日本神話の男の娘
タケミカヅチを打ち破ったルージュは意気揚々に進みだした。
もう最初の目的が違う意味合いに聞こえてきた。
挨拶、というなのカチコミだろこれは……
「私に剣を向けたってことはそう言う事よね。もはや、言葉はいらん」
『何を確信したのか知らないが、なんていう世紀末思考だ……』
廊下を進めば進むほど、アチラ側は戦力を増やして突撃を繰り返す。
侵入させまいと、増員して防衛しているのだ。
まぁ、そんな抵抗は虚しくルージュが歩く道を確保するべく眷族達が先行して始末している。
眷族達が露払いした結果発生した死屍累々の上をルージュは歩いて行く。
神様でも血は赤いのか、なんて現実逃避していた俺は再びちょっと強大な気配を感じた。
『あぁ、タケミカヅチ級の敵みたいだな』
「眷族じゃ相手に出来ないクラスか、名の知れた神かしらね」
今宵は私の魔剣が血に飢えてるぜ、と俺を掲げながらルージュが嘯く。
いや、飢えてないんですけどね。
「よし、来なさい!さぁ、来いよコラァ!」
「ルージュ様、そのような粗暴な言葉使いはお止め下さい!」
「あぁ、うん。ちょっとテンション上がり過ぎたわ!もう大丈夫よ!」
片手で剣をブンブン振り回しながら、眷族のメイドにルージュが大丈夫だってと連呼する。
その光景は全ての眷族が、これはアカン奴だと思っていた。
大丈夫じゃないだろうな、そう思っていた瞬間だった。
俺の身体が浮遊感に包まれる。
「あっ」
『あっ、じゃねーよ!すっぽ抜けてるじゃんか!?』
ルージュから離れて行く俺の身体。
変身を剣の状態から解けば、問題ない事に気付いて肉体を変えようとした瞬間だった。
俺の近くで気配を感じた。
そして、同時に何かにぶつかる感覚。
うわぁ、なんか温かいな……完全に刺さってますやん。
「あっ、ごめん……えっと、誰?」
「あー、新手の挨拶なの?これが異国の神の挨拶なの?ないわー、俺じゃなかったらキレてたわ」
「わざとじゃないから、許してよ」
俺を腹部に刺したまんま、その男神はルージュに向かって文句を言った。
終始笑顔だが、内心怒っているのが伝わってくる。
なぜなら俺を握る彼の右手の圧力がルージュの発言に比例して強くなってるからな。
「いや、いいんだよ。アイツも和の心って言ってるし、俺達日本神話の神様って寛大だから」
「へぇ、そうなんだ。で、何しに来たの?やっぱりやるの?よし来なさい!」
「いやいやいや、ちょっと好戦的すぎるでしょ。異国の神って本当にヤンキーみたいだな。あっ、これ返すわ」
グロテスクな音を上げながら、俺を抜いてルージュに渡す。
腹を刺されて笑顔で対応するってマジで日本の神様寛大だわ。
それに対して、返すのが遅いとかいうルージュはマジで最悪だわ。
いや、ニヤニヤしてるからわざと挑発してるんだろうけどね。
「まぁ、お互い行き違いがあった。此方は丁重に扱う様に言われてるんだわ。あっ、俺ヤマトタケルって言うんだけど以後よろしくね」
「あー、親とか知り合いにハブられて遠征した神様でしょ?ボッチ乙」
「……せぇよ」
笑顔でルージュが挑発した。
後ろで眷族達がクスクスと笑いだす、そのせいかヤマトタケルがギュッと自分の服を握りながら小さな声で何かを言った。
「あっ、そういえば当時どんな気持ちだったの?剣に刺された状態の奴に命名されたんでしょ?死に掛けの奴に同情されてるってことだよね?どういう気持ちだった?ねぇ、教えてよ」
「うるせぇ!テメェなんか、ぶっ殺してやらぁぁぁ!」
涙目で雄叫びを上げる奴の手に、光が集まり一振りの剣が握られていた。
恐らく逸話からして草薙ぎの剣、とかそういうオチだろ。
「そうこなくっちゃ!」
奴が剣を構えた瞬間、ヤバいと咄嗟に感じた。
同時に、ルージュも感じたのか俺を握りしめて迫りくる攻撃に備える。
「ハァァァァ!」
「ッ!?」
振ると同時に届くはずもない距離なのに攻撃が来た。
来た、というのは視認できなかったからだ。
いつの間にか攻撃され、それを防いでいた。
そう言う状況だ。
奴は攻撃したであろう振り切った格好であり、攻撃したことは確かだった。
だが、剣が当たった瞬間が分からなかった。
つまり、そう言う能力ということだろう。
「スゴイ速さで剣を振る能力かしら?」
「フッ、馬鹿め!俺の草薙ぎの剣は三十余町を切り裂いた逸話から、刀身以上の距離を切り裂く」
「剣の延長線上にいなければいいのね」
まさか自分から教えてくれると思わなかったが、つまり見えている剣のリーチが攻撃範囲ではないと言う事だ。
なんという味方も巻き込みかねない攻撃だろうか。
だが、それは相性的に悪すぎる。
「フッ、接近戦に持ち込もうと言う腹積りか!」
「振らせなければ問題、ッない!」
体勢を低く、踏込み懐へとルージュが駆ける。
迎撃するために振り切った状態から、切り上げが行われる。
タイミングを合わせてルージュが俺を構え、それを防御しようとする。
「甘い!」
来るべき衝撃は来なかった。
剣が切り上げられたにも関わらず、攻撃が来ていない。
だが、眼前には正面に剣を掲げ今にも振り下ろそうとする奴の姿があった。
「上から!?」
「残念、横だ!」
上から振り落とされる剣、その延長線上に斬撃が来ると想定してルージュが剣である俺を盾にしようと掲げる。
だが、奴の手元にある剣は振り下ろされる途中でクルリと動く。
手首を使って剣の軌道を上から下ではなく、上から回って横薙ぎに変わったのだ。
上段の構えから放たれる斬撃を予想して、上から下に振られると思った為に防ぐのが遅れる。
見えない刀身がルージュに迫り、防ごうにも間に合わず薄くルージュの腹部が斬られた。
「見えないってのは戦い辛いわね」
「反射神経だけでよくやった方だな、だが終わりだ。俺は上から振り下ろすぞ!」
再び剣を頭上に構え、上段の構えから宣言と同時に攻撃が来る。
見え見えの攻撃、しかし防がない訳にはいけない。
剣の刀身を盾に、ルージュは剣を掲げて防ごうとする。
だが、俺は奴の行動に違和感を覚え直感的にこれではダメだと感じていた。
何かがいけない、その原因は何だろうか。
「死ぬが良い!」
振り下ろされる剣、剣先の延長線上にあるであろう見えない斬撃が迫る。
ルージュはそれを防ごうとしているが、防げない気がしていた。
そう、防げない気がするのだ。
『そうか、横に飛べ!』
「ッ!?」
ルージュは俺の声に反応して咄嗟に横に跳んだ。
と、同時に今まで立っていた場所に亀裂が走る。
そう、俺達は見落としていたのだ。
奴の斬撃はオンオフが出来ると言う、切り上げの時に気付いた事実についてだ。
例え、俺を使って防御しても剣同士がぶつかる瞬間にオフにして途中からオンにすることで敵を切る事が出来る。
見えず、距離も関係なく、実在するか不確かな斬撃。
広い攻撃範囲の調整をするシンプルな能力、だが厄介である。
「ならば、これはどうだ」
「突き!?」
奴が連続で突きを放つ。
点の攻撃に変わった事で刀身が来るであろう場所の予測範囲が狭まる。
防ぐ事がこれでは難しい。
「ヤンヤン、巨大化!盾に!」
『その手があったか!』
ルージュの希望通り、俺は肉体を盾に変える。
内側に取っ手のある全身を覆い隠せる盾だ。
赤い亀の甲羅のような、半球状の盾である。
「ぐッ!?」
『弾け!』
守る範囲を広げただけで突きを防ぐことが出来た。
だが、見えない刀身と盾になった俺が拮抗する事でルージュの前進が阻まれた。
どころか、スゴイ勢いでルージュが押されて後ろに飛ばされる。
見えない刀身に押し出されたのだ。
このままでは奴の剣が届かない距離まで押し出される。
だからルージュはシールドバッシュで剣を弾いた。
俺の覆い隠す盾の上を何かが削りながらズレる。
剣先がどうやら明後日の方向へと逸れたようだ。
「このぉぉぉぉ!」
ルージュが走る、それに対して放たれる突き。
突いたと同時に攻撃が当たる、それを弾いて進む。
左右に盾を動かし、火花を散らしながら、何度もぶつかる突きを弾く。
キィン、キィン!と弾かれるたびに音が響き、剣が逸れている事が分かる。
「えぇい!この、諦めろ!」
「取った!」
数歩と言う距離まで近づいたルージュが俺を地面に突き立て飛んだ。
奴の突きが放たれ、俺は支える物が無くて後方へと弾き飛ばされる。
盾の後ろにいると思っていた相手が消えたことに奴は動揺し、そして上に飛んだことに気付いた。
だが、気付いたのが遅すぎた。
ルージュが絡みつくように剣を持った奴の腕を捕まえる。
そして一切の躊躇なく、関節を逆の方へと曲げた。
「ぐぁぁぁぁぁ!?俺の腕がぁぁぁぁ!」
「フンッ!」
苦しむ奴を他所に、プロレス技のように流れるように奴を追い詰めて行く。
腕を押さえようとした奴を蹴り飛ばし、両足を持って背中をエビ反りにする。
そして人外の力を持って、折り畳みに掛かる。
「がぁぁぁぁ!?」
背骨が折れる音と共に、奴の身体がコンパクトになった。
尾骶骨と背中がくっついている状態だ。
「調子乗ってるんじゃないわよ!」
暴れる奴の腕を持って、片手でルージュが引っ張った。
結果、奴の右腕が肩から皮ごと剥がれ引き千切れる。
腕が身体から離れ、肩からは血が溢れていた。
痛みに苦しむ奴を煩いという理由で首の骨ごと折に掛かるルージュ。
目の前に容赦ない鬼がいた。
「よっしゃ、取ったどー!」
「流石ルージュ様です!」
「ルージュ様、万歳ー!」
「うおぉぉぉぉぉ!」
眷族達に囲まれて、捩じ切った苦悶の表情を浮かべる敵の頭部をチャンピオンベルトのように掲げるルージュの姿があった。
因みに、生首を持ってドヤ顔してるルージュに何故眷族達が熱狂しているのか、まったく訳が分からない俺だった。




