世界の終わりと脱出
上から下へ、ただ剣が振り下ろされた。
男とルージュの距離は開いているため、攻撃が当たるはずはなかった。
だが、ルージュは何かを感じて俺を呼んで武器化しながら身構えた。
「ヤンヤン!」
『応!』
俺が武器となり、ルージュの手元に行くと同時に攻撃が来る。
それは押し出された大気、強烈な風の濁流だ。
「うぐっ!?」
『ルージュ、右だ!』
剣を振るっただけで起きた強烈な風に身動きを封じられたルージュの懐へ、奴は身を低くしながら踏み込んだ。
踏込みと同時に剣が横薙ぎに振るわれる。
「おや?」
「死ねッ!」
まるで頑丈な岩のような手応えに、男が疑問を覚える。
男の振るう刃は、皮膚の上で止まりルージュの柔肌を破る事は無かった。
それは内側から血を操作して硬質化した為に盾のような状態だったからだ。
それに意識を割いた隙を、ルージュは見逃さずに斬りかかる。
「おっと!」
「チッ、ちょこまかと!」
後ろに飛び退く男を追いかけるように、ルージュが上段から斬りかかった。
それを男は払う様に剣で応対する。
跳ね返された剣をルージュは回転する様に動かし、反動を利用して斬りかかる。
だが、それは慣れない足場では悪手だった。
回転の際に、砂に足を取られたのだ。
「しまった!?」
「術式解放、裁定の雷!」
男の顔が歪む、それは勝利を確信した顔だった。
男の剣が輝き、姿を変えたのだ。
それは、巨大な骨で出来た斧だった。
「カウオー・カビエシレ!」
「影よ縛れ!」
斧が、その刃先を赤く輝かせながら降ろされる。
その瞬間、ルージュの足元にある影がまるで蛇の如く動きだし、足元から男へと這い寄る。
放たれた攻撃、拘束する影、どちらが先に到達するか。
「うっ!?」
「ぐっ、コイツはやべぇ……」
ルージュの前髪がハラリと何本か落ちて行く。
だが、斧はルージュの頭蓋を壊すには至っていなかった。
なんとかギリギリで防げたのだ。
「これで、私の勝ちよ!」
「いいや、まだだ!ゼウス神の祝福よ、我は結び目を解く者なり!術式解放、征服の王!」
男の身体に雷が這う様に現れる、雷は拘束する影の蛇を打ち払う様に暴れ狂った。
瞬間、影は霧散し男は自由を取り戻す。
「馬鹿な、これは魔法!?」
「だから、おじさんは魔法使いって言っただろ!」
男はルージュから距離を取るように飛びながら、その斧を投げた。
その攻撃をルージュは難なく避ける。
だが、男の攻撃は終わらない。
「それは持つ者に勝利を与える灼熱の槍!術式解放、長腕の達人」
「なっ、斧が!?」
砂漠に突き刺さった斧が、光り輝き姿を変える。
それは五つに分かれた穂先を持つ不定形の槍のような物だ。
「貫け、ブリューナク!」
「あぁぁぁぁぁ!」
轟音、まるで雷鳴のような音を発しながら縦横無尽に槍は駆け巡る。
その攻撃は、ルージュの正面から現れた。
それをルージュは剣でもって切り裂こうとする。
剣である俺と槍の攻撃が拮抗する。
「ぐっ、このぉぉぉぉ!」
力任せに振り切ったそれは、迫りくる槍を弾いた。
だが、槍は飛ばされてから再び空を駆けて襲い来る。
自動追尾機能、そんな言葉が頭によぎる。
「なん……だと!?」
『だったら、こうすればいいだろ!』
再び正面から来る槍の軌道上に、俺は剣の一部を変化させて本来のドラゴンの形になる。
そして、口を開け迫りくる槍を飲み込んだ。
「飲み込んだ!?」
「な、何してんのアンタ!?」
二人が何か言ってるが、今の俺にはこの激辛料理に匹敵するチクチクする槍をどうにかする事にだけ集中する。
口を激しく動かし、噛み砕き、分解して飲み込む。
「ふぅ……痛いだけで美味しくないな」
まるで暴れまわる魚の骨を砕く様だった。
「あぁ、参った。おじさんの負けだわ」
「こんな勝ち方って……」
奇しくも、俺によって両者の戦いは幕を下ろすのだった。
お互いに戦う意思は無くなった。
そんな俺達は互いに情報交換を行う事になった。
ここはどこなのか、ここはアマテラスが引き籠った逸話から生まれた異空間。
入り口を開ける事が出来るのはアマテラスだけという伝承に由来する、完全に閉じられた世界。
睡眠も食事も必要とせず、時間だけが流れる太陽の無い世界。
「じゃあ、私達は出られないって事なの?」
「そうでもないさ、少しでも隙間があれば力付くで開けられる。伝承に由来するのだから、そういう出方も解釈次第で可能だろうな」
「ようするに、アイツが覗き見するような事をすれば出られるかもしれない訳だ」
アメノタヂカラオがその手を取って岩戸の外へ引きずり出した。
と言う逸話から力付くで外へと中の者を移動させたと解釈すれば、大きな力を加えることで脱出が可能と男は言った。
負荷を与えるその力についても心当たりがあるとの事だった。
「これが、その力の一端だ。魔術でもあり、神の力でもある。俺はこの加工される前の純粋な力の塊を魂から発せられることからソウルと呼んでいる」
「これ……私が使う、謎のパワーじゃない」
男が当てにしている力を見せた。
それは、俺達が巨人と錯覚したオーラだ。
その力を微細に観察する事で、ルージュはそれが魔力と聖気を混ぜた時に発生する力と同じだと突き止めた。
「この力は望むように世界を改変する力だ。おじさんの場合は方向性がないから、自分の意志が反映されてどうにもイメージが移されちまってるがな。やるぞって感じが出てるだろ?」
「世界を改変する力……」
「普通は過程が必要なんだ。加工されたエネルギーである魔法も奇跡も、望む結果の為に手順が必要だ。だが、これは力の塊だから結果を求めるまでの過程が必要ない。望むがままに速攻で結果が出るって訳だ。扱いにくいが効率はいい、そう言う力だ」
ソウルという力について俺達は説明を受けた。
魔力も聖気も扱いやすいが、使う際に術式で分解して力を抽出していると考えるとソウルというのは既に分解された、抽出された力ということだ。
魔力や聖気を込めても僅かにしか得られない力、ソウルではそれが込めただけの量になる。
効率が違い過ぎて、得られる莫大な力は扱いが難しいという事だ。
蛇口の水とダムの放水くらい、そよ風と台風くらい力の大きさが違う。
「ソウルってのは分かったわ。今度はアンタのことについて教えなさいよ。あの術式、魔法は中々興味深いわ。私の知らない魔法だったわ、原理が分からないなんて久しぶりよ」
「おじさんについてか、そうさな……」
男の名は、バルドア・クロイツ・ヘルツブルク。
定住しない民族の出身で幼少の頃から世界中を行き来し、多くの魔術体系を習得した魔術師。
全ての魔術を修め、故に既存の魔術の枠から逸脱した別の魔術を作り出した男だ。
再現魔術という、過程を模倣する事で望む結果を生み出す魔術だ。
しかし、その完成度と脅威から神に疎まれ行く先々で戦闘になり、日本に逃げてきた所で匿ってやると言った神に騙されて閉じ込められた。
「なんていうか、同情を禁じ得ないわね」
「だろ?おじさんが、ちょっと実験に使いたいから腕の一本か二本を切り落としたら襲いかかって来たんだ。生えて来るんだからいいだろって、だから神は嫌いなんだ」
「それはアンタが悪いわよ!やっぱり同情する価値無しだわ!」
えぇー、なんでだよとバルドアは不貞腐れる。
しかし、本当に脳筋でなく魔術師であったようだ。
戦う魔術師である。筋肉達磨でお前のような魔術師がいるかと言いたいが、魔術師である。
「それで聞きたがっていた原理だがな、簡単に言えば逸話を再現する事で神と同じ力を得る感じだな。逸話の再現度が高ければ高いだけ神の力を引き出せるわけだ」
「なるほどね、でもそれだけの力があればアンタ逃げれば良かったじゃない」
「まぁ、ここにいれば戦い続けられたからな。でも、そんなに神が溢れてるなら外に行くのも良いかもな」
正真正銘の戦闘狂がここにいた。
衣食住が保障されてるから牢屋から出ないとかいう囚人の言い分だった。
逃げれるのに、戦えるから出て行かない訳である。
だが、バルドアを利用すれば俺達も出られる可能性はあるという訳だ。
「私が出る為に協力しなさい、アマテラス以外なら切り裂いていいわ」
「おっかない嬢ちゃんだな。まぁ、出る為の準備は出来てるさ。この異空間を切り裂いてやれば後は無理矢理開くだけだ」
「期待してるわよ、アンタの魔法にね」
「そういうなら、加護の一つくらい寄越せってんだよ」
よっこいせ、とバルドアは立ち上がり空を見た。
灰色に染まった空と大地、それを切り開こうと言うのだ。
ソウルを使い、新しい剣が現れる。
それを持って詠唱を始め、術式を発動させる。
バルドアが脱出の準備を始めた。
「我は鎖を打ち破りし者なり、我は神の腕を奪いし者なり、我は閉じ込められ怨嗟の念を募らせる。汝は天を飲み込む者なり、汝は神を飲み込む者なり、汝は閉じ込められ怨嗟の念を募らせる」
バルドアの剣が空へと掲げられる。
その切っ先は、急激に伸びて雲を貫き、見えない程に伸びて行った。
「賢く強き邪神の息子よ、今こそ御身の力をここに揮おう。我が名の元に、力をよこせ!術式解放、破壊の杖!」
剣が輝き、貫かれた曇天が左右に別たれる。
雲が左右に裂け、空の彼方に闇が広がっていた。
その闇に光の軌跡が描かれようとした。
「世界を壊せ!ヴァナルガンドォォォォ!」
剣が世界を両断した。
振り降ろされた剣は、広がる闇に一筋の光を描いた。
空に一直線の光が伸び、砂漠は光に飲み込まれて大きな亀裂を生みだした。
そこに飲み込まれる様に流砂が発生し、そして何かが崩壊する様に景色が砕けて行く。
世界が、その一振りによって崩壊していくのだ。
「見えるか嬢ちゃん、太陽が出て来たぞ」
「忌々しい、太陽なんて滅べ!」
闇の合間から現れた太陽、それ目掛けてバルドアのソウルにより生み出された巨人が両手で俺達を投げる。
それは異変を感じたアマテラスが見る覗き穴、そこに投降された俺達。
遂に、俺達は壊れゆく世界から脱出を果たすのだった。




