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もう嫌だ、実家に帰らしてもらいます

メアリが二年生に進級した。この学園に来てから、もう一年が経つ。

早い物だと、つい思ってしまうこの頃。メアリは実家に帰ろうとしていた。


「なぁ、本当に帰るのか?」

「……帰る、家に帰るったら帰るの!」


もう中学生二年生程度にはなるはずのメアリは、師匠を見つけられず拗ねていた。

どうやら周囲から馬鹿にされていたのも原因のようである。

今までメアリが頑張れていたのは聞いた話によるとペトロのお蔭らしかった。ペトロは三年連続留年しており、自分よりも酷い立場にも関わらず学園にいた。その事が、もしかしたら支えになっていたのかもしれない。あるいは、自分より不出来な存在に安心していたのかもしれない。

メアリ自身、話さないので分からないが可能性は低くは無いだろう。


現在、ペトロは目覚ましい程に立場が変わっていた。それら全ては使い魔であるナオキが原因である。

彼は色々な事をしてくれた。例えば、ペトロの実家がある領地で清掃業を始めたり、魔法に頼らない治療法や予防法の確立、新たな政策の発表に新しい農具などの発明、目覚ましいほどの多くの発展を彼は僅か一ヶ月で行ってしまった。

最近では農地改革まで始めたらしく、ペトロの実家では何故か魔物が寄りつかなくもなった。

人々は、そこを奇跡の土地と持て囃していた。


結果、彼女は学園での人気者になった。元々公爵ではあるし、貴族たちが秘密を探ろうと取り入っているのだ。

彼女は全く変わってなかったが、環境が変わってしまった。


いつしか俺達は疎遠になっていたのだ。そして、メアリの環境もまた変わっていた。

彼女はペトロの代わりのように今まで以上に周囲から馬鹿にされたのである。いじめだ。

人間と言うのは直ぐに手のひらを変えて、弱い者には厳しく強い物には媚び諂う。

実に浅ましく、愚かな話である。

メアリは日に日に不登校が目立つようになり、今朝になって唐突に帰りたいと言ったのだった。


「まぁ、いいよ。お前は良く頑張ったよ」

「うん」

「帰ったら、きっと領地も豊かになってるぜ。許婚が見てくれてたしさ」

「……うん」

「もう、泣くなよ。みっとも無いだろうが」

「…………うん」


カバンを持ったまま立ち尽くす彼女を俺は見上げる事しか出来なかった。

何だかんだ言って俺は彼女が好きなのである。だから俺は思うのだ、これで良かったと。

役立つ知識などは手に入らないかもしれないが、原作とは恐らく乖離してしまってるはずだ。

だから無理にこの場所にいる必要はない。


それに、ナオキは俺が恐れていたことをしてしまった。それは、ある意味での歴史の改竄だ。

俺もノーフォーク農法やコンクリの作り方などの現代での知識を持っている。自慢ではないが、定番からコアな物まで網羅しているだろう。元々社会人で自分が扱っていた専門分野なら語るのに一日は掛かるかもしれない。


では、なぜ俺がそうせずにいたか。それは俺が与えるであろう影響だ。

例えば農地が豊かになったと言う事があった場合、それは素晴らしい事だ。

しかし、同時に野生動物たちの餌も増やすことになるため、獣害などの問題などはどうするのか。

あるいは、盗賊などに目を付けられたりするかもしれない。


大げさかもしれないが、百年から数百年を飛ばした技術など反動は計り知れないのだ。

収穫率が二倍三倍になった、これを国ぐるみでやれば世界でも例を見ないほどの規模になるだろう。

その結果、飢える国によって戦争を仕掛けられる可能性を捨ててはいけないのだ。


つまり、ナオキのような子供の近くは危険であるのだ。

安全なのは主要キャラと言うか、関わりのある者だけだ。

どう考えてもメアリは平凡な顔だし、落ちこぼれと言う特徴はあっても主要キャラではない可能性もある。

寧ろ、絶対モブだと思う。俺のような数奇な運命も探せば多くあるかもしれないが俺自身主要キャラでもないだろう、その飼い主もだ。

この世界がナオキの世界にある作品だと確定した時点で、安全を確保するには備えないといけないのだ。


「まぁ、俺も生まれた当初は主人公みたいだなって思ってたけどさ。歳を取る度に、現実を教えられるんだよな」


だが、人生の先輩として一応言うのなら辛いのは慣れるし、楽しい事は沢山あるってことだ。

実際、言ってもその時は納得しないだろうけど。何年かしてからきっと分かってくれる。

だから、今は無理しなくていいと思うのだ。


「帰ろう、俺達の故郷に」

「うん……そうだね」




里帰りは良い物ではなかった。行きとは違い馬車は出ない。だから俺達は行商人に金を払い、乗せてもらう事にした。

これは俺の案であり、前世で老婆になっていたヒロインが使った手段だ。


行商はこの世界では珍しくは無いが、殆どが二種類に分かれる。一つは、大手の商会がやる行商と個人の物だ。

大手では販売ルートの開拓や名前を売る為に活動するのが目的であり、個人は大体が少しずつ金を溜めて店を開くのが目的だ。

どちらも関税などで金が掛かるので、夢があったり好きでないとやってられない命がけの商売だ。


俺達はそんな話を乗せて貰った行商人に聞いた。彼は個人のタイプで、いつか店を開くために頑張っているそうだ。

どうしてそんな話を彼がしたかというと、彼の荷馬車は護衛がいなかったのである。

大手ではないから危険だよ、と彼は教えてくれたのだった。

だから俺達は護衛になると頼み込んで乗せて貰ったのだった。


ガタゴトと、何度も下から突き飛ばされるような悪路にやっぱり馬車は楽だが嫌いだと俺は景色を淡々と見ながら思っていた。

メアリは行商人から色々な話を聞いて、少し元気になっていた。

彼も移動は暇なのか誇張混じりだろうが様々な土地の話しをしてくれるのだ。


殆どの人が一生を一つの土地で過ごすこの世界では、活動範囲は酷く狭い。

旅人や冒険者なら話が違うが、彼らは自由なだけ社会的立場が悪い。

だから、普通の人は覚えられる程度の数しか他の場所を知らない。


だらだらと身体を伸ばしながら、馬の手綱を引く行商人とメアリを見ていたら不意に彼女が振り向いた。

少し首を傾げながら、彼女は口を開く。


「何してるの?」

「うーん、犬耳の女の子が行商人ではない世界を恨んでいた」

「なにそれ」

「戯言だ、気にするな」


彼女はまた、何それと言って軽快に笑った。思いの外、行商人の話は彼女に影響を与えたようであった。

俺はメアリの方に重い足を動かして近づいて行く、ある程度近づいたらメアリの太ももに首を乗せるのであった。膝枕みたいなものである。


「重い……」

「振動が痛いんだ。我慢しろ」

「アンタね……はぁ、ほんと重い。昔は小さくて可愛かったのに」

「カッコいいの間違いだろう?小っちゃい時はお前が巨人に見えて嫌な思い出しかない」

「何よそれ、でもアンタも成長してるのよね」

「お前だって、大きくなったよ。昔泣いてばっかりで――」

「ちょっと、人前で言うことないでしょ!」


慌てるメアリを行商人が笑って、彼女は少しばつが悪くなったのか身を小さくする。

眼前にはアフリカのような広い草原、そしてどこかに通じる一本道と、二頭で引っ張ってくれる馬達。

のどかでいいものだ、異世界の違った良さだと思う。冒険だけがファンタジーではないのだ。


「あ、あれ村じゃない!?」

「本当だ。食料や水を補給しよう。あと、四つか五つ先が御嬢さんの領地だと思いますよ」


そんな先か、俺は行商人の言葉を聞いて憂鬱になるのだった。

とはいえ最初の村が見えた。最初の村だけに、勇者とかいないかなぁ……いないか。

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