はバルドアへ、今にも振り下ろされようとしていた。
対して、静かにバルドアはそれを受けるような構えを維持していた。
「ハァァァァ!」
掛け声と同時に、斬りかかると思いきやプライドは前に跳んだ。
跳んで、加速する様に鋭い突きを放つ。
踏込みながら行われる突きは、まるでフェンシングのようだ。
ワンテンポ、ズレる事によって攻撃を成功させようとしたのだ。
「…………!?」
「貰った!」
バルドアの顔が驚愕に彩られる。
そして、これは劣勢かと思われた次の瞬間。
「ぐげぇ!?」
「油断大敵だ、お嬢ちゃん」
プライドからカエルのような濁った声が零れ、そして無様な体勢で吹っ飛んだ。
見れば、プライドがいるべき場所にバルドアの足が伸ばされていた。
そう、どうやらプライドは蹴り飛ばされたようだった。
「ふぅ、どうやら気絶したら術は無くなるみたいだな」
「えっ、終わり?しまらない終わり方ね」
「実戦経験の欠片もない小娘に負けるほど、弱くはないってことだよ」
武器を担ぎながら、ニヒルな笑みをバルドアは浮かべるのだった。
最初の強敵に思われた、傲慢を司る魔女プライドを倒した俺達は次の部屋へと向かう。
分かりやすいと言うか古典的と言うか、部屋の奥に階段があり、ここから先が次のステージとでも言うようであった。
ゲームかよ、とツッコミを入れたくなる。
残る敵は、プライドの発言から暴食が何者かにやられている様なので、色欲、強欲、嫉妬、怠惰、憤怒の五名と言う事になる。
次の敵が誰だろうと、初見殺しに代わりないので注意が必要だ。
階段を上った先には仰々しい扉が……ある訳でもなく、普通の木製の扉だった。
しかも、ご丁寧に『すろうすのへや』とか書いてある。
「スロウス、つまり怠惰って事かしら?」
「怠惰、動かないとか働かないように仕向ける術式か?」
真面目か!そこは自宅かよってツッコミが入る所だろうが!
うんうん唸るバルドアとルージュ達に思わず言いそうになった。
扉の前で対策を考えている横で、飛鳥がハッとした表情になった。
「来たわ!」
どうやら、謎の電波を受信したようだ。
冗談はさておき、未来にいる自分の記憶が過去にいる自分に重ねられたのだろう。
先程の部屋では、加勢と認識されるのか出来なかったのかもしれないが、今回入る部屋では行動は阻害されないと言う事か。
「それで、敵はどういった相手なの」
「……分からない」
「はぁ?」
どういうことだと、困惑する飛鳥にルージュが詰め寄った。
対する飛鳥は言い難そうに言葉を口にする。
「部屋に入って最初、子供がいたわ。子供は……いえ、スロウスね。彼女は門番なんて仕事はしたくないと怠惰らしい事を言って私達を素通りさせてくれたの」
「じゃあ、この部屋は素通りってこと」
「違うわ。部屋を出ようとした瞬間、動けなくなったのよ。身体が動かなくなって意識が飛びそうになった瞬間、私は跳んだ」
あの感覚は、前に学園に入って殺されかけた時に酷似していたと飛鳥は言った。
つまり、次の敵は未知の攻撃で飛鳥を殺そうとしたことがある敵だと言う事だ。
「何かされる前に、攻撃しましょう」
見渡す様に言うルージュの言葉に、全員が警戒して部屋に踏み込んだ。
扉を開けると、そこにはファンシーな部屋が広がっていた。
ぬいぐるみのが部屋中に配置され、ピンクの壁紙に少女趣味な家具、そして巨大なベッドに寝転ぶ幼女。
何という、キャラにピッタリな部屋だろうか。
まさに子供の為の部屋のようである。
「アンタが、スロウスね!」
「ん……」
仁王立ちになりながら、胸を張って、ルージュが声を張りながら問うた。
それに対して、億劫であると身体全身で表す様に、ベッドにうつぶせのまま怠そうな返事をする幼女。
凶器を持って複数で乗り込んできたのに、面倒ですと言ったスタンスを貫き通すとは怠惰の名を関するだけあるぜ。
「通っても良いよ。眠いし……」
「そうやって攻撃しようとしたって騙されないわよ!」
「面倒だな……」
場を静寂が支配した。
騙し討ちを防がれた今、敵が攻撃してくるだろうと予想したからだ。
どう出るか、敵の全てを見逃さないように俺達は固唾を飲んで集中する。
敵は、スロウスは、俯せたまま動かない。
どういうことだ、攻撃しないのか?
それとも、攻撃される事がトリガーになって術式が発動するのか?
短い間が長時間に感じるような、嫌な緊張感があった。
隙だらけにしか見えない敵、だがそれは攻撃する前触れ、嵐の前の静けさにしか思わなかったからだ。
「んぅ……」
「ッ!?」
来る、動いた!
背を此方に向け、身体の軸を回転させる。
そして、無駄な力を抜く様にベッドに抵抗もなく置かれる腕。
これは……!?
「ハァ……ダル」
「寝返りだとぉぉぉ!いい加減攻撃して来いやぁぁぁ!」
馬鹿らしくなって、俺は幼女に突撃した。
別に辺に警戒して、それが無駄だったからとかじゃない。
どの道誰かがやらなきゃいけないだろ、だから動いたんだよ。
別にイライラしたからじゃないからな!
「掛かったな、馬鹿め」
「な、何ィィィ!?」
「ハァ……」
今まさに切り裂こうとした俺の腕が、明後日の方向に向いた。
それどころか、足が、腰が、腕が、首が、ありとあらゆる体の部位が動かなくなったのだ。
「な、何をしやがったビチグソ野郎が!」
「んっ」
俺の劇画風なリアクションと質問に、幼女はどこからか取り出したスマホを操作する。
すると、スマホから説明口調な声が聞こえた。
『説明しよう、スロウスの能力は『停止』だ!働く事を放棄して、動く事を止め、休むのだ。あらゆる行動はスロウスの前に放棄され停止する。それは運動すら例外なく、あらゆる存在は働かなくなるのだ!これでいいかスロウスよ』
「と言う訳だ」
それは、一部屋前に戦ったプライドの声だった。
この幼女、説明する事すら放棄しやがった。
もうそこまでするなら説明しないで良いじゃん、何で人任せにしてまで説明したいんだよ。
「抵抗は無駄なので……」
「畜生、身体が動かない!お前ら、俺みたいに油断するなよ!」
「アンタだけよ馬鹿。それと、そこの幼女も自分から能力を明かすなんて馬鹿じゃない?」
「愚問、勝てる訳がない」
俺達と怠惰の魔女の戦いが始まった。




